第23話 マニの決意とアンコウの処遇

 アンコウがガルシアとの仕合いに付き合わされてから、すでに10日が過ぎていた。

 アンコウの体の傷はすっかり癒え、精神面でも全く問題のない状態で落ち着いていたが、相変わらず、あの御屋敷に軟禁されている状態であることに変わりはない。


 しかし、それまでもこの屋敷での待遇は悪いものではなかったのだが、あのガルシアとの仕合い以降、さらにまわりがアンコウに気を使ってくれるようになっていた。


上げ膳据え膳あげぜんすえぜん、身の回りのことは何でもしてくれるし、何より働く必要がない……)

「ハハッ、変に監視が緩い分、悪くないって思ってしまうな」


 アンコウは自嘲気味につぶやく。そして、アンコウは目をつむり、首を振りながら自分に言い聞かせる。


「だめだ。わかっているだろう。自由のない心地よさなんて、次の瞬間には他人の気分しだいで地獄に変わるもんだ…………」


 アンコウは再び目を開けて顔をあげる。顔をあげたアンコウの目の前には大きな姿見の鏡。アンコウは鏡に映る自分の姿を見た。

 鏡に映る自分の姿、上下ショッキングピンクの給仕服、白いレースのカーテンマント、銀色の鍋兜、魔ローソクは立ててあるが火はついていない。


 これは、この屋敷のシャレのわかる者がアンコウがいない間に部屋のベッドのうえにそっと置いていってくれたものだ。アンコウはそれを笑わず怒らず、普通に頂戴した。


コン、コン、

 アンコウがいる部屋の扉がノックされた。


「テレサです。食事をお持ちしました」


 昼食なのだが、いつもの昼の時間よりはまだかなり早い。実はアンコウには、この後、監視人付きながら外出する許可が下りていた。


 アネサ陥落後、さらなるグローソン軍の増援部隊がすでにアネサに到着しており、今やアネサは完全にグローソン軍に掌握されている。


 そういう状況になったことが、アンコウに外出許可が下りたことの大きな理由ではあるのだが、アンコウは軟禁されているにもかかわらず外出許可が出る自分の待遇について、やはり緩いと表現するほうが適切だと思っている。

 もし自分がグローソンにとって、重要な人物かあるいは危険な存在であるのなら、この緩さはあり得ない。


 アンコウは、いまだになぜ自分がグローソンに拘束されているのか知らされていない。アンコウがまわりの者たちにそのことを聞いても、誰もがじきにわかると言うだけ。


 ただ、ダッジに聞かれたこと、ひどい拷問をうけて聞かれたこと、ショーギが何か関係しているのだろうことだけはわかっていた。

 ショーギを問題視しているのならば、それは以前から将棋を知っている者がいるという、あり得ない可能性のひとつがアンコウの頭には浮かんでいる。


 アンコウの心に、今後の不確定さが少しずつ重みを増してのしかかり、その分だけ日々不安も増していく。


コン、コン、

 またノックの音が聞こえる。

「あの、」

「どうぞ、入っていいよ」


ガチャッ

 テレサが扉を開けて中に入ってきた。部屋の中に入ってきたテレサの目にアンコウの姿が映る。


(あっ、またあの格好をしているわ)


 テレサは無言のまま、2人分の昼食を乗せたカートをテーブルまで押して行く。

 テレサがテーブルに食事を並べているあいだに、アンコウはベッドのうえに鍋兜とカーテンマントを置き、そして食事の席に着いた。


 テーブルにはアンコウとテレサの2人分の食事が並べられており、2人はそのままいつものように食事をはじめる。


 ガチャガチャと食事をする音が聞こえはじめ、2人は時おり会話を交わしている。


「あの、食べ終えたらすぐに出るんですか?」

「ああ、そのつもりでビジットにも話をしてる。むこうの同行人も2人だそうだ。まぁ、気分転換にブラつくぐらいだけど。夕食は早めに外で食べてくる許可はもらったよ」

「本当ですか?それは楽しみですね」

「ああ」


 アンコウは、どこそこの店で何を食べるつもりだというようなことを話している。それを聞きながら、テレサは少し言いづらそうに口をはさんだ。


「……あの、今日はその格好で出かけるんですか?」


 アンコウは、上下ピンク色の給仕服を着て食事をしている。ベッドのうえには鍋兜と白いレースのカーテンマント。


 テレサも、この屋敷で軟禁生活をはじめて半月が過ぎ、屋敷の外に出ることができるというのは正直にうれしいと感じている。しかし当然ながら、アンコウの奴隷であるテレサはどこに行くにしてもアンコウと一緒ということになる。


