第75話 カルミ 宙を舞う

「おおおぁぁぁぁああーーーッ!!!」


「ナ、ナナーシュ様あっ!!」


 ナナーシュの魂が爆散したかのような絶叫が響き、ナナーシュを見守る者たちが悲鳴をあげる。

 今のナナーシュは、体中から血が噴き出し、頭のてっぺんからつま先まで真っ赤に染まっている。


「い、癒しの法術を途切れさせるなっっ!!」

「ポーションを噴きかけつづけるんだッッ!!」


 ナナーシュをサポートする法術師や神官たちが、命を賭してナナーシュを支えている。

 彼ら全員にナナーシュのために命を捧げる覚悟がある。実際に神殿の床には、命尽きるまで法力を搾り出した法術師や神官たちが何人も倒れ伏していた。


 もう、このナナーシュの戦いがはじまって、丸一日以上が過ぎている。

 彼らの献身がなければ、とっくの昔にナナーシュは力尽き、『ロブナ‐オゴナル』は完全に極大豚鬼王ビッグオークが支配するものとなり、ワン‐ロン全体が魔獣どもに蹂躙される事態を招いていたことだろう。


「 くくっ、わ、私は負けない  ワ、ワン‐ロンを守る   皆を守るっ   『ロブナ‐オゴナル』は………私たちのものだっっっ!!!」


 ナナーシュの纏う覇気が大きく変化し始めた。

 ナナーシュにべったりと着いていた血が蒸発していく。

 命のそのものを搾り出すように、ナナーシュの覇気が具現化されていく。


 それは、金色に輝く竜のようにナナーシュ自身を巻き込み、天に向かってのびていった。


「お、おおーっ!!」「なっ、何だっこれは!!」「ナナーシュ様っっ!!」


 天井ぎりぎりまで伸びた金色の竜の覇気が再び形を崩し、黄金の霧が神殿の広間全体に満ちる。


「ロ、ロブナ‐オゴナルは、私たちの宝物……ふぐうううっ!だ、誰にも渡しはしないっっ!!!」


 ナナーシュの体から、さらに強力な金色の光気が噴き出す。


「きぃ、消いぃ…えぇぇ  ろおぉぉおおおおーー!!出て行けえぇぇぇぇっっ!!!」


バアアアシユュュュンンッッッ!!!


――――― 何かが 弾けた ―――――


 池に放り込まれた石。生じる波紋。

 その波紋が石が落下した地点から周囲へと、池全体に広がっていくのと同様に、太陽城‐ロブナ神殿で弾けた何かが、それを震源としてワン‐ロン全体に波動が広がっていく。


 そして、その波動の正体をすべてのワン-ロン・ドワーフたちは感じとることができた。

 なぜなら、すべてのワン-ロン・ドワーフたちが魂に刻み込んでいる覇気を含有した波動だったからだ。


!!! ナナーシュ様っ !!!


