第60話 侵撃の兆し

ナナーシュの居館、太陽城内。

 ワン‐ロン統治の中枢機関であり、統治者であるナナーシュの私邸も兼ねている。

 大精霊様の次代統治者神託を受けたのはナナーシュが3歳の時、そして先代統治者が逝去し、新たな時代のワン‐ロンの統治者となったのは、わずか9歳の時だ。


 次代統治者神託を受けた時、ナナーシュの実の両親も健在であり、ナナーシュにとって血のつながった兄弟もいた。しかしワン‐ロンの掟により、統治者に選定された者は選定前の家門に関るつながりはすべて絶たねばならなかった。

 親兄弟、家族、親戚、配偶者、子などとは他人となり、統治者は一旦、弧人とならねばならない。


 ワン‐ロン統治者に即位後は、結婚し、子を生すことも認められてることを思えば、いささかの理不尽さはあるものの、その掟に対して誰にも拒否権はない。

 それゆえナナーシュも、親兄弟、生家との関りを一切断ち、この太陽城へと入ってきたのだ。


 実は、ナナーシュが現在の12の年になるまでに、本当の両親や兄弟に会う機会が何度かあった。

 しかし彼らがナナーシュに接する態度は、まったく民が支配者に接するものであり、家族の情など一片たりとも示すことはなかった。


 それがこのワン‐ロンにおいては当たり前のこと。太陽城で育ち、ワン‐ロンの統治者としての帝王教育を受けているナナーシュにとってもだ。


 しかし、いつの頃からだろう。それとは別に、ナナーシュは孤独を感じるようになっていく。

 ナナーシュのまわりには、いつもかしずく者たちがおり、完全に一人になることなどはない。


 しかし、いずくの国、時代であっても、権力者とはその手に持つ権力が大きければ大きいほど、こうべを垂れる者がどれだけ増えたとしても孤独なものだ。

 その現実は、子供といえども避けることはできなかった。



「おーい、ナナーシュ!これおいしいねぇっ」


 カルミが赤い実の果物を抱えて、ひとつは齧りながら、ナナーシュのほうに駆け寄ってくる。


「ふふふっ、そう?気に入ってくれてよかったわ」


 だから、ナナーシュはうれしかった。自分を支配者や主君としてではなく、まさに友のように普通に接しくれるものの存在が。


「はい。ナナーシュもどうぞ」

「ふふっ、ありがとうカルミ」


・・・・・・・・・・・・・・


「ねぇ、カルミ。今日も泊まっていきなさいよ」

「ん?昨日とまったから、今日は帰るよ」

「………ねぇ、館の誰かに、何か言われた?」


 この館にいる者の中にも、たとえ太祖オゴナルの流汲者りゅうきゅうしゃとはいえ、混ざり者であるカルミがナナーシュの近くにいることを快く思わない者が少なからずいる。


「ん?なにかって?」


 間違いなくいるのだが、ナナーシュの目もあり、そこまであからさまに嫌がらせをしてくるわけではなく、多少さげすみのこもった目で見られたところで、カルミは気に留めることはない。


「……ううん、ないならいいの」

「? アンコウに今日帰るっていったから帰るよ」


 カルミは自分の意思で言っている。それをナナーシュもわかっているから、それ以上、自分の希望をカルミに強いるようなことは控えている。


「そう、わかったわ」


 まわりに控えている幾人かのドワーフメイドのカルミを見る目がきつくなる。

 ナナーシュの近くにカルミがいることを内心よしとしていない者は、ナナーシュの言うことにカルミが従わないことも不快と考えるようだ。勝手なものだ。


 ナナーシュは気分を入れ替えるように、顔に笑みを浮かべる。

「ふふふっ、じゃあ今日は、カルミにいいもの見せてあげる」

「え~っ、なになにっ!?」


 カルミがこの館で目にするものは、カルミが今までに見たことがない豪奢なものや不思議なものでいっぱいだった。

 特に、城内のあちらこちらに飾られているワン‐ロンの一流の魔工匠が作った魔武具・魔道具の類が、ひどくカルミの興味をいた。


「カルミは、魔道具も大好きでしょ」

「うんっ!好きっ!」


「ふふっ、このワン‐ロンにはね、この世界で、もっとも不思議な魔道具があるのよ。それはねぇ、私たちの御先祖様が創ったの。このワン‐ロンという里を造るためにね。それをカルミに見せてあげるわ」


