第88話 おかしな御領主様御一行

 アンコウたち新領主一行は、関所を抜け、コールマル領内に入り、中心城市ハリュートを目指し、北東に進路を取る。

 その一団を案内し先導しているのは、ハリュートの執政府から遣わされてきた男 シクだ。


 シクは馬にまたがり、一行の先頭にいる。徒歩の者も多くいることもあり、その移動速度は速くない。


 シクの横には奴隷の獣人戦士ホルガがいる。アンコウは自らが目立つことは望まず、ホルガに先頭に行くよう命じた。

 アンコウとしては、不意打ちにでもあった時に、領主の俺が目立っていたら俺の身がヤバイだろう と思ってのことだ。


 一方、コールマル側の出迎え人であるシクとしては、新領主のお国入りに、奴隷女が馬上にて先頭に立つというのは如何いかがなものかという思いがあったが、自分がそれを指摘できる立場にないことは理解していた。


 それゆえ口に出して言いはしないものの、シクは関所からここまで、内心ずっと首を傾げていた。


(この一団はいろいろとおかしい)


 少なくとも、シクが当初考えていた よくいる貴族や豪族とはあきらかにちがう。 


 さすがに本物の山賊だとは思わないものの、

(……成り上がりの傭兵団か何かなのか……それにしては人数が少ない……)


 新領主のアンコウ、それに自分を脅したダッジ、いま横を併走するホルガという奴隷の女獣人戦士、彼らが連れてきた数十人の兵隊のなり

 もう少し数がいれば、領地持ちとなれるだけの戦功をあげた傭兵団だと言われても、すぐに納得できる有様ありようなのだ。


(少なくとも普通の貴族や豪族が持つ常識はない連中だ)


 シクは、ちらりと後ろを振り返る。

 一団の先頭を進むシクの後方には、一台の馬車が ガラゴロとついて来ている。

 なかなかに豪奢ごうしゃな装飾も為されている立派な馬車。これはシクが、新領主のお迎え用にと準備したものだった。


 シクたちは、やって来た新領主一行をわざと関所で待たせるという、言ってみれば、あなた方を歓迎しないというコールマルの既存勢力側の意志をわざとらしく見せた。

 しかし、相手がグローソン公から正式に知行地としてコールマルを与えられた領主である以上、その受け入れ自体を拒否することはできない。


 ゆえに、歓迎しないという意思表示をすると同時に、それ相応の受け入れの準備も、ちゃんと整えてきていた。そのひとつが、この豪華な送迎馬車だ。

 しかし、そのガラゴロと進む馬車の中に、アンコウは乗っていない。


 アンコウは騎乗しての移動を希望して、馬車には乗ろうとしなかった。

 そして、先頭を行くこともホルガに任せ、自身は今、その馬車の少し横で馬にまたがり、ゆっくりと進んでいる。

 ならば馬車の中は、今は空かというとそうではない。


「おーい、アンコー、ぶどうのジュースがあったよ。飲んでいい?」

 馬車の中から、小ぶりもっさりアフロが顔を出す。カルミだ。

「ほら、これこれー」


 カルミは手にボトル瓶を持ち、馬車の中から体を大きく乗り出してきた。


「カルミちゃん、危ないわよっ」

 それをもう一人、馬車に同乗している人物が制止する。

「だいじょうぶだよ、テレサっ」


 アンコウがカルミに聞く、

「カルミ、それ本当にジュースか?酒なんじゃないのか?」


「ん~、ジュースだよ。ねっ、テレサっ」

「え、ええ、ワインもありますけど、これはジュースみたいです」

 馬車の中から、テレサの声が聞こえている。


「そうか……、おいっ、シクっ!」

 するとアンコウが、突然、前方にいるシクに声をかけてきた。


「えっ、あっ、はいっ!なんでございますかっ!」

「馬車の中の飲み物、毒入れてないだろうなっ!」

「なっ!?そ、そんなことはいたしませんっ!」


 それを聞いてアンコウは、一旦シクのほうに向けていた視線を再び馬車のほうに移す。


「だとよ。好きなだけ飲めよ。腹壊すなよ」

「はーい」


―――馬車の中の者たちとアンコウとの会話が終わる。


 何なんだろう と、シクは思う。

 この辺境の小領にはふさわしくない豪奢な馬車をわざわざ用意したのに、やって来た新領主であるアンコウにはまったく喜ぶ気配はなく、

 結局、その新領主のために用意した豪奢な馬車に乗り込んだのは、小ぶりアフロの小さな子供と、30前ぐらいの乳と尻の大きい奴隷女。


(女のほうはアンコウ様の慰み者か、しかしずいぶんと良い扱いを受けているようだ……それにあの子供のほうにいたっては、)


