ゴミ処理場

8 ゴミ処理場

「要するに、この子守歌案件の前に、僕たちが考えてた話をしなきゃ

ならない。」

ユメキは、私たちが今考えなければいけない案件について真剣に話し始めた。

「つまり、ナナオさんが、クレーマーになってうちのラボを襲撃したって話。」

私は、子守歌のことでいっぱいになった頭を整理するように言う。

「そうだ。僕はね、なんでクレーマーとして彼がうちにわざわざ来る必要があったのか疑問だったんだ。しかしそれはすぐに解決した。ほら、思い出してほしい。今は片付いているが、あの棚の散らかり具合を。」

それは思い出すも何も、私はその襲撃犯と化したナナオさんが、ラボの棚を壊すのをみていた。いったいなぜクレーマーという行為をするだけなのに、この棚を壊す必要があったのか、私も釈然としなかった部分はある。しかしナナオさんが棚を壊す

道理もないし、別に棚の中にどんなものが入っていようと敵には関係内のではないかと思ってしまう。

しかしその考えは甘かったのだ。

「やつが棚を壊したのは、ひとえにあるものを盗んで、夢泥棒の元に届けることだったんだ。」

「あるものって、でもここにあるものはすべて、そんな泥棒が扱える代物じゃ

ないんじゃ…。」

私が戸惑いながら言うと、ミアさんが悲しそうに言った。

「私がナナオを許せないのはナナオとの恋愛関係のことだけじゃないの。やつが行った最悪な行為の結果生じたことが、何よりも私は許せない。やつは、夢食い虫をすべて強奪したの。」

その瞬間、私はなんだかすべてこの先に起きることを悟ったような気がした。

小原に言われてあのあと、夢売りに関する本をむさぼり読んだ結果わかったことだが、夢食い虫というのは、悪夢を食うために作られた特注の虫であって、作りだしたのはもちろんのこと、夜泣きに悩んでいたミアさんだった。夢を食う動物として、獏という動物が知られている。しかし、獏という動物は、いい夢を食べてしまう危険性があるし、何よりも育てたり世話をしたりするのが難しいほど巨体なため、育てることを断念したのだという。夢食い虫は、その遺伝情報の中に、いい夢を食べないようなプログラムを書き込んでいる。悪夢を食べた後は毒素を吐き出していい夢に分解するという方法をとっている。

つまりいい夢は食べないように、悪い夢を除去して自分のエネルギーに変えるために、夢食い虫は生まれた。

しかし、彼らが、自分たちの敵である夢食い虫をわざわざ盗んだということは…。

「盗まれた夢食い虫のほとんどは、まだ付加していない卵の状態だ。やつらは夢食い虫を害虫と軽視しているが、実は喉から手が出るほどほしかった秘密兵器でもあるんだよ。なぜかって、虫に夢を食わせたほうが、いちいち相手の体から力ずくで夢を奪ったり意識操作をするよりも都合がいい。しかし夢食い虫をどこにしまっているかを知っている人間は夢泥棒の中にはいない。だからこそ、ゴミ処理場でナナオのことを脅す爆破事故を起こし、やつを仲間にしたんだ。ナナオはミアの次に、夢食い虫の世話をよくしていた人間だから。」

なかなか手の近だやり方だと感心している暇はない。これからどうすべきかを考える必要があるからだ。

夢食い虫をどれだけ増殖させ、どれだけの人間の体に植え付けようとしているのかは沙汰化でない。だが夢食い虫の大きさから判断するに、きっと不特定多数の夢の中に侵入させるのは簡単であろう。ということは、効率的に夢を盗めるのだ。そうすればもっとたくさんの人が、夢を疑い、夢に傷つき、夢から離れていくだろう。我々はそれを全力で阻止することが求められる。

「なるほど。要するに悪夢を倒すすべが失われたから、子守歌を使う必要があったってことね。」

小原が勝ち誇ったようにそう言う。やつは夢売りの本をしっかり呼んだと言ったわりにはかなり呑気だ。

「夢食い虫を使ったやつらの戦略によって、今後もっとも深刻になる可能性のある場所はゴミ処理場だ。

きっとたくさんの人が、夢食い虫に襲われることで自分の夢を捨てようとする。そうすればゴミ処理場がパンク状態になりかねない。というわけで、アスナちゃんとそこのヒーローまがいで、ごみ処理場の手伝いをやってもらう。」

「おい、何がヒーローまがいだよ!」

怒っている小原とは対象的に私は正直心細かった。それは、またゴミ処理場が爆発して自分が巻き込まれたらいやだという気持ちもある。が、それ以上に、私はたくさんの人が、自分たちも知らない間に自分たちの夢を捨てていくということを創造したくなかったし

どんどん増えていくごみの数を数えたくなかった。もちろん私たちの仕事は、ゴミ処理場に集まった夢をリサイクル工場に持って言って、また使えるように夢を精製し直すことにある。だから、私たちがみんなの捨てた夢をリサイクルすればいいのだが、その前に捨てられた夢をみるのがいやだった。リサイクルなんかしなくても、みんなもともとその夢を持っていたはずなのに、どうしてそれを手放さなきゃいけないんだろう。

