第113話 変わり身アンコウ

 木々が林立している夜の森の中であるにもかかわらず、アンコウは馬を走らせ続けている。アンコウは逃げているのだ。

 しかし、今のアンコウにとって逃げているというのは、戦っているというのと同義だ。


「死ねッッ!」

ザァアンッ!

「ぎやああーっ!」

ヒヒィィンッ!どざぁあんっ!


 アンコウは逃げながら戦い続けている。

 もう何人のグーシ兵の血を固く握りしめている魔戦斧に吸わせたのかもわからない。


「ちぃぃっ、くらえっ気弾っ!」

ボシュゥゥーッ!ボンッッ!

ぎやああっ!


 策など考える余裕もなく、次々に攻撃を繰り出していく。


(キ、キリがねぇぇっ)


 振り払っても振り払っても、次々に襲い掛かってくるスズメバチのように、敵兵がまとわりついてくる。


 ただ、ほんのわずかな救いは、約二十名の味方の戦士たちと共に、自然と一個の戦闘集団となって行動できていることと、少なくともここまでは、アンコウの予想以上に敵が弱いということだ。


 アンコウとしては、マラウトたちと共闘するつもりなどなかったのだが、あっという間に自分たちに追いすがる敵の数が増えて、単騎で、この乱戦か抜け出すことなどできなくなってしまった。


 気がつけば、

『あれこれ考えてる場合じゃない』という状況になっていた。



「アンコウ様ご無事ですかっ!」

 少し後方で馬を走らせているドルングが、大きな声で尋ねてくる。


 ドルングも、彼が乗っている馬も返り血を浴びまくっている。手に持つ剣で、何人もの敵兵を餌食にしていた。


「うるせぇっ!よそ見をするなドルングっ!やられるぞっ!」

「はいっ!」


 追いつめられたオオカミのごとく牙をむき出しにして暴れているのは、アンコウとドルングの二人だけではない。


 アンコウたち以上にマラウトの十九人の護衛兵たちは、まるで草を薙ぐように敵の命を刈り取り、これ以上あるじマラウトに傷ひとつつけさせぬとばかりに、獅子奮迅ししふんじんの働きをみせていた。

 そこには彼らの命を懸けた主マラウトへの忠義の心が見て取れた。


(特にあの大男、強いっ)


 アンコウがそう評するのは、マラウトの側に控えていた超重量級の戦士カラクだ。


 アンコウは、カラクが巨馬の上から大きな金属製の戦棍せんこんを振り落とし、その一閃で4,5人の敵兵が無力化されるところを何度も見た。

 圧倒的な敵の数に押され、逃げるしかないアンコウたちであったが、今のところ最前線の局地的な衝突においてはアンコウとマラウト側が圧倒している。


 しかし、それにしてもだ、

(こいつら、ほんとに弱いな)

 というのが、アンコウの敵兵に対するここまでの感想だ。

 そうでなければ、逃げる小勢が追う側の敵の多勢相手に、ここまで圧倒できやしない。


 敵の攻勢をうけ始めてから、そこそこの時間が過ぎている。その間、森の中をアンコウたちは逃げ走った。

 しかし、敵は次から次へと押し寄せてくるわりに弱兵のままだ。


(こいつらロクに訓練も受けてない。マシなのは装備だけで、徴発された農民兵なみだ)


 実際にアンコウたちが斬り倒していっている敵兵士たちは士気も低い。

 後ろから追い立てられて、否応なく最前線に押し出されてきているような印象をアンコウはうけていた。


(田舎軍隊の中でも、かなり程度が悪い)


 グーシたち反乱軍としては、マラウトの首さえ取れば勝てる戦いだ。しかもマラウトを守る者たちは20人ほどしかいない。


 普通なら功を望み、腕に覚えがある者たちが我先にとマラウトに殺到してもいいはずなのに、やってくるのは士気が高いとは思えない弱兵の群れ、これはどういうことか。


(敵に強い力を持つ者が少ない……いや、それにしても、)


 ここまでにアンコウが斬り殺した者のほとんどが普通人兵であり、抗魔の力を保持している者でも、その力のほどはかなり弱く、アンコウは苦もなく倒すことができた。


(これだけの数の優位があって、何か策でもあるのか)


 敵が弱いぶんには大歓迎だ。しかし、何かの策にはめられているのではないかと、アンコウは一瞬心配したのだが、それも即否定する。


(いや、ちがうな。……たぶん、グーシ側の連中はビビりやがったんだ………このマラウトの周りを固めている護衛兵たちは、ロワナでは屈指の戦士の集まりのはずだ)


