第67話 排泄された大豚と殴る童女

 うおぉぉおーっ!!

ギヤァァアアーッ!

 ガンッ!ゴンッ!ガンッ!ゴンッ!ガンッ!

ぐわわあぁぁーっ!

 グギャイィーンッ!!


 東の広場周辺部で、すでにはじまっている戦闘。

 怒号、悲鳴、爆発音、血が飛びかい、命が次々と散華していく 戦場の残酷な音が響きつづけている。


 幻門ファンゲートからは、次々と小型のオークや様々な種類の魔獣どもが湧き出していた。


 ワン‐ロン兵と魔獣どもが、激しい殺し合いを演じている。全体的な戦況としては、ワン‐ロン側が押している。

 何しろワン‐ロンの精鋭部隊の軍勢が、この東の広場周辺に集結しつつあるのだ。


 しかし、幻門ファンゲートから湧き出す魔獣たちの数はあまりに多く、ドワーフたちの剣刃から逃れた魔獣たちが、個々にワン‐ロンの街中に侵入していくことは止められない。



「ミゲル様っ!あれはっ!」


 実はミゲルは、嫡男ではないものの、このワン‐ロンの有力な将軍家門の子息である。

 そのミゲルの従者が、東の広場に設置されている幻門ファンゲートの中でも、ひときわ大きなものを示しながら叫んだ。


 その門からは、ニョッキリと毛むくじゃらの大きな腕が突き出ていた。それは、ミゲルがこれまで見たこともないような大きな腕。

 しかし、その外見的特長から、その腕がオークのものであろうことは推察できた。


 そして、その腕の周囲から吹き出る強烈な覇気と門全体から噴き出る濃厚な魔素。


「ぐっ、あれが極大豚鬼王ビッグオークか……ははっ、ありゃあ、腕を斬り落とすだけでも全軍総がかりだな」


 ミゲルはそうつぶやきながらも、

ズバンッ!

グギャアンッ!

 一刀で、目の前にいた魔獣を唐竹割りにした。


 東の広場周辺での戦闘はさらに激しさを増していく。


 そうこうしているうちに、極大豚鬼王ビッグオークの腕が出てきていた門の外枠は壊れ落ちた。

 さらに、空間の揺らぎを押し広げるように突き出てきた 大豚の腕が、その付け根あたりまで見えている。


 戦況は変わらずワン‐ロン側が優勢とはいえ、広場は湧き出た魔獣で埋め尽くされつつあり、極大豚鬼王ビッグオークの腕に、直接ドワーフたちの剣はとどいていない。

 強弓の矢や精霊法術による遠距離攻撃は、多少とどいているものの、さしてダメージは与えられていないようだ。


 それでも時間の経過に連れ、東の広場周辺には魔獣たちの死骸が山積みになっていく。


「よしっ!押せっ押せえぇぇええー!」


 そして、ミゲルたちワン‐ロン軍の勢いがさらに強まり、ついに広場中心部に主力部隊がなだれ込もうとした時だった、


!!ピカッッ!ガラッゴロッゴロッゴロッッ!!


 目が眩むような閃光が走り、空間が崩れ落ちるのではないかと思うほどの雷鳴が響く。

 しかし、ここは迷宮地下都市ワン‐ロン。天を見上げても、そこに真実の空はない。


 魔獣もドワーフも区別することなく、黒焦げの炭塊に変えていく雷撃いかづちは、空からではなく、極大豚鬼王ビッグオークの巨腕が突き出ている幻門ファンゲートから放出されていた。


!!ピカカッッ!ガララッ!ゴローッゴロッゴロッッ!!


 うぎああゃー、ギギャアアー と、さまざまな種類の悲鳴が、雷撃いかづちの放出とともに響いた。


 そして、陸にあげた小さな蛸壺から、大ダコがぬるりと這い出てくるように、はちきれんばかりに変形した幻門ファンゲートの中から、腕しか見ていなかった極大豚鬼王ビッグオークが、一気に排泄された。



 シンッ と突如静まりかえる戦場。


 詰まりが取れた大きな幻門ファンゲートの揺らぎから、

ブシユュュューー!! と、それまで以上の勢いで、こゆい魔素が吹き出している。


 とても1匹の魔獣のものとは思えない巨大な肉塊。

 その山のように巨大な体をゆっくりと起こす極大豚鬼王ビッグオーク

 そして、


ブフウウゥゥウウモオォォオオーーー!!!


