第11話 獣人族の誇りと掟

クリケットに紹介された家事担当10名の奴隷と超鑑定のスキルを使って見つけた男女の獣人、双子の兄妹を雇う事にした翠は、契約を行うため応接間で待っていた。流石に国の管理下とはいえ奴隷達がいた部屋とは内装のレベルが異なり、応接間には高級なソファーや絵画が置かれ、顧客が興味を持ちやすいような商品がたくさん展示してあった。展示品に関心を寄せていると、クリケットが家事担当10人と男女の獣人、双子の兄妹を応接間へと連れてきた


クリケット「こちらで全てでございます」


翠「話をしたいので、少しいいですか?」


クリケット「畏まりました」


クリケットは翠の言いたいことをすぐ理解し、部屋を出る。クリケットはそれだけ翠を信用したということであった。普通お客さんと奴隷だけの空間を作らないようにするのが基本であるが、クリケットは翠が奴隷にそのようなことをしないこと、将来の太客となることを確信し、恩を売っておくのも悪くないと考え、部屋の外へと出ていった


凄いな…僕の言いたいことを瞬時に理解してくれた


翠「初めまして。僕が君達の主人となる聖神翠です。よろしく」


翠が自己紹介をすると、奴隷たちは不安や期待、憎悪など色々な目で見てきた


翠「君達と奴隷契約をする前にまずルールを決めようと思う」


翠がルールを決める理由は奴隷たちに納得した上で契約を結んで欲しかったからである。だが奴隷達は何をされるかと本能的に考えたため体を身構えた


翠「ルール1、まず君達が働いた分は毎月給料を支払うこと。質問があれば答えるけど、ある人いる?」


その後奴隷達が顔を見合わせ、奴隷の中から1人が挙手した


奴隷「…質問しても宜しいでしょうか?」


翠「うん。いいよ」


奴隷「私はアルフと申します」


アルフ「そのき、給料?というのものは何でしょうか?」


給料って言葉が分からなくて不思議そうな顔してたのか


翠「毎月仕事をして決まった賃金を貰うことだよ」


その言葉に奴隷達は皆とても驚いた顔をしてざわつきだした


翠「ちなみに1ヶ月で1人銀貨5枚ぐらいを考えてるんだけど…」


地球でこんな賃金で雇ったら訴えられるぞ…


本当にこの額でいいのピー?


はい。大丈夫だと思います


アルフ「ぎ、銀貨5枚ですか!?」


翠「や、やっぱり少なかった?」


アルフ「逆です!多すぎますよ!」


翠「え?銀貨5枚だよ?金貨じゃないよ?」


アルフ「普通は奴隷に賃金を支払う必要がないので、鉄貨ですら賃金を払う人はいません」


翠「…え?そうなの?」


アルフ「…はい」


この時アルフは翠のことを世間の情報を知らないどこか遠くの地から来た旅人なのではと考えていた


翠「なるほど…他の奴隷がどういう扱いをされてるかは知らないけど、僕の奴隷…僕が雇った人には賃金を支払うつもりです。他に質問がある人は?………いなそうなので次に進みます」


翠の決定に奴隷達は驚きの表情を浮かべていた


翠「他のルールとしては基本ルールと同じで暴力は振るわない、衣食住は保証する。ルールとしてはこのぐらいかな。ただし言うことを聞かない場合やルールを守らないものには容赦しないからそのつもりで。他に聞きたいことがある人はいる?


先程の奴隷とは別の奴隷が質問があると手を上げた


奴隷「私はアリアと申します」


アリア「その給料?というものは私達も貰えるのでしょうか?」


翠「もちろん全員に渡すよ。ただ役職が異なる場合があるから、それによっては給料が変動するけど、最低銀貨5枚からは下がらないから安心して。まずは家事をして貰うために雇った10人から聞こうかな」


翠「何か質問がある人いる?」


奴隷達は顔を見合わせ首を振る


翠「じゃあ皆納得ということで紋章の契約でいいかな?」


家事担当の奴隷たちは各々頷く


翠「じゃあ帰ったらアルフ、アリア以外の人も名前を教えてもらうことにするね」


既に名前を覚えてるなんてと驚愕するアルフとアリア。普通は奴隷の名前など覚えることはなく、ましてや賃金を払うことなどはありえない。そんな翠のことをアルフは他の主人とは違った人なのかもしれないと少しだけ希望を感じていた


