第65話 心の隙間を埋めるもの
何かに
優しく甘い男の言葉。
奪われた唇から全身に広がる熱。
その奔流に、完全に流されつつあったテレサの心が堰き止まる。
何の予兆もなく、突然、熱に支配されはじめていたテレサの脳裏に浮かんだアンコウの顔。
『テレサ、留守を頼むよ。浮気は絶対だめだからな』
いつだったかアネサのあの家で、アンコウが迷宮に魔獣狩りに出かける朝、笑顔と供にテレサに言った言葉。
(あっ、旦那様)
いままで一度も思い出すことなどなかった 過ぎ去った日常の刹那の記憶。テレサの
「だめっ!!」
テレサは、モージストの両腕を握って、ピタリとくっついていた二人の体を引き剥がす。
「なっ!?」
モージストは、テレサが落ちたと思っていた。
テレサの柔らかい唇の感触。
突き入れた自分の舌に応えるテレサの舌の動き。
一気に濃度を増していたテレサの体から立ち昇る女の香り。
……なのに突然の拒絶。
モージストは女に積極的で強引なところはあるが、嫌がる女を無理やり ということはしたことがない。
だが、こんな拒絶のされ方をかつて経験したことがなく、男の熱は急には収まらない。
「ど、どうしてっ!」
モージストは反射的に、再びテレサを抱きしめようと動き出す。だが、モージストの体は動かない。
「あっ」
モージストの腕をつかんだテレサの手は、モージストが動こうとしても、ビクリともしなかった。
モージストの体は、テレサよりもはるかに大きい。
しかし、獣人モージストは元軍属ながら抗魔の力はなく、人間女のテレサは、元宿屋の女将にして今奴隷ではあっても、抗魔の力がある。
その差は天と地ほどにもなる。
モージストは、テレサの腕力で動きを封じられてしまった。
「くっ」
モージストの表情が歪む。
痛みがあるわけではない。抗魔の力に恵まれなかったゆえに、軍属時代に何度となく感じた無力感を思い出していた。
「こ、こんなことをしたらだめです。私は奴隷で、ご主人様がいますからっ」
テレサはそう言うと、モージストの腕から手を離し、すばやく身を翻した。
そして、
ガチャ!バタンッ!バタバタバタバタ・・・・……!
テレサは慌てて逃げるようにして、モージストの執務室を飛び出していった。
テレサが出て行き、開け放たれたままの部屋の扉。
モージストは、はぁーーっ と、大きくため息をつき、その開いたままの扉を見つめている。
小さくないショックを受けたモージストだったが、モージストの欲望の疼きは、まだ続いていた。
□
テレサはこの後夕食もとらず、自分にあてがわれた奴隷用の宿泊部屋に閉じこもっていた。
頭の中がグルグル回り、胸の動悸も激しくなったりと、心の動揺が身体に変調をもたらしている。
テレサの心の揺れの根本原因は『不安』だ。現状の不安、将来の不安、その心の隙間にいろんなものが入り込んでくる。
(………ほんとうにどうしたらいいのかわからない………)
テレサは声を押し殺して泣いている。
もうすぐ30半ばになる大人の女が、理性で涙を抑えることができなかった。
夫の借金と暴力に悩まされたトグラスでの厳しい生活の中でも、不安で湧き出る涙など忘れて久しかったのに………
「……う、ううぅっ……あうぅぐっ……」
日が沈み、あたりが暗くなってから、随分時間が過ぎた頃、
トンッ、トンッ、トンッ
と、部屋の扉をノックする音がした。
「!」
まだ泣いていたテレサは、慌てて涙をぬぐう。
この奴隷用の部屋は、内側から鍵をかけることができるものの、外から中の様子を確認するための、小さなのぞき窓がつけられている。
トンッ、トンッ
「は、はいっ」
「モージストです。……テレサ、ちょっといいかい?」
