第63話 ふろ場のスーパーマン
アンコウは、魔剣が魔戦斧になったことについて、ログレフに抗議したが、すげなく受け流された。
魔戦斧へのシェイプチェンジについては、アンコウの指示通り、カルミの案を採用したとのこと。
「ア、アレは装飾とかそういうのをカルミの好きにしろと言ったのであって……」
…うんぬんと、言ってもすでに遅い。
それに、ログレフは考えなしにカルミの案を採用したのではなく、魔戦斧へのシェイプチェンジを行ったほうがより強化できると判断し、またカルミが、アンコウは剣より斧のほうが合っていると言ったことを信じたのだと言った。
「いずれにせよ、再び剣に戻すようなことをすれば、今より確実に武具としての力は落ちるでの。そんなバカげたことは、魔工匠の誇りにかけて出来んよ」
ログレフにそう言われては、アンコウは納得できずとも、受け入れざるを得なかった。
そしてそれ以上に、この後、ログレフの口から
(
アンコウは万が一の事態を考え、たとえ使い慣れていない斧でも、このワン‐ロンにいるうちは、共鳴が可能な武器をいつも手元に置いておかなければならないと考えた。
そしてアンコウは、しばらくログレフと二人で話をした後、荷物を持って店を出た。
アンコウは、剣が戦斧に変わっていたことにも驚いたが、それ以上にログレフから聞いた波動の乱れに関する彼の見解と、
屋敷に帰る道中で、あの御供のドワーフ戦士が何やら怒声を発しながらアンコウの前に現れたが、それにもほとんど反応を示すことなく、屋敷に着くまで、ずっと険しい表情のまま考え込んでいた。
□
ザァブゥンッッ
「ふうぅーーっ」
アンコウが滞在している屋敷の風呂は広い。
アンコウは、大きい浴槽の端にある階段部分に腰をかけ、湯に体を浸す。
「……はあぁ、ほんと疲れる一日だったよ」
アンコウは屋敷に戻ってきてすぐに、帰り道考えていたことを実行に移した。
アンコウは屋敷の責任者を呼び、あれほど嫌がっていたグローソンへの帰還をすぐに行いたい旨を申し伝えたのだ。
それがすぐに起こる可能性は低いのではないかと思っていたが、ログレフから聞いた
この屋敷の責任者の男も、ミゲルがグローソンに関する事柄をアンコウに話したことを知っていたようで、すぐに上に連絡を取ると言ってくれた。
しかし、その責任者の男が言うには、すでにワン‐ロンとグローソンの間で、アンコウを迎えに、半月以内にグローソン側からワン-ロンに人を送るという話がついており、もう明日来るかもしれないのに、あらためて約束を変更するということにはならないのではないかとも言われた。
道理である。アンコウはそれなら自分ひとりででも帰ると言ったが、それは難しいだろうと訳知り顔の責任者の男に即答されてしまった。
つまりアンコウは、保護帰還という体でグローソンに身柄を引き渡される立場であり、そこにアンコウの自由意思は介在しないということだ。
「……チッ!どうしたもんかな……」
アンコウの舌打ちが、20人でも入れそうな浴室に響く。
アンコウは湯につかりながら、また考え込み始める。その時、扉の向こうの脱衣所のほうから人の気配がした。
ガラララッ!!
と、勢いよく扉が開く。
「アンコウ!はいるよっ!」
「チッ」
カルミの大きな声と、アンコウのあからさまな舌打ちが重なった。
アンコウが帰って来たときには、カルミは一足先に屋敷に戻って来ていた。カルミは、この屋敷にいる時は、いつもアンコウと一緒の風呂に入りたがるのだ。
手ぬぐい片手に、素っ裸で駆け込んでくるカルミ。
「おいっ、カルミっ、走るなっ!」
「は~い」
走る横目で、カルミは浴室の端の台の上に置かれている魔具の鞘袋に入ったアンコウの魔戦斧を見つけた。
「おあっ!」
と言いながらカルミは急速方向転換。魔戦斧に向かって一直線だ。
そこまで行くと、カルミは
「おお~、かっこいい~」
カルミはキラキラした目で、アンコウの魔戦斧の赤い輝きを放つ刃を見つめていた。
「あ、あれっ!?」
そんなことをしていると、突然カルミの斧を持つ手が揺れ、足もわずかにふらつく。
「こらっ!それを勝手に触るんじゃないっ!」
ゴンッ!