翠「じゃあ契約が決まった10人はクリケットさんのところに行って契約の準備をしてきてくれるかな?もう何人かと契約の話をしなきゃいけないから」


アルフ「かしこまりました」


アルフが先導して、皆をクリケットの元まで連れて行く。家事のために雇った奴隷との契約交渉が終わり、残りの者と契約交渉をしようと考えていた翠だったが


翠「さて…先程から睨んでいる男の獣人さん。何か言いたいことはありますか?」


…めっちゃ怖い…誰か助けて〜お巡りさんここに顔が怖い人がいるので捕まえてください


そんな理由で捕まったら大惨事ですよマスター


わかってるけど…助けてよピーちゃん


ご自分でなんとかしてください。あとピーちゃんは止めてください…キモイです


酷くない!?最近僕に対する態度ひどくない?


…そんなことないですよ


翠とピーでくだらない話し合いをしていると、男の獣人がいきなり声を上げた。それに驚いた翠は反射で超鑑定発動し、男の獣人のスキル、ステータス、そしてイヴァンという名であることがわかった


イヴァン「お前もあいつらと同じだろ!!獣人だからって軽蔑され奴隷に売られそうになった…そしてミーナにまで手を出そうとした。そんなやつらを倒し続けていたらこの有様だ!!だから俺とミーナを開放しろ!!」


会話の中に出てきたミーナというのはイヴァンの夫であることが超鑑定で分かっていた


翠「…悪いがそれはできない」


イヴァン「なんだと!?」


翠「君の気持ちも分からなくはないけど、僕は君達をお金を払って買ったんだ。それに僕が買わなかったとしても他の人に買われるんじゃないか?買われたとしてもミーナと一緒にいることは出来るのか?それに僕が君達を購入して解放してもいいけど君達はまた捕まるんじゃない?」


イヴァン「っ!!」


翠「現に君はミーナを守りきれなかったからここにいるんだろ?」


翠の言っていることは正しかった。実際に奴隷契約をされている今の現状では翠に反論する事は出来ない。そのため現状ではイヴァンは黙る事しかできなかった


翠「なら僕と勝負してみるか?君が勝ったらミーナとイヴァン、君達2人を開放してあげるよ」


イヴァン「…本当だな?」


翠「嘘をつくメリットがないからね」


イヴァンはここで気付くべきだった。翠がイヴァンの名前を知っているということに…もちろん翠がクリケットから名前を聞いた可能性もある。だが契約交渉までの時間が短かかったこと。家事のために雇った10人と契約交渉をしている際にアルフ、アリアの名前を知らなかったことで、クリケットから名前を聞いている可能性は低いと考えられる。それに気づくことが出来れば、自分のステータスが見られていると気づく事が出来た。だが、現状の殆どが鑑定すら使えない者が多く、またミーナ、イヴァン共に解放されるという事実に気が行ってしまったイヴァンはそれに気づくことはなかった


翠「それでどうする?やる?」


イヴァン「当たり前だ!!」


ミーナ「あなた…」


イヴァン「安心しろ。こんなやつすぐに…」


ミーナ「やめて!!」


イヴァン「何故だ!?ミーナ」


ミーナ「この人は悪い人じゃないと思う。私達を攫おうとしてた人たちとは違う気がするの…」


イヴァン「だが…こいつも同じ人間だぞ」


ミーナ「…そうね…でも皆がみんな悪いとは限らないわ」


イヴァン「そうだが…」


ミーナは温厚な性格の持ち主なようだ


ミーナ「それに私の…」


イヴァン「俺は納得できん!俺と戦え。俺に勝ったらおとなしく従ってやる」


翠「わかった」


翠が主人となることを認めないイヴァンはミーナの静止を聞くことなく翠と戦うことを望んだ。流石に死闘になるわけにはいかないため、ルールは相手が戦闘不能になるか降参をするまで、死に至らしめる攻撃や魔法は禁止としたもので行うことにした


イヴァン「合図はどうするんだ?」


翠「いらないよ」


イヴァン「舐めるなよ!!」


合図があってもなくてもお前の対処は簡単だ、と言わんばかりの態度にイヴァンは激怒し、一瞬にして足に力をいれ跳躍すると同時に翠に飛びかかる。イヴァンはこれでもかというほど力を込め翠に殴りかかったが、翠にとって団長よりも遅いイヴァンの攻撃はさらに止まったように見え、さらりとその攻撃を躱す