「!……は、はい……」
テレサは歩いて扉のところまで行く。しかし、扉の鍵は開けない。
モージストが小窓を開けてもいいかと聞く。テレサが、かまわないと答えた。
スッと小窓が開かれた。
「………テレサ、泣いてたのかい?」
モージストは、まだテレサをあきらめていない。これもアプローチの続きだ。
モテる男は、攻め時を心得ている。
「いえ……泣いてなんか、いません……」
一度は拒絶したものの、テレサの心臓の心拍数があがるのはどうしようもなかった。テレサは女なのだ。
「………俺のせいだな。泣かして、すまない。できるなら、朝までそばにいてあげたいんだけど、君には少し時間が必要かもしれないね………これから 3、4日ほど、仕事が忙しくなるんだ。
テレサ、5日後の水瓶の日にまた来るよ。夜12時を回った頃、鍵を開けておいて欲しい。それまでに君が泣き止んでくれているのを大精霊様に願っているよ。
でも、もし5日経っても君が泣いていたら、俺が涙を止めてあげるから」
そう言い残し、テレサの部屋の扉の向こうから、モージストの気配が消えた。
テレサはこの日、ベッドに入ってもなかなか寝つけなかった。
脳裏にモージストの姿が浮かび、モージストのセリフがリピートされる。テレサの
しかし
『テレサ、留守を頼むよ。浮気は絶対だめだからな』
「あうっ………」
テレサは、この時初めてアンコウに殺意を覚えたのかもしれない。
「………バカアンコウっ、だったら、早く帰ってきなさいよっ」
テレサは枕に顔をうずめて吐き捨てた。
□
結局、テレサはモージストが言い残した約束の水瓶の日までの丸4日間、答えを出せず、悶々と過ごしてしまった。
約束の日も昼を過ぎた。夜が来て、0時になれば、モージストが来てしまう。
(ああ、どうしよう………)
何をしに来るのか?
モージストは自分を抱きに来るのだとテレサはわかっている。
その先はどうなるのか?
モージストは自分を買い取ってくれるのだろうか?
そんなお金があるのかしら?
もしかして奴隷ではなく、妻にしてくれるのかも?
平穏で幸せになれるかしら?
不安を解消するために希望を探し、それはテレサの頭と心の中で、根拠なく拡大していく。
「ああっ!もうだめっ!」
悶々とした思考が限界に達したテレサは、気分転換するために外に買い物に行くことにした。
テレサは小さな手提げ袋を手にとって、一人屋敷を出る。テレサは自由に外出できる。行動の自由は一切制限されていない。お金もある。
今は収入のないテレサだが、もしものときのために、アンコウから結構な額のお金を持たされていた。
そして今は、アンコウの言う もしものときの状態にテレサはいる。アンコウが死んでいるか、連絡がつかないときだ。
それに、マニが置いていってくれたお金もあった。
テレサは決して無駄遣いはしないが、時々こうして買い物に出かけている。
テレサは随分と見慣れてきたイェルベンの街を歩く。
イェルベンはグローソン公の本拠地。グローソン公ハウルの勢い盛んな今、ウィンド王国内でも発展著しい街でもある。
「ふぅーっ、やっぱり外はいいわね。歩いてるだけでも気持ちが軽くなる気がするわ」
街にはいろんな人の姿がある。冒険者、貴族、商人、物乞い、そして何より街の活気を形作っているのは、多数の庶民たちだ。
それに、テレサと同じく、首に奴隷の首輪をはめている者の姿も多くある。
この街、この国、この社会の構造は、奴隷という安価な労働力なくしては成り立たない仕組みになっている。
だから、その数は決して少なくないし、ひどい環境にある者、恵まれた環境にある者、同じ奴隷といっても実にさまざまだ。
(私はどっちなのかしら?)
