第74話 ワン‐ロン興亡戦

 現在、ワン‐ロン側が完全に掌握できている幻門ファンゲートは、太陽城内に設置されているもののみ。

 東西南北中央の広場に設置されている幻門ファンゲートからは、次々と魔獣が湧き出し、それら広場を中心にワン‐ロン全域で激しい戦闘が行われていた。


 北の広場で戦うアンコウの眼には、惰弱なドワーフの姿が目立ったが、全体的にはまったく違う。ドワーフはこの世界で第二の優等種族、その矜持も高い。


 ナナーシュが、極大豚鬼王ビッグオーク侵撃の予兆を住民たちにあきらかにしたとき、彼らの多くが勇ましく戦うことを躊躇ためらうことなく叫んだ。

 その叫びに偽りのないことを今証明していた。



 もっとも激しい戦闘が行われているのは東の広場。

 この騒乱の元凶たる極大豚鬼王ビッグオークそのものが出現した東の広場の戦いの激しさは、アンコウのいる北の広場の比ではない。


ブモオオォォォオオオオーーーッ!!!!!


 極大豚鬼王ビッグオークの魂さえも押し潰してしまうかのような、凶悪な咆哮が響きつづけている。


 もし、この極大豚鬼王ビッグオークと対峙しているのが、抗魔の力を持たない者が多数を占める 人間族の軍団ならば、大げさではなく、この響きつづける咆哮の影響だけで精神に錯乱をきたしてしまう者が続出するだろう。

 それほど、その存在感は禍々しい。


「第六軍、第七軍を左方に展開させよ!青幌精霊法術師団あおほろせいれいほうじゅつしだんを前進!!攻透魔力障壁を張り、融合火弾攻撃っ!!!」


 極大豚鬼王ビッグオークの咆哮響く中、大将軍ボルファスが大声で命令を下している。


 ボンッ!ボンッ!ボボボォォォーーンッッ!!!

 ブギャオオォォオオーーーッ!!!


 強大な力を持つ魔獣極大豚鬼王ビッグオークを前にしても、ワン‐ロン軍は統制を保ち、戦闘を続けている。


 おおおぉぉぉーーーっっ!!!


 極大豚鬼王ビッグオークの首を獲れと、何人もの仲間が肉塊と変わっても彼らは退かない。

 ワン‐ロン軍精鋭ドワーフ兵団、彼らは強い。



「突撃いぃーーっ!!」


 馬装魔具に全身を覆われた軍馬にまたがり、ミゲルは率いる部隊とともに戦陣を駆ける。


 小豚鬼チープオーク四牙狼フォッツァウルフなどは剣刃にかけるまでもなく、馬勢で吹き飛ばしている。ただの馬ではないようだ。


「「「おおおおおおーーっ!!」」」


 極大豚鬼王ビッグオークの壁になるように立ち塞がっている中級豚鬼将ミドルオークに、ミゲルたちは襲いかかる。


グブウゥモオオオーーッ!!


「カルミいっ!」

「たああああっ!!!」


 ミゲルの呼びかけに応じるように、中級豚鬼将ミドルオークの背後にカルミが現れ、飛びかかり、ヤツの足をメイスで強打。

 カルミは、一人でこの東の広場の戦闘に参加し、極大豚鬼王ビッグオークに最初の一撃を与えた後も、魔獣ども相手に自由に暴れまわっている。


ボオォガアンッ!

「ブヒイイイッ!!」

 オークはそのまま背中から地面に落ちる。

ズダアァァァアアンッ!


「いくぞおおおーっ!一気に仕留めろおオオーーっ!」


 ミゲル率いる騎兵部隊は、勢いをさらに増し、地面に倒れた中型オークに襲いかかった。

 次々と、弓兵が放った光矢が降りそそぎ、ドワーフ兵たちの剣が中豚の体にとどく。


 弾ける気弾、火球、水弾、雷撃。


 ワン‐ロン・ドワーフたちは退かない。故郷を守るため、大切な者を守るため、己の矜持のために命知らずの猛者の集団と化している。


モギイイィィィイイイーーッ!

 オークは悲鳴も醜い。



「だあああっっっ!!」


バガアアァンッ!!!