翠「どうする?まだやる?」


イヴァンがもう1度跳躍し攻撃を仕掛けようとするが、翠は一瞬で背後に回り込み攻撃を加ようとする。だがその直前にイヴァンがスキルを発動する


イヴァン「甘い!!絶対防御!!」


イヴァンが絶対防御のスキルを発動したと同時に翠の攻撃を防ぎ、瞬時に狙いを翠に向け、足で空を蹴り上げ斬撃を飛ばす。決まったと勝利を確信したイヴァンであったが、翠はその斬撃を軽々と手で弾き返してしまった。それに驚いたイヴァンは空きが出来てしまい、その間に翠は瞬時に後ろへと回り込み、振り返ったイヴァンの頬を殴り飛ばす。その衝撃でイヴァンは部屋の隅まで弾き飛ばされてしまう


イヴァン「ガァ!!」


頬を殴られ壁へとぶつかるイヴァンの元へ行く翠


翠「わかったか?どのぐらいの力の差があるか?」


イヴァン「うるさい黙れ!!」


イヴァンの気持ちを理解できる翠は、自分の素性を話し始める


翠「…僕はこの国の生まれじゃないんだ」


イヴァン「だからなんだ!!」


翠「そして故郷には僕の母親がいる…大事な人だ。だけど理由があって故郷がどこにあるのか、僕にはわからない、その人がどこにいるのかも…君が大事な人を守ろうとする気持ちも疑う気持ちもわかる。だから無理にとは言わない。本当に嫌なら今すぐに開放してあげる。だからどうするか決めていいよ」


イヴァン「…」


ミーナ「…あなた」


イヴァン「ミーナ」


ミーナ「この方を信じてみませんか?」


イヴァン「いいのか!?このまま解放されても…」


ミーナ「あなたは最初になんて言って戦ったんですか?」


イヴァン「最初……あ!」


ミーナ「そうよ。あなたは負けたら従うといったの…それを破るというのは獣人族としての誇りを汚すものよ。そんな掟も守れないような男と婚約した覚えはないわ!…でも、貴方が私を護ろうとしてくれるのはわかる。それはいつも感謝しているわ。でもそれとこれとは別。男なら一度誓った言葉は守りなさい」


獣人族の村には1つ決まりがある。誓った言葉は仲間であろうが、敵であろうが守れ!これが獣人族の掟である。この誇りと高いプライドから獣人族は強い種族として成長し、生き残ってきたのである


イヴァン「…そうだな。お前の言う通りだ…俺は…いや私は貴方様と契約を結ばさせて貰います。先程の無礼をお許しください」


ミーナ「私からもお願いします」


そう言うとイヴァンとミーナは共に頭を下げた


翠「こちらこそ。煽ったりしてごめんね。じゃあ二人はいいとして双子の兄妹はどうする?」


双子の兄妹は互いに目を合わせ頷く


翠「わかった。じゃあミーナさんクリケットさんと他の人達を呼んできてくれる?」


ミーナ「畏まりました」


クリケットと契約交渉を済ませた奴隷たちを呼びにミーナさんが部屋を出た後、翠がイヴァンに話しかけた


翠「…本当に良かったの?僕と契約することになっちゃったけど」


イヴァン「はい。妻の言った通り、私は一族の誇りを汚す所でした。どんな事があっても一族の誇りを汚すことは許されないのです。それにミーナに言われて目が覚めました。妻の目を自分の目を信じたいと思います!それと先程は申し訳ありませんでした」


翠「いいよ。大切な人を守るためだったら命も惜しくない。それを出来るのは凄くかっこいい事なんだと改めて思わされたしね」


翠にそう言われたイヴァンは自分のしたことが間違いではなかったこと、カッコイイと言われたことが嬉しくて涙が出そうになるのをぐっと堪えていた


イヴァン「…ありがとうございます!…ですが負けっぱなしも嫌なのでお仕えした後も挑戦させて頂こうと思っています」


負けず嫌いという性格から、そして翠の強さの一端も見ることが出来なかったことで、さらに翠の強さを知りたいという欲求が生じていた


翠「…あはは…それはお手柔らかに…」


        第11話終わり




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る