第76話 生き残りし者たち

 極大豚鬼王ビッグオークとワン-ロン軍が、対峙している戦場に大きな影がよぎる。


 戦場の上空に大きな布状のものが浮遊しており、それがかなりのスピードで移動していた。

 その空飛ぶ布状のものは、まさに大きな空飛ぶ絨毯と呼べるようなものであり、これもまた、このワン-ロンで製作された魔具のひとつだ。


「来たかっ!!」


 その空飛ぶ絨毯の上に乗っているのは、総勢27人の戦士。

 無論、ただの戦士ではない。その27人の戦士たちが手に持つ武器は、神与の魔剣・魔槍・魔斧。神与魔武具を所有する選ばれし二十七士。


 神与の魔武具 呪いの魔武具と真逆の対をなす存在。


 その製造過程において魔石を用いてつくられる魔武具の中には、稀に製作者の意志によらず、神の祝福と呼ばれる力を宿すモノが現れる。

 この場合の神の祝福というのは、実際に何かの意志がそこに介在しているというわけではなく、たまたま造られた魔武具に宿った特性のひとつに過ぎない。


 それがなぜ神の祝福などといわれるのかというと、本来魔武具の類は、それそのものが持っている武具としての優劣はあっても、それを使う者が有する力そのものに影響を与えることはない。


 しかし、この神与の魔武具や呪いの魔武具といわれるものは、使用者の力そのものに影響を及ぼす。

 そして、そのような力を持つ魔武具のうち使用者にプラスの影響をもたらす魔武具を、一般的に神与の魔武具と呼んでいる。


 また、ある種の偶然の産物とはいえ、この神与の魔武具のほうは、魔武具そのものも超一級品でなければ、そのような特性が備わることはない。

 それゆえ、呪いの魔武具の出現率と比べても、それがこの世に生まれ出ることは極めて稀だ。


 その神与の魔武具を所有する27人の極めて優れたドワーフ戦士が、空を飛ぶ絨毯の上に乗っている。



「ブモオオオォォォォオオオーーッ」


 地に尻をついたまま、最早立ち上がることもままならなくなっている 極大豚鬼王ビッグオーク

 その巨躯の魔物は、己の周りを取り囲み、攻撃を続けてるワン-ロン軍に気をとられ、上空迫り来る 大きな絨毯じゅうたんに対応できていない。


 その大きな絨毯が極大豚鬼王ビッグオークの上空真上に到達したとき、遠目から見れば、毛むくじゃらの山の上に空から、ぱらぱらと小人こびとが落ちてきたかのように見えた。

 しかし、その小人こびとが落ち始めると、大山豚の周囲をかこみ、攻撃を続けていたワン-ロン軍の動きがピタリと止まった。



 落ちて来た小人こびとが持つ 様々さまざまな神武具が、次々に血塗れの大山豚の毛の中に消えていく。

 その次の瞬間、


グウウギイイィィイイギギイイヤヤァァアアアアーーー!!!


 これまでにないほどの極大豚鬼王ビッグオークの絶叫がこだました。



ズウゥダダァァアアンンッッ!!!


 大豚の背が地に落ちた。


 静かなる血塗れの崩山となった極大豚鬼王ビッグオーク

 その崩山を中心に、石を投げ入れた池のおもてに波紋が広がっていくさまをまるで巻き戻していくかのように、禍々しき極大豚鬼王ビッグオーク波動が薄れ、収束していく。



―――――――――終わったのだ。




 うおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーー!!!!


 勝利の轟音ごうおんがとどろいた。







 極大豚鬼王ビッグオークが倒されたことは、その禍々しき覇気の収束によって、ワン-ロン全域に知らされた。

 ワン-ロン中で沸きあがった歓喜の雄叫び。そして、残された魔獣どもの掃討戦がはじまった。


 すでに幻門ファンゲートが閉じてから、かなりの時間が経過している。

 幻門ファンゲートが閉じたことによって、そこから湧き出ていた魔獣も止まり、同様に噴き出していた濃ゆい魔素も止まっている。


 魔獣の数がもうこれ以上増えることはなく、ワン-ロン中に充満しつつあった魔素は時間の経過と共に薄れいき、実はそれが極大豚鬼王ビッグオークの体力の消耗を加速させていた。