湯船から飛び出してきたアンコウの
アンコウは慌ててカルミの手から魔戦斧をとりあげる。
「いた~っ、なんかちょっと変な感じになった」
「これは俺専用、呪われてるんだよっ。じっと持ってたらそうなるんだ、言っただろうがっ」
「そっか。でもやっぱり、そのオノかっこいいね」
「知るかっ!お前が斧にしろって、あの爺さんに言ったんだろうがっ」
「そうだよっ、かっこいいのができたねっ!アンコウはオノのほうが似合ってるよっ」
カルミは実にうれしそうに言う。
「はぁ、だからその根拠は何だって、さっきから聞いてるだろっ」
アンコウは屋敷に戻ってきて、カルミが先に帰ってきているのを見つけると、この魔戦斧の件で怒り問いただしたものの、カルミはずっとこんな調子でお話しにならない。
「知らなあ~い」
と、カルミは言って、またパタパタと走り出した。
カルミは再び一旦脱衣所に戻り、今度は自分のメイスを持ってきた。
ログレフの手で強化されたカルミのメイスも、カルミが言うには、
「ものすごく硬くて、つよくなってる」らしい。
そしてカルミは、そのメイスをアンコウをまねて、呪いの魔戦斧の隣に並べて置いた。
「よしっ!」
それを見て、
「はあぁー」
と、ため息をつくアンコウは、すでに湯船の中に戻っていた。
カルミが木桶を持って、パタパタと湯船のふちにまで来ると、そこに背中をもたれて湯に浸かっていたアンコウに、その木桶を渡す。
「はい」
「ああ」
その場にしゃがみこんだカルミの小ぶりアフロの上から、アンコウは木桶を使って、
ザバアァー、ザバアァー と、風呂の湯を流しかけた。
プフアアーッ と、カルミ。
顔にかかったお湯をきりながら、カルミは湯船のふちに手をかける。アンコウにだいぶお湯をかけられたが、カルミのアフロは健在だ。
(………スゲェな、こいつの髪の毛)
「カルミ、飛び込み禁止だからな」
「うんっ、わかってる」
カルミはアンコウに何度も怒られ、飛び込むのはやめた。
その代わり、湯船のふちに腹を乗せて、アシカやオットセイのように、ぬるりんっと、お湯の中に潜っていった。
(………器用なやつ)
この浴槽はかなり深い。ふち近くの階段状になっているとこと以外では、カルミの身長では足が着かない。しばらくすると湯船の真ん中のあたりに、もさもさアフロと、小さな尻が浮かんできた。
カルミは、くるりと仰向けになる。
「プフアアーッ」
本来なら泳ぐなよと言うところなのだが、この浴槽は深すぎる。
「カルミ、お湯を飛ばすなよ」
「うん、わかってる~」
カルミも気持ちよさそうだ。仰向けにぷっかり湯船に浮いて、あっちらこっちら漂っている。カルミはそのぷっかりのまま、アンコウに話しかけた。
「ねぇ、アンコウ。ナナーシュってね、わたしと背はそんなに変わらないのに、おっぱいが大きくなってるんだよ」
「へぇ、そうか」
「わたし、ぺったんこなのに」
「お前はまだ6歳だろ」
「アンコウ、どうやったら大きくなるのかなぁ」
「さぁ、揉んでりゃ大きくなるんじゃねぇの」
カルミは浮かびながら、自分の胸板あたりに手を持っていく。
「ン~、何もないからもめない~、アンコウー」
「はあぁぁ、知らんっ。風呂あがったら牛乳でも飲んどけ」
ザバアァァ と、湯船から出たアンコウは体を洗いにいく。
浴室の壁には、大きな鏡が何枚も埋め込まれており、幅50センチほどの高溝の中には、常にお湯が流れている設備がつくられていた。
アンコウは、その高溝の前にある低い椅子に座り、体を洗う。いつのまにか、アンコウの横で同じようにカルミが体を洗っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「アンコウ!やって、やってー、あれやってよー。背中洗ってあげたよー」
「うるさいなぁ、一度だけだぞっ」