 カルミのメイスが痙攣している中型の眉間を打ち据えた。


 カルミもいる東の広場には、ワン‐ロン軍の最精鋭、最大戦力が投入されている。

 仮にほかの広場の戦いがすべて敗北に終わったとしても、極大豚鬼王ビッグオークを打ち倒せば、この戦いはワン‐ロン側の勝利に終わるはずだ。



 ワン‐ロン中の設置型幻門ファンゲートから湧き出しつづけている魔獣ども。

 東西南北中央、それぞれの広場でワン‐ロンの戦士たちが必死の戦いを続け、魔獣どもを押しとどめている。


 また、魔獣どもを足止めしているという意味では、東の広場を除く、四つの広場にワン‐ロン外への脱出を望み集まってきていた弱き臆病な住民たちも役立っていた。


 彼らの中には戦うことなく逃げ惑い、互いに蹴落としあい、そして、次々と死んでいった者たちも多くいた。

 その死体は、湧き出してきた魔獣どもの贄となり、血と肉を捧げ、魔獣どもの足を止めていた。


 しかし、それでも大量に湧き出る魔獣どものすべてをそれぞれの広場で止め置けるわけではない。

 それなりの数の魔獣どもが街中に侵入し始めていた。



ドザァンッ!!


 名もなきドワーフの職人が、大きなハンマーで小オークの頭をカチ割った。彼の店の看板が豚の血で染まる。


「あなたぁっ!」

「オヤジっ!」

「親方っ!」

「お父さぁんっ!」


「ふぅふぅはぁはぁ、み、みんな無事かっ!」

「オヤジっ、俺も戦うぞっ!」

「親方っ!俺たちもだっ!」


 街中いたるところで暴れる魔獣ども相手に、兵士ではないドワーフの住民たちが武器を取り、命がけで戦っている。

 家族を守るため、仲間のため、ドワーフの故郷ワン‐ロンを守るため、統治者ナナーシュに忠誠を誓い、街中で多くの勇者たちが戦っていた。




太陽城‐ロブナ神殿。


 ひとり戦い続ける高貴なる者。太祖オゴナルの正統後継者、ワン‐ロンの当代統治者、ナナーシュ・ド・ワン‐ロン。


(私は一人じゃない………みんな………皆が戦っているのがわかるっっ!!!)


 ワン‐ロンの創成者‐太祖オゴナルが創りあげた魔工装置『ロブナ‐オゴナル』。


 ワン‐ロンを居住可能地域とし、それを維持している力の根源であり、同様に、空間移動魔工装置である幻門ファンゲート幻扉ファンポルトなどの、ワン-ロンのみで使用可能な特殊な魔道具の原動力ともなっている。

 この世界でも比類なき、魔具の域をはるかに超えた魔具。


 そのドワーフの至宝『ロブナ‐オゴナル』を通じて、ナナーシュは、今ワン‐ロンで起こっている事象を感じとっている。

 ワン‐ロン全域で行われている激しい戦闘。人々の怒り、悲しみ、恐怖。そして、次々と消え去る命の灯。


 そして、ワン‐ロン・ドワーフたちの家族を思い、仲間を思い、故郷を思う魂の叫び声。


「わ、私は……太祖オゴナルの正統後継者……その力を継ぐ者………ワン‐ロンの当代統治者……皆の思いを…命を背負う者、ぐっ、うぐぐぐぐ~~」

 

 ナナーシュは、暴風のように荒れ続けるロブナ‐オゴナルから発せられる禍々しい波動に耐え、濃透紫色の大魔石卵ロブナにしっかりと両手を当て続けている。

 今、ロブナ-オゴナルは極大豚鬼王ビッグオークのものと思われる強い干渉を受けている。


 ナナーシュは、『ロブナ‐オゴナル』が完全に極大豚鬼王ビッグオークの支配下に落ちることを全力で防ぎ、その統制力を自分の手に取り戻すために命を削って戦っているのだ。


 もう、どれぐらいそうして戦っているのか、ナナーシュにはわからない。時間の感覚もなくなってしまっている。

 ただ、ナナーシュは感じていた。

 極大豚鬼王ビッグオークの干渉力が少しずつではあるが弱くなってきていることを。


 それはつまり、彼らが、彼女らが、極大豚鬼王ビッグオークと命を懸けて戦い続けてくれているということだ。


「はぁはぁはぁはぁ、私は………私は負けない、たとえ、たとえ死んでも私の責務を果たすっっ!」



 恐るべき力を誇る魔獣極大豚鬼王ビッグオーク。しかし、そのすべての個体がこのような『ロブナ‐オゴナル』への干渉能力を有しているわけではない。


 太古、このワン‐ロンがある迷宮のこの階層はオークの巣であったという。

 大魔石卵ロブナとともにオークたちは、長い長い時間、この場所にいたのだ。


 大魔石卵ロブナとオークたちのつながりは、ドワーフたちが考えているよりも強固で特殊なものがあるのかもしれない。

 だからこそ、極大豚鬼王ビッグオークは東の広場であれほど激しく戦いながらも、大魔石卵ロブナに対して、これほど強く干渉することができるのだろう。


 彼らにしてみれば、ドワーフたちのほうが自分たちの故郷を不当に占領し続けている侵略者なのだ。


 魔工装置『ロブナ‐オゴナル』を総べることができるナナーシュが、魔工装置『ロブナ‐オゴナル』を創造した太祖オゴナルの正統後継者であるように、これに干渉し得る力を持つ極大豚鬼王ビッグオークは、大魔石卵ロブナと特別なつながりを持つ選ばれし者なのかもしれない。


 しかし、偉大なる力の所有者が二頭共存することなどありえない。



「『ロブナ‐オゴナル』は、私たちドワーフのものだっっ。やあああぁぁぁああああーーーっ!!!」


 ナナーシュは命を削り、『ロブナ‐オゴナル』への干渉力を限界まで強めていく。


 東の広場では、


「ブモオオオォォォオオオーーッ!!!」


 極大豚鬼王ビッグオークの苦しみの咆哮がこだまする。


「 !! ゆけええぇぇーーっ!あの大豚を打ち倒すのだああーーッ!」

「「「「オオオオオオオーーーーーッッッ!!」」」」


 ナナーシュを頂点としたドワーフたちはその生存権そのものをかけ、ワン‐ロン全域で一丸となって戦い続けている。



 ワン‐ロンの戦士たちは北の広場でも決死の戦い繰り広げていた。


「隊長っ!押しとどめるには人数が足りませんっ!」

「泣き言をいうなっ!!」

「隊長おーっ!右の幻門ファンゲートから、また中型がああーっ!」

「な、なんだとぉ!?」


 東の広場と比べると、他の地区のワン‐ロン軍の数はどうしても少なく、精兵もまた、ほとんどが東に回されており、極大豚鬼王ビッグオークと戦っている東とは違う意味で苦労を強いられていた。


 そんな中において、北の広場にいるマニは思う存分に剣を振るう。


「だあああぁぁーーーっ!」

「ブギイイィィィーーッ!」

ズダアァァァンッ!


 マニの渾身の一撃で、中豚はひざを地面に落とす。


「あ、あの獣人の女を援護しろおーーッ!」


ズガァァンッ! ザグウゥゥゥッ! ヒュンッ! ヒュンッ!ヒュンッ! ヒュンッ!


「プギイイィィィィィーーッ!!」



 倒れ動かなくなった一匹の中豚の上に、紫光の魔剣を手にマニが立つ。

 頭から血のシャワーを浴びたかのように、マニの体は真っ赤に染まっている。


「ハァッ!ハァッ!ハァッ!ハァッ!ハァッ!」


 口を開け、激しく肩で息をしているものの、マニの眼光は鋭く、その目だけ見れば疲労しているようには見えない。


「!!」

ダアァンッ!!

 マニが突然、中豚の腹の上から大きくジャンプ。かなりの跳躍力だ。


「があああーーッ!」


ザァンッ! ザグウゥゥッ!