 ここまでの戦いっぷりを見れば、カラクをはじめとするマラウトの護衛兵たちが、このロワナやコールマルのような田舎においては、間違いなく強者に分類される戦士たちであることは明らかだ。


 グーシ側にも、抗魔の力を保持する者はそれなりにいるはずだ。

 しかし、彼らはマラウトの身辺を守る者たちの力量を恐れ、個人の功名を追い求めることはせずに、犠牲者が増える覚悟で数の力で押しつぶすことを選択したのだとアンコウは見た。


(返り討ちにあって、自分が死んじまったら仕方がないとはいえ、マラウトの首を自分が獲るという功績を皆して放棄したのか)


 功名乞食こうみょうこじきにもなれないほどの弱兵の群れであるならば、こんな有難いことはないと、アンコウはそうであってほしいと願った。


「……ならば、いま前線に出てきているグーシ兵の中には、カラク以上の力を持つ者はいないかもしれない」


 敵の中に、自分以上の強者がいないことは、アンコウにとって僥倖ぎょうこうだ。


(後の問題は数だけ。だけど……)


「その数が確かに厄介だっっ、セイイッ!」

ズガッッ!

「ぎやああっ!」


 アンコウたちに向かってくる敵の数は、まだ当分減りそうもない。

 ツゥンツァイの豊かな森。その木々の心癒す緑の匂いや豊饒な土の匂いよりも、今は人が撒き散らした血の臭いのほうが強く漂っている。



「マッ、マラウト様っ!大丈夫でございますかっ!?」


 護衛兵の一人が大きな声をあげた。その兵士が騎馬のままマラウトに近づいていく。


「だ、大丈夫だ。持ち場に戻れっ」

「し、しかし」

「よいっ、…戻れっ!」

「ハ、ハッ」


 その光景を視界の端で見て、

アンコウは、「チッ」と 舌打ちを漏らす。


 敵が弱兵ばかりを押し出してきてくれているおかげで、今のところマラウト側の兵士には一人の死者も出ていない。

 しかし、一人だけ明らかに様子がおかしくなってきている者がいた。

 それは、こちら側の大将、ロワナ領代官マラウトその人だった。


「……くそっ。あれはマズいな、体力的に限界が近づいている」


 アンコウだけの思いではない、おそらくここにいる誰もがそれを感じ取っていた。


 アンコウたちを含め、ここにいるマラウト側の人間の中で、抗魔の力を有していないのは代官マラウト一人だけ。

 その上、ケガのダメージが蓄積されたままで、この逃亡劇を演じている。

 何とか馬を走らせ続けてはいるものの、マラウトの体がふらりふらりと揺れ始めていた。


「チッ、足手まといな奴だ」


 アンコウは、その一言で吐き捨てるが、マラウトの兵士たちは当然そういうわけにはいかない。


 彼らにとっては、マラウトこそが命を捨てでも守るべき存在であり、自分が生き残ってもマラウトが死んでしまえば何の意味はない。

 自然と徐々に馬を駆る速度が全体的に落ちてくる。



ズザァン!ぎゃああーっ

 アンコウの魔戦斧が、また一人の兵士の頭をたたき割った。


 彼らと行動を共にしているアンコウも、同様に馬の速度を落とさざるをえない。


 アンコウはマラウトの護衛兵たちとは違い、マラウトが死んでも自分が逃げることができればそれでいい。

 何ならマラウトを撒き餌にして逃げることにも躊躇ためらいはない。


 しかし、今は周囲を敵に囲まれ過ぎている。

 マラウトたちの集団から離れれば、それだけ一人で相手をしなければならない敵兵の数が増え、それに時間を費やしているうちにマラウトたちがまた追いついてくる。


 まるで、自分が率先してマラウトのために戦っているような状態になるだけだ。


「……辛抱、辛抱だ。もう少し、もう少し敵を倒せば、必ずマラウトたちの集団から抜けても、逃げることができる道が開けるはずだっ」


 敵の数は確かに多い。しかし、自分たちはここまでにかなりの数の敵を倒した。

 にもかかわらず、未だ敵は最前線に弱兵しか出してこない。

 ならば、もう少し味方が惨たらしく殺されていく姿を見せつけてやれば、いずれ敵の肉壁兵の群れに崩れが生じるに違いないと、アンコウは自分に言い聞かせながら魔戦斧を振るい続けた。


(焦るな、焦りは禁物だ。敵を斬り続けるんだ)




 はやる気持ちを抑えて、戦い続けたアンコウの辛抱がついに実る。


「おっ!?」


 アンコウの右手前方に視界が広がったのだ。間が空くことなく続いていた敵兵の攻撃に、ついに隙が生じた。


(!よしっ!)

