第89話 辺境は賊ばかり

 戦いは一方的だった。賊の中にはカルミはもちろん、アンコウと伍することができる戦士もいなかった。

 ただ、たしかに、

(なるほどなぁ、確かに、結構いい装備を着けているヤツが混じっている)


 おそらくつい最近まで、民衆から合法的に富を吸い上げる側にいたのだろうと思われる者たちが、少なからず混じっていた。

 あるじがグローソン公に歯向かい、破れ、全てを失ったのだろう。無論、そんな個々人の事情はアンコウたちの知ったことではないし、やることは変わらない。


ザァンッ!ザグゥゥ!ドシュウゥゥ!

 血飛沫ちしぶきがあがり、命の花びらが散る。

ぎゃあぁぁー うぎゃああーっ と悲鳴がこだまする。


 血をまき散らし絶叫しているのは、いずれも森の中より現れた賊徒どもばかり。

 アンコウ、カルミ、ダッジ、ホルガの突撃を賊徒どもはわずかな時も押し留めることができなかった。


 破れかぶれとなり、アンコウに向かって白刃を振りかざして突撃してくる者がいる。


ヒュュウンッ!

 そこに空を切り裂き一本の光矢が飛来。アンコウに突撃してきた男のこめかみ辺りに突き刺さる。


ザグゥッ!

 ズザアアーーッ

 男は声もなく、地面を転がり、もう二度と動くことのないモノとなる。


 アンコウが、ちらりとくだりおりて来た丘のほうを見れば、その中ほどの岩の上に立つテレサの姿。そのままテレサは次々と光の矢を放つ。



 敵の半分ほどの命を奪った時点で、残りの賊共も潰走をはじめた。

 アンコウ一味もこの賊徒集団も、ほぼ人間族と獣人族で構成されていた。人間族と獣人族の種族間の能力差は小さく、共に妖精種よりはるかに劣る。


 また、この世界において、普通人と抗魔の力保持者との戦闘能力の差は絶対的なものがあり、賊徒側にも、いつものことながら、わずかに抗魔の力を有する者もいた。

 しかし、それゆえに戦闘開始早々から真っ先に狙われ、次々に狩り取られていった。


 どうやらダッジやホルガでも、問題なく斬り伏せることができる敵しかいないようだ。

 カルミに至っては、抗魔の力のあるなしに関わらず、まるで宙に浮かぶシャボン玉を割るかのように敵の頭をざくろにしていった。

 この賊徒どもは、目をつけ、襲いかかる相手を間違えたというほかない。



「敵が弱いっていう点だけは、辺境万歳だな」


 アンコウはすでに戦闘を停止し、戦場の真ん中で周囲を見渡している。

 ダッジもすでに自身は戦闘を止め、手下どもにいつものごとく指示を出している。


「てめぇらっ!いつもどおりだ!魔具鞄を持ってるヤツだけは逃がすんじゃねぇぞっ!あとは放っとけ!」


 おう!へいっ!はいっ! 手下どもが戦場の興奮のままに威勢よく答えている。

 アンコウはその様子を眺めつつ、まぁ最後の仕上げぐらいこいつ等にも働いてもらわないとな と、味方の兵士たちを見ながら考えていた。


(………こっちは、2,3人やられた程度か。まぁ、この程度の相手なら、こんなもんだろうな………)


「アンコウ!」

「ん?」


 アンコウが名を呼ばれたほうを見ると、カルミが馬を走らせ近づいてきていた。


「アンコウっ、もうテレサのところにもどっていい?」


 カルミが子供らしい小首を傾げる仕草をしながら、アンコウに聞いてきた。

 しかし、カルミが手に持つメイスからは今も血がしたたり落ち、顔にも体にも敵の返り血を浴びている。

 カルミのごく自然な様子をみるに、その心には何ら動揺は生じていないのだろう。


(………やっぱりドワーフの血なんだろうな。たとえ抗魔の力を生まれ持っていたとしても、純粋な人間の子供じゃあ、こうはならないはずだ………)


 アンコウは、親が死んだ時点で、カルミには人間の里で暮らすという可能性は消えたのだろうと、その姿を見て思う。


「………ああ、行って血を拭いてもらえ」

「はーいっ」


 カルミは顔に飛び散った返り血をそのままに、にっこりと笑い、テレサがいる丘のほうに馬を駆け出していく。



――――――――



 シクたちは、アンコウたちと賊が戦闘を行っているあいだ、結局最後まで、まったく動かなかった。


「……シク様」

「ふふっ、本当に何もする必要もなかったな……」


 初めから様子見を決め込んでいたシクではあるが、戦える手勢を20人ほどは連れて来ており、いざとなれば、戦いに参加するつもりだった。

 しかし、終始アンコウたちの優勢は変わることはなく、自分たちが行っても邪魔になるだけだと感じさせるほどの一方的な戦いで終わった。


「シク様、新しい御領主様らと、なにより………あの少女は……」

「ああ、思っていたよりも強い御仁らのようだ」


 この戦闘がはじまってから、かなり驚かされ続けたシクであったが、今は落ち着きを取り戻している。


「………もう、いいだろう」


 眼前で繰り広げられていた戦闘は、ほぼ終結している。

 そしてシクは、ふうぅぅーーっ と一度大きく息を吐き出した後、

「いこう」 とまわりの者に声をかけ、ようやく馬を進めて丘を下り始めた。


――――


 丘をくだりる途中の傾斜面に、弓矢を武器にしていたテレサたちが陣取っていた。


 テレサの働きもまた、シクにとっては驚きだった。

 ワン‐ロン軍ではドワーフ弓兵たちがごく当たり前に使用していた魔矢筒であり、精霊法力を用いた光の矢であるが、人間族でそれを使えるものはごく限られている。


(あの女もまた、ただ乳と尻がデカイだけの、アンコウ様の奴隷女ではなかったということか)


 シクは、テレサの戦いぶりを見て、テレサもまたアンコウの戦いの手駒であると理解した。ただ、テレサに関していうと、それは少しだけ違う。

 テレサ本人は未だ戦うことに慣れてはおらず、今しがた何人もの人間の命を奪っておいてなお、自分自身が戦士であるなどと自覚していない。


 テレサは賊が現れる少し前、アンコウの昼食の世話をした。

 テレサは今朝、小さな谷に流れる小川のせせらぎでアンコウの服を洗濯した。

 テレサは昨晩、関所の小さく粗末なベッドの上で悦楽の声を押し殺しながら、激しく求めてくるアンコウに抱かれた。

 そちらが自分の仕事であり、戦場は恐ろしく、弓矢を取ることよりも、ただ乳と尻がデカイだけのアンコウの女であるほうがいいと本人は思っている。



 少し前、そのテレサたちが陣取っている場所に、

 テレサ、ただいまぁ! と、元気な声を出しながら、カルミが戻って来ていた。


 カルミはテレサの前まで来た時、両手を自分のももにピシリとつけて、テレサの前におとなしく立っていた。

 そしてテレサは、綺麗な布を手に、自分の前に立つ小さな女の子の顔を拭いてあげた。


 その時のテレサの手は、かすかに震えていた。


「?どうかしたの、テレサ?」

 カルミが閉じていた目を開いて聞くと、

「ん?何でもないわよ、さぁ、まだきれいに拭かないと」

 そのテレサの口調はいつもどおりだ。

「は~い」

 カルミはまた、おとなしく目を閉じた。


 テレサが持つ白い布は、もう半分以上が真っ赤に染まっている。テレサの手はまだかすかに震え続けている。

 テレサはその手に持つ布が、完全に赤い布に変わるまで、カルミを拭いてあげた。


 テレサも、カルミが戦わなければならないことはわかっている。カルミがここにいる味方の中で一番強いこともよくわかっている。でも、


――テレサは膝を折り、カルミをギュッと抱きしめた。


「んん~?テレサぁ?」

「………きれいになったわよ、カルミちゃん」

「んっ、ありがとテレサっ。アンコウがね、テレサに血をふいてもらってこいって言ってたんだよ。テレサ、カルミがお願いしなくてもふいてくれたっ」

「…そう、きれいになったわ」

「へへへっ」



 今は、のんびりと斜面に座っているテレサとカルミ。

 その二人の横を会釈をしながら通り過ぎる時、シクたちは恐怖混じりの目で、ちらちらとカルミを見ていた。

 そして、シクたちはさらに下へと、アンコウたちがいるところに向かって進んでいく。





「ダッジ隊長!みてくだせぇっ、これとこれとこの魔具鞄の中っ。食料でいっぱいですぜっ!あっちにゃあ、酒も入ってるっ!」

「てめぇらっ、ちょろまかすんじゃねぇぞっ!分捕り品は全部こっちに集めるんだっ!」


 ダッジが手馴れた様子で、全体に指示を出している。

 今度の戦いも数名の犠牲者のみでしのいだアンコウの兵士たちが、討ち取った敵の死体に群がり、次々に身ぐるみをいでいく。


 そんな中、丘の上より下りて来たシクたち。


「「「…………………」」」

言葉少なく、アンコウたちの行いを見ている。


 アンコウたちのなりを見ても、さすがに本物の山賊ではなかろうと思っていたシクの考えが揺れる。シクに付き従っている護衛の者たちが眉をしかめていた。


 アンコウは未だ馬上に。そのアンコウの前に次々に分捕り品が積み重ねられていった。


「へぇ~、予想以上だな。これまでの分、全部合わせたのと同じぐらいあるんじゃないのか」


 アンコウも頬を緩めながら、それらを眺めていた。そんなアンコウの元にシクがやってくる。


「ア、アンコウ様、お見事でございました」

「ん?ああ。お前たちは何もしてないから、分け前はないからな」


 一瞬自分たちが高みの見物を決め込んでいたことを責められたのかと思ったシク。


「も、申し訳ございません。アンコウ様たちのあまりの強さに割りいる隙がなく……」

「………あまりの強さねぇ、俺たちはイェルベンからの落ちこぼれだぜ。このコールマルは山賊相手にでも城を落とされるんじゃないのか」

「い、いえ、さ、さすがにそんなことは……」


 嫌味を少し言いはしたが、アンコウは特別シクに対して敵愾心を持っているわけではない。ただ、シクとの会話にハナから興味はないようで、アンコウはすぐに視線を元に戻した。