と、テレサは思った。
町の片隅で、何か落ち度があったのか、棒切れで叩かれ、折檻をうけている奴隷。
貴族の奥方のごとく、華美な衣服を着、宝飾品を身につけ、なにやら高級そうな店で、店員の接客を受けている奴隷。
(………くらべても意味はないわね、今の私は一人だもの………)
テレサはひとり雑踏の中を歩き、お目当ての店にたどり着く。なんてことはない、そこは、どこのでもあるような青果店だ。
基本テレサの食事は、奴隷であっても滞在している屋敷が用意してくれる。テレサは、ここで時折、おやつ代わりに日持ちのする果物などを購入していた。
店頭では、何人かの客が商品をながめ、店の者と話しをしている光景があった。
「あっ」
小さな女の子が突然、声をあげた。大したことではない。
母親の買い物にでもついて来ているのだろう女の子は、母親とおぼしき女の横で
その
「あら、あら」
テレサはそのマリを拾い上げ、笑顔で女の子に近づいていく。
「はい、どうぞ」
テレサは笑顔で、女の子にマリを差し出す。
その女の子の身なりはなかなか良い。テレサは奴隷という自分の立場もあり、ひざを曲げて、女の子と向かい合った。
女の子が少し恥ずかしそうにテレサを見る。
「ありがと、おばさま」
「どういたしまして」
(………おばさまかぁ)
最近、このぐらいの小さな子と接することがなかったテレサ。
この子から見れば、自分は間違いなくおばさんなのだが、元々若く見られることが多く、最近男のことで悩んでいたこともあり、不意打ちのおばさんに、内心少しだけ、ドキッとした。
「あら、ごめんなさい」
テレサと女の子のやり取りに気がついた女の子の母親と思われる女性が近づいてきた。
「娘が御迷惑をおかけしました」
笑顔でテレサに軽く頭をさげる。
その母親は、子供がいるとは思えないぐらい若い獣人の女だった。
それに、
(キレイな人)
健康的な小麦色の肌をした目鼻立ちが整った女性だ。
女の子同様、この女性の身なりもなかなか良い。お貴族様ともなれば別だが、ちょっとした良い家柄ぐらいの奥方なら、自分で買い物をするのも普通のことだ。
この母娘の身なりから、そこそこ身分のある人だと思ったテレサは、そのひざを曲げた姿勢のまま、
「いえ、とんでもございません」
と頭をさげ、丁寧に対応した。
「いえいえ、お立ちになって。私たちにそこまでする必要はないわ」
女に笑顔で言われて、テレサは立つ。
「ありがとう」
女の子が、またお礼を言ってきた。
「いいんですよ。気をつけてね」
女の子に笑顔で答えるテレサ。
その時、上品な獣人の女の買い物を袋に詰め終えた店員が、その袋を持って近づいてきた。
「モージストの奥様、どうぞこちらになります」
(えっ!?)
袋を持ってきた店員は、テレサも見知っている店員だった。
「あら、ありがとう。お代はこれで足りるかしら」
「へい、へい」
(モージストの奥様!?)
テレサは不意打ちに、最近よく考えている人と同じ名前を聞いて、おもわずピクリと反応してしまった。
「あれ、テレサさんじゃないか?」
テレサに気づいたその店員の男が声をかけてきた。
「え、ええ」
「ああ、テレサさんもマブルのお屋敷に滞在しているんだったね。モージストの奥様とも顔見知りだったのかい?」
「えっ!?」
テレサは思わず固まってしまう。
「あら、あなたもマブルのお屋敷に?」
「えっ、あ、は、はい」
「そう、うちの主人があのお屋敷で働いてるのよ。従邸副長を務めているモージストっていうの、御存じないかしら?」
「!!~モ、モージスト様の~!!」
テレサは知った、知ってしまった。激しく動揺するテレサ。
しかしテレサは、その
ただテレサは、夫人と何をどう話したのか、そのあと屋敷に帰ってからも、その時の会話の内容をどうしても思い出すことができなかった。
□
すでに日は沈み、夜になった屋敷の部屋。
(……………私バカだ……いい年して何やってるんだろう)
少し調べればわかったことだろうに、テレサは自分の頭の中に妄想にとらわれて、ごくごく当たり前の情報収集を怠っていた。
本気で自分のことを抱きたいと思ってくれている男が、必ずしも本気でその先のことを考えてくれているわけではない。夢想・妄想と現実は違う。
テレサは屋敷に帰ってから、部屋で一人、また悶々と考え続けている。