「おお~~」

 カルミは興味深そうに、大きく目を見開いている。

 そんなカルミを見て、ナナーシュも満足げだ。





 ナナーシュに先導されて、カルミは庭に造られた屋根つきの道を歩いている。きれいな庭だ。

 カルミの視界に映る庭には、草が生え、花が咲き、大きな木も植えられていた。


 ワン‐ロンは地下都市だ。広大な空間が広がっているとはいえ、太陽の光がとどく場所ではない。

 ワン‐ロンに広がる光は、光の強弱を人の手で調節していることからもあきらかなように、迷宮の土石が放つ迷宮光をベースに、何らかの人為的な干渉がなされている。

 そのワン‐ロンの光も、しっかりと植物を育む力を持っているようだ。


「きれいなお庭だねえ~、ナナーシュ」

「ふふっ、そうね」


 カルミたちが歩いている道は、太陽城敷地内にある北の祭殿に続いている道だ。


・・・・・・・・・・・・・・・



「さぁ、着いたわよ」

「おお~、大きいねぇ」


 白亜の大祭殿。それは一層構造の建築物のようであるが、その柱はとても太く長い。その大きい柱や長大な壁を埋め尽くすほどに、精緻な彫刻が全体に施されており、見る者を圧倒する存在感を放っている。


 一見、神殿のように見えるこの建造物だが、ワン‐ロンの大精霊の神殿はまた別のところにある。

 この祭殿の中に置かれているもっとも尊いものは、神像ではなく、魔道具。ワン‐ロンの太祖オゴナルによって創られたという 魔工装置『ロブナ‐オゴナル』だ。


「お待ちください!ナナーシュ様っ!」


 ナナーシュとカルミが、祭殿正面の大きな出入り口の手前まで来たとき、中から数名のドワーフの男女が現れ、ひざまずき、二人の行く手をさえぎった。

 この祭殿の管理警備を担っている者たちのようだ。

 

「…………なに」


 居並ぶドワーフ男女の中で、もっとも豪奢な衣服をきている者が、進み出てくる。


「畏れながら『ロブナ‐オゴナル』は、ただの魔道具ではありません。このワン‐ロンが存在そのものであり、このワン‐ロンにあるすべての者の命を支えている力なのです」


「………あなた誰にむかってそんなことを言っているの。私がそんなことを知らないとでも?このナナーシュ・ド・ワン‐ロンを侮辱するつもり?」

 ナナーシュが冷たい目で男を見る。


「い、いえ!滅相もございません!ナナーシュ様ではなく、その後ろにいる者のことでございます!このロブナ殿は、資格なき者は立ち入ることを禁じられて言います。畏れながら、その者は外地の者であり、混ざり者にございます」


 それを聞いて、ナナーシュのまなじりが釣りあがり、顔が朱色に染まる。

 一方、カルミは平然とした顔で、突然現れた大人たちを眺めている。


「資格がないとはどういうことか!ここにいるカルミはこのナナーシュの友であり、オゴナルの流汲者りゅうきゅうしゃです!いわば、私の姉妹きょうだい

 お前たちの中に、幻門ファンゲートを開く力を持つ者がいるのですか!カルミを人間の血が入っていることで侮辱する者は、このナナーシュ・ド・ワン‐ロンを侮辱する者と知りなさい!!」


