第16話 侵攻グローソン軍

 アネサの町が、グローソン軍3千に包囲されてから、4日目の朝が明けた。

 それは間一髪であった。たまたま任務を終えて他所から帰還途中の騎士団の小隊が、アネサを目指すグローソン軍の先行騎馬隊を見つけていなければ、今頃完全にグローソン軍の奇襲攻撃は成功していただろう。


 猛烈な勢いで馬を駆り、わずかに早くアネサに戻った騎士団の小隊がグローソン軍来たるの一報を太守に伝え、町を取り囲む防壁の全ての門は閉じられた。

 先行していた騎馬隊の数は数百人規模で、奇襲が失敗すれば、その数では籠城の態勢をとったアネサを攻撃することはできなかった。


 逆にアネサの軍兵からの攻撃を恐れて、彼らは一時は退いていったのだが、後方で奇襲軍の本隊と合流した後、再びこのアネサに現れて町の防壁の外に陣をかまえた。


 アネサ側では、この戦いのために騎士団をはじめとするアネサの将兵だけでなく、たまたまこの時にアネサの町で活動していた冒険者たちも半強制的に傭兵として雇われ、町の防衛に駆り出されていた。


 そして、アネサの防門が閉じられて今日で4日目の朝。現在もお互いに双方の出方を探りあい、にらみ合いのような状態が続いている。



 まだ夜が明けて間もない早朝ながら、アネサの兵士の姿がない防壁上の片隅に、傭兵として雇われたのであろう冒険者と思われる一団がいた。彼らは防壁の外の陣にこもるグローソン軍を眺めていた。


「チッ、ヘタ打ちやがったな。もう4日目だぜ」

「ダッジ、このまま太守が守りきるってこともあるんじゃないのか」


 その中には、ダッジの姿があった。ダッジは防壁の外側にいるグローソンの陣を睨むように見つづけている。


「いや、このままってわけにはいかないだろうな。王国は何もしないだろうしな」


 ダッジはグローソンの陣を眺めつつ、いま一緒にいる者たちに聞こえるように、これまでに集まった情報と自身の状況判断を述べる。


 アネサを含めるこの一帯は、ロンド家の領地である。

 ロンド公はウィンド王国北西部あたる地域に自家の領地を持っているのだが、最近になってロンド公の領地の北東部で領境を接するようになったのが、グローソン公であった。


 グローソン公の本拠地は、ロンドの領地よりさらに北東、ウィンド王国の最北部にある。グローソンは、この10年ほどの間に急速に自領を広げてきた勢力だ。


 このグローソンの当主も、ロンド公と同じくウィンド王家に忠誠を誓っている貴族なのだが、ウィンド王家の性質上、ロンド側が一方的にグローソンによる侵攻をうけているとはいえ、王家からの援軍が来る可能性も仲裁が行われる可能性も低い。


「けっ、あの耳長の白豚どもは、どっちが滅びようがどうでもいいんだろうからなっ」


 周辺の他領主たちの中にも、援軍を期待できるようなものはいない。

 そもそもロンド公も御多分に漏れず、ウィンド王国の多くの貴族と同様、領地拡大のために他の貴族と攻めて攻められての関係を長年続けており、味方よりも敵が多いという現実がある。


「ロンド公はアネサを守ろうと思ったら、自分の手持ちの兵をくしかねぇ。しかしそれもだ、グローソンは攻撃一辺倒の猪武者かと思っていたがなかなか食えねぇ。ロンド領の東部地域で反乱を起こしているロンド公直臣の貴族たちがいる」


 しかし地理的にいえば、アネサは他領との境からはいささか離れており、本来ならば真っ先に敵の攻撃にさらされる町ではない。

 まさに奇襲、グローソン軍は本来侵攻軍が通るとは考えられない魔素の漂う森と接している森林地帯を電光石火のスピードで突破してきた。


 今このアネサを囲んでいる3千のグローソン軍は奇襲作戦のため本隊から切り離された別働隊であり、グローソンとの領境を守るロンド側の最重要要塞であるネルカ城は、いま万を超えるグローソン軍本隊の攻撃をうけている。