 あのカルミという子供は、完全に新領主と対等に接している。

 はじめはアンコウの子供かとも思ったシクだったが、どうもそうではないようで、しかもあの子供は、シクが連れて来た護衛の抗魔の力保持者が言うには、ドワーフの血が多く混じっているようだという。


(ドワーフと人間との混ざり者とは珍しい……)


 それに、この小ぶりアフロの小さな子供と、30前ぐらいの乳と尻のデカい奴隷女に対する周りの者たちの接し方、

 カルミ様っ、テレサ殿っ というような、二人を下にはおかないという態度を見るに、この集団における二人の地位は間違いなく高い。


「………よくわからないな」


 シクもこのコールマルにおいて、小なりといえども所領を持ち、一族を率いる総領なのだ。今後の自らの身の処し方を考える上でも、もう少し彼らを観察する必要があるようだと、シクは思った。





 アンコウたち一行は、小山をひとつふたつ越え、ハリュート目指し移動を続けている。


「アンコウ様っ!」

 警戒心を乗せた鋭い声が突然響いた。

 その声を発したのは先頭を進んでいたホルガだ。


 小山をひとつふたつ越え、アンコウたちは今、比較的視界の広がる木々の少ない平坦な土地を移動中である。

 ホルガが、その土地の左前方を指差しながら、アンコウを振り返る。

 そのホルガが指差す方向、アンコウたちの遠目に、ぞろぞろと森の奥から姿を現す者たちの姿が見えた。


「アンコウ様、あの者たち武装しているようです。こちらに来ます」


 アンコウが、ホルガのいるところの馬を進めてくる。


「ああ、新たなお出迎えかな」

 アンコウはそう言いながら、視線をシクのほうに移す。


「い、いえ、そのような予定はありません」

「じゃあ、気に入らない余所者よそもの領主を討ち取ろうとでも?」

「ま、まさかっ!」


 ハリュートでまつりごとに携わっている面々が、外からやってくる領主に対してよろしからぬ感情を抱いていることはシクもよくわかっている。

 それについては、これまでの経験からシクも同様に、外から来る領主にはあまりよい感情は抱いてない。


 しかし、実はシクの一族は、今の執政府を取り仕切っている中心的な一派から、あまりよい感情を持たれていなかった。

 今回、アンコウの出迎え役に任ぜられたのも、歓迎されていない新領主を案内してくるのだから、ある意味押し付けられたあまり喜ばしくない役回りなのだ。


 だからと言って、シクもろとも、いきなりグローソン公爵から正式に任命されてやって来たばかりの新領主に刃を向ければ、大義名分の立てようもなく、彼らにとっては自殺行為以外のなにものでもない。


 無論、この世界、この国、この公領においては、上を弑逆しいぎゃくすることはやれないことではない。

 事実、彼らはかつてそれをやってきているし、よくある事だとも言える。ただそれは、事前に十全な根回しや準備をなしたうえでのことだ。


(ハリュートに迎え入れる前に新領主を殺したりすれば、さすがにグローソン公に滅ぼされるっ)


 アンコウを排斥しようと思えば、多少時間をかければ、やりようはいくらでもあるのだ。ハリュートにいる連中がそこまで愚かでないと、シクは思っている。


「あ、ありえませんっ!」


 そんなアンコウたちに、次に近づいて来たのはダッジ。


「よう、大将。ありゃあ、正規の兵士じゃねぇぜ。ここに来るまでも何度もお目にかかっているのとおんなじ連中だ」


 徐々にあきらかになってくる湧いて出てきている武装兵たちの姿。


 鎧兜が揃っているわけでもなく、高々と自分たちの軍旗を掲げているわけでもない。まちまちの装備、所々馬に乗っている者の姿は見えるが、全体の動きとしてはバラバラで、それほど統率が取れている一団ではないようだ。