 アンコウはその隙を見逃すことなく、一気にその方向に馬を駆る。


「いけっ!」

バシッ!ヒヒイィンッ

 バカラッバカラッ!


 アンコウは周囲にいた敵兵を一気に引き離す。

 

(よし、よしっ、抜けたぞっ。この方向には、敵の追撃が間に合っていないっ)


 その時、ようやくアンコウの行動に気づいたドルングが―――

「アンコウ様っ お待ちをっ」 と声をあげた。

 その声はアンコウの耳にも届いたが、この状況でドルングを待つ気持ちはない。


 ただそれでも、わずかにドルングを気遣う心が動いたのか、アンコウは声が聞こえた後方に首だけを向けた。

 そのアンコウの視界に、アンコウの後を追い馬を走らせるドルングの姿が、木々のあいだのかなり後方に、わずかに見え隠れしていた。


「まぁ、がんばってついて来いよ、ドルング」


 しばしドルングの様子を目で追ってはいたものの、やはりアンコウはドルングを待つという選択はしなかった。

 アンコウはさらに馬の速度を上げるべく、前方に視界を戻した……その瞬間、前方から自分に向かって、かなりの速度で飛んで来る物体が視界に入った。


「!なっ」

ヒユゥーンッ!

「矢かっ!くそっっ!」

ギィィンッ!


 アンコウはとっさに戦斧を振るい、矢を弾くことに成功した。

 しかし、不意を突かれたアンコウは大きく態勢を崩し、手綱から手が離れ、その体も馬の背から離れてしまった。

 しかも、そのアンコウに向かって、次々と矢が飛んできていた。


「ちぃぃっ!」

ギィンッ!カンッ!キィンッ!


 アンコウは体が宙に浮きながらも、巧みに矢を弾き、地面に着地。着地と同時に木の影へとダイブした。


ヒィィンッ!ドォサアンッ!

 アンコウが乗っていた馬には何本も矢が突き刺さり、地面に転がり倒れ伏す。


「ちぃぃっ!くそったれっ!」


 大きな木の幹に隠れながらアンコウは怒りの言葉を吐き出した。少し離れた場所に弓兵が伏せられていたようだ。


「こんな下らねぇ策は思いつきやがるのかっ、こいつらはっ!」


 アンコウに放たれた矢の勢いは強く、明らかに抗魔の力を持つ者が放ったと思われる攻撃だった。

 グーシの反乱軍は、力ある者を直接マラウトの首を獲りにいかせるのではなく、矢を持たせ遠距離攻撃に使ったようだ。


「くっだらねぇ!ほんとくだらねえっ!二千対二十で普通使う策じゃないだろうがっ!」


 しかし、まんまとその下らないに策にハマったアンコウだ。

 その自分に対する何とも言えない居心地の悪い感情が、そのまま怒りに転換しているようだ。


「ちくしょう……」


 アンコウはジッと飛んでくる矢が止まるのを待つが、なかなか止まらない。


「チッ。連中、目くらめっぽうにうっていやがる」


 これは、いま矢を撃ってきている兵たちの指揮がお粗末な証拠だ。

 実際この矢はアンコウが隠れているところを狙ってるとは思えないし、当然、マラウトたちのところには全くとどいていない。


「こんなポンコツ攻撃に俺はハマったのか……」

 赤面もののアンコウだ。


「ただ、これは本格的にまずいな……」


 アンコウの表情に強い焦りの色が浮かび始めていた。

 今の状況で、アンコウが敵軍の配置や動き全体を正確に把握するのは不可能だが、ポンコツ攻撃とはいえ、明らかに自分たちに対する包囲網が二重三重に出来上がりつつあることがその攻撃からうかがえた。


(たぶん、あの茂みの向こう側にいる弓隊を突破しても、その後ろにもいるな。……それでも、敵もマラウトがいる位置はもう把握しているはずだし、俺一人突っ込んで突破すれば、逃げ道を開くことができる可能性はある。

 ただ、成功するかどうかは完全に運次第だ……)


 アンコウは、ふぅーっと、大きく息を吐く。

 アンコウはここまで、極力手傷を負わない様に注意して戦ってきた。


(ここを強引に突破しようと思えば、さすがに無傷じゃすまないだろう)


 元々アンコウには全く関係のない戦いだが、今となってはそんなことを言って許してくれるグーシの兵は一人もいない。

 アンコウは、はあぁぁーっと、大きく息を吐き出して覚悟を決める。


(仕方がない。迷っている時間が長くなればなるほど状況は悪くなるだけだ。

 何とかこの包囲を突破して、ここを離れる。その間に、あのマラウトって代官が首を獲られたら誰も追ってこなくなるだろう)