 グローソンの侵攻の主戦場は今、ネルカ城の攻防にある。しかしロンド軍の主戦力は、この時点でいまだネルカ城にもたどり着けずにいた。

 東部領土で反乱を起こしている貴族どもに阻まれて、思うように進軍できていないのだ。


 また東部ほどではないものの、アネサの周辺にもロンド公への反旗を翻した貴族たちがおり、それらの反乱貴族には確実にグローソンの調略の手が入っていた。

 ロンド軍の援軍が、ネルカ城にもたどり着けていない現状ではアネサへの援軍はまったく期待薄だ。


「詰んでるんじゃねぇのか。アネサはよ」


 ダッジは防壁の外にいるグローソンの陣から視線をはずし、後ろをふり返る。ダッジは周りにいる一人の男の顔を見た。


「なぁ、マイキー。お前達みたいなヤツらが、どれくらいこの町にいるんだ」

「……余計なことは聞かない約束だ」

「そんな約束はした憶えはねぇぜ」


 マイキーと呼ばれた男が鋭い目つきでダッジを見る。


「デンガル殿から聞いたはずだが」

「ああ、デンガル、デンガルね。そういえば言っていたな。思い出した」

「……そうか。それはなによりだ。ダッジ、約束は守れ。守れば、こちらも約束は守る。守らぬなら、わかっているな」


 ダッジとマイキーがにらみ合うように目を合わせ、わずかに時間が止まる。


「そう凄むな。おれらは仲間だ。だろう?」


 ダッジが一転笑みを見せながらそう言うと、マイキーは少し眉をしかめながら頷いた。


「ダッジ、いつまでここにいるつもりだ。もういいだろう」

「ああ、そうだな。朝の散歩は終わりだ」


 ダッジがそう答えると同時に、マイキーはきびすを返して、ダッジに背を向ける。その背中にむかって、ダッジは再び話しかける。


「ああ、そういえば、マイキーよ。おれとその約束をしたはずのデンガル殿はどこにいるんだ?最近見ないんだがな」

 ダッジが変わらぬ口調で、ついでのように聞いた。

「知らん。デンガル殿とは別行動だ」


 マイキーはダッジのほうに少しだけ頭を動かして、歩きながら言った。そして、そのまま止まることなく、階段のある方へ歩いていく。


「チッ」

 ダッジが小さく舌打ちを打つ。

(まったく感じの悪い野郎だ。黒の耳長め)

 ダッジは階段を下りていくマイキーの後ろ姿を見ながら、心の中で毒づいた。


 そう、今のマイキーは冒険者風の装備を身につけた人間種の男、に見える。

 しかし、ダッジは一度だけマイキーの真の姿を確認していた。マイキーが、ダッジのいう黒の耳長だということを。


 マイキーの姿が消えると、ダッジも階段に向かって歩き出す。そして、そのダッジの後を残りの男たちが付き従うようにしてついていった。





 ぽたりぽたりとアンコウの足元の血溜まりに新しい血が落ちる。


(痛い、痛い、痛い………)


 アンコウの体が強い痛みを感じ続けている。アンコウは何も身にまとわず、裸の状態。体中に血がついており、体のどこが怪我をしているのか判別できない状態だ。

「ググウゥゥー」

 アンコウは何とか手足を動かすものの、自分の血でできたのであろう血溜まりから抜け出すことはできない。


 アンコウの両手両足には鉄枷てつかせがはめられており、その枷につながれている鎖をたどった先は、アンコウがいる部屋の壁に強く打ち込まれていた。


「痛てぇ……くそぉぉぉ、」


 アンコウが連中にさらわれてきたのは、グローソン軍の侵攻がある前日であった。ゆえにアンコウは、アネサが敵軍に囲まれていることを未だ知らない。


 その日、まだ外が薄暗い早朝、魔獣狩りに行くために家から迷宮に向かう途中だった。

 アンコウにもまちがいなく油断があった。こんなところで襲われることはまったく考えていなかった。


 はじめに暗闇から投げつけられたナイフ、おそらくそれに痺れ薬の類が塗られていた。そのはじめのナイフを避けきれなかった時点で、逃げ切れる可能性は極めて低くなってしまった。