 マニは、そのまま空中で二体のコーギルを斬り捨てた。


ダアァンッ!! と、再び地に両足を着けたマニ。


 そして顔をあげ、何かを目にしたマニは口元にニヤリと笑みを浮かべる。

 マニの目は、前方約1000メートル、少数のワン‐ロン兵と戦っている別の中級豚鬼将ミドルオークの姿をとらえている。


「う…うおおおーーーっっ!!」


 マニは新たな標的目がけて走り出した。


「あ、あの獣人の女に続けえええーーッ!」


 北の広場でも圧倒的優位とは行かないが、時間の経過とともにワン‐ロン軍は勢いを得て、魔獣どもを徐々に駆逐していく。


 しかし広場の南側から突入したワン‐ロン軍が今到達しているのは、広大な広場の敷地の中央部分ぐらいまで、北側には未だ兵を進めることはできていない。

 そんな状況下で、ワン‐ロン軍に押された比較的力のない魔獣どもが、どんどん北へと移動していく。




「ああっ、だ、旦那様ああーーっ!」


 テレサの悲痛な叫びが響く。


 テレサの眼前には迫り来る大波のような小豚鬼チープオークの群れ。ただ道幅は広くなく、魔獣たちも一斉に四方から襲いかかることはできない。


 そして、魔獣の群れとテレサのあいだには、魔戦斧を縦横に振るい、時に、その魔戦斧から気弾を放ち、時に、持てる精霊封石弾を次々に投げつけ、思いつく限りのあらゆる手段を用いて戦い続けるアンコウがいた。


「ブモホッ!」

 時おりアンコウの横をすり抜け、テレサのほうへ向かって来ようとする豚がいる。


 テレサはそれに対してすばやく矢を放つ。

「ハァッ!」

シュンッ!

「ビホオォッ!」

ズザァァンッ!


 アンコウは地面に転がったその個体を、まるでゴルフのボールのように、魔戦斧とその気弾を用いてフルスイング。


ドォバアァンッ!


 小豚鬼チープオークといえどもかなりの大きさがあるにもかかわらず、それが吹き飛び、魔獣の群れの中に砲弾のように突っ込んでいく。


 ギユュューーンッ! ドガガガガンッ!!


 次の瞬間、何頭もの豚どもが、ブヒ!ブヒ!ブヒ!と、悲鳴をあげる。


「らああぁぁーっ!」


 そしてまたアンコウは、魔戦斧を手に敵群に突っ込んでいく。

 その様を見るテレサの表情は悲痛そのもの。


「あああっ」


 アンコウが、どんどんどんどん傷ついていく恐怖。迫り来る醜き豚の群れに対する恐怖。


 アンコウはとっくの昔に血まみれだ。

 はじめ小豚鬼チープオークたちは皆、テレサに意識を向けて襲いかかってきた。しかし、今は違う。


 すべてではないが、奴等の意識はアンコウに強く向かっている。

 この者を殺さなければ、自分たちが死ぬということがわかったのだ。


「ああっ!旦那様っ!」


 アンコウが自分のために戦ってくれているのか、テレサには本当のところはわからない。ただ間違いなく、アンコウが全身血まみれになって戦ってくれているから自分は今生きている。


(旦那様が死ねば、私も死ぬっ)

 それも、アンコウ以上にむごたらしい死に方をテレサはすることになるだろう。

(い、嫌だっ!!)


「旦那様っ!」


 テレサは全力で夢中で光矢を放つ。自分の中の精霊法力の残量など考慮していられない。


シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!


 とにかく前に放てば、どれかの豚に当たる。次々に豚は倒れ、アンコウの手によって砲弾のように吹き飛ばされていく。


「ラアアアァァァアアアーーッ!」


 アンコウの魔戦斧が小豚を次々に斬り裂いていく。


 カルミは何度も言っていた。 

『アンコウには斧が合ってるよ』―『なんとなくっ!』

 カルミの何となくの勘の正しさが今、証明されている。

――― アンコウには斧が合っていた。


 特に今のように魔斧との共鳴を限界を超えるほどの高めたとき、その戦闘能力の増幅幅ぞうふくはばは、はるかに大きくなっていた。

 アンコウは魔戦斧を振るい、食べることのできない豚の肉塊を次々に製造していく。


「アンコウーーっ!」


 テレサは叫びながらも、矢を射ることをやめない。

 テレサの視界が涙でかすむ。それでも問題はない。アンコウにさえ当てなければ、矢を前に放てば魔獣に当たるのだから。




 各々の戦う理由は違えども、たった一つしかない命を賭けた戦いがワン-ロン中で繰りひろげられている。


 そんな戦いの時が、ワン‐ロン中で延々と続いた―――――――――――

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