 アンコウがちらりと振り返ると、まだこちらに近づくことができず、矢のとどかない場所で剣を振るっているドルングの姿が小さく見えていた。


(……逃げるだけだからな。この状況で、一人が二人になっても大差はない。生きてればドルングのやつは追ってくるだろう。

 ……よし、矢の勢いがおさまったら一気にいくっ)


 他人の喧嘩でケガをするのは馬鹿らしいと、逃げることを第一に考えて今一つ戦闘自体には力が入っていなかったアンコウの目つきが変わる。

 アンコウは大木たいぼくの影に身を潜めながら、魔戦斧との共鳴を高めていく。


「ひひっ、邪魔な奴は全員ぶっ殺してやる」


 矢はまだ飛んできているが、落ち着いてみれば大して怖くはない。

 矢は確かに速い。しかし、森が光って見えているアンコウには、はっきりとその矢の軌道は見えているし、不意を突かれなければ、あれが自分に当たるとは思えなかった。


「しかも、手あたり次第を撃ち込んでいるだけで、技術も練度も足りてない……冷静にやれば何とでもなる」


 気合を入れなおし、集中力を高めて、敵に突っ込むタイミングをうかがう。


「ん!?」

 その時、アンコウの知覚が森の空気の変化を感じ取った。


(……何だ?まだ微かだが、遠くから響いてくるこの振動。……まさか敵の一斉攻撃でも始まるのか)


 今にも突撃を敢行しようと腰を浮かしていたアンコウが、再び物陰にしゃがみ込んだ。

 そのアンコウの耳に、徐々に大きくなってくる振動とかすかな悲鳴が、夜の冷気と共にとどけられた。


(!?どこか別の場所で戦闘が起こっているのかっ。これは……敵の一斉攻撃じゃないっ……)



 しばし様子をうかがいながら考えを巡らした後、アンコウの口角がニタリとあがる。

 アンコウは、遠くから聞こえてくる悲鳴は、おそらくグーシ軍のものだと察知した。


 マラウトやアンコウたちを取り囲むように攻撃し、追い詰めてきている敵のさらに外側から、奴らを攻撃する者が現れたのだと。


「……この地面を伝わってくる振動、かなりの速さでこっちに近づいてきている」


その時、

 ヒユユウゥゥーーッーーパアァーンッ!


 光の尾を引く光球が空にあがり、夜空の星よりも明るい光を発しながらぜた。

 それは、アンコウがいる場所より少し離れたところ、 マラウトたちの一団がいる辺りから打ち上げられた。


「……精霊法術が閃光弾代わりか。派手だな」


 アンコウが眩しげに、その夜空で爆ぜた光を見上げている。


 閃光弾代わりに精霊法術を夜空に向かって発動したのは、マラウトの護衛兵の一人だろう。

 マラウトの護衛兵の中にはダークエルフやドワーフの姿もあり、ここに来るまでに彼らが精霊法術を使い、群がる敵を排除していく姿をアンコウは見ていた。


 何のために放った閃光弾か、間違いなくマラウトたちも、この戦場に生じた状況の変化に気づいたのだ。


「おそらく、援軍、だな……ほんとに来やがったのか」


 マラウトが期待していた援軍が、どうやら本当に来たらしい。

 そいつらに、より正確な居場所を教えるために閃光弾を放ったんだと推察し、アンコウの顔にも喜びの笑みが浮かぶ。


 そのまま木の陰に隠れながら、アンコウが様子をうかがう時間が長くなるにつれて、地面を揺るがす振動は大きくなり、悲鳴、罵声の声も大きくなっていった。

 そのうちに、アンコウの周りを飛びかっていた矢の数が、明らかに少なくなっていく。


(……よし、ここらでいいだろう)


 今だと、意を決したアンコウが一気に大木の影から飛び出した。

 矢が飛んできていた方向に向かって一気に走るアンコウ。速い。

 弾丸よりも速くとまではいかないが、矢よりも速いのではないかと思わせるスピードで突き進んでいく。


 そのアンコウに向かって、数は少ないながらも、ビュンッ ビュンッ!と、矢が襲いかかってくる。

 それを、ギィンッ ギィンッ! とアンコウは魔戦斧で弾き返す。


「そこかっ!」

 その攻撃は、逆にアンコウに正確な敵の位置を教えることになる。


 アンコウは一気に接近をはかり、

ザァンッ!「ぎやああっ!」

 キンッ!カンッ!ザグッ!「うがああっ!」

ヒュンッ!ドォォオンッ!