 襲ってきたのは5人、それでもその戦闘の中で、アンコウは2人は殺した手応えがあった。


 アンコウは粘った。アンコウが襲われた場所は比較的治安のよい住宅地域から抜け出しておらず、そこはアンコウは自身が望んで選んだ貴族が少ない地区だ。

 この時はそれが悪い方に働いた。


 貴族がいないということは、このあたりには屋敷を護衛するような者もいないということ。外で人が争う物音を聞いても、それを確認しに来る者はいなかった。

 逆に小金持ちの一般の市民の居住地域だ。気づいた者がいても、戸締まりを固くして家に籠もってしまったのだろう。


 また、ここが以前までアンコウがよく利用していたような宿屋の近くなら、ケンカ好きの冒険者や荒くれ者どもが、とっくの昔に飛び出してきていただろう。

 しかし、アンコウの体が痺れて頭部に強烈な打撃をうけるまで、アンコウと襲撃者以外の者がその場に姿を現すことはなかった。


 アンコウが次に目を覚ましたとき、アンコウの体は完全に拘束されていた。

 アンコウは尋問され、拷問された。アンコウに尋問し拷問をくわえた男たちの中に、アンコウが知っている顔はなかった。



「クソオオゥ、あいつらぁぁ、クソオゥゥゥ」


 男たちが聞いてきたことは、アンコウにとっては、実にどうでもいいくだらない問い。しかしその質問に、アンコウは連中が納得してくれるような答えを返すことが出来なかった。


「ぐ、ぐぐぅぅ、助けてくれえぇぇ」


 アンコウは血にまみれ、目から鼻から口から液体を垂らして身悶え続ける。


ガチャリ

 アンコウが閉じ込められている部屋の鉄格子の扉が開く。

 アンコウの視界に鉄格子をくぐってくる2人の足が見えた。アンコウが視線をうえに向ければ、体格のよい獣人の男が2人、先程までアンコウに拷問をくわえていた男たちが戻ってきた。


 アンコウの顔に怯えが走り、自然と体が後ずさりする。しかし、当然逃げることなどできない。

 ただ、アンコウの手足につけられた鎖がこすれ合う音が聞こえただけだった。


「おい、話す気になったか」


 小山のような筋肉を持った獣人の男が、アンコウを見下ろしながら言う。

 そして、手に持っていた布袋の中身をアンコウの前にぶちまける。ジャラジャラと音を立てながら、布袋の中に入っていた木片が石床のうえに落ちてきた。


 アンコウの前に散らばる同じような形に形成された木片には、何やら絵や文字が書かれている。アンコウも持っている将棋の駒だ。

 しかし、これはこちらの世界で誰かが作ったショーギの駒だった。


 このゲームをどこでおぼえたのか、アンコウはここに連れてこられてから、ずっとそれだけを聞かれている。

 アンコウは初めは答えなかった。すると、この連中から暴力をうけた。

 仕方なくアンコウは適当な作り話をしてこの連中に話した。


 しかし、連中の質問に答えているうちに、ウソだと見抜かれた。そして、アンコウにくわえられる暴力がより激しくなった。

 やむをえずアンコウは本当のことを話した。自分はこの世界ではない異世界から来た人間で、このゲームはその世界の遊びだと。


 連中は問答無用で怒った。アンコウはひどくひどく殴られた。本当のことを話せと。


 この数日間にうけた暴力による痛みと恐怖で、今のアンコウの精神状態はとっくの昔にまともではない。

 本当のことを言ったところで通じない。もう、うまい作り話も思いつく余裕もない。


 アンコウのなかに、連中に対する怒りや憎しみが湧きあがる。

 しかしそれ以上に、死にたくない、痛いのは嫌だという怯えのほうがはるかに強くアンコウを支配する。アンコウはただ怯え、耐えるしかなかった。


 連中のアンコウに対する暴力はまだ続く。石造りの部屋に耳障りなアンコウの悲鳴が響き続けた。





「わっはっはっはっ、」


 ある居酒屋の一角で、ダッジたちが酒を酌み交わしている。町の周りをグローソン軍に囲まれている状況だが、店には多くの冒険者風の男たちがいた。


 籠城が始まってから4日間、まともな戦闘というものはなく、半ば無理やりアネサの防衛要員に組み入れられた冒険者たちは暇をもてあましていた。

 籠城している現状では、食糧の確保は極めて重要な問題なのだが、冒険者たちの離反を恐れたアネサの為政者たちは冒険者たちの酒食に制限を加えなかった。


「無駄なことだ。裏切るやつは裏切るんだよ。なぁ?」

 ダッジがともに飲んでいる者たちに、わざとらしく少し小声で言う。


 すると、アハハと野太い声で皆が笑い出す。ダッジを含め、今ここにいる者たちは今朝けさ城壁のうえにいた者たちだ。

 そして、この笑いの中にいる全員がグローソン側に通じている者たちでもあった。


「なぁ、ダッジよ。しかし、このまま戦闘になったらどうするんだ?このままロンド側で戦うのか?」

 髪にもヒゲにも白髪が混じっている初老の戦士というような風貌の男がたずねた。


「そうはならないだろう。少なくともこのアネサに関しては、グローソン側が圧倒的に有利だ。必ずどっかで、黒の耳長どもが動く。おれたちはそれに呼応する。

 ここの太守は自分たちが置かれた状況をいまいち把握できていないみたいだな。長生きできないんじゃねぇか」


「グローソン側には旧主の縁の者もいると聞いたが、それはどうするんだ」


「どうもしねぇ。というか、あれはダメだ。初めはなんか大物ぶっていたけどな。あいつは明らかにマイキーたちよりも、実際のグローソンでの立場は低い。もう少し早く気づくべきだったぜ。

 それにどうも勝手に何かやってるフシがある。関わらないほうが得策だ。おれには旧主家に対する忠誠心なんかはとっくにない。エルフどもにやられたことは忘れてねぇけどな。

 まぁ、おれよりもあんたはあの家に使えていた期間が長かったからな。おれとは気持ちの持ちようも違うんだろうが、それでもこのいくさが終わるまではマイキーの指示に従うことだ」


「ああ、わかっている。旧主家ゆかりの人がどんな人かはおれも知らないが、確かにデンガルのような男を使っている時点で底が知れるというものだ」


「そういうことだ。いくさは勝つか負けるかだけだ。絶対に勝ち馬に乗らないとだめだ。おれたちはよく知っているはずだ。

 それに同じ勝ち馬に乗るにしても、乗り方っていうのも大事だ。馬が強くても、鞍がボロで落馬するってこともあるだろうからな」


 ダッジと同じテーブルに座っている男たちが、一斉にうなずく。

 ダッジはそのまわりの者たちを見渡してから、エールの入った容器を芝居じみた動作で高く掲げた。


「それと、生きている間は楽しむことだ!」


 ダッジが雰囲気を変えて、そう大きな声で言うと、まわりの者たちもそれに合わせて一斉にエールが入った容器を手に持ち、その手を上に突き出した。


「「「オオーーッ!」」」


ガハハと笑いながら、ダッジたちは酒盛りを続けた。

 

 しばらく飲んでいると、それまで機嫌良く酒を飲んでいたダッジの手が突然止まり、顔から表情が消えた。


「どうした。ダッジ」


 まわりの者たちもいぶかしみ、ダッジが見ている視線の先に目をやる。すると、ダッジ以外の男たちからも笑みが消え、手に持っていたエールを下に置いた。


「よう、マイキー。お前いつからそこにいた?」


 ダッジの視線の先に、マイキーが立っていた。


「朝以来だな、マイキー。そういえばお前と酒を飲んだことがなかったな。遠慮せずに座れよ。そんなとこに突っ立ってられちゃあ、酒が飲めねぇ」

 再び顔に笑みを浮かべて、ダッジは言った。

「………酒を飲みに来たわけではない。ダッジ、貴様に少し話がある」

 マイキーは無表情のまま、そう言い返す。

「なんだ、不機嫌そうだな。それともほんとの顔のほうは笑ってんのか?」


 まわりの男たちが、クックックと笑いをかみ殺した。


カツッ!

 マイキーが、かかとで床を踏みならした。ダッジを見る目つきが鋭くなっている。


「壁に耳ありだ。余計なことを言うな、ダッジ」

 マイキーを見るダッジの目も鋭くなる。


「………冗談だよ、マイキー。で、なんの話だ」

「2人で話がしたい」

「いいだろう」


 ダッジはまるで待っていたかのように即答した。

 ダッジは、しばらくお前らだけで楽しく飲んでいてくれと、テーブルについている者たちに言うと、席を立ち、店のカウンターの中にいる店主の方へ歩いていった。


 ダッジはカウンターの中の店主と言葉を交わし、彼の手に何かを握らせる。店主は笑みを浮かべ、ダッジに対して軽くうなずく。

 ダッジはマイキーのほうを振り返り、ついてこいと奥の階段のほうをアゴでしゃくった。


 ダッジはそのまま、階段のほうに歩きだし、マイキーもそれについていく。そして2人は階段を上りきり、その先にある小部屋の中に入っていった。


 本当に小さな部屋にテーブルがひとつ、椅子も置かれていない。ダッジはいつのまに手にしていたのか、そのテーブルに、エールの入った容器を2つ置いた。


「やれよ」

 ダッジはマイキーにむかって言う。

「ここには酒を飲みに来たわけではない、言ったはずだ」

「付き合い悪ぃな。じゃあ、両方おれが飲もう」


 ダッジは一口エールを飲み、またマイキーを見る。


「で、なんの話なんだ」

「デンガル殿は見つかったのか?」

「ん?それは今朝、おれがあんたに聞いたことだろうが」

「1日あれば、見つかることもあるだろう」

「………そりゃそうだ。探していればだけどな」


 マイキーが訝しげな顔で、ダッジを見る。


「そんなに力を入れて、探しているわけじゃない。知り合いに、見かけたら教えるようにぐらいは、頼んでいるけどな」

「………そうか」

「聞きたいことはそれだけか?面倒くせぇから話せることは小出しにしないで話してくれ。あんたらが話せねぇ話を無理に聞くつもりはない。だが、時間の無駄をする気もないんでな。

 まどろっこしい話し方を続けるんなら、これで2人の秘密の時間は終わりだ」


 マイキーは少し考えてから口を開く。


「ダッジ、お前はグローソン側についた。それは変わらないな」

「いまさらだな。おれは元々ロンド側の人間じゃないし、アネサの町を誰が治めようと関係のない冒険者だ。支配者が誰でも迷宮は変わらないだろう。それにだ。今の情勢であんたらを袖にする理由は何もない」


「………いいだろう。デンガル殿のことは、いまさらお前に隠すような話でもないからな。ただ、無理にひろめる必要もないことは覚えておいてくれ」

 マイキーは淡々と言った。

「わかっている。ここだけの話にする」


 ダッジがマイキーに同意すると、マイキーがもう一歩ダッジに近づいてきた。


「アンコウという男を知っているな」

「ああ」

「数日前から所在がわからなくなっていると聞いた」

「ああ、いまさらだな。言っとくが、おれらはそれに関係していない。そっちも別に探していないがな。それでもアンコウがいなくなったことは、グローソン軍がきた次の日には知っていたぜ」