しかし、その悩みの種類は昼までとはまったく違うものになっていた。
そしてそのまま、闇は深まり、深夜0時の時が過ぎる。
トン、トン、トン、トンッ
テレサの部屋の扉がノックされる。
テレサはベッドに腰をかけたまま動かない。その表情は悶々と悩み続けていたときのままだ。
トン、トン、トン、トンッ
・・・・・・・・・・・・・・
トン、トン、トン、トンッ
ランタンの明かりが照らす夜の暗闇の中、甲高いノック音が響く。テレサは動かない。
「………テレサ。俺だよ、モージストだ。約束どおり来たよ。…………まだ、泣いているのかい?」
・・・・・・・・・・・・テレサは動かない。
「テレサ、大丈夫かい?つらいんだね?ごめん俺のせいだな。二人で、朝まで話をしよう」
テレサは動かない。
「………テレサ。小窓を開けるよ」
しかし、テレサの返事はない。
あまりの無反応に、何かあったのではと心配になったモージストは、テレサの返事のないままに奴隷用の部屋の扉につけられている のぞき窓をスッと開けた。
ランタンの明かりに照らし出されたテレサの部屋。
モージストの目に、ベッドの端に腰掛けているテレサの姿が見えた。
「よかったテレサ。何かあったのかと思った」
モージストは本当に心配したようで、本気で胸をなでおろしていた。
「テレサ、中に入れてくれないかな。君と話がしたい」
すると、スッと立ち上がるテレサ。
ようやく動き出したテレサは、モージストがこちらをのぞき見る扉の前まで歩いていった。二人の目と目が、のぞき窓を通して合う。
「テレサッ、俺は君が好きなんだっ」
扉ごしにも伝わるモージストの情熱的な突然の告白。
ここしかないとでも思ったのだろう。
しかし、テレサの心に火をつけることはできない。
「はぁっ」
と、テレサのため息ひとつ。
「……モージストさん、それはお家に帰られて、奥様におっしゃってください」
「!……?なぜだい?俺は今、君に会いに来ているんだよ?」
モージストにさほどの動揺はない。
「……そうですか……モージストさんは、奥様はお一人ですか」
「ん?ああ、今はね。でも……いずれはと、思っているよ。俺にはもう子供もいるし、種族にはこだわらない。それに奴隷に対する偏見もないさ」
「……………」
獣人種は、一夫多妻を容認する傾向が庶民レベルから強く、モージストも御多分に洩れないらしい。テレサは、そんなことにも考えが及んでいなかった。
モージストは、別にテレサをだまそうとしていたのではなく、ごく自然体で行動してきたにすぎない。ただ、妻を多く娶ろうと思えば、当然金がいる。
テレサは、今のモージストにそこまで稼ぎに余裕があるとは思えなかった。
「……私を第二夫人に?」
「い、いきなりだなぁ、いや、結婚というのは恋の先にあるものだろう?」
「そうですか、でも、私は奴隷です。私には、恋をする自由も結婚をする自由もありません。それに私の本当の御主人様は、女のマニさんではなく、男の方です。
女である私は、その御主人様のものです。これは誰にも言ってはいませんが、御主人様はサミワの砦で戦功をあげられ、今も生きています。
御主人様は私よりずっと強い抗魔の力を持っています。浮気をすれば、私はきっと許してもらえません。私の命など、どうなってもかまわない軽いものですが、旦那様は相手の男も許さないだろうと思います………」
「!!なっ~~~~」
モージストの顔色が変わった。
実はテレサは、自分が浮気をしたとして、結果、アンコウに捨てられることになったとしても、そんなに怒られることはないんじゃないかと思っている。
アンコウが、テレサを置いて逃げることを選択したのなら、その先の人生はテレサの自由にしたらいいと、本気で言うような人だとテレサは思っていた。
しかし、モージストはアンコウという男を知らない。ただ、強い抗魔の力を持つ男の戦士だということだけ認識した。
あからさまに態度が変わるモージスト。
「モージストさん、私なんかを気にかけていただいてありがとうございます。でも、今日はもう遅いから私はそろそろ寝ようかと思うんです」
「そ、そうか……………
あ~っと、んっ、テレサそうだね、元気になるには、寝るのが一番かもしれない。テレサ、いい夢が見れたらいいね」
モージストはそう言うと、あっさりテレサをあきらめた。女にモテる軽めの男は、積極的でしつこいが、変わり身もまた早い。