 極大豚鬼王ビッグオークは、まるで生まれ出でた喜びに狂うような歓喜の咆哮ほうこうをあげた。


 その威圧力は凄まじく、並みの精神力の者なら確実に気を失うだろう。しかしここに集うたワン‐ロンの兵士たちは、一騎当千の強兵つわものぞろい。


 ミゲルは愛剣を握る手に、これまで以上に力を籠め、剣先を極大豚鬼王ビッグオークにむける。


「怯むなっ!!!あれを倒すのが、俺たちの目的だっ!我らが故郷ワン‐ロンのためにっ!」


 ミゲルだけではない、あちこちで同じようなドワーフたちの声があがる。

 脆弱な人間族とは違う。ドワーフは種として強い。


「「「うおおおぉぉぉぉぉおおおおーーー!!!」」」


 極大豚鬼王ビッグオークに勝るとも劣らないドワーフたちの咆哮ほうこうが響いた。



 絶え間なく命が散華する戦いが続く。

 東の広場付近の戦況は、大きく変化した。極大豚鬼王ビッグオーク幻門ファンゲートから排泄され、それまでワン‐ロン軍が圧倒的に押していた戦場の旗色が、明らかに魔獣群に傾いてきている。


 一匹の魔獣の出現で、これだけ戦力の天秤が動くものなのか。

 ドワーフたちが弱いわけではない、それほど極大豚鬼王ビッグオークは強かった。


 それこそ敵味方関係なく、動く肉塊を次々に大きな口に放り込み、無尽蔵の食欲を見せ、周囲に雷撃を飛ばし続けている。


 しかしそれでもなお、ワン‐ロンの精鋭軍たちは退かない。

 怯むなっ!進めっ!進めっ! 押されはじめていても、戦意に溢れたドワーフたちの声が戦場に響き続けている。


 一匹の巨大な個の力、極大豚鬼王ビッグオーク

 それを目前にして、退くことなく戦いを挑む、誇り高き妖精種ワン‐ロン・ドワーフ。


 進めっ!進めえぇぇーっ! 極大豚鬼王ビッグオークを前にしても、統制が崩れないワン‐ロン軍。


 しかし、東の広場にあるすべての幻門ファンゲートから、次々と無秩序に飛び出し続ける魔獣ども。

 その数の多さに、なかなかワン‐ロン軍は極大豚鬼王ビッグオークへと斬り込む道を開くことができない。山のようにそびえ、好き放題に暴れ続ける極大豚鬼王ビッグオーク


 そして、そんな大敵に遠距離攻撃ではなく、肉薄した最初の一撃を加えたのはワン‐ロン軍の者ではなかった。

 それを成した者、その者は軍の統制下にはなく、自分の意思で自由に動き、極大豚鬼王ビッグオークを敵と見定めた者だった。


 山のように大きい極大豚鬼王ビッグオークのさらに上、空のほうからそれは落ちてきた。


「やああぁぁぁあああーー!」

ドオォンッ!