 ナナーシュのマジ怒りの怒声が響く。12歳の少女らしからぬ、ワン‐ロンの統治者らしい迫力ある怒声だ。

 居並ぶドワーフの男女は、こうべを垂れ、動かなくなる。恐れ、顔を上げることができないようだ。


「………ナナーシュ、だいじょうぶ?」

 そんな怒るナナーシュを心配して、カルミがナナーシュの顔をのぞきこむ。


「え、ええ、ごめんなさいね、カルミ。この人たちは、何か勘違いしていたみたいね?」

「カルミはハーフだからね、しかたがないよ」


 カルミは悲しむでもなく、まるでそんなことはいつものことだよといわんばかりに、普通の口調で言った。


「!そ、そんなことはないわっ、カルミあなたは、オゴナルの流汲者なのよっ、そして私の友達でしょ!?」

「うん、カルミはナナーシュのお友達だよ」


 カルミはまた、普通の口調で言った。お友達、それを聞き、少し目が泳ぎ、もじもじするナナーシュ。


「そ、そう、友達よ。カルミは、ここに入る資格があるのよ。それこそ、この人たちよりもね」

 ナナーシュはそう言うと、再び祭殿入り口正面に向き直り、


「命ず!道をあけよ!」

 と、のたまわった。


「さぁ、カルミ。私について来て」

「んっ!ナナーシュ!」





 遡ること万世を越えるいにしえの時代、英傑オゴナルという魔工匠として超越した一人のドワーフの出現を経て、このワン‐ロンは歴史の幕を開けた。


 それ以前の時代、このワン‐ロンがある空間は、外地から完全に隔絶された誰も知らない知りようもない迷宮、その深部にある一階層であった。

 しかも、このワン‐ロンがある階層は、前後の階層と比しても、濃ゆい魔素、魔獣蠢く、特異点であったのだ。


当時、オゴナルと行動を共にしていた精霊法術師が書き残した書には、

 『身の毛もよだつオークの巣であり、絶望の子宮ともいえるなり

 それ何故か、この階層にはロブナの大魔石卵があるためなり

 その大魔石卵、濃密なる魔素を吐き出し、あまたの魔獣を引き寄せる

 極大豚鬼王ビッグオークがまるで赤子を守る父母のごとく徘徊し、そのさま卵の守護者の如し』 

 と、述べられている。


 オゴナルは大精霊様の導きにより、誰も入り口さえ見つけることができなかった この迷宮に侵入し、その最深部にまで足を踏み入れたという。


 オゴナルは、当時であっても誰も理解し得なかった術を駆使し、ロブナの大魔石卵を掌握、逆にその大魔石卵の力をも取り込み、その階層の魔獣たちを一掃。

 上下の迷宮階層に至る道を遮断、幻門・幻扉という魔工の術を編み出し、迷宮内の移動ならびに外地との行き来を可能とした。


 この階層をテラフォーミングしていく そのすべての過程において、大魔石卵の力が、何らかの形で用いられた。


 その都度必要に応じて、ロブナ大魔石卵は、太祖オゴナルの手により魔工の術が施されていき、その最終形態として、ロブナの大魔石卵は、後世、魔工装置『ロブナ‐オゴナル』と称される存在として完成することとなる。



 ロブナ祭殿最奥部。幾重にも防衛策が講じられた向こう、大きな広間に魔工装置『ロブナ‐オゴナル』は設置されている。


 3メ-トルはあろうかという卵型の濃透紫色をした巨大な魔石-ロブナ。

 それが、極めてメタリックな光沢を放っている山型の巨大オブジェの上部に、ブローチに宝石が嵌るように納まっている。

 それが放つ異様な存在感は、でも、言葉で言い表せるものではない。


-----そしてこの日、魔石ロブナが放つ異様な存在感は、を超えることになる-----



 ナナーシュたちが祭殿に現れたほぼ同時刻、ロブナ-オゴナルに異変が生じ始めた。

 ロブナの魔石から放出される力の波動に、あきらかな乱れが生じ始めたのだ。それは通常時ではありえない乱波動。


 その時ナナーシュは、祭殿入り口で制止してきた者どもを退かせたあと、カルミと二人、おしゃべりをしながら祭殿内を歩いていた。

 はじめに祭殿の吏官たちを一喝してからは、誰の制止を受けることもなく、『ロブナ‐オゴナル』が設置されている大広間へ向かって歩いていたのだが、その途中で突然最初の異変を感じた。