「よし、夢水。絶対やってやろうじゃねえか。捨てられた夢なんかおれは怖くねえぞ。」

「あまり軽い気持ちで行かないほうがいいよ。捨てられた夢が腐敗すると悪夢になって、人の体をむしばむんだから。」

正夢さんの心配も、小原にはどうでもよかったらしい。

「気にするなよ。おれはそんなんじゃ参らないよ。ヒーローになるべき存在なんだから。」

「何かあったらすぐに僕たちも行く。とりあえずこのドリームミラーを持って急行してくれ。きっともうすでに、大量の夢が捨てられ始めてるはずだ。正夢たちは子守歌の転送を急いで。」

ユメキは焦っていた。きっと彼にも予想ダニしなかった夢食い虫の転用が発生したからだ。しかも、自分たちのかつての仲間によって。私たちも、この夢の世界を守るために、決死の覚悟で望まなければいけない

戦いが始まろうとしている。けれどその戦いというのは夢を盗む泥棒たちとの戦いだけではない。捨てられた夢と向き合うことも戦いの厳しさを物語っている。

現実世界で私たちは、たくさんのものを捨てろと言われて生きてきた。思いでも、夢も、涙も、本当の自分も、希望も、友達も、恋人も、子供の頃に持っていた古いおもちゃも。そういうものをたくさん捨てて、身軽になって私たちは大人になる、つまり現実世界で頑張って生きているつもりになる。もちろん多くの人はそれを頑張っていると思うのだろうし、結果もついてくるかもしれない。でも、いろいろなものを捨てて身軽になった人間の顔は、よく言えば無駄なものが取れて、悪く言えばいらないはずのものまで捨ててしまって、変にゆがんでしまう。そのゆがんだ顔をみていたら、案外人間じゃないみたいに見える。目の前に広がる現実は、私たちに心の掃除を要求する。そんなことは簡単にできることではないし、してはいけないのに、私たちはそれを簡単に行う。それを簡単に強制される。それが社会に溶け込むということであり、それが生きるということなんだと自分に嘘をつきながら。頑張るという言葉に甘んじればみんなが笑ってくれるし、認めてくれる。そう思っているから、頑張るという言葉に甘んじつつ、その言葉で持って、大切にしていた宝物も友達も、実に簡単に注意んガムとたばこの吸い殻と一緒に路上に捨てられていく。私だってそうしてきた。それが正義だと思えることもあった。でもそんな正義は、それが本当の正義でも、いつかは守れなくなって消えてしまう。

「夢水。」

ユメキに言われた道を、小原と二人でごみ処理場に向かってあるいていたら、突然小原がどこか不安そうに話し掛けてきた。その声はどこか、小原らしくなかった。

「俺、耐えられるかな?ゴミ処理場なんて。夢がだくさん捨ててある場所なんだろ?普通のゴミ処理場で働くのだってきついのに、夢が捨てられたゴミ処理場なんて、いったい

どんな気分になるんだろうな。」

考えてみれば、現実世界で小原と二人で肩を並べて帰ったことはほとんどない。たいてい、今は敵になってしまった闇沢と3人で歩くことが多かった。あのときの3人は、少し距離の離れた、セイ3角形みたいな関係の、嘘っぽい友達というものだった。

私は、私の横に並んで歩く、私よりも立派で大きな肩を持った小原のはずなのに、なぜかそのときだけは、とても頼りなくて、自分よりももろい存在に思えてきた。

でもこの小原という男の夢は、そんなもろい命で、もろい心でいられては困るような夢ではなかっただろうか?

「何?怖いの?」

だから私は、小原に寄り添うのをあえて避けた。これは彼が夢をかなえるうえで、一番重要な時間であり一番重要な局面でもあったからだ。

「怖かないけど。不安というか。」

「それは子環言って言うんだよ!ねえ、あんた、自分の夢を今捨てようとしてるでしょ。」

「馬鹿。そんなわけ。」

「夢って言うのはね、自分がそんなつもりはなくても、簡単に落としたり捨てたりできるんだよ。あんたはヒーローになりたいんでしょ?それならこんなことで怖がってちゃだめだよ。うちだって今すごい怖いんだから。今はその怖さをばねにして、自分の夢を守り続けるしかないじゃん。」

自分が、自分にしてはすごく難しくてまどろっこしいことを言っているような気がしてなんだかおかしくなった。だから心の中で小さく笑う。小原はまだ肩を落としていたけれど、やがて私の顔をじっと見つめた。

「夢水ってさ、そんな強いやつだったんだな。」

私は、なんていっていいかわからなくて、でもため息をついてみせる。

「私が強く慣れたのは、私だけの力じゃないから。」

ゴミ処理場につくなり、スエーロさんが実に落ち着いた声で私たちを迎えた。これから大変なことが起こるかもしれないというのに、実に呑気である。

「いらっしゃい、若人の皆さん。」

「スエーロさん。今の状況は。」

私は、自分が焦りすぎてるだけなのかもしれないと思ってさっそく聞いてみた。するとスエーロさんは、何かを隠すというかたくらむみたいに、含み笑いを浮かべる。

「まあまあ、そうカッカしないで。とりあえずこのドアをくぐる前に、防護服を着用してもらえるかしら?重労働になるわよ。」

スエーロさんはなぜそんなに冷静でいられるのだろう。きっとこういうことが起きるということを、彼は彼なりにシミュレーションしていたからなのかもしれない。それともその冷静さがキャラクターなのだ廊下。ともかく彼に言われたように、私も小原も棒呉服とマスクを着用した。これから入る現場は、どういう危険が潜んでいるかわからないのだから。

