第4話 火の精霊封石弾の使い方

「くそがあぁ!」


 アンコウは足を止め、振り向きざまに精霊封石弾の栓を抜き、迫りくるレッドアイウルフにむかって投げつけた。


 アンコウに迫ってきていた十頭ほどのレッドアイウルフは、我先にとアンコウ目指して走ってきており、お互いがかなり団子状態に固まった状態で走ってきていた。

 この状況は、アンコウにしてみれば、一撃を加える上では好都合だ。


 精霊封石弾は高価であり、アンコウクラスの資金力しか持たない冒険者では、そうそう多用できる武器ではない。

 しかし、それ相応のお宝が期待できるとき、あるいは生きるか死ぬかの状況で使うためにアンコウは精霊封石弾を常備しており、使うことにためらいはない。


 アンコウが今投げつけた精霊封石弾は、火の精霊力を封じたもの。アンコウが投げた精霊封石弾が、迫りくるレッドアイウルフの群れの真ん中に落ちて見えなくなる。


ドォグァアン!!

 爆発。レッドアイウルフの群れのなかから、火柱が上がる。


 それは4級クラスの威力を持つ火の精霊封石弾。アンコウが買うことができるのは、最低級の5級か4級クラスの精霊封石弾までである。


 今の一撃で息の根を止めることができたのは、おそらく1,2頭だろう。しかし密集して走っていたために、まったく影響を受けなかったものはいないはずだ。


 死にはしなくとも、爆発により傷を負ったもの、あるいは吹き飛ばされたり、周囲のものを巻き込んで転倒するなど、アンコウにせまってきていたレッドアイウルフたちは、今の一撃で完全な混乱状態になっていた。


「よし。上出来だっ」

 アンコウは走りながらつぶやいた。


 精霊封石弾の一撃が狙いどうりの効果をあげたのを確認し、チラチラとうしろを振りむきながら走り続ける。

 爆発によって舞い上がる粉塵のなかから2頭のレッドアイウルフが飛び出してきた。この2頭は、これまでと変わらない速度でアンコウを追ってくる。


 アンコウはすでに2階層へと続く昇層道を登りはじめていたが、2頭のレッドアイウルフが近くまで迫ってきた時点で、足に急ブレーキをかけて振り向いた。

 そして、反転して坂を駆け下りながら、勢いを殺さず1頭目のレッドアイウルフを斬り裂いた。


ザシュッッ!!


 アンコウに迫っていたレッドアイウルフは、2頭とも先程のアンコウの精霊封石弾の攻撃により、傷を負っていた。

 アンコウは走って逃げながらも、そのことを確認し、そのダメージは決して浅いものではなく、この2頭が相手なら、さほど時間をかけることなく倒すことができると判断していた。


 実際に振り向きざまに斬りつけられた1頭は、死んではいないものの地面に倒れ込み、起きあがろうとしても起きあがることができず、すでに戦闘能力は削がれている。


 アンコウの動きは止まることなく、素早くもう一頭のレッドアイウルフにむかって踏み込んでいく。


「おおぉぉおおー!」

 アンコウは恐怖を振り払うように気合い声を発する。


 飛びかかってくる魔獣に対し、怯むことなくさらに踏み込み、ふりあげた剣をふり落とす。

 アンコウは魔獣の肉を切り裂く確かな手応えと、左腕の上腕にとどいた魔獣の前爪の攻撃の衝撃を感じた。


 レッドアイウルフの爪は、アンコウが身につけている鎧で保護されていない左上腕部へあたった。

 しかし、その上腕部も戦闘用の強化防護服で守られており、レッドアイウルフに爪はアンコウの皮膚を切り裂くことなく、骨を折るほどの打撃を加えることもかなわない。


「グガアァウッ!」


 レッドアイウルフはアンコウにむかって、威嚇するように吠えたものの、今うけたアンコウの一撃のダメージのせいで、連続して攻撃を仕掛けることができない。


 アンコウはその隙を見逃すことなく、さらにとどめを刺すべく剣による攻撃を続けた。

 そして、アンコウが三撃目の攻撃を加えたあと、レッドアイウルフはピクリとも動かなくなった。


 アンコウはレッドアイウルフの返り血を顔に浴び、戦闘の興奮のためか、白い歯を見せて顔に壮絶な笑みを浮かべていた。

 アンコウは少し肩で息をしてはいたが、体力的にはまだ問題なく、そのまま昇層道のうえを見つめ、再び走り出す。


「うおおーーっ!ダッジぃぃー!」


 この昇層道はうえに行けば行くほど狭くなっており、さきが薄暗くなっているため、はっきりとは見えなかったが、まだダッジたちの影が昇層道のうえのほうに見えていた。


( くそー、ダッジの野郎。俺を犬ころどもの生け贄なんかにしやがったらゆるさねぇぞ)


 アンコウはあせる気持ちにとらわれながら、必死で坂を駆け上がる。

 アンコウの背後からは、再びレッドアイウルフたちの吠える声が、少しずつ大きくなってきていた。


 アンコウは一瞬うしろをふり返る。

 いま近づいてきているのは、先程、火の精霊封石弾で吹き飛ばした十頭あまりのレッドアイウルフの生き残りだと思われるが、間違いなくこれの背後には、まだ数十頭にのぼるかもしれない「湧き」の中核集団がいる。


 アンコウは、もはや間近に迫りくる魔獣たちと斬り合う時間の余裕はないだろうと判断した。

「くうぅっ!」


 昇層道を登り切ったところに、ダッジとホルガが立っている姿がアンコウの視界に入った。アンコウがそこにたどり着くまでにはまだ少し距離がある。

 アンコウは、こちらを見て立っているダッジの手の中に、精霊封石弾が握られていることに気づく。


 アンコウは、ダッジをにらみつけるように見た。


 アンコウはおそらく今ダッジが右手に握っている精霊封石弾は、先程アンコウが使ったものと同じく、火の精霊を封じたものであろうと考えていた。

 それも先程アンコウが使用したものよりも、間違いなく強力な爆発力を有するものだ。


 ダッジの目的は、この昇層道を通路ごと崩すこと、あるいは爆発によってそれに近い状態にすることだろうとアンコウは確信している。


 仮に完全に通路をふさぐことができない結果を考えれば、少しでも早く精霊封石弾による爆破を実行し、逃げる時間を少しでも多く確保することが、より生き残る可能性を高めることに間違いなくつながる。


 ダッジとしては、たとえアンコウもろとも爆破しても、それで生き延びることができたとしたら問題はないはずだ。しかし、ダッジはまだ精霊封石弾を投げずに昇層道のうえで立っている。


 アンコウは徐々に狭くなっていく道を全力で駆けあがる。そしていつのまにか、アンコウの手にも、アンコウが所持する最後のひとつの火の精霊封石弾が握られていた。


 もし今、ダッジが精霊封石弾を使用したら、アンコウの腰の袋に入れられている高価であろう魔石も岩石の下敷きになるという事実とともに、アンコウは岩石に押しつぶされる前に、お前に向かってこの精霊封石弾を投げ返すという脅しを眼光鋭く無言のうちにかけていた。


・・・・・・・・・・・・・


「とっとと走ってきやがれ!アンコウ!」


 わずかな間があいたのち、ダッジが大声で叫んだ。


 その言葉を聞いて、アンコウはわずかな安堵を覚えた。ダッジの真の心の内はわからないが、ダッジがアンコウもろとも通路をふさぐという判断を選択肢からとりあえずは外したと理解した。


「わかった!いま行くっ!」


 アンコウはいまでも全力で走り続けており、これ以上、走るスピードをあげることはできなかったが、声だけはできるだけ元気に大きく返事をかえした。


 そしてアンコウが昇層道を登り切る直前まで来ると、ダッジは下に向かって、栓を抜いた精霊封石弾を勢いよく投げた。

 ダッジは精霊封石弾を投げると同時に、昇層道から離れるために走り出す。


 アンコウはようやく第2階層に入ったものの、休む間もなくダッジの後ろを追って、そのまま走り続けた。


ドォグアアァァンッ!!


 アンコウの背後から凄まじい爆音が響き、爆発によって発生した土煙が、爆風とともにアンコウたちを飲み込んでいく。

 そんな中でもアンコウたちは、止まることなく走り続ける。しばらくすると土煙はなくなったが、アンコウたちは警戒心を緩めることなく走っていた。


「アンコウ!きたぞ!」


 ダッジの声を聞いてアンコウはうしろを見た。1,2,3頭のレッドアイウルフが土煙から抜け出し、アンコウたちの近くまで迫ってきていた。


 アンコウはその時点で、この3頭からは逃げ切ることはできないと思ったが、すぐには止まらずに、うしろを気にしつつも走り続けた。

 戦闘に入る前に確認しなければならないことがあったからだ。


 アンコウはレッドアイウルフと一定の距離を何とか保ちつつ、しばし走り続けた。

 アンコウたちはレッドアイウルフの「湧き」に遭遇してから、ここに至るまで相当の距離を走り続けている。

 しかし未だその体力は尽きてはいない。もちろんまったく疲れていないなどということはなかったが、まだまだ走り続ける体力は残っている。


 アンコウにダッジ、それに獣人のホルガも冒険者として、そこそこに実力を持っている。その3人でさえ、第3階層という低階層でも魔獣の「湧き」に遭遇すれば、命からがら逃げるしかない。


 一級といわれる冒険者たちなら別だが、それ以外の者たちにとっては魔獣と呼ばれる存在に数でおされれば逃げるしかないというのが、冒険者家業の厳しい現実であった。


 アンコウは生き残るために走る。

 アンコウはうしろを見ると、遠目にも、もうほとんど土煙は見えなくなっていた。そして、アンコウの近くを走っている3頭のレッドアイウルフ以外の魔獣の姿は見えない。


 アンコウはこれ以上は追ってくるレッドアイウルフの数は増えないと判断した。

 ダッジが使用した精霊封石弾の威力とあの通路の広さからして、あの昇層道は崩れ落ちた岩石で埋まり、遮断されている可能性が高い。


 その確認をするため、アンコウはたった3頭のレッドアイウルフからも全力で逃げていたのだ。

 第3階層で湧き出していたであろう数十頭のレッドアイウルフたちは、ここには来ないと見極めたアンコウは走る足を止めた。


「オラアアー!クソ犬どもっ!」


 そしてアンコウは一気に攻勢に転じた。自分からレッドアイウルフに全力で斬りかかる。


 3頭を相手にしても優勢に戦いを進める実力をアンコウは持っていたが、さすがに3頭相手に一瞬で片をつけるほどの力はない。

 しかしアンコウもそこは冷静だ。伊達に3年間も魔獣狩りで食ってきたわけではない。相手の攻撃をかわし、全体を見て牽制しながら、攻撃を加えていく。


「らぁぁああーっ!」

ザシュッッ!!

 アンコウの剣が、一頭のレッドアイウルフの頭をたたき割った。

「まず一匹いぃっ」


 アンコウは再び自分たちが走ってきた道を確認する。やはり自分たちを追ってくる他の魔獣の姿はない。

 アンコウは残り2頭になったレッドアイウルフを見ながら、何とも言えない笑みを浮かべた。


「さんざん走らせてくれたな、クソ犬。ツルとウォンだけで満足してればいいものの。お前らは俺に狩られる側なんだよっ!」


「「ウウゥゥーッッ!」!」


 レッドアイウルフは姿形は狼のようだが、アンコウの元いた世界の虎ほどの大きさがある。

 そのレッドアイウルフが、うなり声をあげてはいるものの、自分たちを笑いながらにらみつけているアンコウに怯えを見せはじめていた。

 狩る側と狩られる側の形勢が逆転したことに気づいたのだろう。


ザクゥッ!

「グギャンッ!」


 さらに一頭が斬り伏せられた。しかし斬り伏せたのはアンコウではなく、いつのまにか近づいてきていたホルガであった。


「おい!ホルガ!来るんならもっと早く来いよ!なに最後の一撃だけ入れにきてんだ!」

「ご主人様の命です」


 チラリと目を向ければ、ダッジはゆっくりと歩きながらこちらに近づいてきていた。


(ちっ、なに大物ぶってんだ。あの山賊づらは)

 アンコウはいらついたが、声に出して悪態をつくことはしなかった。


 ダッジも一級クラスの冒険者ではなかったが、少なくともいまのアンコウよりも強く、このパーティーのリーダーでもある。

 アンコウは自分のなかの不機嫌さをぶつけるように、最後の一頭になったレッドアイウルフに斬りかかった。


「死ねえぇっ!」


 アンコウは十分な手応えのある斬撃を相手の攻撃はかわしながら叩き込んだ。そして危なげなく最後の一頭も始末した。



「ふうーっ、やれやれだ」


 アンコウは大きく息を吐き出すと、まわりに魔獣の気配がないのを確認してから、大きな岩に腰掛けた。

 岩に腰かけたアンコウの視線の先にダッジとホルガの二人が立っている。


「ホルガ。そいつらから魔石を取り出しておけ」

「はい。ご主人様」


 ダッジはホルガの指示を出すと、アンコウのほうに近づいてきた。近づきながらダッジはアンコウに話しかける。


「2人やられたな」

「そうだな、だけど3人生き延びた」

「ああ、しかも自分が生き残っている」

「ダッジ、あんたは4人死んでも生き残っていただろ?」

「さぁ、どうだかな。俺もお前も生き残っている。それで何か問題があるのか?アンコウよ?」

「なんもねぇな。クッ、クッ、」

 アンコウは低く笑いながら答えた。


 低く笑いつづけているアンコウに、ダッジは左の手のひらを上向きに差し出してきた。そして、右手にはまだ剣を抜き身で持っている。

 アンコウはまだ低く笑いながら、ダッジの目を見た。


「クッ、クッ。何だよ?」

「魔石を出せ、アンコウ」

「俺が持ってちゃ、まずいのか?」

「まずい、まずくないの問題じゃねぇだろ。お宝の管理はリーダーの管轄だ。走りすぎて、頭がボケちまったのか?」


 ダッジも顔に笑みを浮かべながら話していた。

 しかしアンコウもダッジも、互いを見る目は、まったく笑っていなかった。

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