「まぁ、どっから見ても賊徒だな」

 ダッジは、自分の見た目は棚にあげて断じる。


「チッ、またかよ」


「ま、まさか、こんな南部にまでっ!?」


 驚きの声をあげたのは、シクだ。コールマルにも山賊の問題はある。少なくない賊徒による襲撃被害を恒常的に受けている。

 しかし、その被害は主にコールマルの北部地域が中心なのだ。


 コールマル北部には、このあたりよりももっと険しい山岳地帯が広がっており、そこを根城としている賊徒が存在し、彼らを総称して『北山ほくざんの山賊』 と呼んでいる。

 しかし、今アンコウたちがいる場所は、北部どころか、まだ南部の領境に近い場所だ。


北山ほくざんの賊どもが、こんな南方にまで下りて来たのか!?い、いや、そんなはずは」

 突然の予期せぬ事態に驚きを隠せないシク。


 じっと森から出てくる賊どもの数が増えていくのを眺めているアンコウ。

 アンコウは頭の中に写したコールマルの地図を思い浮かべている。


「………違うだろうな。あんな北から、わざわざこんなところにまで出張ってくる山賊なんかいないだろ。あれは北からじゃなくて、ここよりもっと南から来た連中だろう」


 ダッジが先ほど言った 『ここに来るまでも何度もお目にかかっているのとおんなじ連中』というのが、まさにそのとおりだろうとアンコウは思った。


 今はこのコールマル南方領境を越えた地域には、領主不在の多くの土地が広範囲にまだらに存在している。

 そして、その元領主に組していた者たちの生き残りの多くが食い扶持をなくし、彷徨さまよっているはずだ。


「南の領境を越えて来た兵隊崩れどもだろう。しかも、わざわざこんな見晴らしのいい場所に現れるとはね。本職の山賊がやることじゃないな」


「アンコウ様」とホルガ。

「ん?」

「およそ百以上二三十にさんじゅう

 ほぼ全体像が見えた賊徒と思われる集団を見て、ホルガがその数を伝える。

「ああ、また百か」


「大将」とダッジ。

「今度の連中も薄汚れてはいるが、ちょっと良さ気な装備を着けているヤツもいるぜ。それにこれまでのヤツよりかは肌の色つやもよさそうだ。飯はまだ食えてんだろ」

「……へぇ、それはそれは」


 アンコウの口元にかすかに笑みが浮かぶ。どうせ戦うなら、物持ちのいい賊と戦いたいと思うのは、アンコウ一味にとっては極々自然な心理。

 そして、アンコウは後ろを振り返り、途中少し補充して再び50名ほどになっている護衛兵たちを見渡し、一言指示を出す。


「お前たちっ!手順はこれまでどうりだっ!」


 はいっ!おうっ!へいっ! と兵士たちがそれぞれに返事をかえす。


 アンコウは、再び馬首を現れた賊どもがいる方向にむけると、おもむろに腰の魔戦斧を引き抜いた。

 と、同時に魔戦斧との共鳴を起こし、アンコウの纏う覇気が膨れ上がる。


「!なぁっ!」

 アンコウのすぐ近くにいたシクは、アンコウのその変化に驚きの声をあげる。


 シク自身は抗魔の力を持たないが、アンコウのその変化を間近で見て何も感じないほど鈍くはない。

 シクが護衛にと連れてきていた数名の抗魔の力を持つ兵たちも言葉を失っている。その変化があまりに劇的であったからだ。


 そしてアンコウは、無言のまま馬を走らせ始めた。


ズザッ!ズザッッ!ズザッザッ!

 それにダッジとホルガが遅れることなく付いて行く。


 おなじような賊の襲撃を受けた2回目以降、決まった戦い方だ。

 こんな辺境で賊徒にまで落ちた連中だ。普通人がほとんどであるし、抗魔の力の保持者が混ざっていたところで、まず間違いなく玉石ぎょくせきの石ころのほうだ。


 戦法としては、とにかく、アンコウ、カルミ、ダッジ、ホルガが敵陣に突っ込み、敵の首を一つでも多く狩る。

 後のおこぼれを50人の味方が頂戴するという極めて単純な戦い方である。


 あっという間に、シクの目に映るアンコウ、ダッジ、ホルガの姿が小さくなっていく。そして、


「カルミ様っ、お馬をっ」

「うんっ!」


 いつのまにか、先ほどまでアンコウたちがいたシクの横に、小ぶりアフロの小さな子供が立っていた。

 そのミニアフロに、なかなかいかめしい面構つらがまえをした男がうやうやしくお馬の手綱たづなを引いてきた。


「!?」

(この子供も戦うのか?……いや、ドワーフの血を引いているのならば……)


 ドワーフは妖精種である。純血ならば、抗魔の力を持たぬ者はいない。その種族としての強さは、人間族の比ではない。


(しかし、まだ子供……それに、混ざり者であろう)