思い棒呉服とマスクをみにつけた私たちに、スエーロさんは深呼吸をするように言った。

「さあ、それじゃあ仕事してもらおうかしら?」

ドアが勢いよく開いて、中に入った瞬間、私たちは分厚いメガネの奥から、どうも頭の中で理解しづらい光景を目にする。

うずたかく積み上げられているものは、ただの石のようにも、いやレンガの塊とか木切れとかにも見える。でもとにかく、それはそういうよくあるゴミではないんだとわかる。工事現場の資材とかそういうものではないのだ。それがどんどん、まるで雨が降ってくるみたいに増えている。

「これがゴミ処理場だよ。あそこにある自動タンクで、私の工場まで運ばせているの。ただね…あなたたちの知っての通り、やつらは攻撃を開始したわ。夢食い虫なんて代物を使ってね。だから明らかにあのタンクの限界量を超える可能性がある。だから、あと二つ新しいタンクを用意した。あなたたちはあそこにうずたかく積もってる夢をタンクに突っ込む仕事をしてもらう。タンクがいっぱいになると、人間が主導で突っ込まない限りはタンクが動いてくれないの。私は工場に言ってリサイクル拡張プログラムを起動させてくる。質問は受けたいところだけど時間がないわ。何かあったらドリームミラーの無線機能で連絡をくれればいつでも出られるようにしておくわ。」

ゴミ処理場がこんなくうにパンク状態に落ち言っていない場合の夢売りの仕事というのは、リサイクルできる夢とそうでない夢を分別して、それぞれ異なった色のタンクに突っ込むということをしていたらしい。下手に夢を一緒くたにタンクに突っ込めば、このまえ起きた爆発事故のようなものが起きてもおかしくないし、リサイクルできない夢というのは、工場で有害物質に変わる可能性もある。だから分別が必要なのだ。しかし、そんな呑気なことを言っている暇はない。今は早くタンクに詰め込まなければタンクも崩壊するし、何よりこのうずたかく積み上げられた夢が腐敗して悪夢に変わってしまう。

私たちはただ無心にごみを集めた。スエーロさんがおいていってくれた袋が大量にあるから、それをその積まれたところに持って言って、無作為に夢を詰め込む。誰のどんな夢なのかもしれないのに、私たちはその夢を、まるでどうでもいいものとしてみるように捨てていく。それでよかったのだ。

夢を捨てるときに、自分の肉眼でそれをみないようにはしていた。それは、夢のゴミというのは目にとっても有害だということを知っていたからというだけではなかった。夢が放つそのふしぎな光は、夢が捨てられるまで生きていた頃の記憶を継承しているからなのだ。

「俺が捨てた夢もこのどこかにあるのか?」

「そりゃそうなんじゃない?」

私たちはそれぐらいしか会話を交わさなかった。何か会話していたら、それが原因で涙や感情が止まらなくなりそうだった。人はこんなにも簡単にゴミを捨てる。いや、捨てさせられる。どこからともなく人の意識によって捨てられていく夢が押し寄せてくる。リサイクルのためとはいえ、それをまるで何の感情も持たない動物みたいにタンクに詰め込んでいく様はみるに耐えなかった、というかやるにわ耐えなかった。やれどもやれども夢の量は減らない。夢の量が減らないことは、一般的にはよいこととされている。それが、かなえたい夢やかなった夢の数なのだとすれば。それが捨てられた夢の数であるからこそ、その数字はとても悲しいものになってしまう。

「やれやれ、おまえら何やってんだよ。」

体十から汗が噴き出し、目のすき間から涙が噴き出しそうになっていたとき、遠くからそんな声がした。その声は、私たちを安心させる声ではなかった。むしろ私たちを不安に、不満に、そして恐ろしくさせる声でもあった。

「闇沢…。」

私には、その顔が見えなくても、誰のことなのかわかっていた。その低くて不気味な声を聞いたとき、心なしかゴミの山が大きく揺れたんだから。

「何のよう?冷やかしにきたなら帰りなさいよ。」

小原は闇沢の姿に気づいてない、いやわざと気づいてないふりを続けたのか、ずっとゴミを片づけている。

「ここはおれの研究場所だからね。今から夢食い虫のサンプル実験をしようと思ってね。」

「おまえ…。いつから夢泥棒なんかになりやがった。」

正気を失った小原はゴミを床にたたきつけて叫ぶ。私だって商機を失いたいのは山々だ。だが私はなんとなく怖かった。これで理性を崩壊させてしまったら、逆効果になってしまう気がしたのだ。

「俺はもともと夢なんか信じちゃいないよ。現実世界で生きていた頃、おまえらの夢を俺が否定しなかったのは、おまえらをかばってたわけじゃない。夢なんかどうでもいいと思ってたからだ。そんな作り物の何かを求めるおまえらが滑稽に見えた。でも否定するだけ無駄だと思った。」