シヤッッと、のぞき窓が閉められてしまった。
モージストは、本気でテレサに好意を持っていた。それは偽りのものではない。
ただ少しばかり、綿毛のごとく軽いものではあった。一夜の恋、あるいは、一時期の大人の恋を求めていたのだろう。
そのことにあからさまに気づかされたテレサ。テレサの眉が釣りあがり、思わず扉を蹴り飛ばしそうになる。
しかし、こみあげてくる衝動を何とか抑え、テレサはベッドのほうへ戻っていく。
「ハァーッ、自業自得かな………」
ようやくベッドに潜っても、まだ悶々とするテレサ。怒りなのか悲しみなのか情けなさなのか、よくわからない感情が心を覆う。
そんな時また、テレサの脳裏にアンコウの姿が浮かんだ。
テレサには、アンコウが プッと笑った気がした。
(!!!~~旦那様ッ)
さらに夜が更けてもテレサは眠れない。テレサはいつのまにか、久しぶりにアンコウのことばかり考えるようになっていた。
真っ暗なテレサの部屋。
すでにランタンの明かりもない。
のぞき窓もしっかり閉められている。
……ああっ…あんっ……旦那さまぁ……
完全な闇に漏れるテレサの声。
ベッドにはテレサ一人のまま。
テレサの寝間着は乱れている。
テレサは枕に顔をうずめ、左手は自分の大きな胸をつかみ、右手はもものほうへと伸びている。
……ンンッ……アンッッ……アンコウっ……
………… 仕方がない 女 30半ば、一人寝がどうしようなく寂しい夜もある。
■
モージストを拒絶した次の日、まだ朝の早い時間帯に寝不足のテレサは、懐かしいふたつの顔を部屋に迎え入れた。
「やぁテレサ、久しぶり。元気にしてたかい?」
綺麗な若草色の毛、健康的な褐色の肌、女ながらに勇ましい戦士の風貌。それは約3ヶ月ぶりに会う獣人の女戦士マニ。
それにもう一人。マニに腕を引っ張られるようにして連れてこられた、整った文官服を着た年配の人間族の男。
「いや、イェルベンに入る少し前で、たまたま会ったんだ。なぁ、モスカル」
モスカルは、ネルカでアンコウやテレサの世話役を勤めていた男で、ハウルの側近というほど高い身分ではないが、このグローソンでハウルに直接目通りが許されているほどの地位にはある。
このモスカルの文官としての戦地行政手腕は、それなりに高く評価されているようで、
「お、お久しぶりです。テレサ殿」
モスカルは、テレサに対しても丁寧に接してくれる。そのモスカルの息はまだ乱れており、かなり乱暴にマニに連れてこられたようだ。
「あ、あの二人とも一体どうしたんですか?」
「ああ!それなんだテレサ!アンコウが見つかったらしいぞ!」
マニの突然の知らせ。
「…………え…ええっ!!」
テレサの目が大きく見開く。
「なぁ、モスカル!」
「は、はい、そう知らせを受けました」
モスカルは、未だグローソン公ハウルの中でアンコウ担当にされているらしい。
諸地での緊急的な戦時混乱収束作業を終えた モスカルのイェルベン一時帰還と、ワン‐ロンからグローソンに、アンコウに関する問い合わせがあった時期が重なり、アンコウ回収に関する事案がモスカルに丸投げされていた。
「だ、旦那様はどこですかっ!」
「いや、まだイェルベンには来ていないんだ」
そう言ったマニの体が、楽しげに跳ねた感じがした。
「アンコウのやつ、どこで見つかったと思う!?」
さらに楽しげに聞くマニ。
「どこですかっ!!」
テレサの勢いもすごい。
「ワンタンだっ!!」
「えっ………(わんたん)?」
「ワン‐ロンです、マニ殿」
「そうそう!ドワーフの古里、あの迷宮地下都市ワンタンだっ!!」
テレサの目が、さらに大きく見開く。
ワン‐ロン そのドワーフの街の名は、当然テレサも耳にしたことがある。
『ドワーフの古里、迷宮地下都市ワン‐ロン』
この世界の一般の人間族にとって、無論、テレサにとってもそれは
(ドワーフの
テレサの顔色が青白く変わっていく。
そんなテレサの心情の変化にはまったく頓着することなく、
「テレサも一緒にアンコウを迎えに行こう!ワンタンにっ!!」
と言いながら、
バンッと、マニの手がテレサの肩をたたいた。
「…………えっ?」
マニの後ろで、だめだこりゃとばかりに、モスカルが首を振っていた。
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