「うんっ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ザアブゥゥンッ! ぷふああーっ! おもしろいおもしろいっ! アンコウもう一回!・・・・・・・・・・
アンコウもう一回!・・・・・・・ぷふああーっ!おもしろいっ!・・・・・
・・・・・・・
「アンコウーー」
「何回目だよっ!」
もういっかいだけ~ と、カルミがまた近づいてくる。
はああぁぁーっ と、ため息のアンコウ。
早歩きでまた近づいてきたカルミが、アンコウの前でピョンとジャンプする。アンコウはまたかという顔をしながらも、しっかり両腕でカルミを抱きとめた。
カルミは、アンコウに上下逆で横抱きにされている。
しかし、顔は真っすぐ正面、両手両足をピンと伸ばし、目線はしっかり湯船に向いている。
湯船から少し離れた場所から、アンコウはゆりかごを揺らす10倍ぐらいの勢いで両手で抱えているカルミを前後に揺らし始めた。
「よ~しっ!」
カルミは目をガッと見開き、お尻をギュッと締めて、全身からワクワク感がにじみ出ている。
「あんまり湯を飛ばすなよっ。これが最後だからなっ、カルミっ!」
アンコウはそう言うと、カルミを湯船目がけて勢いよく放り投げた。
「そおおらっよっ!」
「わあーーっ!」
空中でダンゴムシのようになったカルミは、くるくる回りながら飛んでいく。そして再びスーパーマンのような姿勢になり、
カルミは、ちゃぽんっっ! と、湯船の中に消えていった。
高飛込みばりに、着水が美しい。アンコウに、お湯を飛ばすなと言われたことを忠実に守ったのだ。
「ぷはあああーー!」
楽しげに笑いながら、カルミの顔が湯船から突き出てきた。
「あははっ!アンコウ!もういっかい!」
「もう終わりだっ!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
アンコウは、脱衣所で真っ裸のままぐったりしている。カルミはほとんど半裸の状態で脱衣所を後にしたため、もうここにはいない。
「………くそっ、カルミと風呂に入ると、一日の疲れが倍増する………」
しかし、風呂に入ってくるカルミを追い出そうとすると、それ以上に疲れることになるため、カルミが入ってくること自体は放置するようになり、そして現在に至る。
「………はあぁーーっ、フルーツ牛乳が飲みたい………」
アンコウは服を着ると、のっそりと浴場を後にし、寝室に向かった。
少々厳し目の、アンコウの今日という一日が終わった。
■
『ロブナ‐オゴナル』の波動の乱れが生じた次の日、ワン‐ロンの街の雰囲気が一変することになった。
ワン‐ロン統政府が統治者ナナーシュの名において、昨日の『ロブナ‐オゴナル』の波動の乱れと、それに関連する
最初、公表するなんてバカな真似をとアンコウは呆れたのだが、その日が終わる頃には逆に感心することになった。
パニックが起こるとアンコウは思っていたのだが、このワン‐ロンのドワーフたちは違った。確かに多少の騒ぎは起き、一部混乱は生じたのだが、その混乱が全体に波及・拡大することにはならなかった。
ここが人間の街だったなら、一斉に住民が逃げ出しただろう。
しかしドワーフたちは、だてに自分たちのことを優等種族と自認しているわけではないようで、逃げ出すのではなく、老若男女を問わず、多くの者たちが戦う覚悟を決めた。
夜に入った頃には、多くの者たちがワン‐ロン・ドワーフの誇りを声高らかに、酒のジョッキ片手に歌う姿が、ワン‐ロンの
「俺は、ワン‐ロン・ドワーフじゃないからな、こんなところで
と、アンコウは思うものの、やはりグローソンからの正式な迎えを待たずして、自主的に帰還する許可は下りなかった。
そもそも、アンコウのことを今更そんなに真剣に取り上げてくれる者などいなかったのだ。
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