 テレサはアンコウが着ている服とベッドのうえに置かれているものをチラチラと見ている。


「イヤかい?この服とあれをつけてる男と外を歩いて、どっかの店で食事をするのは?」

「いやっ、そういうわけじゃ、……ないんですけど、」


 テレサの目はアンコウのほうを見ていない。アンコウは口にモノを運びながら、そんなテレサを見ている。


 アンコウが元いた世界でなら、探すところを探せば、ピンク一色・鍋兜とは違っても、おかしな格好をしたやからは山ほど見つけることもできるだろう。


 しかし、この国、このアネサの町にさっきのアンコウのような奇抜すぎるファッションを許容する文化はない。テレサにしても、このファッションをアンコウ以外の男がしていたらまず近づかない。


「そうなのか。テレサは嫌じゃないんだ。おれだったら嫌だけどな」

「えっ?」

「おれはピンクの服を着て、カーテン体にまいて、鍋かぶっているヤツと外は歩きたくないな」

「……えっと、」

「心配しなくてもこの格好で外に行ったりはしないよ。そこまで突き抜けた趣味じゃない。まぁ、インドア専門のコスプレみたいなもんだ」

「は、はい……?」


 そう言われてもテレサには何のことだがよくわからないが、とりあえずアンコウがこの格好で外には行かないということはわかったので、ホッとした。


(こいつ、今あからさまにホッとしたな)

 アンコウは見てないようで、ちゃんと相手の顔色の変化は見ている。


 この世界に来て以来、この世界で生き抜くために人の感情や考えを読んで立ち回るということを心がけてきたアンコウにとって、悪目立ちをするなどというとは、これまでずっと避けてきた行為だ。


 だからこそなのだろう。このあいだの一件で、こういう格好をすることが妙に楽しく、ストレスの発散になるということをアンコウは知ってしまった。

 緩いとはいっても、軟禁されてストレスが溜まらない者などいやしない。


「なぁ、テレサ。このピンクの給仕服、女物もあるんだけど、お揃いってどう思う?」

「えっ、……いや、あの、私はもう30も越えてますし、あの、」


 テレサの態度に、一気に落ち着きがなくなる。

 ピンクが好きな女性はたくさんいるだろうが、いや、テレサもピンクが嫌いではないのだが、このアンコウが着ている給仕服の女物を着るということは、全くテレサの趣味ではない。


 しかも、白いレースのカーテンマントに魔ロウソク付きの銀の鍋兜もある。

 正直いえば、もし14になる娘がそれを着ていたら、ひっぱたいてやめさせなければならないレベルの服の趣味だと思っていた。


「命令。」

 とアンコウの一言。

 と、言われれば、テレサに拒否権はない。テレサは何とも言えない表情で固まった。


「……くっくっ、ははっ!冗談だ、くっくっ、嫌がる人に無理やり着せて楽しむ趣味はないよ」

 そう言ってアンコウはまた、ハハハッと笑い続けている。

 

 アンコウにからかわれたテレサは、さすがに不機嫌そうな顔をして、にらむようにアンコウを見ていた。





 アンコウとテレサは今、軟禁されていた屋敷から比較的近くにある商店などが多くあって、人通りも多い地区を散策していた。


(こうして歩いているだけでもずいぶん違う。やっぱりずっと屋敷の中っていうのは精神衛生上よくないな)

 横を歩いているテレサの表情も、ずいぶんと明るくみえる。

(やっぱり、いつまでもカゴの中の鳥っていうのはお断りだ)


 アンコウが、こうして町中を一見自由に歩いていても、入っているカゴが大きくなったに過ぎない。それはアンコウたちの後ろを見れば明らかだ。

 アンコウとテレサ、そして2人のすぐうしろには、剣を腰にさげた2人の見張り役の戦士が歩いている。


 アンコウは、チラリとうしろをふり返った。

(こいつら、2人ともかなり使うな)

 アンコウは2人の雰囲気と身のこなしから、両人ともに、かなり剣を使える戦士だと踏んでいた。

(逃げる気なんかないんだけどな)


 アンコウが逃げたいと思っていないわけではない。逃げることはできないと判断しているだけだ。

 アンコウは同行している戦士たちと戦っても勝てない。

 相手が武装していて、アンコウは丸腰であるということもあるのだが、たとえアンコウが剣を手にしていても、この2人を相手に1人で勝つのは難しいと感じていた。


 あの赤鞘の呪いの魔剣と共鳴すれば勝てるだろうが、あの剣はビジットたちの手によって、おそらくまたあの屋敷のどこかに保管されてしまっている。


 それに、この2人と戦うことはせず、ただ走り逃げたとしても、逃げ切ることは叶わないだろう。

 いまアネサの町は、占領統治を円滑に行うためにグローソンの兵士たちが町中にあふれ、彼らが厳しい警備を敷いているうえに、民間人にまぎれているグローソンの草たちも相当数いる。


(逃げ切れるわけがない)

 アンコウは軟禁され、今日はじめて街に出たにも関わらず、そのことをよく理解していた。

(それに、俺たちの見張り役はこの2人だけじゃないだろうな)


