第70話 走るマニ、追うテレサ

 本館がそびえる方向にむかって、走り続けるマニ。相当に早い。

 その後ろをテレサが必死で追うが、なかなか追いつくことはできず、時々そのマニの後姿さえ見失いつつも全力で追いすがる。


 マニは庭を横切り、柵を飛び越え、途中、別の建物の中に入り走る。

 ここは太陽城敷地内、通常ならこのような爆走女は、すぐに見咎みとがめられ、取り押さえられてしまうだろう。


 しかし、今はマニやテレサ以外にも、敷地内を大声をあげ、走り回る者の姿がいくつもあった。すでに周囲は非常事態一色となっていた。


「どこだっ!さっきのやつらはどこにいるっ!」


 マニは先ほどモスカルと会談をしていた者たちを探しているようだが、マニは彼らの名前も肩書きも聞いていない。


 太陽城の敷地とされているエリアは広い。本館やグローソン御一行がいた迎賓館以外にも、いくつもの建物・施設がある。

 そう簡単に探し人が見つかるわけがない。


「おまえかっ!ちがう、くそっ!」


 それでも、マニの考えなしの行動力は衰えない。マニは周囲にいる者の顔を確認しつつ、随分近づいてきた本館を目指して走りつづけた。



「はぁはぁはぁはぁ、マ、マニさん、どこ?」

 テレサが走っていた足を一時止め、周囲を見やる。


 しかし、マニの姿は見当たらない。テレサはもう、太陽城本館のすぐそばまで来ていた。

 周囲にマニの姿はないが、人の動きはさらに激しくなってきている。

 ちらりと東の空を見ると、先ほど以上の勢いで、魔素が噴き出していることが見てとれる。


「………なんなのよ、あれ」

 テレサは顔に怯えの色を浮かべながらつぶやいた。

 その時、建物の中から、人が言い争うような声が聞こえてきた。


「~~~~!!」

「~~~~!!」


「!あの声、マニさんだわっ!」


 テレサは走り出し、声が聞こえてきている建物の中へと駆け込んだ。


 テレサが建物の中に入ると、そこは広く、大きな通路。

 そしてマニが、入ってすぐのところにある詰め所のような部屋の前で、数人のドワーフの男相手に、何やら言い合いをしていた。


「だから!アンコウがどこにいるかを教えてほしいだけなんだっ!」

「そんなヤツは知らないと言っているだろう!」

「だから!知っているヤツがここにいるはずなんだっ!」

「ええい!いい加減にしろっ!この非常事態がわからないのかっ!この獣人がっ!」


 かなり険悪な雰囲気だ。テレサは慌ててマニの元へと駆け寄る。


「マニさんっ、何やってるのっ!」


 テレサは強い口調でマニをたしなめ、警備兵であろう男たちからマニを引き離す。

 マニを何とかなだめ、テレサは男たちに深々と頭をさげた。


「申し訳ありませんでしたっ」


 しかし、アンコウの居場所を知りたいのはテレサも同じくだ。


「あ、あの私どもはグローソンからの使者の一員でございます。つい先ほど我らが代表と会談いたしておりました担当の官吏の方と急ぎお会いしたいのです。人を探しておりまして、その方々は知っておられるはずなんですっ」


 テレサはそう申し出るも、今はワン‐ロン全体が緊急事態となっている。

 グローソンはウィンド王国内の一公爵に過ぎず、その重要性は高いとは言いがたい。しかもテレサは、その使者団に同行して来たただの人間族の奴隷にすぎない。


「人間の奴隷がっ、この緊急時に何を言っている!後にしろっ!」

 男たちは、とりつく島もない。


 さらにテレサは頭をさげるが、うるさい、いい加減にしろ と、男たちはさらに苛立いらだつばかりだった。

 それでもテレサは食いさがった。


「お、お願いします!取り次いでさえいただければ、それで、

バシッ!! ズザザッ!!

 テレサがいきなり、廊下に転がった。


「黙れと言っているだろう!」


 警備の男の一人が、頭をさげているテレサの横っ面をはたいたのだ。


 男たちの数は三人。残りの二人は、当然だと言わんばかりに廊下に倒れているテレサを見て笑っていた。

 そして、頬を押さえながら顔をあげたテレサ。そのテレサは、顔をあげると同時に叫んだ。


「やめてっ!」

ドンッッ!! ゴロゴロゴロッ!!! ドンッッ!!

 強烈な衝撃を顔にうけて、廊下を転がり、壁にぶつかる。


「ぐはあぁぁっ」

 野太い男の声だ。


 転がり、壁にぶつかったのはテレサではない。壁にぶつかったのは、テレサの顔を打ちすえたドワーフの男。


「マニさんっ、だめよっ!」


 テレサの視線の先には、テレサを引っぱたいた男を蹴り飛ばしたマニが、激しい怒りの色を浮かべて立っている。


「お、お前ッ!何をするんだっ!」

「こ、この獣人風情がっ!」

 二人のドワーフの男たちが、口々にマニに怒りの声をぶつけてきた。


「……何をするだって?それはこっちの台詞せりふだっっ!!」


 マニが男たちの怒りをはるかに上回る怒気をまとい、怒鳴りつける。


「こっちはアンコウを探しているだけだっ!頭をさげているテレサを引っぱたいたヤツを蹴り飛ばして、何が悪いっっ!!」


 緊急事態に対応し、まわりであわただしく動いていた人たちも、一体何事かと足を止める。


「こ、この獣人女がっ!」

「ろ、狼藉者がっ!ここは太陽城本館だぞっ!」


 二人のドワーフ警備兵は、一気に殺気立ち、腰の剣に手をやった。

 二人をにらみつけているマニの雰囲気が変わる。マニの身体から噴き出す闘気。

 それを感じた男たちの動きが止まる。いつの間にやら、マニの手も自らの腰の剣へと伸びている。


 瞬間、周囲の空気が痺れるような緊張感で覆われた。


(マ、マニさん)

 その張りつめた緊張感ゆえに、テレサも声をあげることができない。


 その緊張感に耐えられなくなったのだろう。男の一人が、

「きぃ、きさまあぁぁ!」

 と声をあげ、剣を引き抜こうとした。

 その時、


「やめんかっっ!!!」


 廊下に響き渡る裂帛れっぱくの怒声。


 空間が揺れるかのような大声。周囲にいた者たちが、ビリリと体を硬直させる。

 マニに対して剣を抜こうとしていたドワーフの男もまた、動きを停止させた。


「ボ、ボルファス様っ」


 おお、ボルファス様だ。 ボルファス様が登城なされた と、周囲のものがざわめきはじめる。


 そう、その声の主は、ナナーシュの側近の一人にして、ワン‐ロンを代表する武将のひとりであるボルファスだった。

 極大豚鬼王ビッグオークによるものと思われる異変をうけ、いち早くナナーシュの元へと駆けつけてきたのだ。


「双方退しりぞけ!このような時に何をしておるか!」


 声のトーンはいくぶん押さえたものの、ボルファスの声には並々ならぬ迫力がある。


 周囲の者は皆、突如現れたボルファスとそれにつき従う戦士たちに釘づけになっている。

 マニと揉めていた警備兵たちも、すぐさま剣から手を引きこうべを垂れた。


 ただ、そんな中、マニだけは変わらない。

 マニはボルファスを見ることもせず、二人の警備兵を変わらず見すえ、剣の柄を握っている。


 二人の男はボルファスにむかって頭をさげながらも、自分たちにむけられているマニの闘気に恐れをなしたか、顔中に汗をかき始めていた。

 そんなボルファスを無視したマニの態度に周囲も気づき、再びざわめきが起き始める。


「そこの女、ボルファス様が退しりぞけと言ったのが聞こえなかったのか!」


 ボルファスに付き従ってきた銀色の光沢を放つそろい甲冑を身につけた戦士たちの一人が、そう言いながら前に進み出てくる。

 見た目、まだかなり若いドワーフの戦士だ、いや、その風貌から言えば騎士と表現したほうが正確かもしれない。


「お前ら、頭をさげるのなら、まずテレサにさげるのが先だろう」


 マニは声をかけてきたドワーフ騎士をまったく無視して、警備兵の男たちに話しかける。


 すると、マニを見る目をさらに鋭くしたドワーフ騎士が、歩く速度を速め、音もなくマニに近づいていく。

 周囲は息を飲み、その騎士の動きを注視しているが、マニは変わらず背を向けたまま。


 ドワーフ騎士は突如急加速し、マニとの間合いを詰める。そして、スラリと流れるように抜剣した。


「危ないっ!マニさんっ!」

 静寂を破り、テレサの声が響く。

 それに続いて、

ギイイィィィンッ!