 金属音が響き、悲鳴が聞こえ、怒声が続く。

 風がうなり、土ぼこりをあげ、爆音が響き渡る。


(さっきまでの奴らよりは強い。だけど、十分やれるっ!)


 アンコウが突っ込んだ場所にいた敵の数は思ったよりも少なかった。

 かなりの数がすでに移動したようだ。


(北のほうで大きい衝突が起こっている。たぶん、そっちの戦いに回されたのか)


 アンコウは敵を斬り裂き、精霊封石弾を投げつけ、敵の死体を増やしながら森の中で少し高くなっている場所まで駆け抜けた。


――――――


「……!見えたっ!」


 盛りあがった土の上に立つと、アンコウの目にもう一つの戦場の景色が見えた。

 マラウトの援軍と思われる馬群が、森の中を走っているとは思えない速さで、連なる矢のように突き進んでいく。


 その進行方向にいるグーシの兵たちは斬り倒され、弾き飛ばされ、その進攻を食い止めることができない。


「……三、四百騎はいるな。真っすぐ閃光弾があがった方向に進んできている。まず間違いなくマラウトの援軍だろう。グーシのポンコツ兵団よりは、ずいぶんとマシみたいだ」


 目を細めて、さらにアンコウは遠くの森へと目をやる。木々が揺れ、鳥が騒いでいるのが見える。


「……その奥にもまだいそうだ。マラウト側の援軍の後続か、歩兵中心の部隊かもな。あれと合流できれば、命がけの戦いは仕舞いにできる」


 さてどうするか と、アンコウは考える。



パカラッパカラッ!

「アンコウ様っ!」


 ドルングだ。敵に行く手を阻まられ、一時アンコウの姿を見失っていたドルングがようやく追いついてきた。


 アンコウもドルングの接近に気づいていたが、わざわざ振り返ることなく、今も刻々と近づいてきている前方の戦いに注視し、何やら考えを巡らしている。


「……アンコウ様、」

 ドルングがまだ息の荒い馬の背から降りようとすると、

「まて、降りるな。必要ない」

 アンコウが制した。

 そしてアンコウは、くるりと身をひるがえす。

「ドルング行くぞ」

 と言い、なだらかな坂道を駆け上ってきた方向に、再び下り降り始めた。


「!アンコウ様、どこへっ?」

「マラウト殿たちのところへ戻るぞ!」


 そのままアンコウは、敵の死体を避けながら全力で坂を駆け下り、坂の下で主をなくしてうろついていた駄馬に飛び乗って、馬を駆る。


「アンコウ様っ!」

 今度はドルングも遅れることなくアンコウについてきていた。


 ついさっきまでマラウトに敵を引き寄せて、その隙にこの戦場からの脱出を図っていたアンコウだが、今またそのマラウトのもとへと全力でひた走っていた。


(このままあっちの戦場に突っ込んでいったらやばい。俺はどっちにも敵認定されてしまう。だけど、今マラウトと合流すれば、あの援軍は間違いなく俺の味方にもなる。

 あれと合流できれば、この危地を脱出できる可能性は間違いなく高まるだろう。敵は数だけのポンコツが主体みたいだからな。

 それにマラウトの奴は、なかなかの人格者気取りだった。

 俺の正体を知ってるのは間違いないだろうし、ああいうタイプは味方のふりをしておけば、それなりの待遇をしてくれそうだ。

 ならば、いま俺がすべきこと……まずは全力で味方のふりをすることだっ)


 アンコウは魔具鞄の中をまさぐる。


「せいっっ!」

 アンコウは取り出した精霊封石弾を全力で天高く放り投げた。

ドオオォンッ!

 暗い夜の空に、火の玉が生じる。


 そして、アンコウは大きく息を吸い込み、

「マラウト殿っ!援軍を連れて来たぞっっ!」

 夜の闇が震えるような大声で叫んだ。


 むろん、近くまで来ている援軍とアンコウは何の縁もゆかりもない。何となく自分が連れてきたように見えればそれでいいのだ。


 そのアンコウの叫び声を聞いたドルングは、自分じぶんが忠節を尽くすべき主君であるコールマル領主アンコウの背中を実に複雑な眼差しで見た。

 自分の意思とは関係なく最近仕えることになった この主君のことを、ドルングはまだそこまでわかっていない。


 アンコウの変わり身はとても早く、自分の得になるのなら、恥も外聞も知ったことではないのだ。


「マラウト殿っ、いずこにおられますかっ!」


「アンコウ様………」


 バカラッバカラッ!と、アンコウとドルングは、戦場の真っただ中、馬を走らせ駆け抜けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る