 アンコウはこの2人の戦士以外にも、見えないところで自分たちを見張っている者がいる可能性を考えていた。

 アンコウたちへの拘束が緩いといっても最低限度の用心はする連中だと、アンコウはこれまでの彼らに対する観察を通して評価していた。


(………まっ、せっかくの外出だ。余計なことを考えるのはやめよう)


 気分を入れ替えようとアンコウは、何となしにまわりをぐるりと見わたした。すると、アンコウたちがいる通りの離れたところにいた1人の女と目が合った。


「ん?あれ……」


「ああっ!!」

 目が合った女が、離れた場所から大きな声をあげた。


「ん?あいつは確か」


 アンコウと目が合った女は獣人の女戦士。その獣人の女戦士が、突然アンコウにむかって、かなりの速さで走りだした。

 風になびく獣人の女の若草色の髪が、アンコウの目にとてもキレイに映った。


(しかし、速いな)「……って、おい!」


 女は、かなりあったアンコウとの距離を、ものすごい速さで一気につめてきた。

 そして、女は近づいてきてもまったくスピードを落とさず、いきなり足元に砂ぼこりを巻きあげながら急停止した。


ズザザザアァーッ!

「なああっ!」

 アンコウたちの顔や体に巻きあげられた砂粒が勢いよく飛んできた。


「ペッ!ペッペッ、くそっ!」

 アンコウは口の中に入ってきた砂を唾と一緒に吐き出し、目をこすっている。


「お、お前!何してんだ!」

「す、すまん。大丈夫か?」


 その時、アンコウたちのすぐ後ろに立っている2人の見張りの戦士達が、剣の柄に手をかけるのが、涙に滲むアンコウの目に映った。


「やめろ!」

 アンコウが2人を制止する。

 そして、2人の戦士の動きに気づいた獣人の女戦士も、自らの剣に手をかけた。

「お前もやめろ!面倒くせぇな!」


 3人とも剣の柄に手をかけた状態で止まっている。一方アンコウはまだ目をこすり、唾を吐いていた。


「ぺっ、くそっ……あんた、確かマニ、だよな」


 そう、その獣人の女戦士は、先の西門広場での戦いの時にアンコウが出会っていた冒険者のマニだった。

 マニは剣の柄に手をかけたまま、目だけアンコウのほうを見てうなずく。アンコウは、2人の見張りの戦士ほうを見て言った。


「心配はいらない。知り合いだ。このあいだの戦いの時はグローソンに味方して、アネサの太守の兵たち相手に一緒に戦っていた冒険者のマニだ」


 それを聞いてマニは一瞬複雑そうな顔をする。マニとしては、アネサの守備兵と戦ったのは自分の意思ではなく、剣をむけられてやむを得なくであった。


 しかし、現状すでにアネサは完全にグローソンの手に落ちており、アネサの町が比較的平静を保っている以上、一冒険者でしかないマニは進んでグローソンと敵対する意思はなく、アンコウの言葉に何も反論はしなかった。


 そしてマニは、自分から先に剣の柄から手を離した。

 見張りの2人の戦士はアンコウの言葉を聞き、マニが自分から剣の柄から手を離したのを見て、ウソではないと判断したのか、互いに顔を見合わして、ゆっくりと剣から手を離す。


 フウゥーと、それを見たアンコウは安堵の息を吐く。


 アンコウとマニは、連れだって道のはしに移動して、互いの顔を見合っている。

 マニの体は両腕を除いて服で隠れているが、それでも先ほどの走りからしても、大きい怪我はすでに癒えているようだ。

 そのマニは、アンコウの顔を見て、内心首をかしげていた。


(……間違いなく、このあいだの男だ。だけど……)


 西門広場でマニが見たアンコウは、呪いの魔剣の影響と魔剣酔いの影響で、ずっとトリップしていたような状態だった。当然ながら、今のアンコウとは雰囲気が全く違う。

 アンコウもマニのその疑問にすぐ気づいて、自分から話しはじめた。


「言っとくが全くの同一人物だし、こっちが普通の状態だ」

「そ、そうなのか、そうか」


 事情はわからないが、自分のことも知っていたし、間違いなく同じ人物らしいとマニは納得した。するとマニは真剣な顔でアンコウを見ると深々と頭をさげた。


「この間は、あんたがいなかったら私は死んでいた。心から感謝するよ」


 頭をさげるマニをアンコウは珍しそうな顔で見ている。この町、この世界では、この間のようなことがあったからといって、いちいち頭をさげる冒険者などは少ない。


「……そんな礼はいらない。実際あの時のおれは、逆にあんたを斬っていてもおかしくない状態だったんだ。助けた憶えはないし、あんただってわかっているだろう」

「いや、あんたの事情は知らないが、あんたのおかげで死なずに済んだっていう結果は変わらない。ちゃんと礼はさせてくれ」

「……じゃ、まぁいいけどさ。頭あげてくれ、礼は受けとった。これで終わりだ」


 アンコウにそう言われて、マニはさげていた頭をあげる。

 アンコウとしては、この間のような戦いは決して本意ではなく、できれば二度としたくないと思っている。だから、このように人から礼など言われると、あまりよいとは言えない気持ちになってしまう。


「いや、これだけじゃ、」

「もういいよ。これ以上はこっちが気持ち悪い」

「なっ、人の誠意を気持ち悪いって何だ!」


 マニが何かゴチャゴチャ言いはじめる。

 マニはアンコウの耳にも聞こえている実力派の若手冒険者であるはずなのだが、誠意の押し売りをするようなマニの態度を見て、アンコウはこいつは面倒くさいヤツなのかもしれないと思いはじめた。


「あの、マニさん」

 アンコウが、さすがにそろそろマニとの話しを切り上げようとしていたとき、アンコウの横にいたテレサがマニに話しかけた。


「ん?」

 マニがテレサのほうを見た。

「あっ!あんた、トグラスの女将じゃないのか!?」


 それまでマニはアンコウのほうに気を取られて、テレサの存在に注意していなかった。


 マニはこの町の生まれ育ちではあったが、冒険者となったときに、それまで住んでいた家は処分して、以来特定のねぐらは持たずに生活をしている。

 しかし、時にはあちらこちらを冒険者として旅することもあるが、今でも冒険者としての主な活動はこのアネサの迷宮を中心に行っていた。


 テレサが女将をしていたトグラスの宿屋がつぶれるまで、マニはそのトグラスをこのアネサでの常宿の1つにしており、2人は互いに顔見知りだった。

 マニはテレサがあのトグラスの女将であったテレサだということに気づくとわずかに顔を曇らせた。


「……女将」


 マニはテレサの首につけられた奴隷の証を見て、さらに沈痛な表情になる。


「マニさん、テレサでお願いしますね。もう女将ではないですから」

 テレサはマニのほうを見て笑顔で言った。


 マニは、トグラスの最後の営業日の最後の客の1人だった。借金取りたちの手に落ちるトグラスを後にしたときの苦々しさは今も憶えている。

 どうしようもなかったとは思っているが、マニはテレサに好感を持っていただけに、こうしてテレサを目の前にすると少し心が痛んだ。


「……テレサ、奴隷になったのか」

「ええ、なかなかいい勤め先ですよ。だからマニさんもそんな顔はしないでね」

 テレサは笑顔を崩すことなく言った。

 マニはアンコウとテレサを交互に見て、テレサのほうで目を止める。

「はい、その人に買われたんですよ。マニさんも知り合いみたいですね」

「あ、ああ。この間の戦いのとき命を助けられた」


 マニはアンコウのほうに目を移す。


「もう知っているみたいだけど、私の名前はマニ。よかったら、あんたの名前を教えてもらえないか?」

「おれはアンコウ。おれも冒険者だ」


 先ほどまでとは違いマニが何か言いづらそうに、またアンコウとテレサを見ている。かなり面倒くさくなってきていたアンコウは、もういいだろうと思った。


「……じゃ、おれたちはもう行くから」

 アンコウはそう言ってきびすを返そうとする。

「あ、ちょっと待ってくれ!どうだろう、せめてメシだけでもご馳走させてもらえないか!このあたりは詳しいんだ。うまいメシとうまい酒を出すところを知ってるんだ」


 アンコウは動き出そうとした足を止めた。なかなか魅力的なマニの申し出であった。

 アンコウは後ろの二人組のほうを見る。見張りの2人の戦士のうち、年かさの方の男がアンコウにむかって首を横に振った。

 それを見たアンコウは、少し残念そうな顔をしてマニのほうに顔をむけた。


「悪いが無理みたいだ。なにせ今は軟禁中の散歩のお時間なんでね。メシを食う相手は選べないらしい」

「どういう意味だ?」

 マニはいぶかしげに首をかしげる。

「ははっ、そのまんまの意味だよ。軟禁中の男とその奴隷。そして見張りの男が約2名ってとこだな」


「おい、あまり余計なことを言うんじゃない」

 見張りの1人がアンコウに注意する。

 アンコウはわかっていると、その男に笑いながら手を振ってみせた。


「とにかく、その命を助けたどうこうっていうのはもういいから。忘れてくれ」

「あっ、おい!」


 アンコウたちは、そのままマニをその場に残して立ち去っていった。マニは遠ざかっていくアンコウたちを、しばらくの間その場から動かずに見送っていた。



「なんか、がさつなうえに頭が固いって感じのヤツだったな」

「ふふっ。それに美人で強いんですよ、マニさんは」

「強いのは知ってる。だけどあれ、美人なのか?」

「ええ、それはもう。特に獣人の男の人たちにはファンの方がいっぱいいましたから」

「……そうなのか、まぁそういうのは人それぞれだからな」





「フウーッ、食べたなー」


 アンコウは店を出たところで声に出して言った。一応夕食であったのだが、外は夕方、まだ明るい。


「さぁ、そろそろかえるぞ」

 見張りの男がアンコウに言う。


(……時間が経てば経つほど、思ってた以上に鬱陶うっとうしいな。見張り付きのお出かけっていうのは)