 その波動は何波にも連なって、ワン‐ロン全体を包み込んだ。



 ~~~~~~~~~



幻門ファンゲートを見ろおーーッ!!」


 東西南北中央、すべての広場で同様のいくつもの叫び声があがる。


「も、門が閉じたぞおオオーーーッ!!!」


 迷宮深くとつながっていたと思われる幻門ファンゲートが、ひとつ残らず全て閉じた。

 門が閉じるということは、噴き出しつづけていた濃ゆい魔素が止まり、湧き出し続けていた魔獣どもの侵入が止まるということだ。



「ブモオオオォォォオオオーーー!!!」


 東の広場では、極大豚鬼王ビッグオークが強烈な咆哮ほうこうをあげていた。怒り、悲しみ、苦しみ、そういった思念を感じさせる咆哮だ。


 ワン‐ロン中で戦っているドワーフたちは知った。ワン‐ロンの統治者、我らが主、ナナーシュ‐ド‐ワンロンが、主にしかできぬことをやり遂げたのだと。



!! うおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおお !!



 ワン‐ロンが、ドワーフたちの雄叫びで揺れた。

 極大豚鬼王ビッグオークの咆哮もかき消されてしまった。極大豚鬼王ビッグオークを囲むワン‐ロン軍の士気が一気に上がる。


「皆の者おお――ッ!!!ナナーシュ様に勝利を捧げよおオオーーーッ!!!」

 ボルファスが檄を飛ばす。


「「「おおおおおおおおーーーーっ!!」」」


 砂糖に群がる蟻のように、ワン‐ロン兵たちが大豚にむかって群がりはじめた。


 青幌精霊法術師団あおほろせいれいほうじゅつしだん、最大法力複合精霊法術「火水雷風四天神融合破魔光線弾ウルアルカシテンデューラリオン」が、天をつくような巨躯の極大豚鬼王ビッグオークを撃つ。


 バジユユユュュューーーーーンンッッ!!!

 グガアアアアァァーーーーンッツ!!!


 黄幌槍剣白兵隊きほろそうけんはくへいたい、大魔弓による全体一斉連射。


 シュンッ!ビシュンッ!ビシュンッ!ビシユューンッ!!


 一斉連射の後、間髪入れずに弓を捨て、すべてがワン‐ロン魔工匠の手による一級の魔槍・魔剣を掲げ、極大豚鬼王ビッグオークに一斉突撃。


「弓を捨てよっ!!槍剣を手にっっ!!!」


うおおぉぉぉおおおーーーっ!!!


 赤幌重装騎士団あかほろじゅうそうきしだん、馬上に乗るは全員銀色に煌く甲冑で全身をかためた騎士。

 その甲冑の胸の部分には色とりどりの加工魔石がはめ込まれている。

 全騎、手には長い円錐形の九長槍、これも同じく銀色に煌いている。

 腰に差したり、背中に背負っている剣はそれぞれ違うものの、その剣の全てがこのワン‐ロンで鍛えられた一級魔剣である。


 全騎軍が一体化し、メタリックな銀色に輝く超速の巨大なやじりのように、極大豚鬼王ビッグオークに襲いかかる。


ドドッ!ドドドッ!ドドドッ!!ドドドドドドドドッ!!!!


 魔装馬具に全身を覆われた馬の大群。


「全騎突撃いいぃぃぃっ!!臆するなあああっ!!命を捧げよオォォーッ!!!」





――――――――――――

――――――――――――

――――――――――――

 ギイイィヤアアアアアモオオオォォォーーー!!!


 極大豚鬼王ビッグオークの咆哮が、ついに悲痛な叫びに変わる。

 全身至る所が、焦げ、傷つき、足元がフラつき始めてひさしい。


 ワン‐ロン軍はこの好機を逃すことなく、一斉果敢に極大豚鬼王ビッグオークを攻めつづけた。


 極大豚鬼王ビッグオークは山のようというよりも、山と言い切れるほど巨大だ。


 エルフが支配する国家が、正面から戦うことを避けるワン‐ロン軍。

 そのワン‐ロン精鋭三軍を挙げて、一体の極大豚鬼王ビッグオークと死闘を演じているという事実。

 極大豚鬼王ビッグオークの強さの凄まじさが知れよう。


 その山がついに崩れ落ちるときが近づいている。


 全身黒茶色の鋼鉄のような剛毛に覆われている極大豚鬼王ビッグオーク

 その剛毛もあちこちが焦げつき、剥がれ、斬り裂かれている。大滝のように流れ落ちる赤い液体。オークの血も赤いのか。


 所々裂けたところから肉が見え、骨がのぞいている。そんな状態でも数時間に渡って戦い続ける極大豚鬼王ビッグオーク


 しかし、幻門ファンゲートが閉じられ、極大豚鬼王ビッグオークを守るように周囲で暴れていた魔獣どもは、ほぼ殲滅されている。

 ワン‐ロン軍の全ての刃が、今まさに大豚1匹に突きつけられた。



ブモオオオォォォオオッ!!

  ドォザアアアンンッッ!!


 ついに、極大豚鬼王ビッグオークの膝が地に墜ちた。


 それでも、極大豚鬼王ビッグオークの目は禍々しい眼光を保っている。足掻き続ける大豚が、ボロボロの右手を天にかかげた。


「雷撃だっっ!!広域に来るぞおおーーっ!!」


 極大豚鬼王ビッグオークが突き出した右手の上空、禍々しい黒雲が生じている。しかし、それも当初の大きさはない。

 その極大豚鬼王ビッグオークの動きに対応し、一時攻撃の動きが止まるワン‐ロン将兵と軍。


「全軍、備えよおおおーーっ!!」


 しかし軍の指揮命令下に属さない者たちも、この戦場には多くいる。