 その瞬間、ナナーシュはカルミの友ではなく、ワン‐ロンの統治者の顔となった。

 そして、カルミに何も告げることなく『ロブナ‐オゴナル』のもとに向かって走り出したのだ。


 そのままナナーシュは、誰よりも早く大広間へと駆け込んだ。



「!こ、これは何………?」


 あきらかに、『ロブナ‐オゴナル』が発する力に乱れが生じていた。

 それは、『ロブナ‐オゴナル』の装置としての働きそのものに、何らかの異常が生じている可能性さえ感じさせる現象だった。


 万が一、一時的にでも装置の働きが止まれば、ワン‐ロン全体の存亡に直結するほどの大惨事になりかねない。


 こんなことは、ナナーシュが統治者となって以来、初めてのことだ。

 その変調は、オゴナルの血の力を受け継いだ者でなくとも感じ取れるほどあきらかなもの。


「どうかされたのですか!?」

「ナナーシュ様、一体なにが!」

「は、波動に乱れがっ!」


 次々とこの際殿に詰めているドワーフたちが、大広間に飛び込んでくる。

 広間にいる人の数が増えるほど、ざわつく声が大きくなり、うろたえ出す者が増していく。



「みんなっ!静かにっ!」

 ナナーシュが鋭く言い放つ。

「あなたたちがうろたえて、どうするの!落ち着きなさい!」


 ナナーシュがまわりを見渡しながら、皆を落ち着かせていく。

 そのナナーシュの視界に、カルミの姿が映る。カルミは、走るナナーシュの後ろにしっかりついてきていた。


(あっ、カルミっ)

 突然のこの異変に、ナナーシュはカルミの存在を忘れてしまっていた。


 カルミは太祖オゴナルの流汲者、現在起こっている『ロブナ‐オゴナル』の異変を、おそらくナナーシュに次いで敏感に感じ取っているはずだ。

 初めての友であり、わずかな時間で、妹のように感じるようになってしまっていたカルミ。ナナーシュは、一瞬、カルミの友に心が戻り、カルミのことを私が守らなければという思いに囚われた。


 しかし、こちらを見て、じっと立っているカルミは、周囲の大人たちと違い実に落ち着いている。

 ナナーシュがカルミのほうを見ていると、カルミはナナーシュにむかって歩き始めた。


 この突発的事態下で、実に落ち着いた歩みを見せる6歳児。まわりが、スーーッと、静かになっていく。


 ナナーシュの前まで来て、カルミは立ち止まった。


「………ナナーシュ、大丈夫?」


 カルミの目が、迷宮であの中級豚鬼将ミドルオークと戦っていた時の目になっていた。


「……カルミ……ええ、大丈夫よ」


 ナナーシュも再びワン‐ロンの統治者の顔になる。

 そして、カルミから目を離すと、壁際に並ぶドワーフたちにむかって声をかけた。


「これから、『ロブナ‐オゴナル』の状態を確認するわ。皆、少し静かにしているように」


 ナナーシュがよく通る落ち着いた声でそう言うと、無言のまま皆がいっせいに頷いた。

 ナナーシュはカルミを一瞥すると、『ロブナ‐オゴナル』のほうに体を向け歩き出す。


 歩みを進め、ロブナ-オゴナルが設置されている階段を登りはじめる。

 ロブナ大魔石卵が嵌め込まれている巨大オブジェ自体も魔道具であり、2つが合わさることで、表現できない重厚な威圧感を発している。

 ナナーシュは階段を上りきり、ロブナ-オゴナルの間近まで来ると足を止めた。


 その剥き出しの大魔石卵の色は、いつもと変わらぬ美しい濃透紫色。

 しかし、ナナーシュの体を通り抜けていく波動はあきらかにいつもとは違い、例えるのなら、美しい調べに、耐え難い雑音が混じっているいるような感じだ。


 ナナーシュは、ゆっくりと両手をロブナ大魔石卵に直接触れ、目を閉じ、集中を高めていく。


 『ロブナ‐オゴナル』の波動は、このワン‐ロンが属する迷宮全体に及んでいるとも言われている。

 そして、この波動に直接リンクできるのは、大精霊様の神託を受けたワン‐ロン・ドワーフの太祖オゴナルの正統継承者たるナナーシュ・ド・ワン‐ロンただ一人。


 大広間中にいる者たちが、固唾かたずを呑んでナナーシュを見守っている。

 重苦しい緊張感に溢れた静寂が広がる。ただ乱れるは、ロブナの波動のみ。


 10分、20分、時間が過ぎていく。

 ナナーシュの魂が、魔工装置『ロブナ‐オゴナル』と溶け合う。そして…………異変の原因を探り当てる。


(!!干渉されてるっ!!)


 『ロブナ‐オゴナル』に直接干渉するなど、太祖オゴナルの血の力の流れをどれほど強く汲む者であっても、正統後継者以外できはしない。

 しかし、万世のワン‐ロンの歴史において、およそ千年に一度の頻度で、それに反する事象、いや、災害が起きている。


 そして、ナナーシュは最近迷宮内から感じていた違和感を思い出す。そこから導き出されるとてつもなく嫌な可能性。



極大豚鬼王ビッグオーク!!!)

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