 また、その他の魔獣の中でも、薄い魔素濃度に対する耐性が低いものは、同様に、その活動力を低下させていた。

 ゆえに、残った魔獣どもの掃討戦は、ワン-ロン側の一方的な屠殺・蹂躙に終わった。





「隊長、このあたりは一般住民の犠牲者が多いですねぇ」


 ドワーフ兵が、自隊の隊長とおぼしき、馬上の人物に問う。


「ああ、そうだな。我が隊も含め、軍は南から突入したからな。この広場に逃げ込んでいた住民たちも溢れ出ていた魔獣どもも、この北側に押し込まれてきたんだろう。

 しかし、彼らも戦えば、これほどまでの死体を重ねずにすんだはずだ。このワン-ロンの興廃をかけた一戦に剣をとらず、最後まで逃げまどったのだ。むごいが同情はできない」


 累々たる死体が連なっている。多くがドワーフで、そのほかに人間族などの他種族も混ざっている。

 食い散らかされ、陵辱されている。そういう死体の山。


「まったくです。皆が命を賭けて戦っていたというのに、逃げ出すなんてっ。ワン-ロン-ドワーフの恥だっ」


 若い兵士が憤る。その若い兵士の言葉に答えて、別の年嵩としかさの兵士が飄々ひょうひょうと言う。


「まぁ、そう言うなって。見てみろ、子供や他種族の死体も多いだろ?みんながみんな戦えるわけじゃねぇさ」


「し、しかしっ」

「ふむ、たしかにな」

「た、隊長まで!」


「いや、故郷ワン-ロンの危機に逃げ出すのは恥だ。だから、私は戦わずに逃げた者には同情しない。

 しかし見ろ。今は彼らは死体だ。その最後は凄惨なものだったろう。命を対価に差し出した彼らに、これ以上の嘲弄も侮辱も必要ないだろうと思ったまでだ」


「!は、はい………」


 彼らの隊が行っているのは、北の広場の北側の状況確認。

 生き残っている魔獣がいれば、その息の根を止め、生存者がいれば、必要があれば助ける そういう作業だ。

 彼らは数え切れない死体が転がっている広場を歩き続ける。転がっているのは人の死体だけではなく、当然魔獣の死骸もある。



「………隊長、このあたりはまた、小豚鬼チープオークの死骸が多いですねぇ」


「ああ、北側の幻門ファンゲートからは、小豚鬼チープオークが大量に湧き出していたらしい。それに南から逃げてきたものもいただろう」


「しかしこれは、人も魔獣も、死体の始末が大変そうですねぇ。はぁっ、それもきっと俺たちの仕事になるんでしょうねぇ」


「まぁそうだな。しかし、死体を迷宮に放り捨てるだけだ。そんな時間はかからないだろう。それにこれだけの戦さだ。片づけが終わったら、派手な戦勝祭が行われるぞ」


「おお~、それは楽しみだ。振る舞い酒も出るんですかねぇ~」


「当然だろう。出さないなんて言ったら、酒蔵を襲ってやるわ」


「アッハッハッ、隊長お供します」


 まだ、湯気あがる血だまりの道。彼らは未だギラついた目つきのまま、普通の会話を交わしている。


「!隊長!あそこに何かっ」


 その時、若い兵士が広場を越えた向こう側に、わずかに動く何かを見つけた。


「魔獣かっ!」

「い、いえ、まだ姿が見えていませんっ」

「よしっ、いくぞっ!ついてこいっ!」

「「「はっ!」」」



 馬を操り、走り出した隊長に、隊員たちがついていく。



―――――――――



「……ハァハァ……ハァハァ……ハァ……ハァハァ」


 息荒く呼吸をする女。

 その女は一人の男を支え、男の体を抱き、引きずるように歩いていた。


「隊長!生存者2名!人間のようです」

「そのようだな」


 生存者が人間であると聞き、彼らの目に宿る温度が一段下がったようだ。人間など劣等種族という意識が、大なり小なりあるのだろう。

 それでも彼らは走る速度を落として、その生存者2名のところに近づいていく。


 しかし、彼らがたどり着くまでに、人間の女は力尽き、ドサリッ と地に倒れた。

 女に支えられていた男も、女が倒れれば、自然、地に伏した。


 それを視認しつつも隊長らは足を速めるでもなく、彼らに近づき、その様子を確認する。


(やはり、人間か………)


 男のほうは全身傷だらけで、意識もないようだ。しかし、女のほうは倒れたもののまだ意識を保っており、必死の形相で訴えかけてくる。


「た、たすけて、ください。だ、だんな様が死んでしまいます。も、もう……ポーションは全て使い切ってしまってぇ、お、おねがいします………た、たすけて」


 二人を観察しているドワーフの隊長は、女のほうは疲労困憊しているが、命にかかわるほどの怪我はなさそうだと見た。しかし、


(男のほうはまずいな、これは……生きているのか)