ボンッ!バシュッ!ボンッ!バシュッ!ボボンッ!バシュシュッ!


「なあっ!?誰だあれはっ!!」


 誰かが叫んだ声に反応し、空を見上げたミゲルは、身の丈以上のメイスを手に持ち、高速で宙を駆け上がっていく少女の姿を見つけた。


「あれはっ!………カルミかっ!?」


 確かにそれはカルミだった。

気跳宙歩エアラング』 足元で小さな気弾を連続的に爆発させ、空中移動を行う技だ。


 この戦いの中でも、ワンロン-軍-黄幌槍剣白兵隊きほろそうけんはくへいたいを中心に、この技を用い、山のような大きさの極大豚鬼王ビッグオーク相手に戦っている者が多くいた。


(カルミは気跳宙歩エアラングを使えたのかっ!?い、いや、使えなかったはずだ)


 ミゲルたちとは、いつのまにか離れてしまっていたが、この戦いの初期、カルミもミゲルたちの隊と共に行動をしていた。

 その時カルミは、


『うわぁー!そら飛んでるよっミゲルっ!わたしは塔の上から法術で打ち上げてもらわないと頭にはとどかなかったのにぃー』


(………カルミのやつは気跳宙歩エアラングを見て、確かにそう言っていた)


 ボンッ!バシュッ!ボボンッ!バシュシュッ!

 カルミはどんどん宙を駆け上がる。


「この戦いの間に、気跳宙歩エアラングをものにしやがったのか………なんてガキだよっ、あ!、カルミっ!!!」


 呆れるように宙を駆けるカルミを見ていたミゲルが、突然カルミの名を叫んだ。

 極大豚鬼王ビッグオークが生み出した黒雲が稲光いなびかりを発し始めたのだ。


!ピカッッッ!!!カカカッッッ!!ピカカカッッッ!!!


「雷撃が来るぞおおおーーっ!!」


 あちらこちらで声があがり、全軍が広域に降りそそぐであろう雷撃に備える。


「ちいぃぃぃっ!カルミいぃぃぃーーッ!!逃げろおおおーーっ!!!」


 ミゲルの声が、カルミに届いたかどうかはわからない。ただ、カルミが止まることはなかった。

 それどころか、カルミは一層スピードを上げ、宙を駆け昇る。


ゴロロロロロオオオーーーーッ!!!


 特大級の雷撃の第一撃目が、カルミの頭上に襲いかかってきた。


「カルミいいいいぃぃぃぃーーーー!!!」


 その様を見ていた地上から、ミゲルの悲壮な叫びが響く。


―――――しかし、空を舞うカルミは落ちてこなかった。


「「「な、何だとッッッ!!!」」」

 カルミを見上げていた者たちか一様に驚きの声をあげた。



「たあああああああーーーーーッ!!!」

 カルミが叫ぶ。


 カルミが天に突き出したメイスが雷を纏っている。まるで襲いかかってきた大豚の雷撃を受容してしまったかのようだ。

 そしてそれが、螺旋らせんを描きながら、逆に空を昇っていっている。そのあまりの光景に地上にいる誰もが息を飲んだ。


ボボボンッッ!!! とカルミが、大きく宙を蹴った。


 カルミが大きくメイスを振りかぶる。そのカルミのメイスは巨大ないかづちの棍棒のごとくに見えた。


「やあああああああーーーーーっっっ!!!!」


 カルミはその巨大ないかづちの棍棒を全力をもって、極大豚鬼王ビッグオークの脳天目がけて振り落とした。


ドガアアアァァァンンッッ!!!バリイイィィッ!ビリィバババババッッッ!!


 凄まじい打撃音といかづちが跳ね踊る音が、いっしょくたに響く。


 カルミのその強烈な一振りにより、かなり弱体化していた極大豚鬼王ビッグオークの頭部の一部が損壊、激しい電撃が大豚の全身に伝わっていく。

 それでも、それでもなお、極大豚鬼王ビッグオークはその背を地につけなかった。


ブモオオッホォォォオオオーーッ!!


 極大豚鬼王ビッグオークは突き上げていた右手を勢いよく振り落とす。その標的は、もちろんカルミ。

 眼前を飛び回るうっとおしい蝿を叩き落すように、太く巨大な右手でカルミを、

バシシイイィィ!!と ブッ叩いた。


 まともにその極大豚鬼王ビッグオークの一撃を受けたカルミが宙を舞う。

 先ほどまでの跳ね踊る舞とはちがう。桜の花びらが宙を舞い落ちるようにカルミは飛んだ。



「今だあああーッ!!雷雲は晴れたぞッッッ!!!ゆけえええーーーっ!!!」


 しかし、此処は戦場、全てが滅びるかどうかの瀬戸際の戦い。

 皆の意識は跳ね飛ばされた一人の少女にはいかず、眼前に見えた勝利の機会チャンスに向く。


 さらに光矢が飛び、法術飛弾が飛び交い、爆ぜ、散る。


 怒号、絶叫、馬音、咆哮、爆音、戦場の全ての音が最大音量で轟き、全てをのみ込んだ。

 そして、


ドオォザアアアーーーンッ!!!


 ついに、極大豚鬼王ビッグオークが地に尻をつき、


おおおおおおおーーーーっっっ、と大きな どよめきが起きた。



「ボルファス様っ!準備が整いましたっ!」

「よしっっ!よいタイミングだっ、すぐに攻撃に参加させよっ!」

「はっ!」


 その伝令の報に、馬を駆けていたボルファスは手綱を引き、停止する。


「聞けえぃっ!弓矢ならびに、法術による飛弾攻撃を大豚下方に集中させよっ!!これより神与魔剣の者たちを降下させるっっ!!」

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