別に闇沢のことを心から信頼していたわけじゃない。それは小原に対してだって同じだった。でも彼らは、私の話を聞いてくれたし、私が夢を潰され、夢に潰されたときも、ただ寄り添って話を聞いてくれていた。でもそれは、少なくとも闇沢の場合は、けっして正直な気持ちからではなく、隠れて夢を潰すための動機に過ぎなかった。そんなことなんて私には予想できていたし、そんな話を聞く覚悟はできていたつもりだった。でもやっぱり人間はいつも、甘い幻想を愛してしまうものだ。

友達だったのに。私のそばにいてくれたと思ったのに。嘘ついたんだ。馬鹿、馬鹿、馬鹿…!夢の中とはいえ、私を愛してくれたのに。

いくらそんな甘くてロマンチックな幻想の話をしても、こういうものはただ苦しみにしかならない。

「夢をかなえるためにゴミ処理のお手伝いなんて、なさけねえな。」

小原は闇沢にゴミを投げつけた。でもそんなものが彼に当たるわけがない。彼はゴミ処理場の向こうのガラス越しから、こっちに向かって話し掛けているのだから。

私は確かに、闇沢は夢を信じていないんじゃないかと思っていた。きっとそれはそれで本当なのだろう。でも、私は闇沢よりもずっと強く夢を信じていらからこそ、世界中のみんなが本の小さかったころは、夢の可能性をいくら信じるなと言われても信じていたってことを知っているから、闇沢が実はそんなに強い人間じゃないということもわかっている。

「小原。それ以上ゴミを投げちゃだめ。ねえ、闇沢。あんたは本当にこの場所にいつも来ているの?」

「言ったろ?ここはおれの研究場所だって。」

「あ、そ。それならもっと楽しそうな顔しなよ。そんな悲しそうな顔しないで。」

私がそう言ったとき、闇沢は苦笑いを浮かべた。私はこれで確信した。やつが本当にここに来た理由は、自分の研究を続けるためではないんだということに。

「ほら、何してんの?早く入ってきなさいよ。」

私は、闇沢のそばのガラス板を突破らってやった。闇沢は、自分の研究場所だという割には、おそるおそるゴミ処理場に入っていった。彼はもちろん、自分が悪夢を吸っても問題内と思っているからなのか、棒呉服とかマスクとかそういうどうでもいいものをみにつけてはいけない。そういう、自分の素直な姿でこのゴミ処理場に飛び込んでいるくせに、一番分厚いマスクをかぶっているのは、夢泥棒の闇沢なのだ。

「あんたは夢泥棒にはふさわしくないと思うよ。」

私は、ゴミ処理場をゆっくりと見回す闇沢にやさしく言ってやったものだ。

「あんたがここで悪夢の研究をしているのは、夢を盗む施策を練るためなのかもしれない。でもそれだけが理由じゃないっしょ?」

「黙れ、黙れ、黙れ!おまえらみたいな現実をみないやつに、おれの何がわかるって言うんだ。夢なんか、こんなゴミみたいな世界なんか消えてしまえばいいんだ。夢に甘えたり、夢なんていうかないもしない約束を作ったり、夢なんていう麻薬みたいな甘いものを作らなくてもいい世界が、一番平和で美しい世界なんだ。」

闇沢は、うずたかく積み上げられた夢を次々と床に投げ落としていく。こんなくるった顔の闇沢は初めてみた。でもなんとなく私には予想ができていた。

「どこだよ、どこにあるんだよ。俺の夢。どこにあるんだよ、俺の夢は…。」

将来の夢はなんですか?と聞かれて子供たちはみな一様に、金井もしない夢を口にする。パン屋さん、お医者さん、警察官、アイドル、宇宙飛行士、ヒーロー、お姫さま、科学者、幼稚園の先生、エンジニア…。挙げれば霧がないほどのたくさんの夢をノートに書いて大きくなっていく。でも気づけば彼らは、その夢をとっくの党にごみ箱に捨ててなくしていることを忘れたまま、常識と知識と技能と現実に縛られた大人という夢泥棒になっている。彼らはあるときこのゴミ処理場にやってきて気づく。そのごみ処理場にはたくさんの夢が捨てられすぎていて、自分の将来の夢がなんだったのかすら忘れてしまったことに。

闇沢も例外ではなかった。誰にもばれないように、自分の夢も他人の夢も、無言で潰し続けた彼は、気づけば自分の夢をどの場所に捨てたかも忘れている。

「僕は科学者になりたい。科学者は、未来を実利的に明るくできると思うから。」

彼が私に夢を打ち明けてくれたとき、そう言った。まだ中学1年生の春だった。あの頃はまだ子供だったのだろう。残された最後の力でもって、夢を信じようとしたんだろう。でも彼はあきらめた。あきらめたのではなくて、夢をみないことを選んだ。夢を憎むことを選んだ。そして、科学者になることを夢にみるのではなく、科学者になるための知識や常識だけを蓄え続けた。目先の試験や現実の科学雑誌を読みあさりながら。

そうしているうちに、自分がどうしてそういうことをやっているのかも見えなくなった彼は、もう夢なんか鼻からわからないみたいな顔をしてみせたのだ。そしてそれをちゃんと確かめるために、今ここにいる。