「ブフモォォォオオオッ!」


 その綺麗に調整されたばかりのメイスの一撃では、極大豚鬼王ビッグオークに大きなダメージを与えることはできなかった。

 しかし、その直接打撃は確かに極大豚鬼王ビッグオークにとどいた。


  極大豚鬼王ビッグオークに与えたダメージは小さくとも、その価値は果てしなく大きい。


 極大豚鬼王ビッグオークに迫らんと、最前線で剣を振っていたミゲルも、確かにその瞬間を見た。


 ドワーフは、大人の男でも背が低い。ミゲルもそうだ。

 しかし、どこからどのようにして降ってきたのだろう 極大豚鬼王ビッグオークの頭に一撃を加えた者は、そのミゲルよりも小さき者だった。


 ミゲルは、その極大豚鬼王ビッグオークに飛びかかったモサッとした小ぶりのアフロの者を知っていた。

 ミゲルは目を大きく見開いて、その者の姿をとらえている。


「カルミっっっ!!!」

 ミゲルは思わず叫んだ。


  極大豚鬼王ビッグオークに最初の一撃を加えた者は、カルミ。

 そして、極大豚鬼王ビッグオークの頭にメイスを叩き込んだカルミは、そのまま魔獣たちがうごめく地面へと落ちていく。


 それを見たワン‐ロンの戦士たちがいっせいに声をあげた。


オオォォォォオオオオーーー!!!


 そして、ミゲルたちは雄叫びをあげながら、魔獣どもの海に向かって、さらなる突撃を開始した。

「うおおぉぉおおーー!!」


 ワン‐ロンの将兵たち全体の戦意が膨張し、勢いを増す。ミゲルたちは、再び魔獣どもを押し返しはじめた。





 アンコウは北の広場に向かって、ひた走った。

 ワン‐ロンの街全体がすでに戦闘モードに入っていたが、アンコウの予想通り、全てのドワーフが戦うことを選択したわけではなく、あきらかに逃げようとの意識を持って行動している者たちもいた。


 そういった者の中には、魔具鞄には収まり切らなかったのか、そもそも所持していないのか、家財道具を積んだ荷車を押す者たちもいた。

 アンコウ同様、北の広場を目指して移動している そのような者たちの姿を視界におさめつつ、アンコウは走っていた。


(やっぱり、こいつらは北の広場の幻門ファンゲートを使って、ワン‐ロンから逃げ出すつもりだな)


 ワン‐ロン統政府が、現段階でそのような住民のワン‐ロン外への脱出を促しているという情報はない。

 むしろ、事ここに至った以上は、全住民とともに背水の陣を敷き、極大豚鬼王ビッグオークとの戦いに臨んでいるようにみえる。


 そしてそれは、ワン‐ロン‐ドワーフ全体の主流をなす意思でもあった。


(だけど、少数派とはいえ、決して少ないとは言えない人数がワン‐ロンから脱出するために動いている)

 ワン‐ロン全体では少数派であっても、実際にまとまって行動を起こせば、決して無視できない数にはなる。

極大豚鬼王ビッグオークが暴れている東以外の広場に、そういう連中が必ず集まる。この大荷物の連中まで広場に入ったら、相当な騒ぎになるはずだ)


 もしそうなれば、統政府側も彼らが脱出したいという要望を無視できなくなるのではないかと、アンコウは考えていた。


 幻門ファンゲートが外界につながれば、多くの脱出希望者がそこに群がるだろう。そうなれば、その人の群れにまぎれて、アンコウもこのワン‐ロンから逃げ出すことができるのではと算段していた。


 しかし、アンコウも、我先に逃げ出そうとしているドワーフたちも知らなかったのだ。

 極大豚鬼王ビッグオークの『ロブナ‐オゴナル』に対する干渉。

 その影響は非常に甚大なものがあり、広場にある幻門ファンゲートの移動地点の設定が、すでにナナーシュにも統政府にもできなくなっていたことを。





 「頼むっ!地上への道を開いてくれっ!」

 「そうだっ!どこへでもかまわないからっ!」

 「お願いっ!この子達だけでも脱出させてっ!」


 北の広場のあちこちで嘆願の声が響いている。しかしそのようなことを、この状況下で、ただの警備の兵ができるわけもない。


「うるさいっ!勝手なことを言うなっ!皆が命をかけて戦っている時に、恥を知れっ!」


 武器を手に持つ警備兵の威圧混じりの怒声の効果か、かなり騒がしいものの、今のところ暴動にまでは至っていない。

 しかし、刻々と増えるワン-ロンからの脱出を求める住民たちをいつまで抑えられるかは相当怪しい。


 そんな中、すでにアンコウは北の広場の中に踏み入り、殺気すら漂う周囲の様子を観察していた。

(……思ったより、警備兵の数が少ないな。さて、どうなるか)



