第68話 空から降ってきた救出者
つい先ほどまで、まったく作動していなかった
しかし、今は違う。今、
その真っ黒な壁の向こう側はどこにつながっているのか、アンコウは激しい悪寒を感じていた。
(やばいっ!!)
アンコウは
しかし、さほどの距離を逃げる間もなく、周囲が悲鳴につつまれる。
キャアアァァアアーーッ!
ぐわあぁぁああーーっ!
響く悲鳴に引っ張られるようにアンコウは振り返る。
ブシユユュュュユユーーッ!
と、その
そして、
アンコウの視界に映った魔獣、そのほとんどが小型のオークだ。
(やべええぇぇっ)
すでに、ギィヤアァァ、ぐわあぁぁああ と悲鳴や怒号が北の広場のあちこちから聞こえ始めていた。
この広場に設置されているすべての
気が付けばアンコウの真後ろに、返り血に染まった一匹の
「野郎おぉぉおおーっ!」
ザグウゥゥッ!
「グギイィィイイッ!」
アンコウは無理な体勢ながら、腰から引き抜いた勢いのままに魔斧を一閃。
無理な体勢の上に、まだ使い慣れていない武器。しかし、会心の一撃とは程遠いものの、アンコウが振るった斧は、その
アンコウはそれに止めを刺そうともせず、周囲の者たちを弾き飛ばしながら、再び走り始めた。
(ここから逃げるしかないっ)
そして、わずかな時を経て、北の広場は地獄と化した。
キャアアアアーッ
助けてええーッ
ぐわああーっ
広場中から、苦痛と絶望の声が聞こえてくる。
無論、魔獣相手に一歩も退かず、戦い続けている者もいる。しかし、如何せん多勢に無勢だ。
ワン‐ロン統政府が、北の広場の備えをおろそかにしていたわけではない。
ここを警護する精鋭部隊も配置されていた。しかし彼らは、東の広場に
その後のことを考えて、この北の広場を守る代わりの部隊の手配もなされていたようだが、未だ到着しておらず、しかもその間に北の広場にはワン‐ロンからの脱出を希望する住民たちが殺到する事態になっていた。
北の広場に殺到していた者たちは、通常のドワーフより戦闘能力、あるいは戦闘意欲が劣っている者たちの集まりだ。
エルフに次ぐ、優等種族ドワーフといえども、そのような惰弱者の集まりでは、無尽蔵に湧き出る魔獣たちに抗することなどできない。広場は大混乱だ。
ぎいゃあああーーっ 痛いいいーーッ たすけえええーっ
戦う力のない男たちに、小型のオークの牙が食い込む。腹を食いちぎり、新鮮な臓物を引っ張り出し、文字どおり湯気が立つ真っ赤な臓物に喰らいついている。
実にうまそうだ。いや、うまいのだろう。
イヤッ、イヤッ、イヤッ、イヤッ、イヤーーーッ
いやぁぁぁあああああーーーっ
男たちの断末魔とともに、女たちの絶望の悲鳴が響く。
中型や、大型のオークとは違う 小型のオークの特徴。小型のオークは女を襲う。
中型、大型のオークが、底なしの食欲にのみに突き動かされて行動するのに対して、
広場中で、数え切れないドワーフの女たちが、
ブフウモォォオオオッ と、
蚊が人を刺すとき、人の皮膚下に、まず麻酔物質を注入するという。
悲鳴ではなく、激しい嬌声も響きはじめている。
アアァァーーンンッ
蠢く
「どけええええーーっ!」
アンコウは周囲の弱いドワーフたちを、老若男女を問わず、はじき飛ばしながら逃げ続けている。
そして、ようやく広場の外周部に近づく。すでに北の広場の外に飛び出した魔獣もいたが、今ならまだ、この広場さえ抜け出れば、十分に逃亡路を確保することができる。
しかし、(わずかな遅れが、致命傷になる) と、湧き出す魔獣の多さを確認していたアンコウは、
広場の終わりに近づいてくると、アンコウと同じく逃げ出そうとしている人々で、ここまで以上の大混雑が生じていた。
あちらこちらで将棋倒しが起き、そこに魔獣どもが群がり、阿鼻叫喚の惨状が広がっている。
「クソッ!進めないっ」
ここまできて足を止めるほかなく、瞬時にアンコウは本気で目の前で壁となってしまっている人々を魔戦斧で斬り倒し、道を開くことを考えた。
(仕方がない。俺が死ぬよりかはマシだ)
アンコウの目から感情が消え、魔戦斧を握る手に力がこもる。
しかしその時、少し離れたところに、比較的そこまで人が密集していない場所があることに、アンコウは気づいた。
(ん?)