「あんたの夢を探してあげてもいいんだよ。うちらで。」

「ふざけるな!俺には夢なんかない。そんなもの必要ないんだ。」

泣き崩れる闇沢をみて、小原はやっと笑った。

「おまえさあ、そんなところにいたら埋もれるぞ。邪魔だから出ていけよ。」

「おまえみたいな夢みる夢男に言われなくてもそうするよ。」

彼はまたガラスの板を手にとって、向うへ消えていった。

「ねえ、小原。」

私は、なんだかわくわくしている自分に気づいた。どうして自分がこんな

明るい感情につき動かされているのか自分でもよくわからない。でも私は、自分の作戦が案外おもしろいものになりそうだとなんとなく思ったのだ。

「探そうよ、あいつの夢。」

「はあ?おまえ、あいつに加担するのかよ。俺たちの仕事は、敵に塩を送るようなことじゃなくて…。」

動揺する小原に私は笑いかける。

「もちろんこの仕事はちゃんとやるよ。でもさ、うちらは夢売りだから。あいつが捨てた夢だけは、何がなんでも絶対にリサイクルしてもらって、ちゃんと夢泥棒をやめてもらうまで、責任を持って面倒を見たい。それが夢売りってもんでしょ。いくら敵でも、こんなことさえなければ、いがみ合わなくて済んだ関係なんだから助けてあげなきゃ。それぐらいしなきゃ

やつらに勝てないと思うんだ。」

小原は何も言わずに、ユメキから借りたドリームミラーをゴミの中に近づける。本当は、ゴミの夢にミラーを近づけるのは危険なのだが、この際しょうがなかった。これも仕事なのだ。

私は丁寧に一つ一つの夢を確認しながら、何か闇沢の夢の手掛かりになりそうな夢のかけらが落ちていないかを探し続けた。

人の夢を探すのは、案外楽しい。ゴミ処理場での仕事は、捨てられた夢のかけらをただ拾い集めてタンクに入れるだけのつまらない仕事だと思っていた。こんなふうに、何か大切なものを探すみたいにしてこの仕事をしていたら、案外気持ちが明るくなってきた。

「あ!」

小原が突然何かを叫んだ。もしかして爆発でも起きたかかと思って手を止めると、まるで小原が、子供に戻ったみたいにその夢のかけらを手のうえで転がし始めた。

部屋の片付けをしていたら、突然ずっと昔自分がつけていた古い日記帳が出てきた。その日記帳には、そのときの自分の途方もない残像が書き込まれていて、どうしてそんなことで悩んでいたんだろうと笑いたくなったりもする。でもその日記長の端っこに、「将来の夢はお姫様になること。」あんて書いてあったら、私は絶叫してその日記帳を部屋に飾るだろう。部屋の片付けは面倒くさい。でもその片付けを一つするごとに、捨てられた夢のかけらが降ってきたとするならば、それはとても楽しくて明るいことのようにも思える。

小原の手に持った夢のかけらをミラーに移すと、幼いころの小原が楽しそうに友達と遊んでいた。

「ウルトラマンごっこしようよ。」

「やだよ、仮面ライダーのほうが格好言い世。」

「違うよ、案パンマンだよ。」

「鉄腕アトムだよ。」

「セーラームーンに決まってるわよね。」

「プリキュアも忘れないで。」

ヒーローの名前を挙げる友達たちの中で、小原は一人、自分で作った決めポーズをとった。

「おれはウルトラマンよりも仮面ライダーよりも案パンマンよりもスパイダーマンよりも強いヒーローになって、この世界を守るんだ!おまえらみんなついて来い!」

「俺、こんな馬鹿なこと言ってたんだな。でもなんかうれしい。」

その夢が腐敗した夢なのかはさておき、小原はその夢を棒呉服のポケットにしまった。

それからほどなくして、私も自分の夢を見つけた。私は小さかった頃、母に頭を下げて買ってもらった赤いドレスを着てダンス教室で踊っていた。そして先生が言うのだ。

「アスナちゃんは将来お姫様になるの?」と。すると私は大きな声で笑ってこう言うのだ。

「そうだよ。アスナは絶対お姫様になってみせる。だってそれがアスナの夢なんだもん。」

きっとこんなふうにして、みんなが持っていたはかなくてどうしようもなくてくだらなくて、でも美しい夢が、ここにはいっぱい転がっている。

「あなたたち…。お疲れさま。おやおや、大分頑張ってくれたみたいね。

さっきより山が低くなっているわ。」

スエーロさんはすっかりつかれた顔でごみ処理場に戻ってきた。きっと今ごろ工場は、いくら拡張プログラムでリサイクルをしているとしても追いつかない状態なのだろう。工場には、工場の従業員もいるから、人はたくさんいるのだろうが、彼らの健康状態も悪くなりかねない。

「さて、あなたたちはそろそろ上がったほうがいいわ。あまりここにいても悪夢の毒素にやられかねないわ。私みたいに、ごみ処理場の近くで育ってると、毒素にはやられずに

済むんだけどね…。」

そういうふうに笑うスエーロさんを私はじっと見つめた。

「スエーロさん。もう少しまってください。どうしても私たち、探さなきゃいけない夢があって。」

私の言葉に、スエーロさんはニヤッと笑う。

「あなた、いいドリームリサイクル人間になれるわね。私がこのリサイクル工場を立てたのもね、なくしてしまった夢を探したい人をどうしても救いたかったからなの。人間はみんな