 今は街中に怪我人が溢れかえっている。無駄に使えるポーションなどない。しかも、目の前にいるのは同胞であるドワーフではなく人間だ。

 ただ、この偵察部隊の隊長には少し気になることがあった。


(この男の武器、魔戦斧か。かなりの業物わざものだ)


 隊長は馬から下り、地面に倒れ伏しても離すことなく男が強く握り締めている魔戦斧をより近い距離から見る。


「……ん!?ログレフの刻印っ、この魔戦斧はログレフ工房のものかっ!」


 魔工匠ログレフの名はワン-ロンで知らぬものはいないというぐらい有名だ。ログレフ造の魔武具など、ただの人間が持てるものではない。


(………盗んだもの……ではないのだろうか)


「お、おねがいします……たすけてぇ…ください」

「!ん?」


 何かに気づいたこの隊長は、助けを求める女の肩をつかみ、グイッと女を引き寄せた。


「あうっ!」


 女の体勢が変わり、女の背中がこの隊長の目の前に向けられる。その女の背中に掛かっていた魔弓と矢魔筒。


(!!この魔弓も一級品ではないかっ。それにこの矢魔筒、軍の選抜弓隊の支給品かっ)


 隊長は再び女の体を自分の正面に向けさせる。女の首に奴隷の証がはめられているのに気づく。


(奴隷だとっ!人間の奴隷がどこでこれを)


「おいっ、お前たち何者だっ?」

「……ア、アア……た、たすけて、たすけ……だんなさまが、死んでしまうか……ら」

 女の意識もかなり怪しくなってきている。

「チッ!」


 隊長は女の肩から手を離し、立ち上がる。立ち上がったこの隊長の目に、目の前で倒れ伏す男女が歩いてきたのだろう血の跡が見えた。


 その生々しい血の跡は少し離れたところにある あまり広くない道へと続いていた。そして、その道のり口付近には、かなりの数の小豚鬼チープオークの死体が転がっていた。


(…………なんだ、これは)


 勘か、何かが意識に引っかかったのだろう。隊長は再び馬上に、そして駆け出した。


「た、隊長!?」


 慌てて部下の兵士たちも隊長の後に続く。馬で行けば、その道の入り口まではすぐ近くだ。



「なっ!!!」

 馬上のままで、その道を覗き見たこの隊長は絶句した。


 そして、すぐに隊長に追いついてきた兵士たち。


「隊長どうかしましたか?」


 怪訝そうに隊長の様子を覗う。そして、彼らも見た。


「っ!!な、なんだっ!この小豚鬼チープオークの死骸の数はっ!」


 その道には幾重にも積み重なった小豚鬼チープオークの死骸があった。


「お、おいっ!お前たちっ!」

「は、はいっ、隊長!」

「何人かにこの道の先を調べさせろっ!先にまだ戦っている仲間がいるかも知れないっ!」

「ははぁっ!」


――――――――――



「おいっ、女っ!あの道の先で何があった!?」


「あ…………たすけ………だんなさま…死んでしまぁ……」


 急ぎ戻ってきた隊長が女に問うも、もう女も質問に答えられる状態ではない。


「くそっっ」


――――――――――



一方、

「お、おい、おい、何だぁこれは」

「「「……………………………………」」」


 道の奥まで偵察に出た者たちは、皆一様に驚きを隠せない。

 道の入り口を見たとき、皆 『何だこの小豚鬼チープオークの死骸の山は 』と思った。

 しかし、驚くべきことに、この道を進めば進むほど、さらに小オークの死骸の山は高さを増していった。


「………生き残りはひとりもいないようですね」


「馬鹿、お前何見てたんだ。この一本道に入ってから、豚の死骸は山ほどあったが同胞の死体はほとんどなかっただろうが」


「そうだ。それに数少ない同胞の死体も、間違いなく一般住民のものだった。兵士はここには来ていない」


「………じゃあ、この死骸の山は」

「………見てみろ。この死骸の傷を。相当数が戦斧によるものだ。それに矢傷……矢自体が残っていないから光矢によるものだろうな。あと、この体の一部が吹き飛んでいるよな跡は……気弾、だな。…………とにかく、攻撃の手段がかなり限定的だ」