「アンコウという男の情報を集めていたのは事実だ。お前達と近しい関係にあることも知っている。だが別に、そのアンコウという男を見張っていたわけではないのだ。

 おれが、アンコウという男の行く方がわからなくなったということを知ったのは今日、たまたまのことだ。デンガル殿が、その者のことを探っていたようだな」

「ああ、その言い方じゃあ、やっぱりあんたらも無関係なのか」


 ダッジはテーブルのうえにショーギの駒をいくつか置いてみせた。それを見たマイキーの眉間にシワが寄る。


「デンガル殿が何か話したのか」

「それは言うなと言われている。しかしだ。おれはあの人がグローソンの命で動いてると思って指示に従っていた。だが、どうもそうではないらしいな。おれはグローソン側についた。マイキー、あんたとデンガル、どちらの指示に従うのが正解だ?」


「アネサの工作において、殿より命を受けたのは我らの部隊だ。あやつらの勝手は許されていない」

「そうか、ならおれたちは今後、事が終わるまでは完全にあんたに従う。デンガルたちが何をしようと一切関係はない」


 マイキーはダッジの真意をうかがうようにダッジの目を見た。

 ダッジはこの戦の勝ち馬に乗ることを第一に考えている。仮にグローソン軍が勝ったとしても、何やら勝手な動きをしているテンガルの仲間と見なされては、まずいことになりかねないと判断した。


「いいだろう。お前達にはこれまでのようなあいまいな形ではなく、今後完全におれの指揮下に入ってもらう」


「ああ、よろしく頼むよマイキー殿。デンガルが知りたがっていたのは、アンコウがこのゲームをどこでおぼえたのかっていうことだけだ。それ以上は何も話さなかった」


 そう言うとダッジは指でショーギの駒を弾き、軽くエールの入った容器を掲げるようにしてから、口に流し込んだ。


「デンガルのあるじは、グローソンでは役立たずだ。ああ、お前の昔の主筋でもあるのだったな。」

「気にするな。どうでもいい話だ」


「そうか。なにやら血統だけは良いらしく、そこそこの肩書きだけは与えらていて、我らではそうそう無碍にも出来ん。

 しかし、グローソンの勢力が大きくなりつつある今、その血統にも意味がなくなってきている。あせって、くだらない小さな功を得ようとしたのだろう」


「どういうことだ」

「この町を攻めるにあたって、我が殿より、アンコウという男を拘束するよう命があった」

「ほう、あの野郎そんな大層なもんなのか」


「そうでもない。なによりも優先されるのはこのアネサの町を落とすことだ。この町を落としたとき、その男がまだ生きていて、逃げずにこの町に残っていれば拘束し尋問にかける。その程度の優先順位だ。

 だから、特に見張っていたわけでもない。余計なマネをして、大事の前に万が一にも我らのことを知られるようなことがあってはならないからな。あのアンコウという男は以前、我らの仲間を1人殺しているということもあるし、無駄に近づく気はなかった。

 くだらないことだが、どこかでこの話を聞きつけたデンガルのあるじが自分たちでも何とかできると思ったのだろう。お前達のような昔の知り合いも、ここにはいたようだからな。戦場で功を立てる武勇もない男の考えそうなことではあるが、実行したのなら量り知れん愚物だ」


「で、やっぱりアンコウは、デンガルたちに捕まっているのか」

「おそらくそうだろう。あの者たちも数日前から連絡がない」

「その内容の命令なら、アネサが落ちるまでアンコウのことは放って置くのか?」


「アンコウという男が、我らと関係のない者に攫われているのなら、そうするがな。デンガルたちが絡んでいるのなら、そうはいかない。

 彼らが今の状況でこの町でやったことは我らの責任も追及される。能力はないくせに、自己顕示欲だけは強い貴族というのは始末が悪い。自分たちが為していることが、最悪の場合どういう結果を招くのか、まったく考えずに行動する」


「くっくっ、大変だなぁ、マイキー殿も。アンコウのやつも災難なことだ」


 ダッジはそう言いながら、2杯目のエールを飲み始めた。

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