そちらに目を凝らし、見つめるアンコウ。
そこには
(あれは………女か)
アンコウが見つめる
そこには、このワン‐ロンに何らかの理由で訪れていた人間の集団がいたようだ。その人間の中の雌たちが、
それを確認するとアンコウは、魔戦斧を下げ、突如そちらに向かって、これまで以上の速さで走り出した。
少し距離があったにもかかわらず、一気に走り、距離を詰め、人間の女を襲っている
「うおおおっっ!」
気合声を発すると同時に、アンコウは跳躍し、
「ブフゥウモオォッ!」
アンコウの足が、腰振る
アンコウの目に、踏みつけたオークの体の下にいる人間の女の顔が一瞬映る。それは、吐き気を催すような悦楽の表情。完全にラリっている。
そして、その周囲には人間の死体がいくつも転がっていた。
ウゲッ と、喉までこみあげてくるものをこらえて、アンコウは
当たり前だが、アンコウに襲われている人間の女を助けるつもりはない。
いや、
実際、この
ブモオォッ!
ボフウウウッ!
ブフウウウッ!
アンコウは
(よしっ!よしっ!よしっ!)
広場の終わりがどんどん近づいてくる。
大量の魔獣たちが、この北の広場の
(この広場には、魔獣どもの足止めする撒き餌どもが、まだいっぱいいる。このまま広場を抜けきれば、十分逃げられるっ)
「もう少しっ、もう少しだっ」
もうあと何匹かの
オークに襲われている女の嬌声も、周囲に転がる死体も今のアンコウには気にかからない。
今はただ、自分が助かるために安全地帯に逃れることが第一で、そのルートが見えてきている。自然、アンコウの口元がわずかにほころんでくる。
「よしっ、もう少し!!」
その時だった。
「ゃゃぁぁぁぁああああああーーっ!!」
なぜか空から近づいてくる叫び声。
ドオオンンッ!!
アンコウが次に飛び移ろうとしていた
「!!なっ!!」
アンコウはやむを得ず、とっさに
アンコウの眼前。次に飛び移ろうとしていた
その背中に薄っすらと紫色の光を放つ長い剣が突き刺さっていた。
ついさっきまで人間の女の上で腰を振っていた
一瞬のあまりの出来事に、アンコウは事態がまったく把握できない。
しかし、アンコウの眼前、動かなくなった
綺麗な若草色の毛、健康的な褐色の肌、それは獣人の女のようだ。
ただの女ではない。
その雌豹のような躍動的な身体、その装備、その噴き出す覇気。
あきらかに戦士、勇ましき女獣人戦士だ。
その女獣人戦士が、ゆっくりとアンコウのほうに顔をあげる。そして、
「アンコウっ!!助けにきたぞっ!!!」
デジャブ
一瞬で真っ白になったアンコウの頭の中に、いつか見たあの日の光景がほのかに浮かぶ。
ここにいる筈のないヤツがいる。
ここにいてはいけないヤツがいる。
目の前に、いま此処に来られたら、一番やばいヤツがいた。
アンコウは、その女獣人戦士の顔を知っていた。
「ウゲッ!」
それを見てアンコウは……少し吐いた。
アンコウは口の端から、少し吐瀉物をたらしながら、顔をあげる。
「……お前、何で……マニ」
「助けに来たぞっ!!おおおおーーっ!!」
マニの戦意はマックスをすでに越えていた。アドレナリンが出まくっているのはまちがいない。
呆気に取られているアンコウだったが、自分の足元がぐらりと揺れ、いま自分が置かれている状況を思い出した。
「や、やめろっ!マニっ!!」
しかし、もう遅い。
人間の女たちを襲っていた
そして、その魔獣どもの視界の中には、アンコウも入っているのだ。
「ブモオオォォオオッ!」
アンコウの足の下にいた
「チイィッ!」
アンコウはとっさに飛びさがるが、周囲にいた
「なんで、なんで、何がどうなってる?」
一瞬で消えた逃げ道、アンコウはまだ混乱している。しかし、アンコウが混乱していても魔獣どもは待ってはくれない。
そして、その次の瞬間には、アンコウは乱戦に巻き込まれていた。
ザアァンッ!
ドォオンッ!
ザグウゥゥゥッ!
「ブモォォォッ!」
「くそぉぉおおおっ!」
(ちくしょう、なんだ、なんだこれっ、どうなってる?)
「あはははっ!やるなぁアンコウ!何でそんなに強くなってるんだ!?」
ザグググゥゥゥ!
「グヒイイィィィッ!」
「!マ、マニいぃっ!お前マニだろおっ!」
「何バカなことを言ってるんだアンコウ、当たり前だろっ」
そう言いながらマニは、嬉々として、アンコウがこれまで見たことがない紫光の長剣を振るい続けていた。そう、マニは確かに強い。
だが、そんなことは今のアンコウにはどうでもよかった。
アンコウはわけがわからないながらも、泣きそうになっている。
アンコウはわけがわからないながらも、誰のせいかはわかっていた。
アンコウは、ようやく混乱から脱する。
「ふ、ふざけんなっ!!俺はここから逃げるんだよっっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます