第59話 逃亡者 発見される

「悪いな、アンコウ。怪しげなやつの素性を調べるのも仕事のうちなんだ」


 ミゲルの身長も、ドワーフらしく150cmの半ばほどだろうか。そのミゲルが椅子に座っていると、さらに小さく見える。


「あやしいか、はっきり言うねぇ。一応俺は、ナナーシュ様の命の恩人だぜ」

「だからこそだ、アンコウ。ナナーシュ様に近づく見知らぬものは、たとえ精霊の羽がついていようと、素性は洗うさ」


 ミゲルの口調が丁寧だったのは初めだけ、今は完全に元に戻っている。

 ミゲルの話によると、アンコウの素性がこうもあっさり割れたのは、やはり右腕の金色に輝く臣下の腕輪が原因だった。


 アンコウは布をグルグル巻きにして、それをずっと隠していたつもりだったのだが、何かの折に、この屋敷の使用人という名の情報要員に見られていたらしい。


「そんな派手な身分証を体につけていたら、バレない訳がないだろ、アンコウ」


 ミゲルの言葉に、そりゃそうかもなと思うアンコウだが、すでに後の祭りである。


「アンコウよ。何か事情があるということは、お前がそれを隠していたことと、お前の態度でもわかる。だけどな、ワン‐ロンはお前をグローソンに引き渡すことにした」


「!!お、おいっ、ちょっと待ってくれっ!」


 アンコウは座っていた椅子から腰を浮かし、ミゲルに掴みかからんばかりに抗議する。


「まぁ聞けっ!アンコウ!」


 ミゲルが鋭い声を出し、アンコウを制する。アンコウはしぶしぶながらも、また椅子に腰をおろした。


「アンコウ。お前がグローソンの人間だとわかったとき、まず疑われたのは、お前がグローソンの密偵である可能性と何らかの理由でグローソンから逃亡している犯罪者であるという可能性だ。

 どちらにせよ、そんな者をナナーシュ様に近づけるわけにはいかないだろう。

 言われなくてもよくわかっているだろうが、お前はずっと監視されていた。その結果だな、どう考えても密偵の線はないだろうっていうのが、俺たちの総意だ。

 で、犯罪者の線を確認するために、お前の素性をグーローソン側にに問い合わせた」


「!!じ、じゃあ、俺がここにいることは、もうグローソンに知られてるってことかっ」

「ああ。そうだ」

「!!」


 淡々と答えるミゲル。うなだれるアンコウ。

 アンコウがサミワの砦で、バルモアの捕り手から逃れて約4ヶ月。ネルカの街で、グローソン公に臣下の腕輪をはめられてから数えれば、すでに5ヶ月以上の逃亡生活が続いている。

 実のところアンコウは、相当にこの逃亡生活に疲れ果てていた。


(自由に生きたいだけだった。だけど、圧倒的強者から逃げるっていうのは本当にきつい)


 アンコウは逃亡者生活というものを、かなり軽く見ていたといわざるをえない。

 嫌味な監視人付きのこのワン‐ロンの生活に怒りを見せていたにもかかわらず、身も心も休まることのない逃亡者生活を思えば、衣食住に不自由しないこの貴族モドキの生活の中に、アンコウはある種の安心感も感じていた。


 いろんな感情がない混ぜになって、アンコウは沈んでいく。


「…………くそおぉ」


「なぁ、アンコウ。そこまでへこむようなことなのか?」

 うなだれるアンコウを見て、ミゲルが首を傾げる。


「な、なぁ、ミゲル、何とかここに、かくまってもらえないのか」


「無理だな。ワン‐ロンは、グローソン公とも政治的に友好関係を築いている。グローソン公の領内には、このワン‐ロンとの交易を認められている商人もいるんだ。だから、あちらからお前のを要請されれば拒否はできないんだよ」


「………俺は、ナナーシュ様を助けたのにか」


 ワン‐ロンでの生活の中で、アンコウはナナーシュの命を助けたという、たまたま手にした唯一の功績をフルに利用してきた。


「あのなぁ、アンコウ。グローソンは、お前のを要求してきたんだ。

 そりゃあ、お前にして見たら実質身柄を拘束されるっていう点では変わりはないなかもしれないがな。こっちとしてはぜんぜん違うんだよ。

 お前が言うように、お前はナナーシュ様を助けてくれた客人だ。それを軽んじるつもりはない。

 だがグローソンは、お前を犯罪者でもなく密偵でもないと言った。自分たちの正式な家臣であり、4カ月前の戦争時に功を挙げた後、行方知れずとなった捜索中の人物だと言ったよ」