「それはどういうことですか?」

「チッ、これをやったのは少人数によるものだってことだろ」


「………あの人間の男と女。魔戦斧と魔弓・魔矢筒を持っていた。それにあの魔戦斧に嵌め込まれていた大きな加工魔石は、気弾を生み出す媒介装置なんじゃないか」


「魔工匠ログレフの魔戦斧ならその程度の仕掛けは容易たやすいか………」


「なっ!ち、ちょっと待ってくださいっ、あいつら人間ですよ、いくら小豚鬼チープオーク相手だからっていっても、」


 若い兵士は来た道を振り返る。そこには延々とつながる小豚鬼チープオークの死骸の山。


「こ、この数ですよっ!人間なんて劣等種族にっ」

「じゃあ、ここまで見た状況をお前はどう解釈するんだ?」

「そ、それは…………」


「…………………とにかく、俺たちは見たままのことを隊長に報告しよう」



――――――――――



「………そうか、ご苦労だった」


 彼らの隊長は、偵察に行っていた兵士たちの報告をだまって聞いていた。そして、報告を聞き終えた隊長はおもむろに指示を出した。


「………この二人にポーションを与えろ。死なすな」

「はいっ」


 この二人を知る者はいないか と隊長たちが周囲に問いただすも、この人間の男女を知る者はここにはいないようであった。


 しかし、しばらくするとこの二人を知る者が現れた。



「ア、アンコウっ!テレサっ!大丈夫かっ!!」


 獣人の女が、未だ地面に倒れている二人に駆け寄って来た。

 二人のひどい姿に驚愕し、二人に前にしゃがみこんだ獣人の女、マニだ。


「マニ殿っ!この二人のことを知っているのかっ!?」


 この偵察隊の一部の者たちは、戦いの終盤、北の広場中南部で中級豚鬼将ミドルオークをはじめ、魔獣ども相手に八面六臂の勢いで戦っていたマニの活躍をその目で見ていた。

 ゆえに、マニのことはもう知っている。


「あ、ああ、二人とも私の友達だ」

「それなら、このお二人もグローソンの」


 ほとんど意識を失っていたテレサが与えられたポーションが効きはじめたのか、マニの声に反応を示した。


「あっ……マ、マニさん……」

「テ、テレサぁっ!ああっ!よかった生きてるっ!」


 マニはテレサの手をがっちり握る。テレサはにこりと微かに笑みを浮かべた。


「あっ、……だ、旦那様は……私を、私を守って、ひ、ひどい怪我をぉ、」


 テレサのすぐ横にボロ雑巾アンコウは横たわっているが、未だピクリとも動かない。


「あっ、旦那さまぁ」

 テレサはアンコウのほうに、あまり動いてくれない手を伸ばす。


「お、おいっ!ポーションはっ!もっと回復剤はないのかっ!」

「い、今、用意しますっ!」


 マニの要求に、ドワーフ兵たちは即時対応した。マニの戦場での活躍が効いているようだ。


 ひとりのドワーフ兵が慌てて持ってきた貴重な一級回復ポーションを、マニはひったくるように受け取った。


「さぁアンコウっ!これを飲むんだ!」


 といってもアンコウに意識はなく、先ほども、ちょろちょろとポーションをアンコウの口に何とか流し込み、後はアンコウの体にふりかけていた。


「おいっ!チューブを持ってきてくれ!」

「えっ!あ、あれを使うんですか?」

「早くしろっ!」

「は、はい」


 マニに言われてドワーフ衛生兵が持ってきたもの、


「ここには旧式のものしかないんです。癒しの法術が使える医療班のところに連れて行ったほうが」

「それでいいから貸してっ」


 それはチューブというよりも筒。筒状のものに押しポンプのようなものがついている。マニは手早く筒の中にポーション液を充填。そして、その筒をアンコウの口から強引にのどの奥へとつきいれた。


「えっ……ちょっ……マ、ニさん……」


 テレサはあまりの光景に心慌てるが、マニがアンコウにポーションを飲まそうとしてくれているのは事実であるし、マニがやっていることを止めるほど体が回復しているわけでなく、どうしようもない。


 マニが、グイィィッとポンプを押すと、アンコウの胃袋にポーションが一気に流れ込む。


「よしっ!おいっ!追加だっ!」

「は、はいっ」


 マニはまた、その筒状のチューブポンプにポーションを入れ、同様の方法でアンコウの胃袋にポーションを注入。

 何と言うか………フォアグラガチョウが、無理やり口の中にエサを流し込まれている光景に似ている………。


 何度かその作業を繰り返し、時間が経過する。すると、


「!んんっ!?………!!!んんん~~~っ!!」


 アンコウが意識を取り戻したようだ。


「おおっ!アンコウ!よかったぁっっ!!生き返ったんだなっ!!」


 別にアンコウは死んでいたわけではない。マニは両手でしっかりとアンコウの手を握り、よかった よかった と喜んでいる。


「テレサのために戦ったんだってなアンコウ!私も戦っていたんだっ!勝ったんだっ!私たちは勝った!

 あー、でも極大豚鬼王ビッグオークとは結局戦えなかったよ。まぁそれでも、あれだけの数の中級豚鬼将ミドルオークがいる戦場もないからなっ!あれと戦って私たちは勝ったんだっっ!!」


 マニは興奮しきって話している。


「マ、ニさん……マニさん、早く抜いてあげてぇ…だ、旦那様が」


 テレサが横で必死で何かを訴えているが、マニの大きな声でかき消されている。


「んんん~~~!ンン~ッッ!」


 アンコウの口には長めの筒が突きささったままだった。

 大道芸人が刀を飲むように、アンコウは長筒を飲んでいる。

 しかし、アンコウにそんな芸の手持ちレパートリーはない。苦しいだろうが、今のアンコウには自分の力でそれを引き抜くほどの力さえ残っていない。


 見るに見かねた隊長がマニに声をかける。


「あ、あのマニ殿」

「ん?何だ、隊長」

「先に筒を抜いてあげたほうが………」

「ん?ああ、そうだな」


 マニが勢いよくアンコウの口に突きささっている筒を抜くと、ポンッッ! と少し景気のいい音がした。

 するとアンコウは、またパタリと倒れた………。


「ア、アンコウ~~~ッ!!」





「カルミ、本当に大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫」


 ミゲルが馬を走らせながら、後ろに乗せているカルミの身を案じていた。

ふたりは今、北の広場に向けて馬を走らせている。

 極大豚鬼王ビッグオークとの戦いを終えた二人の姿はボロボロ、特にカルミはひどい。


 ミゲルは自分の背中に摑まっているカルミをちらりと見た。


(………ほんとにとんでもない子供だな)


「ミゲル、どうかした?」


 ミゲルは、極大豚鬼王ビッグオークが動かぬ肉塊となってからすぐに、ふらふらと歩きながらどこかに行こうとしているカルミを見つけた。

 極大豚鬼王ビッグオークの強烈な一撃を食らったのを見ていたミゲルは、カルミが自分の足で歩いているのを見て、本当に安堵した。


 しかし、カルミは倒れそうになりながらも、ひとりで広場を離れようとしていた。そんな状態のカルミに、ミゲルは慌てて声をかけに行ったのだ。



「なぁ、カルミ。やっぱり戻って休んでいたほうがいいんじゃないか」

「ミゲル疲れたの?じゃあ、カルミは降りて一人で走っていくよ」

「い、いや。そういうことじゃなくてな……」


 東の広場で、立っているのもおぼつかない様子のカルミに、動くな、ゆっくり休んでいろと、ミゲルは何回も言った。

 しかしカルミは、アンコウが北の広場にいるかもしれないから会いに行くと言ってきかなかった。


 結局ミゲルはカルミを自分の馬の後ろに乗せて、北の広場まで一緒に行くことになった。


(仕方がないなぁ)


 極大豚鬼王ビッグオークとの戦いでのカルミの活躍と、ミゲルの主君でもあるナナーシュとの関係性を思えば、カルミを放っておくわけにはいかなかった。


「体の調子が悪くなったら、無理にでも屋敷に連れて行くからな」

「うん、わかったー」


 二人はそのまま魔獣どもとの戦いで傷ついた街を馬で駆けていく。

 多くの死体と死骸が転がる街。生者と死者、絶望と希望、歓喜と悲嘆、戦いの余韻に包まれた街。


 その景色を見ながらミゲルは、自分たちの勝利を、自分が生き残ったことを実感していた。


(……北の広場か、アンコウのやつはどっちだろうな。生きているのか死んでいるのか)

「……(生きて)見つかるのかな」


「アンコウはいるよ、北の広場に」


 カルミはミゲルの背中を掴み、馬の背で焼け縮れたアフロヘア―を風にたなびかせながら、自信ありげに言った。


「………そうか。……そうだといいな、カルミ」




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