なくしたと思ってしまった夢を、実は死ぬまでずっと探し続ける。でも人生が終わりに近づいたとき、やっとこさその夢を思い出せるの。それってもったいないじゃない。本当はみんな、夢を捨てずに一つずつかなえて生きていければ、この世界で笑顔におはようって言える人は、もっと増えるのにね。」

スエーロさんも闇沢の夢を探すのを手伝ってくれた。こんなことをしているのは時間の無駄化もしれない。でも私はそれを無駄とは言わない。遠回りと言いたいのだ。

「なんだ、この夢。形が崩壊しかかってるぞ。」

小原が見つけた夢は、もはや砂のように脆くなって、少し手で触ってしまったら崩れてしまいそうな夢だった。私は崩さない洋に、その夢にミラーをかざしてみた。

本当にその人が大切にしている夢っていうのは、実はそれを強く握りしめすぎて脆くなっているものなのかもしれない。

医者である闇沢の父は、医者であるだけでなく、根っからの本好きだった。父の書斎には大量の本が積まれていて、病院が休みの日や、少し時間ができたときは、書斎に子もって本を読んでいることが多かったようだ。

「ねえ、パパ。その御本には何が書いてあるの?」

幼いころの闇沢少年は、父の持っている本に指を這わせたり、本を手でたたいてみたりしてその本の感触を確かめながら、父に聞いたものである。父は笑いながら答える。

「これは化学の本だよ。ずっと昔に、科学者が書いた本で、今パパも響も使っているたくさんのものを開発したり発見したりした科学者のお持参やおばさんが書いた本なんだ。」

「面白いの?」

「そりゃそうだとも。」

父の言葉は闇沢少年の心を奮い立たせた。ページを一つずつ開いてみて、書いてある言葉も文字もまるで魔法みたいに見える。そしてそれは、夢の世界に向かうための扉のようだった。

父が仕事をしていて、自分が暇なとき、闇沢少年は本のうえに指を充てて、その本の重さを確かめたり、本のページをめくって、匂いを嗅いだりしたものだった。でもそのうち、やふぁり本が読みたくなって、自分で頑張って読もうとする。

「響は本当に本が好きなんだな。それならその本をいくつか、響に

あげよう。」

まだ小さかった闇沢少年に、父はそう言ってくれた。

本を読むことで闇沢少年の夢は膨らんでいく。本に書かれたまだ証明されていない式を自分が証明してみたい。まだ発見されていないとされている物質を自分が発見したい。

恐竜の化石を掘り出してみたい。

人間が誕生した理由を知りたい。地球がいつ滅亡するのかを知りたい。夢を数え上げてもきりがない。彼の中でたまっている夢は、いつの間にか彼の勉強というものに火を付けていく。

しかし、世間というものは、現実と言うものは、闇沢にその難しさを突き付けていく。いくら勉強をしても、自分の中で膨らむ夢の一つも二つもかないそうにない。いつになったら自分の夢がかなうの化さっぱりだ。あきらめるなとよく言われるが、スポーツや音楽と違って、科学や数学は諦めどころが肝心なような気もする。証明しようとしてもうまく証明できないものだってあるのだから。

夢をかなえてやろうとすればするほど、目の前の現実が肉薄してきて、自分の脆さを思い知らせる。こんな恐ろしくて苦しいことを、僕は永遠に続けなければいけないんだろうか。

そう思った闇沢が選んだ手段と言うのは、自分が現実に服従するという手段だ。現実に服従するためには、夢を否定し、夢を捨てなければいけない。誰だって、いつだってそうだ。何か新しいことを始めたり、何かやめようと思ったときには、残っている古いものを捨てるのが一番楽で一番効率的だ。

だから、持っていた夢を掃除するように、どんどん捨てていく。捨てるときには足で夢を踏み潰すことも忘れなかった。だけど…。

一番肝心な夢だけは、なかなか捨てることができなかった。

どうしても科学者になるという夢だけは諦めたくない。潰したくない。現実がどれだけその夢を否定しても、やっぱり自分にはこの現実しか残されていないと。

でも結局のところ、闇沢は気づいてしまう。実は自分はただ夢を潰して生きているだけで、夢をみることなんかできないんだと。

崩れかけの科学者になるという夢を、ある日どこか遠くへ投げるようにして夢から覚めた。すっきりした気分になる。

自分が描いていた科学者の夢を捨て去って、現実に立脚した科学者の夢しか見ない。夢は大きく持てなんて迷信は信じない。これで十分だ。もう僕は…。

崩れかかった夢が、もしどこかで生きていたとしても、闇沢はそれを放任した。その権利を放棄した。これから自分はただ現実だけをみて生きるんだ。だからひたすらごみを捨てて、そのごみのおく不覚に、自分の夢を隠すようにしていった。

そして今、私は彼のしにかけた夢をなんとか探し充てることができたようだ。その夢は崩れそうになっているけれど、きっとまだ腐敗もしていない。今ならきっとリサイクルできる。

「見つけたわね、彼の夢。」

スエーロさんは、崩れかかった彼の夢を入れると、大事そうにどこかにしまいこんだ。

「さあ、今度こそ君たちの仕事は終わりだ。あとは気をつけて帰るのよ。やつらがどういう攻撃をしかけてくるかわからないんだから。」

スエーロさんの言うことはもっともだったので、私たちは改めて気を引き締めてラボへ帰ることにした。

だが、帰る前に小原は突然変なことを言いだした。

「この夢、後でリサイクル工場に送るからさ。一瞬俺が持っててもいいか?スエーロさん。」

その夢というのは、夢の片付けをしているときに、小原が自分で見つけた自分のかつてのヒーローの夢だった。

スエーロさんは、その夢をちょっとみてから、少し不安げに何か考えていたようだったが、「まあ多分、くさってないと思うし、よしとしましょう。でも一晩経ったらすぐに工場へ搬入しないと、きっとくさってしまうからね。」

スエーロさんの忠告をまじめに聞いたのかいないのかわからないが、小原は喜んでその夢を棒呉服のポケットにしまい直す。

私たちはゴミ処理場の外に出た。タンクは大忙しで回り続けている。さっきよりも、ゴミが積みあがるスピードがやっぱり上がっている。タンクは大忙しでその夢たちを、分別することなくどんどん廃棄し、工場へ運んでいく。爆発する気配はない。

夢の形は人それぞれで、それをみんなが捨てようと思う理由だっていろいろある。でもやっぱり、夢食い虫を使っていい夢が襲われる結果として、人々はいい夢を捨てることを決意したという説が一番有力になりつつある。

「しかし、あんなにごみがたくさんあるなんてびっくりだな。」

ラボに帰る道すがら、小原が楽しそうに話し掛けてきた。

「そうだね。めちゃくちゃ汚いところではあったけど、あそこにみんなの捨てた夢があるんだって思うと、なんかおもしろいね。」

「そうだな。しかし、あんなガキの頃におれがみた夢が、あんなところに捨てられてたなんてな。ゴミ処理場の仕事も案外他のしかったぜ。」

笑っている小原の顔が、そのときだけはなんだか少し遠くにあるように感じた。

「なあ、夢水。」

小原は突然、立ちどまる。私も彼に合わせるようにして、そこで立ちどまってみる。

小原は突然、立ちどまる。私も彼に合わせるようにして、そこで立ちどまってみる。

「どうしたの?」

「俺さ、今までたくさん夢を捨ててきたし、かなわないと思った夢はたくさん潰してきたし、やりたかったことをたくさん犠牲にして生きてきた。生きるってのは、何かを犠牲にすることだってわかってる。でも…。」

彼が突然何を言い出すのか私には検討がついているようでついていなかった。

「でも俺には犠牲にできないものがある。というか、犠牲に支度ない

夢がある。」

「何よ、それ。ヒーローになる夢じゃないの?」

「それはそうなんだけど。ヒーローになることと同じぐらい、俺がどうしても犠牲にできないというか…。つまり。」

小原は不器用だけれど、自分の感情を物怖じせずにいうタイプの人間だ。こんな

ふうにどもったり行き詰まったりはしないで、勢いよく言いたいことを言うのだ。こんな小原をみたくないとは言わないが、きっと彼は何かただならぬことを、私に告げようとしている。でも私にはなぜか、そのただならぬことというものの意味が少しわかっているような気もしたのだ。

「もし俺がヒーローになったら、おれと付き合ってくれないか?」

私が予想していた転回になったはずなのに、どうしてか私の脈拍数だけがどんどん早くなっていく。頭の中の景色だけがくるくると回転していく。

私は小原が好きだった。だから闇沢が好きな夢をみた。でも小原は私を遠ざけた。そのはずだったのにッ。

「本当は今すぐおまえをてに入れたい。ヒーローになってもなれなくても、俺はおまえがほしい。だっておまえは…おまえだけが、あのどうしようもない

世界で、馬鹿みたいに、まじになって夢を信じてたんだから。おまえは俺の夢なんだ。おまえは俺の希望なんだ。だから…!」

「馬鹿!馬鹿!大場か!」

こんな転回があっていいはずがない。恋を夢の世界に重ねあわせたりしたらいい

結果が生まれるはずがない。恋は夢をむしばんで、恐ろしい悪夢になって私たちを襲ってくる。そしたらもう後戻りはできない。ナナオさんがそうなったのと同じことに巻き込まれてしまう。彼は本当にそうなってもいいのだろうか。私なんかを好きになって。私なんかを自分の夢や希望にしてしまって。

「あんたは馬鹿だよ。どうして私なんか好きになるの?どうして私を夢や希望に

しようとするの?私はそんなにできる人間じゃない。私はあんたの夢になんかなれっこない。私のいる世界はいつも暗くて、いつも恐ろしくて、いつもゆがんでいる。私のいる世界を、あなたは本当に愛せるの?」

「おまえがいる世界しか、俺は愛せない!おまえがいる世界でしか

俺はヒーローになれない!」

小原の目は本気だった。それはここが夢の世界だからでも現実の世界だからでもない。きっと小原が今みている世界は、私だけがいる世界なのだ。

「じゃあどうしてあなたは、私の告白を断ったの?」

小原にはあまりしたくない質問だった。その質問は彼を苦しめることにもなるし、自分が被害者みたいになってしまうからだ。

でも小原はまっすぐに、私だけがいる世界をみて答えてくれた。空は青く、山は静かで、どことなくゆがんだこの世界を見ながら。

「自分の夢や希望を手に入れてしまったら、世界が終わるような気がしたんだ。だから俺は、おまえを受け入れられなかった。まだおまえを好きでいる自分のままでいたかったんだ。でももう我慢できない。あきらめられない。やっぱり俺は自分に嘘をついて、夢を手放したり捨てたりできない。だからそうなる前に夢を手に入れたかった。頼む、俺と、俺と…。」