「どうしてだっ!?逃がしてくれてもいいじゃないかっ!誰もが戦えるわけじゃないんだぞっ!」


 そうだ、そうだ 女子供もいるんだぞっ と、罵声にも似た叫び声が、警備の兵に浴びせかけられている。

 警備の兵たちの中には、その数の力を前に、少し腰が引けてきた者たちも出てきていた。

 そんな中、


「ま、まてっ!幻門ファンゲートは今、コントロールできていない状態なんだっ!」


 警備兵の一人がそう叫んだセリフをアンコウの耳がとらえた。

 アンコウの足が、その場で ピタリと止まる。


(!幻門ファンゲートが制御できていないだって?)


 アンコウは厳しい視線を兵士たちがいるほうに送り、兵たちの話に耳を集中させた。

 すると、同様の主張をしている警備兵が、あちらこちらで出てきていた。


 アンコウはまずいなと思いながら、あらためて現状確認をする。

 幻門ファンゲートは使用禁止の命令が出ており、統政府側に、脱出希望者の要求を飲む意思はない。

 それに、真偽のほどはわからないが、仮に統政府がゲートを開こうとしても、幻門ファンゲートのコントロール自体がきいていないらしい。


 『ロブナ‐オゴナル』が、極大豚鬼王ビッグオークに干渉されている今、それも十分にありえる話だ と、アンコウは思った。


ドンッ

「!ん?」

 突然、背後から人に押されて、アンコウはうしろを振り返る。


 アンコウが警備の兵たちの話を聞き、考えを巡らしているあいだに、同じように警備の兵の話を聞きに来たと思われる人たちが周辺に集まってきていた。


 嘘をつくな 道を通せ と、周囲から殺気だった声があがり始める。


「チッ!」

 しまったと思ったアンコウが、急いで人の壁をかき分けて、その場から離脱しようとするが、ごく短時間の間にすでに思うように進めないほど人が集まってきていた。


「くそっ!おいっ!通してくれっ!」

「おいっ!人間っ!押すんじゃねぇよっ!」


 ドワーフとは思えないヒョロヒョロしたドワーフ風の男が、この場から離れようとしているアンコウの体を ドンッと押した。


「何するんだ、通せって言ってるだろう!」


 アンコウが反射的に、男を ドンッと押し返すと、ドワーフのくせにその男は、

ギャンッ! と情けない声をあげ吹き飛んだ。

 すると、周囲の視線が一斉にアンコウに向けられる。


「何のつもりだ、人間っ!」

「人間風情がどうしてここにいるっ!」

「くさいっ!人間は近づかないでっ!」


 それでなくとも、苛立ち殺気だっていた者たちの意識が攻撃的にアンコウに向けられる。


(………やばいな)

 突然のまずい状況に、アンコウの背中に冷たい汗が流れ落ち始める。


「………あ、あははっ、手がすべった…かな」


「おいっ!!」

 アンコウのすぐ近くにいた男が、アンコウに向かって怒鳴るような大きな声を出した。


 その男は腰に剣を差しており、先ほどのヒョロヒョロとは違い、ドワーフの戦士らしい体格をしていた。

 アンコウは、チッ と内心で舌打ちをし、自身も腰にぶら下げている魔具の鞘袋から突き出ている剣、いや、魔斧の柄にそっと手を伸ばす。


「お、おいっ!!」

 その男がまた、大きな声をあげた。


 再び自分が怒鳴りつけられたと思ったアンコウだが、男をよく見ると、その視線が自分に向けられていないことに気づく。

(ん?)

そして、

 ゾゾワァアアッ と、アンコウの全身に強烈な悪寒が走った。


(なんだ?!!!!!)


 アンコウは、とっさに男が視線を向けているほうを振り返える。

 その視線の先には、この北の広場に設置されている幻門ファンゲートのひとつが見えた………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る