(山賊を狩る義勇団。これで意外と本気で食っていけるんじゃないのか)


 なにやら面倒くさそうな連中が待ち受けているハリュートに行くよりも、アンコウにとってはよっぽど魅力的な選択肢だ。


(だけど、今逃げたら間違いなくグローソンの連中からの追っ手がかかるだろうし、そうなったら、まぁ、俺は間違いなく殺されるな)


「………まぁ、とりあえずハリュートには行かないと仕方がないよなぁ」


 未だに、うじうじと一人考え事を巡らしているアンコウの元に、馬に乗ったホルガが近づいてきた。


「あの、アンコウ様よろしいですか?」

「何だ?」 とホルガのほうに顔を向けたアンコウ。

「ん?」 ホルガの後ろに付き従ってきていた何名かの兵士たちの姿がアンコウの視界に入る。


 そのうちの一人は、アンコウも知った顔のリューネル。その後ろに、もう5人。その5人の顔にアンコウは見覚えがない。


「………ホルガ、捕虜は獲るなと言ったはずだぞ。殺すか放っておけと」


 捕虜を養う余裕などないし、味方に組み入れるにもあまりに信用が置けない。

 歯向かうヤツは殺せばいいし、逃げるヤツはお宝を持ってなさげなら、放っておけばいいとアンコウは考えている。


 逃げた賊が、またどこかで悪さを働こうが、それはアンコウの知ったことではない。


「はい、そうなのですが、この5人はこのリューネルの顔見知りのようで。何でも無理やり、この賊徒の仲間にされていたとか」


「へぇ」

 アンコウはそれでも興味なさげだが、ホルガの後ろに必死の形相で控えているリューネルが言わんとしていることは予想できた。


「ア、アンコウ様っ」 リューネルが一歩前に出てくる。

「こ、この者たちをこちらで雇っていただけないでしょうか?元々悪い人間ではないんですっ。住んでいた土地を私同様、戦乱で追われて、逃れ逃れて、この賊の一味になっていたのも脅されて仕方がなく」


「リューネルよ。脅されて、この程度の賊の手下をやっているようなやつらがなんの役に立つんだ?お前の知り合いにタダメシ食わせてやる義理はないぞ」


「は、はい。この連中は皆、確かに剣の腕はありませんが、私が商家で働いていた頃の知り合いで、文字は書けますし、算術の腕も確かです…………」


 紙の上での文字や算術は、戦場では何の役にも立たない。

 そのことは、この戦闘でもほとんど役に立っていなかったリューネル自身もよくわかっており、その言葉はどんどん尻つぼみになっていった。


「……ふぅん……。ホルガ、この戦闘で何人死んだ?」

「今確認しているだけで4人です、アンコウ様」

「そうか………」


 わずかに考えたあと、アンコウは視線を後ろに控えている5人の男たちに向ける。


「おいっ!メシは一日二回っ、給金は当分払えないっ、朝から晩まで働くことっ、裏切り、命令違反は許さない!」

 アンコウはそれだけ言って、じっと5人を見つめる。


 そのアンコウの言葉の意味に、まず気がついたのはリューネル。リューネルは、バッと地に伏し、

「あ、ありがとうございますっ!」 と言った。


 そのリューネルの行動で、やっと自分たちが許され、雇い入れられたことを理解した5人も、リューネルに習い地に伏し、次々に ありがとうございますっ と礼を述べていた。


「お前ら、この分捕り品を荷馬車まで運んでいけ」

「「「は、はいっ」」」


 そんなアンコウに、またシクが近づいてくる。しかしアンコウは、何か話しかけてこようとするシクを無視して、馬首を丘の上に向ける。

 そして一人、移動をはじめた。



「………やれやれだ。でもこの程度の相手なら、武器を担いで戦っているほうが楽でいいな」


 ハリュートに行けば、そこには武器を使わない戦いが山ほど待ちうけているはずだ。読み書きや算術ができるやつのほうが使える仕事もあるだろう。


 小領といえども人の欲望の有様に変わりはなく、権力などが関れば、それは極めてドロドロした醜いものになる。

 人は、猫の額ほどの土地を奪い取るにも競争者を皆殺しにできる生き物だ。アンコウは一応、その恐ろしさ、面倒臭さをわかっている。


「ふぅーーっ……」

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