 響く金属音。


 マニの背後から振り落とされた剣を、振り向きざまにマニが腰から抜き放った剣で受け止めた。

 マニとドワーフ騎士は、互いの剣を交差させたまま、動きを止める。

 交差した2本の剣をあいだに、鋭くにらみ合う二人。


「マ、マニさんっ!」


 突如はじまった戦闘にうろたえるテレサ。

 一方ボルファスと残りのドワーフ騎士たちに取り立てて動きはなく、マニと仲間のドワーフ騎士の様子をじっと見つめている。


(ほぉう。あの獣人の女、カジュマの剣を受け止めおったか)

 ボルファスは、内心、少し感心する。


「いきなり何をするんだっ!」

 マニが剣を押しながら吼えた。


 カジュマという若きドワーフの騎士は、自分の剣が完全に受け止められたこと、そして剣を押し返してくるマニの膂力に驚き、少しばかり眼を大きくしていた。

 そして、次に仕掛けたのはマニ。


「おおうっ!」

 気合声と共にマニは剣を押し弾く。

「くっ!」


 カジュマは一旦後ろに飛びさがるが、マニは時間を空けることなく攻撃に転じた。

ギィンッ!!

 今度は、マニの剣をカジュマが受け止める。


 マニの頭には、ここがワン‐ロン太陽城本館で、周囲にはワン‐ロン・ドワーフたちが多くいるということの考慮がないらしい。


ギンッ!ゴンッ!ガンッ!ゴンッ!ギンッ!

 マニとカジュマの激しい剣戟がはじまってしまった。


 ボルファスはそれをすぐには止めようとせず、しかし、困ったものだと言わんばかりに、少し首を振りながら見ていた。


 カジュマはボルファス側近の騎士の一人で、その戦闘能力は確かなものがある。

 周囲のドワーフたちから見れば、そのカジュマとまともに打ち合っているマニの強さのほうが意外だった。


 一方、声を出したことで、少し気を取り直したテレサは、何とか止めなくてはと焦るが、とても二人の剣戟に割って入ることなどできない。


「で、でも、どうしよう、どうしよう」

 テレサはそうつぶやきながら、ふらふらと動き出す。


 マニはどんどん戦闘に没頭していく。カジュマは相手にとって不足のない十分に楽しめる男であった。


「やあぁぁっ!」

「おおぉぉっ!」

ギイィィンッ! ギヤアァァンッ!



「クソッ、あの獣人女めっ」

 二人が戦っているうちに、先ほどマニに蹴り飛ばされ壁にぶつかっていたドワーフ男が、憎々しげな目をマニに向けつつ、立ち上がっていた。


 男は、フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ と息荒く呼吸をしながら、腰の剣を引き抜いた。



「………驚いた。なかなかやるな貴様」

 カジュマがマニに話しかける。

「ふんっ!お前こそっ!」

 マニもカジュマも、どこか楽しげである。


「では、これならどうかな」


 そう言うと、カジュマそれでまでより一段速いスピードで踏み込んできた。

 そして、下段から上方へ剣を一閃。


ギイイィィィンッ!

「くうっっ!」


 マニは何とか剣を合わせ防いだものの、剣を持つ手を大きく上方へ弾かれてしまう。


「がら空きだぞっっ!」


 無防備となったマニの腹、カジュマはそこに思いっきり蹴りをたたき込んだっ。


ドゴオォォッ!

「ゲエフゥゥッ!!」

 その衝撃で吹き飛び、ズザアァァーッ と、廊下を転がるマニ。


うおおぉぉっ と、周囲で見守る者たちからざわめきが起こる。


 派手に蹴り飛ばされはしたものの、マニは剣を手放すことはなく、すぐさま立ち上がろうと動き出すが、体が思うように動かない。

 その時、

「死ねええぇぇーっ!」

 という男の声が響いた。

 それは、マニに蹴り飛ばされたドワーフ警備兵の声だった。


 衆目の前で、獣人女のマニに蹴り飛ばされたことは、この男にとって相当な屈辱だったのだろう。

 顔を怒りで歪め、たまたま自分の近くに転がってきたマニにむかって、これ幸いとばかりに剣を振り落とそうとしている。


 それに対するマニの動きは鈍い。カジュマの強烈な蹴りが余りに綺麗に腹に入っていた。まだ息が詰まっているマニは思うように動けなかった。


「チイィッ!」

 まずいっ と、マニは思う。

 その焦るマニの耳に、

ヒユュゥゥゥンッ! という風切り音が聞こえた。


グザァッッ!

「ぎやあぁぁっ!」


 マニを斬ろうとしていたドワーフ男が悲鳴をあげた。

 振りあげていた剣を持つ男の腕に、一本の矢が突き刺さっていた。

 マニが矢が飛んできた方向を見ると、その先には弓を手に持つ女の姿が。


「!テ、テレサっ!?」


 その矢を放ったのは、テレサ。

 廊下の壁にインテリアの様に掛けられていた弓矢を使った。マニを助けるためのとっさの行動。

 しかし、テレサは自分たちが置かれている状況をよくわかっている。


(大変なことをした。もうだめ)


 矢を放った体勢のまま、テレサは真っ青な顔で、弓を持つ手をプルプルと小刻みに震わせながら立っていた。

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