 シクは言葉にすることなく、自分の横にいるカルミを見ている。


 小さなカルミは馬の手綱たづなを持つことなく、まるで風に舞う綿毛のごとく、フワリと宙に飛び上がった。

 そして、同様にフワリと馬の背にまたがり落ちた。馬はまるで何の衝撃も受けていないかのようだ。


 カルミの左手にはぶどうジュースのボトル瓶が持たれたまま、そして、カラの右手で腰にぶら下げている魔具の鞘から突き出ている愛用メイスの持ち手を握る。


 カルミがそのメイスを一気に引き抜いた。長い。

 カルミの身の丈とはあきらかに不釣合ふつりあいなメイス。それを高々と天に掲げ持つ。


「なっ!」

 シクが、子供が持つには似つかわしくない その長さに驚きの声を発した 次の瞬間、真の驚きがやってくる。


「アンコーッ!待ってえぇーーっ!!」


 カルミは大声でアンコウを呼ぶと同時に、抑えていた自らの覇気を ブワリッと開放したのだ。


「!ひいぃぃっ!」

ドサッ!

「シ、シク様っ!」


 すぐ近くでそのカルミの覇気に当てられたシクが、跨っていた馬からずり落ち、それを近くにいた護衛の者が慌てて抱き止めた。

 その者は、シクにカルミには多くのドワーフの血が流れているようだと指摘した者だった。


 その男も額から大量の汗を流しているが、ある程度は予想もしていたのだろう。

 なんとも言えない、あからさまに恐怖の混じった眼差まなざしで、カルミを見つめている。


 カルミの声が聞こえたのだろうアンコウが、馬を走らせながら、後ろを振り返ることなく手に持つ戦斧を軽く持ち上げて見せた。

 それを見て、ニッコリと笑うカルミ。


「よ~しっ」


 カルミはまだ瓶の中に残っていたぶどうジュースを、まるで景気づけでもするかのように、ングッ ングッ ングッと、ラッパ飲みに飲み干し始めた。

 あっという間にボトルの中身が空になり、カルミはその空のボトルを投げ捨てた。


「プハァァーッ!よーし、いくぞっ!」


 カルミはようやく開いた左手で手綱を持ち、馬を走らせんとする…したのだが…


「こらっ!カルミちゃん!ごみをポイ捨てしちゃダメだって言ったでしょっ!」

 カルミは、いつのまにか馬車から出てきていたテレサに怒られた。

「あっ!テレサっ………は~い」


 つい今まで闘志むき出しの戦士の顔に変貌を遂げていたカルミが、テレサに注意されて、あっさりと馬の背から下りる。

 そして、トコテコ 自分が投げ捨てたボトル瓶のところまで早足で歩いていき、それを拾い上げる。そしてまた、トコテコ テレサの前まで歩いていった。


 カルミは、拾ったボトル瓶をテレサに差し出して、

「ごめん、テレサ」

 と言った。

 テレサはそれを受け取ると、

「もうしちゃだめよ」

 と優しく言って、カルミの頭を撫でた。


「……はーぃ」

 カルミはうれしそうだ。


「……じゃ、いって来るね、テレサっ」

「ええ、気をつけてね」

「うんっ!」



 カルミは再び馬に飛び乗ると、遅れを取り戻さんと一気に駆け出した。

 あっという間にカルミの姿も小さくなる。


 50人のアンコウの護衛兵たちも、一部をテレサの周りに残して、アンコウたちの後を追い、動き始めている。精兵せいへいとは、とてもじゃないが言うことはできない彼らだが、彼らの動きに怯え躊躇ためらいはない。


 あの四人の後についていれば大丈夫だという安心感が、彼らの心の中に、この一月強の旅の間に生まれていた。


 シクたちは、ただただ驚きの表情を浮かべながらアンコウたちの行動を見つめている。

 今の時点でひとつだけシクが理解したこと、アンコウとそのまわりにいる数名は、シクが思っていた以上に強いということだ。


(………アンコウ様もだが、それ以上にあのカルミというハーフドワーフの子供は………)


 この世界の戦争は、アンコウが元いた世界より、個人の戦闘能力の大小が全体の勝敗に与える影響が非常に大きい。

 優れた戦闘能力をもつ人材は、すぐに中央や有力貴族にリクルートされてしまい、めったなことでこんな辺境には残らない。

 

 強引に気持ちを切り替えて、その顔から驚きの表情を消したシクは真剣な顔つきになり、今まさにその視界の先で始まろうとしている戦闘に意識を集中させた。


「シ、シク様、我々は、」

「話しかけるな………しばらくここにて待機する」

「は、はい……」

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