「………へっ、そんなことを信じるのか?ミゲル。俺は犯罪者かもしれないし、密偵かもしれない。いくさで、裏切りを働いた逃亡者かもしれない」


「グローソンはそんなに愚かなのか?ワン‐ロンは一都市であるが、その力は一国家に等しく、ドワーフ族が玉都、迷宮地下都市という その特異性は、エルフといえども無視できないものだ。

 ウィンド王国内の一公領に過ぎないグローソンと比べれば、どちらの格が上かはあきらかだ。

 俺たちはなルートで、ナナーシュ様の名のもと、事情も説明したうえで問合せた。グローソンが、俺らをたばかるなんてのは自殺行為なんだよ」


 ワン‐ロンが敵に回れば、グローソンはウィンド王家も敵に回すことになり、必ず滅ぶとミゲルは言った。


「…………だから。なぁ、アンコウ。グローソンは、お前に危害を加えることはしないし、褒賞を与えるとまで言っていたらしいぞ。お前は何で、そんなにへこんでるんだ?」


 アンコウは、フウーッと、大きく息を吐く。

(あの時、バルモアに攻撃を仕掛けて逃げたことも罪に問われてないってことか)


 確かに、ここに至るまでにアンコウが知り得た情報でも、アンコウを罪人としての捕縛命令は出されておらず、重要人物としての身柄確保命令が出されているだけだった。


「…………でもなぁ、ミゲル。俺はそもそもグローソンの家来じゃないんだよ」

「ん?それはどういうことだ」


 アンコウは、自分が異世界人だなどということは口にしなかったが、これまでの経緯を大まかにミゲルに話した。



「なるほどなぁ、

  ……………としかいいようがない話だな」

 と言って、ミゲルは ゴクリと茶を一口飲んだ。


「ふぅ、そうなっちまったんだったら仕方がないだろう アンコウ。当たり前だけどな、お前の個人的な事情や心情まで考慮できないぜ。

 これは個人の問題じゃないんだ。グローソンは、お前をひどい扱いはしないと約束した。

 で、ある以上、ワン‐ロンとしてはナナーシュ様を救ってくれたお前に感謝して、丁重にグローソンに送り帰すことになる。それが当たり前の対応ってもんだ」


 納得しかねるアンコウだったが、これが自分のことでなかったら、そりゃそうだろうですませる話だ。


(………詰んだ………もうどうしようもない……疲れた、逃げるのはもう嫌だ………)


 アンコウは、はああぁぁーーっ と、息を吐き出し、天井を仰いだ。

 そんなアンコウの様子を見て、ミゲルはその心境を敏感に感じ取る。


「まっ、半月以内に、ここまで迎えを寄越すらしいから。それまでゆっくりしていけよ」

「………えらく大雑把だな」


「そうだな、俺もけっこう雑だと思ったよ。実はグローソン公領内には、ワン‐ロンと常設されている幻門ファンゲートがひとつあるんだ。

 アンコウを迎えに来る目的なら、いつでも通れるようにすると伝えたらしいんだが、………その答えが、『半月以内に行くから、また連絡する』だったそうだ」


「………クソッ。相変わらず、雑で扱いが適当だっ。だったら、初めからほっといてくれたらいいんだっ」


 ミゲルは、ご愁傷様とでも言わんばかりの目でアンコウを見ていたが、伝えるべきことは伝えたとばかりに席を立つ。


「ああ、そうだ アンコウ。カルミのことはどうする?」

 椅子を立った時点で、思い出したようにミゲルが問う。


「……どうするもこうするも、俺がカルミと知り合ったのは、ここに来る3日ぐらい前だよ。それぐらいのことはもう知ってんだろ。それにあいつは俺と違って、マジのVIP待遇だろ」


 そう、カルミは今、ナナーシュの居館に呼ばれ、昨日の夜は向こうで泊まっている。いわゆるお泊り会、ナナーシュはカルミを妹のようにかわいがっていた。


 ここワン‐ロンはドワーフの都市まちであるのだが、純潔のドワーフの社会的地位が圧倒的に高く、ハーフドワーフは決して彼らと同列に扱われることはない。


 ましてや、このワン‐ロンの統治者にして、太祖オゴナルの正統後継者であるナナーシュの館に招かれ、寝食を共にするなど、通常、混ざり者に許されることではない。

 それを思えば、カルミのここでの待遇の良さは際立っている。


「まぁ、カルミは、ナナーシュ様のお気に入りで、オゴナルの流汲者りゅうきゅうしゃだからな。ハーフでも粗略そりゃくには扱えないだろうさ」


 迷宮の中で、オークを倒した後、ナナーシュが言っていた。


――― カルミ、あなたも太祖オゴナルの力の流れを汲む者の一人 ―――


 そのオゴナルが造ったという魔工装置『ロブナ‐オゴナル』は、現在も生き続けており、その力によって、本来迷宮内の一階層であったこのワン‐ロンは、地下都市として存在できている。


 また、幻門ファンゲートという空間移動の力を、このワン‐ロンでのみで具現化できているのも、その『ロブナ‐オゴナル』があってこそだという。


 そして、そのオゴナルの血の力を最も色濃く受け継いでいるとされる者が、大精霊の神託によって選ばれ、このワン‐ロンの統治者の地位を継承し続けている。

 その当代が、ナナーシュ・ド・ワン-ロンなのだ。


 伝承に残るワン‐ロンの初代統治者オゴナルは超越者的な魔工匠であり、またエルフに次ぎ生殖能力が低いドワーフという妖精種であるにもかかわらず、100人以上の妻に、子を300人以上成したという性豪であり、その子孫の数というのは、現在ではとても把握しきれていない。


 そして、カルミもまたそのオゴナルの血の力をハーフであるのも関わらず、かなり濃い目に受け継いでいる者であるらしい。


 アルマの森の奥深く、あの池のほとりの岩に仕込まれていた幻門ファンゲート。あの幻門ファンゲートは、撤去はされていないものの長きに渡って閉じられているもの。


 本来ならば、ナナーシュの操作・関与がなければ、開くことはないのだが、ごく稀に統治者でなくとも限定的にそれを開く力を有する者が出る。

 それは当代の統治者ほどでないにせよ、太祖オゴナルの血の力を間違いなく受け継いでいる者に限られる。


 あの池のほとりの幻門ファンゲートを開けたことが、カルミがオゴナルの流汲者である何よりの証拠であり、混ざり者だからといって、誰もそれを否定することはできない。



「だから、俺がどうするこうするってことじゃないだろ、カルミのことは」

「………まぁ、そうなんだけどなぁ。………なぁ、カルミはナナーシュ様の屋敷に泊まりに行っても、またここに戻ってきてるだろう」

「ん?ああ、そうだな」


 実はカルミは、ナナーシュからアンコウのところには戻らずに、このまま自分の側にとどまるように何度も言われている。

 しかし、カルミは連泊はせず、自分の意思で、必ずアンコウがいるこの屋敷に戻ってきている。


「ガキの相手は疲れるんだよ。あっちいったまま、残ってりゃいいのにな、カルミも」


 アンコウは、カルミの家族ではないし、保護者でもない。

 出会ってから、ひと月も経っておらず、あの迷宮から脱出できた今、アンコウのほうはカルミに対する仲間意識もかなり希薄になっている。


「まぁ、カルミはここに残るか、アルマの自分ちに戻るか、好きにするだろう。いずれにせよ、俺が口をはさむことじゃないよ、ミゲル」


「………………」

 ミゲルは、それに何も言葉を返さない。


 しかし と、ミゲルは考える。

 ミゲルが見る限り、カルミのアンコウに対する信頼感はかなり強い、ある種の依存性すら感じさせるほどだ。

 ミゲルは、それと似たようなものに覚えがあった。実はミゲルはすでに妻帯者であり、男の子ではあるが、子供も一人持つ父親なのだ。


(………うちの子供が、俺や妻に見せる態度に似てるんだよなぁ)

 と、ミゲルはカルミのアンコウに寄せる態度を見るたびに思うのだ。


「………まぁ、確かに、カルミはカルミの好きにするかもな」

「そういうことだ。俺は俺、カルミはカルミだ。俺はあいつの意思を尊重するさ」

「………なるほど、尊重ね。じゃ、俺は行くわ。アンコウと違って、これでも忙しくてね」

「チッ、俺だって好きで引きこもってるわけじゃねぇよ」


 ミゲルは、部屋の扉にむかって歩き出す。


「ああ、そうだアンコウ。強姦は、お前がナナーシュ様の命のご恩人でも犯罪だぞ。

 特に他種族のドワーフ女に対する強姦は重犯罪になる。さっきメイドの一人に泣きつかれたぜ」


「……うるせぇ、いやがらせに、乳揉んだだけだっ」

「ハハハッ、暇つぶしに娼館にでも行ってこいよ」

「……ドワーフ娘の監視付きで娼館通いか、何のプレイだそれ」


 ミゲルはまた、ハハハッ と笑いながら、ヒラヒラと手を振って、部屋の外に消えていった。



 また、部屋に一人になったアンコウ。


「…………あぁ、くそっ。グローソンに戻るのか。…………まだ、逃げるのか…………いやだあぁぁ」


 どちらも選びたくないアンコウに、見通し明るい選択肢は用意されていない。

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