 アンコウは返事もせずに歩き出す。

(夕方になって少し寒くなってきたか、夜には少し雨でも降るかもな)


 アンコウはまわりの景色を見ながらゆっくりと歩く。

 もうずいぶんと見慣れたこの町によくある風景。まだ明るいということもあって、道の両脇に並ぶ商店のほとんどが開いている。


(ここはなかなか活気のある通りだな)


 つい先日、町の統治者が変わる戦いがあったとは思えない活気のある日常の風景が広がっている。


 町の一部地域ではかなり激しい戦闘がおこなわれたのだが、戦闘が町全体に広がらなかったことと、グローソン軍が虐殺や略奪等の行為をほとんど行わず、占領後も町の秩序維持に効果的な施策を打っていたため、町全体に混乱が広がることがなかった。


(グローソン軍は相当統制がとれているし、かなり事前に占領計画なんかも準備していた感じだな。あっちこっちを攻めてここまで拡大してきたみたいだから、手慣れてるのかもな)


 権力者同士の戦争など、一般市民にとってはどっちが勝とうが凶事以外の何ものでもないのだが、侵攻してきた軍隊が暴虐であったならば、多くの民の命が無残に消え、町全体が壊滅させられることもある。


 この町に住む者たちも、そのことはよくわかっていて、駐留しているグローソンの指導者たちが非常に穏健な施策を行っていることで、ホッとしているという雰囲気が町全体に漂っていた。


 アンコウたちは商店が軒を並べる通りを抜けて進んでいく。

 アンコウの目にチラホラと物乞いらしき人々が目に入ってくるようになった。戦争があったからというわけではない。

 これも、いつもどこにでもあるアネサの町の風景のひとつ。


 アンコウはボロを身にまとい、ひどく汚れた姿で座り込んでいる男を見る。年もまだ老人というにはかなり時間があるように見える男だ。

(こんなざまになって生きるぐらいなら、軟禁されている方がマシかもな)

 とアンコウは思う。

(だけど、早く自由になりたい)

 こんなざまになることなく自由に生きることをアンコウは望んでいる。


 アンコウは特別野心的な生き方などしていない。権力志向はないし、金は手に入るならいくらでも欲しいと思うが、平穏無事に生きられるなら、それを犠牲にしてまで手に入れようとは思っていない。

 それなのに今はこのざまだ、とアンコウは思う。


 人には持っている力の大小があり、そのときどきの運の良し悪しもある。

 だが、何かを追い求めることもなく、どうにもならないことを足掻くこともせず受け入れていく者は、落ちていくしかないんだろうとアンコウは思っている。


 何も求めずに食って寝るだけでは、人は奪われ、失い、落ちていくだけなのだとしたら、じゃあ今の自分は何を求めて何ができるのかと、屋敷に着くまでの間、アンコウは考えつづけていた。



 アンコウたち4人は屋敷の門をくぐり、屋敷の中へと消えていく。


 そのアンコウたちの姿を少し離れたところからうかがい見る人影がひとつ。

 その影は門番に気づかれないように、さらに屋敷のほうに近づいてくる。その人影は獣人の女のもの。


 もうすぐ地平線に沈もうとしている夕暮れの中、そこに立っていたのは先ほどアンコウたちが町中で出会った獣人の冒険者マニであった。


 マニはしばらくの間、アンコウたちが軟禁されている屋敷の様子をさぐるように徘徊した後、いつのまにか姿を消した。





 マニは酒場の片隅で1人酒を傾けていた。酔うほどは飲んでいない。マニは、ある計画を実行するために陽が沈むのを待っていた。


 マニはアンコウたちと出会った日から迷宮に潜ることもせずに、ある計画を立てて動いていた。いや、計画というほどのものでもない。マニは頭で考えるより、まず行動するタイプだ。

 ただそれでも、アンコウが言っていた軟禁されているという事実の確認と必要な情報を集めるのに、少し時間がかかってしまった。


 マニは誰に頼まれたわけでもないのに、アンコウとテレサをあの屋敷から助けだそうと考えていた。


(あのアンコウという男には命を助けられた。それにまさか、あのトグラスの女将を奴隷にしているなんてな)


 アンコウには別に助けるつもりではなかったと言われたが、マニはそれでよしとはしなかった。


(うけた恩は返すのが筋ってものだ。ましてや命の恩だ)

 それはマニが死んだ父親に、小さい頃からさんざん言われてきたことだ。

(しかし、あれはどういうことなんだろうな。戦場では頭のおかしい男だと思ったんだけど)


