第14話 将棋を指しながらダッジと話す
アネサは、ウィンド王国にある中規模クラスの都市である。ウィンド王国はエルフの一族が支配する国。当然、この国における最上位種族はエルフだ。
この世界において、エルフという種が持つ個の戦闘能力は、他の種族を圧倒していると言ってよい。
しかし、このエルフという種は人間や獣人と比べると生殖能力に劣り、個体数はかなり少ない。ウィンド王国内には、エルフの人口より、はるかに多い他種族が居住している。
しかしエルフは、この多種多様な種族が住む国の支配者であるにもかかわらず、その種族的特徴として、非常に保守的で他の種族に対して閉鎖的でありつづけている。
そのようなエルフという種が、何故多くの他種族が住む広大な版図を持つ国の支配種族となり得てるかといえば、やはりその戦闘能力の高さゆえに、長い戦いの歴史を経たうえでの必然の結果であるというほかはない。
そのエルフ王族の支配するウィンドという国は、エルフたちの他種族を支配し、統治するという意識の希薄さゆえに、アンコウが元いた世界の王国と呼ばれるものと比べるとまったくちがう統治体制が敷かれていた。
「はっ!エルフどもに国を統治する能力なんぞねぇ」
ダッジがアンコウと指している将棋の盤を見ながら、吐き捨てた。
「そうは言ってもなぁ、ダッジ。刃向かって勝てる相手じゃないだろう」
パチッ
アンコウが将棋の駒を指しながら言う。
この将棋は、アンコウがダッジに教えたアンコウの元いた世界のものだ。
駒に書かれている文字は変えてあるが、ルール自体はアンコウの元いた世界の将棋とまったく同じ。
こちらの世界にも、似たような盤上遊戯はあったのだが、とても稚拙な子供用のもので、大人がするようなものではなかった。
アンコウが暇つぶしにと、他の冒険者や知り合いに教えたりしているうちに、この3年で、いつの間にやら愛好者の輪が広がってきていた。ダッジもその1人。
アンコウはダッジのパーティーで迷宮に潜り、昨日の夜、地上に戻ってきた。
そして、今朝早く魔石の換金を済ませて、そのまま3ヶ月前に購入したばかりのまだ新築と言える家に帰ろうとしたのだが、ダッジに一指しつき合えと誘われて、ダッジが今泊まっている宿屋にきていた。
今、アンコウたちがいるのはその宿屋の食堂スペース。食事時とは違いテーブルについている人はまばらにしかいない。
「エルフの連中は金ピカの豪邸でふんぞり返っているだけだ。欲深くて怠け者、耳の長いただの白豚だ!」
バチッ!
「っと。……そうきたか」
アンコウは盤上を眺めながら、首をひねる。
どういう話の流れなのか、ダッジはさっきから人目も
大丈夫なのだろうか。力によって他を支配する国の権力者の悪口を言うなどすれば、死刑あるいは投獄などされるのではないかと思ってしまうのだが、少なくともこのアネサの町では滅多なことでそこまで深刻な事態にはならない。
まず、アネサの町でエルフを見かけることなどほとんどない。
それにアネサの町の太守は人間族、さらに、その太守を任命したこのアネサの町を含む一帯の領主も人間族だ。
その領主は、ウィンドの王であるエルフに忠誠を誓い、毎年定められた税を納めている。
忠誠と税、その2つさえきっちり守っていれば、領主が王からその領地のことに関して口をはさまれることはほとんどない。
エルフたちの支配や統治に関する感覚は人間とはあきらかに違っている。
その最たるものが、エルフたちはこのウィンド全体の統治者であるにもかかわらず、国内でエルフ種以外の者たちが領地や富などをめぐって武力による争いを起こしても、その者たちが王家に忠誠を誓い税を納めていれば、まったく関知しない。
ただ勝ったほうが王家に納める税の額が増やされるだけだ。
「あいつらは、自分たちのことしか興味がねぇ。場合によっちゃあ、自分の国の人間や獣人に殺し合いをさせて楽しんでいやがる。あいつらに王などと名乗る資格はない」
「……ああ、そうだな」
アンコウはこの手の話に興味があまりない。適当に相づちを打って、次の一手を考えている。
(……ちくしょう。どこにいっても飛車が取られる……)
「おい、アンコウ。お前聞いてるのか」
「聞いてるよ。聞いてるけど、将棋打ってんだ。そっちが先だ」
アンコウは盤上から目を離すことなく言った。
「チッ!」 ダッジの派手な舌打ちが響く。
ダッジは今の姿からは想像できないが、元このウィンド王国で領地を持っていた人間族の貴族に仕える騎士だったらしい。
しかし、ダッジの家が代々仕えていた貴族は、ダッジがまだ
ダッジが仕えていた主君は首を取られ、ダッジの親族もほとんどがその戦いの過程で命を落としてしまった。
そして、そのダッジの主君や親族を殺した貴族も、ウィンド王に忠誠を誓っていた同じウィンドの貴族だった。
ダッジが言うには、ダッジが仕えていた貴族を滅ぼした連中はウィンドの王家の身内ともいうべきエルフの有力貴族と繋がりがあったらしく、この国のエルフどもが遊びで同じ国に属する他種族の貴族を煽り、自分たちを攻めさせて滅ぼしたのだと、ダッジは今も強く恨みに思っている。
アンコウは、ダッジからその詳しい話を今回の魔獣狩りの合間に迷宮の中で初めて聞いた。アンコウはその話の真偽のほどは知らない、ただこの国ではよくある話だと思うだけである。
「まぁ、ここはそういう国だろ」
将棋に集中していたがために、アンコウはうかつな一言を言った。
「ああ!?」
ダッジの殺気がこもった声を聞いて、アンコウは盤から目をあげて、ダッジを見る。ダッジは強い怒りのこもった目でアンコウを見ていた。
( くっ、面倒くせぇ!)