 物狂いだと思っていた戦場で出会ったアンコウという男は、偶然町中まちなかで再会した時には、いたってまともでちゃんとした受け答えをしていた。

 そしてそのアンコウに、命を助けたつもりはないしもう忘れてくれと言われたことが、よりこの恩は返さなければならないという思いをマニに強く抱かせてしまっていた。


(命の恩に、それにテレサまでいるんだ)


 あの時、トグラスが借金取りたちに押さえられてしまった時、マニは仕方がなかったとはいえ、親しくしていたテレサを助けなかったことに申し訳なさのようなものを感じていた。

 この間、思いがけずテレサと再会したことで、マニはあの時の苦い感情も思い出してしまっていた。


 マニは、アンコウとテレサの2人に、あのような形で再会したことに、運命のようなものすら感じてしまっている。


(理由は知らないが、あの屋敷にあの2人がグローソンの連中に閉じ込められていることは間違いないんだ。アンコウはグローソンに味方して戦っていたのに!あの2人は私が助ける!)


 マニはジョッキに残っていた酒を一気にあおる。

 マニは生まれながらにして強い抗魔の力を持っている。庶民とはいえ、比較的恵まれた環境に育ち、幼い頃から剣を学ぶ機会も得ていた。


 冒険者となり、このアネサの迷宮に潜るようになってからも、アンコウなどとは違い、より深い階層にアタックするなどを繰り返して、実力を示すことで自然と名を広めてきた冒険者なのだ。


 しかし、いかんせんマニはまだ若く、力に恵まれた分だけ恐れを知らず、自信過剰であった。マニは今回の計画を実行するに当たって、最低限度の情報だけを集めて、自分1人だけでアンコウたちを助け出そうとしている。


 確かにマニは強い。しかし、迷宮に1人で潜り魔獣と戦うことと、あの屋敷に1人で忍び込みアンコウたちを助け出すということを、まるで同列に考えていた。





 その日、アンコウが軟禁されている屋敷はバタバタと皆が忙しそうに働いていた。このアネサの町に、グローソンからさらに新たな兵団が増派されてくるらしい。

 そのため、この屋敷も宿舎として、新たにやってくる将兵の一部を受け入れることになり、その準備に追われていた。


 また増派されてくる軍は、グローソン本領からの諸々の命令を伝える役目も帯びており、その中には今後のアンコウの処遇に関するものも含まれているはすだと、アンコウはビジットから伝えられていた。


(ようやく動き出すのか)

 アンコウは不安ではあったが、状況がようやく動き出すと言うことに関しては歓迎している。

(この状態では、待つことしかできなかった。まわりが動き出せば逃げることも含めて、可能性と選択肢は増えるはずだ)


 屋敷の者たちが忙しそうにしていても、軟禁されているアンコウがやることは何も変わらない。

 しかし、ある意味屋敷の者たちよりも、アンコウは緊張して新たにこの屋敷にやってくる者たちを待ち構えていた。


 この屋敷を宿舎として割り振られたグローソン軍の将兵の一部が、この日の昼過ぎには到着し、夜までには一通りの荷ほどきも済んだようだ。


 結局この日アンコウはほとんど外に出ることなく、じっと自分の部屋に引きこもっていた。ただ寝る前に、明日の朝、身なりを整え待機しておくようにとのビジットからの伝言がアンコウの元に届けられていた。


・・・・・・・・・・・・


 翌朝、


「準備はできているか」

「ああ」


 いつもの見張りの男が案内してくれるらしい。身なりを整えろと言われても、着るものはいつもどおりの服しかない。

 アンコウは男の案内で屋敷の中を移動していく。明らかに、いつもよりも兵士と思われる者たちの姿が多かった。


(こいつらも新しくやってきた兵士か)


 これまで以上に、アネサにいるグローソンの軍隊が強化されたのなら、ロンド公がアネサを取り戻すことは相当厳しいだろうなと、アンコウは思う。


 アンコウは彼らの様子をうかがいながら、歩いていく。あらためて歩いて見ると、この屋敷はかなり広い。そしてアンコウは、屋敷の本館のほうまで連れてこられた。


 本館の中に入り、何人もの警護の兵士たちが並んでいる廊下を進んだ先で、アンコウを案内する男の足が止まった。


(物々しいな。おれの部屋の前に立っているのは、いつもこいつだけなのにな)


 アンコウは自分の前にいる男の背中を見て思った。


「ここで待て」


 案内してきた男は、突き当りにある部屋の扉まで歩いていき、その扉をノックしてうかがいいを立てる。

 中から入るようにと、指示があったようだ。


「よし、この部屋に入れ」


 アンコウは男にうながされて、部屋の中へと1人で入っていく。

 部屋の中では、複数の者たちがテーブルを囲んで座っていた。その中には、ビジットやアンコウも見知った者もいたが、中心に座っている男は初めてみる顔だった。


 その着ている服装から察するに軍人ではなく、いわゆる文官といわれる者であろうと思われた。

 アンコウはその文官たちが座るテーブルの前に立つように指示された。彼らはじっとアンコウを見据え、口を開かない。


 彼らの代わりに言葉を発したのはビジットだった。むろんアンコウに発言の機会など与えられない。


「アンコウ、貴様にはこの町を立ち、ネルカ城に行ってもらう」

「……ネルカ城」


 ネルカはこの間のグローソンとロンドのいくさの主戦場となったところだ。ネルカもアネサ同様、今はグローソンの手に落ち、その統治下に入っている。


「一応聞きますけど、おれに拒否権はありますか」


 テーブルに座っている者たちのアンコウを見る目が厳しくなる。


「あるわけがないだろう。貴様は虜囚の身なんだぞ」

 ビジットが鋭い目つきでアンコウを見て言った。


 アンコウもそんなことはわかっている。一応、聞いてみただけなのだが、ビジットの言い草を聞くと少しムカつくものがあったようだ。


「……それはわかってますよ。でもな、おれはグローソンに敵対したことはないんだよ。一応この前のいくさの時はグローソン側について戦ったんだぜ」


 この間の戦いでアンコウが、グローソン側についたのはたまたまであり、そもそも屋敷を勝手に逃げ出しての参戦であって、それを主張しても通らないのはわかっていた。

 しかし、何か言い返さなければ気が収まらなかった。


 それに自分をとらえて拷問をした連中もグローソンの者だということはアンコウも知っていたし、そもそも自分が軟禁されている理由を、今だはっきりと知らされていない。

 

 中央に座っていた文官らしき男が、はじめて口を開いた。


「グローソン公、直々の命だ。貴様には口を開くことすら許しておらん」


 尊大な態度、というわけでもない。ごく自然に、ごく当たり前のことを言っているという感じだった。

 アンコウもこれ以上、ここで彼らに刃向かうほど愚かではなく、その後はじっと黙って立っていた。





「はぁーっ、」

 自分の部屋に戻ったアンコウはベッドのうえに体を投げ出していた。自分が思っていた以上に緊張していたらしい。

「……ネルカ城ねぇ」


 アンコウはネルカにはこれまで行ったことがない。いったい何の用で、そこまで行かなければならないのか、わからないのが不安であった。


 この屋敷での扱いは悪くはないし、はっきり言って虜囚の身というには緩い。アンコウにひどい拷問を加えた者たちも、グローソンの関係者ではあっても、ここにいる者たちとは別口だ。


 アンコウの現時点での判断では、ネルカへ行っても、少なくとも命を取られたり、ひどい暴力をうけることはないのではないかと考えていた。

 もし殺される可能性が高いと感じていたなら、成功の可能性は低いとはわかっていても、この屋敷にいるうちに本格的に逃亡を考えていただろう。


「しかし、どうなるんだろうな」


 そうは言っても不安が尽きることはない。アンコウは夕方まで一人、答えの出ることのない疑問にとらわれて、部屋を出ることなく考えこんでいた。



コンッ、コンッ、


「ん?」

「ビジットだ。入るぞ」


 ビジットが、アンコウの返事を待つことなく中に入ってきた。そのままビジットは、ベッドに腰掛けていたアンコウに近づいてくる。


「なんだ、昼寝でもしてたのか?」

「チッ、なんのようだよ。朝会ったばっかりなのに、もうおれの顔が恋しくなったのか?」


 アンコウとビジットは、いわば虜囚と看守の立場ではあったが、この程度の軽口をきくぐらいには親しくなっていた。

 ビジットはそれ以上無駄口をきくことなく、伝えるべき事を話しはじめる。


「明後日に、この町を立ってネルカにむかうことが決まった者たちがいる。お前もその者たちと同行してもらうことになった」

「明後日……えらく急だな」

「ここにいてもどうせ寝ているだけだけだろう」

「おい、人を閉じ込めているヤツの言うセリフじゃないだろう。自由にしてくれたら今からでも稼ぎに行くんだよ。そしたらネルカには行かないけどな」

 アンコウが皮肉を込めて言う。


「それはおれ言われてもどうしようもないことだ。ネルカに行って、むこうで言ってくれ」


 そう言って口を閉じたビジットに、アンコウは乾いた笑みを浮かべながら、わかったからもう行けと言わんばかりに手を振ってみせた。


「ああ、それとお前と一緒に行くのは、皆グローソンの前線部隊の兵士たちだ。お前を牢に入れたり、手枷足枷をすることはないが、逃げ出せば容赦なく斬られるからな」


 ビジットは部屋の扉のほうに向かいつつそう言った。別にビジットは脅しているのではなく、本当のことを言っているだけだというのはアンコウにも分かった。


「なぁ、ビジット。おれの待遇はいいのか悪いのかどっちなんだ?囚人なのか?それとも客なのか?」

 アンコウは部屋を出て行こうとしているビジットに尋ねた。


「………お前が感じているそのままのことだろう。良くも悪くもない、それだけだ。それにおれは、お前をこうして捕らえている理由を本当に知らない。別に知りたいとも思わない」