アンコウもそのダッジの怒りの目を見て、知ったことかよと怒りが湧いたが、それを顔には出さず、グッとこらえた。
「……悪い。軽はずみなことを言った。……その話はもうやめないか。勝負に集中できないからよ」
「……いまさら集中してどうする。お前はもう負けてるだろうが」
「何っ!?」
盤を見れば、アンコウがどこに打とうが、後数手で詰まれる。下手の横好き、アンコウはあまり将棋が強くなかった。
*
「フゥーッ」
盤上から目を離し、今度はアンコウが少し不機嫌になっていた。
「おまたせしました」
いつのまに注文したのか、宿の従業員が木製のジョッキに入ったエールを持ってきた。
ダッジが泊まっている宿は、アンコウが普段使う宿よりもランクが高く、そこで出される酒も上質のものだ。
「そうカリカリするな、アンコウ。まぁ、飲めよ」
それはお前だろと、アンコウは思うが口にはしない。
「いや、おれは酒はいい」
ダッジはアンコウの分も注文していたようだ。
「そう言うな。おごりだ。一杯ぐらいつき合え」
冒険者の酒に、朝も昼も夜もない。アンコウは仕方なく、エールを口に運ぶ。アンコウが酒を口にするのを見て、ダッジは話を続けた。
「アンコウ、このショーギってゲームは、どこで憶えたんだ」
「ん?前にも言ったろ。おれが生まれ育った土地の遊びだよ」
アンコウはエールの入った容器を見ながら答えた。ダッジはさらに聞いてくる。
「それで、お前の生まれ故郷っていうのはどこだ?」
再びエールを飲もうとしていたアンコウの手が止まり、エールの入った容器をゆっくりとテーブルのうえに降ろす。
「さぁな。憶えてねぇよ」
アンコウはダッジのほうは見ずに、顔には笑顔を浮かべながら言った。
「おれにだって、ガキの頃はあったんだ。お前にもあるだろうが」
ダッジが重ねて聞いてきた。そして、アンコウの顔から笑みが消える。
「なんだよ、ダッジ。迷宮でお前が昔話をしたから、次はおれの番だってか?」
アンコウはこの世界に突然やって来て、一番はじめに出会った者たちに、自分は異世界から来たらしいという話をした。そしてアンコウは、その連中に売り飛ばされて奴隷になった。
それ以来アンコウは、自分のこの世界に来るまでの過去、アンコウの元いた世界の話を誰にもしていない。
「憶えてねぇってことは、話たくねぇってことだろう。おれたちみたいな冒険者の過去をしつこく聞くなんてことは、非常識なんじゃねぇか、ダッジ」
そう、アンコウに関わらず、冒険者などをやっている者は過去に人に話せないことのひとつやふたつある者も多い。
それゆえお互いの過去を深く詮索するようなことをしないということは暗黙のルールでもあった。
「アンコウ、カリカリするなって言ってるだろう。無理に話せなんて言ってねぇ」
アンコウが
(……ダッジの野郎……なんかおかしいな)
そもそも迷宮で、突然自分の身の上話をはじめたことがおかしかった。ダッジも、そのあたりの詳しい話を積極的に他人にすることはこれまでなかった。
そして今は、アンコウの過去を知りたがっているように感じられた。
「チッ、うっとうしいな。そんな目で見るな、アンコウよ。この話は終わりだ」
そのダッジのセリフを聞いて、さすがにアンコウも不機嫌さを隠しきれず、顔に出てしまった。
しかし、ダッジはそんなアンコウの気分の変化を意に介することはしない。
「アンコウ、この町の貴族どものことをどう思う」
ダッジは突然、話を変えてきた。
「……別に」
アンコウは素早く顔から不機嫌さを消し去っていたが、ダッジに対して少し警戒しながら話を続ける。
「この町の太守も領主も、エルフどもにべったりだ」
「…………」
アンコウは何も答えず、エールの入った容器を口に運ぶ。しかし容器に口をつけているだけで、実際に中身を飲んでいない。
ダッジは見た目、これ以上ないぐらいヤサぐれた冒険者らしい風貌をしていたが、元騎士という過去のせいか、かなり政治的な関心が強いところがあると、アンコウは最近になって気づいてきていた。
「………アンコウ。この町が襲われたら、太守や領主のためにお前は戦うか」
アンコウがこのアネサの町で生活をするようになってから、この町が他国、他領主に攻められたことはない。
しかし、この周辺が平和だということではなく、このアネサの町を領有している貴族も同じウィンド王国内で他の領主の土地を攻めたり、逆に攻められたりを繰り返しており、このアネサもいつ戦乱に巻き込まれたとしてもおかしくはない。
「おれが殺し合いをするのはいつも自分のためだ。それはどんな戦いであっても変わらない」
「それは、お前の得になるんだったら、この町を襲う側につくこともあるってことか」
ダッジはいつもと変わらぬ口調で話しているが、その目は真剣だ。それを見て、アンコウの目つきも鋭くなってくる。
「………ダッジ。あんたさっきからなんの話をしてる。おれはこっちから政治がらみの権力争いに関わるつもりはない。ここにはいないエルフの悪口を聞くより、よっぽどきな臭いぜ」
アンコウの言葉に少し凄味がこもるが、そんなアンコウを見てもダッジの様子は変わらない。ダッジとアンコウは、お互いの目を見合ったまま、少しの間があく。
「…………何でもねぇよ、気にするな。この話も終わりだ」
そして、ダッジはそう言うと、手に持っていたエールを一気に飲みほした。
「カァーーッ!うめえぇっ」
*
宿を出たアンコウは、家に向かって歩いていた。宿の外は、午前中の暖かな陽ざしが心地よい素晴らしく晴れた日。
アンコウはその陽ざしの下、今回の魔獣狩りの稼ぎの入った袋を手で弄もてあそびびながら歩いている。
アンコウは歩きながら全身で心地よい風を感じていたのだが、さきほどのダッジとの会話のせいで、ザラついたアンコウの感情はまだおさまっていない。
(……おれの素性、……この町を襲う……なにか関係があるのか……)
一方、アンコウが去った後も、ダッジはひとり、目の前のさっきまでアンコウと指していた将棋の盤を見つめながら動かずに座っていた。
アンコウは、最後はいつもどおり、また頼むと次の魔獣狩りのことを口にして去っていった。しかし、アンコウに相当警戒されたであろうことはダッジもよくわかっている。
アンコウはこれまで自分の生まれ育ちに関して、ダッジに話したことはなかった。
アンコウが、そのことについて聞かれても、そう簡単には話さないだろうと、そこそこ付き合いの長いダッジはよくわかっていた。
そもそもダッジ自身は、アンコウの生い立ちなどに別段関心はない。だから、これまで問い詰めるような聞き方はしたことがなかった。
そう、ダッジ自身は、今でもアンコウの過去なぞに興味はないのだ。
ひとりテーブルに座るダッジの元に、近づいてくる者たちがいた。
顔をあげたダッジの目に映ったのは、ダッジの奴隷である獣人の女戦士ホルガ。そしてもう1人、
「おい、ダッジ」
声をかけてきた男は人間族の男で、年の頃はダッジよりも少しうえ、40は越えているだろうか。
その男のいでたちは、アンコウやダッジと同じ冒険者風の装備なのだが、スラリとした体型に金髪で整った顔立ちをしており、パッと見た感じには冒険者というには少し品の良さげな印象を受ける。
しかし、相対してみれば、すぐにその印象は変わる。目が違うのだ。
この男の目には、よどみと嫌らしさがある。その男が、先程までアンコウが座っていたイスに腰をおろした。
□
「ダッジ!貴様なにを考えている。余計なことをしゃべりすぎだぞ!」
「言っただろうが、あいつは疑り深い。あいつは自分の素性を隠している。それを聞き出そうと思えば、もっとこっちの事情を話さないとだめだ」
「ふざけるな!大事の前にあのような胡散臭い冒険者などに我らのことを知られるわけにはいかん!」
ダッジは語気を荒げる男を少し面倒くさそうに見る。
「だったらその大事が終わった後にすればいいだろう」
「それでは遅いというのがわからんのか!」
「だったらお前1人でやれ」
「くっ、貴様誰にむかって口をきいている!」
「……お前だよ。いい加減にしろよ、デンガルさんよ。あんたはもうおれの上官じゃねぇ。今のおれには主もいない。
いいか、おれとあんたは対等なんだよ。あんたは、おれの協力が必要なんだろうが。だったら、あんたが口の利き方に気をつけな」
「ぐぐっ。き、貴様………」
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