 ビジットは、ドアノブに手をかけたまま立ち止まっている。

「だが、上からお前を囚人として扱えと言われたことは一度もないし、あのガルシア様のお前への態度も囚人に対する者とは全く違ったからな。今は客に近い虜囚、というところか」


「……なぁ、あのガルシアっていうのは何なんだ。あいつらに聞いたらおれが捕まっている理由がわかるのか?」


「アンコウ。お前とガルシア様たちとのことは知らないが、あの方々の名を気安く呼び捨てになどするな。おれはこの間のお前とガルシア様のやり取りを見ているからいいものの、時と場合によっては命を縮めることになるぞ」


 ビジットの目は真剣そのものだ。アンコウにもそのビジットの真剣さが伝わってきた。


「あの……方々は、グローソンの家臣じゃないのか」

「ゼルセ様もガルシア様も、グローソンの家臣団の中に名は連ねておられる。しかし、その立場は特別なものだ。お二人ともウィンド王国から派遣されている客将なのだ」


 ビジットの説明によると、王家に忠誠を誓い、定められた税を納めている限り、国内の地方貴族の動向にほとんど口を挟むことはしないウィンド王家であったが、まったく関心を持っていないというわけではないらしい。


 情報の収集を主な目的として、国内の有力貴族のもとに、王国として忠実なる地方貴族のために支援指導を行うという名目で、客将として王国から人物を送り込んでいるとのことだ。


 一般的に、この王国派遣の客将の評判はすこぶる悪く、彼らの多くが王国の権威をカサに着て己が好き勝手に振舞い、客将となった地方領主のもとで散々財物を蓄えたあげく、なんら支援指導を行うことなく帰っていくという。


 それでも王国から派遣されてきた客将を、たとえ悪辣あくらつな者たちであっても、邪険に扱うことはできないという現状がある。


 しかし、そういった者たちがあたり前である中で、ゼルセたちの在り様は珍しいものらしい。まず、このウィンド王国はエルフ族が支配種族であるのだが、王国から客将として派遣されてくる者のほとんどがエルフではなく、王国の息のかかった人間か獣人だ。


 金銀財宝が大好きな者が多いエルフ族であり、他者ひとが持ってくるものはすべて貰いうけるというのがエルフ族なのだが、わざわざ自らが王国派遣の客将などをしてまで財産を築こうとはしないのもまた、エルフ族であった。


 そういった中で、王国派遣の客将をしているエルフであるゼルセの存在は目立ち、しかもゼルセはグローソンで財物を蓄えるようなまねもしていない、かなり稀有けうな存在らしかった。

 そのビジットの話を聞いて、アンコウは首をかしげる。


「じゃあ あの連中は、何でその王国派遣の客将なんかやってるんだ?」

 アンコウは単純に疑問に思ったらしい。

「あの方々だ、アンコウ」

「っと、あの方々様はグローソンで何をしてるんだ?」


「知らん。そんなことに興味はないし、それを調べることは俺の仕事でもない。しかし、横暴な方ではないといってもゼルセ様は王国派遣の客将で、しかもエルフだ。

 決して怒らせてはならない方だ。たとえゼルセ様たちが怒らなくても、彼らに無礼を働けば、彼らの怒りを恐れるグローソンの者がお前を殺すということも考えられる」

 ビジットは、アンコウを脅すように凄みのある声で言う。


「……なぁ、このあいだのガルシア様に対する俺の態度ってまずかったのか」


「ガルシア様はお前に好意的だったからな。結果的には、この屋敷の者たちのお前を見る目も少しいいほうに変わった。

 それでも一歩間違えば、逆にお前の首が飛んでいてもおかしくなかったということは覚えておけ」


 思わずアンコウの額から冷や汗が噴き出してくる。そんなアンコウを見て、ビジットは口元に笑いを浮かべる。


「まぁ、ネルカに入ったらせいぜい気をつけることだ。ここと同様、命の心配はしなくていい。

 しかしネルカにはグローソン公も、じき入られるらしいからな。ここよりは礼儀作法に気を使えよ。さもなくば、落とさなくていい命を落とす羽目になるぞ」


 そういい残して、ビジットは部屋を出て行く。


バタンッ、


「…………」

( くそっ、これ以上のトラブルはごめんだぞ。こんな世界の権力者なんかに関ったって、ろくなことがあるわけがないんだ)


ボスンッ!

 アンコウは、力一杯壁に向かってクッションを投げつけた。


「………死んでたまるかよ」


 アンコウには、ネルカに何が待ち受けているのかは今はまだわからない。しかし事態がようやく動き出したことにかわりはなく、アンコウは不安と怒りを感じながらも、その意識はすでにネルカにむかっていた。


 しかし残念ながら、アンコウの身にふりかかるトラブルは、ネルカにではなく、まだこのアネサに残っていたのだ。

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