小原は何も言わずに走り出してしまった。もう私なんか振り返っていなかった。そんなふうに突然走り出したのには、どういう意図が隠されていたんだろう。遠くに見えなくなるその大きな背中が、まるで私の手からこぼれ落ちぬ小さな夢みたいに見えて、私も彼を追いかける。夢は逃げないとよく言われる。でも夢だって遠くに消えてしまうことがある。そいつをどれだけの速度で、どれだけの力で追いかけられるか。それが勝負なような気もする。

私がラボに帰ったときには、小原は布団に横になって携帯をいじっている。ミアさんはかごに張り付いている。ユメキは不安そうに何かを考えているようだった。いつもと同じ日常がそこに広がっていた。さっきの変な告白や、ゴミ処理場で拾い上げた夢のことなんかなかったみたいに、そこに広がる日常は、とてもありきたりで、とてもどうでもよくて、でもとても美しかった。

小原はいつもよりも饒舌になってゴミ処理場の話を、主に正夢さんに対してしていた。正夢さんはそれをうんうんとうなずきながら聞いている。

「なるほどね。僕は現実世界の体上、ゴミ処理場で仕事はできないからさ。そういう話を聞くとわくわくするよ。」

「でしょでしょ?なんか部屋の片付けをしてるみたいだった。もちろんそんな悠長なことばっか言ってらんないのは事実なんだけどね。でも、ほんと、なんかわくわくしたんだ。」

「おまえ、あんまり拾った夢を放置するとくさるぞ。ちゃんと自分の夢だって確認したんなら、とっととリサイクル工場に持っていけよ。」

ユメキが不満そうに小原に言う。ユメキがそんなことをいうのは、小原に気を使ったからということだけではなく、ヒーローになりたいという同じ夢をともにしたライバルへの皮肉だったのかもしれない。でも小原はそんなことに気づいてかそうでないのかは知らないが、「人版ぐらいおれの大事な夢と一緒に過ごさせてくれよ。」なんて笑っている。

私は小原に、その存在すら気づかれたくなくて、ただ黙ってその様子をみるしかなかった。どうして小原が走り出してしまったのか、それすら理解できない。そんなふうに夢を置き去りにして走る小原の姿は、おろかにも見えたが孤独にも見えた。

「アスナちゃんはどう思った?ゴミ処理場に行って。」

さっきから黙っている私に気を使うみたいに、ユメキが私に聞いてきた。私はその答えなんか用意してなくて、急いで頭の中で、嘘だろうと本当だろうと、その答えを作った。

「かなり重労働でつかれちゃった。だからちょっと休みたいかも。」

それは本心から出た答えだった。ゴミ処理場の仕事は、捨てられた夢を扱う仕事だからしょうがないのかもしれない。それにしても、今までの夢売りの仕事の中で一番つかれたのは事実だ。それも、最後に余計に私を疲れさせるおまけまでついてきたんだから、つかれないわけがない。それなのに、彼はやさしく笑ってこう言うのだ。

「だらしないぞ、夢水。こんなことで疲れてちゃ、これからきっともっと夢の世界を揺るがす大事件に遭遇したときにやばいぞ。」

「えらい、現実的根、あなた。」

かごに少しだけ残された夢食い虫たちの世話をしながらミアさんがつぶやく。

「当然だ。おれは夢の世界を守るヒーローになるんだから。」

小原はまだその夢を思い続けているし、それを人の前で言うことをプライドの保持に使っている。それを否定することはできない。でもそこで私は心の中ですねてやるのだ。

「あんたがヒーローになれる世界は、どうせ私がいる世界なんだよ。」と。

それから一晩も、私は最近のそれと同じように夢の世界で過ごした。ラボの奥にある布団を引いて眠る。みんなはそれぞれの夢の世界に沈み込むようにして眠り続ける。

その日の朝、私が起きると、ユメキと小原の姿がなかった。私が少し寝坊してしまったせいもあるのだろう。

ラボの冷蔵庫に残っている朝ご飯を食べて、ふと窓をあけると、二人の少年が

バットとグローブと硬球を持って立っているのが見えた。

「ああ、あの二人ね、なんか小原が誘って、今から野球もどきをするらしいよ。どっちがヒーローにふさわしいかだってさ。」

ミアさんが、笑顔で、でも少し軽蔑するような気持ちの混ざった笑顔で窓の外を眺めている。

私はおもわずラボを飛び出して、物影から二人を眺めていた。肩を並べている二人の姿はりりしく、どちらが強いヒーローになれるかなんか、お姫様にしか興味のなかった私にはあずかり知らぬことのように思える。

二人はボールを追いかけながら何かを話している。その声が途切れ途切れに、でも何かの形を持って聞こえてくる。

「…好きならそういえばいいだろ?なんで逃げてきたんだよ。」

「…俺はやっぱり弱いのかもしれない。」

「そういうやつはヒーローにはなれない…。」

「恋愛とそれは別だ…。」

「どうだかな?自分にも勝てないやつが、ヒーローなんかになれるのかな…?」

どこまでも広がる夢の世界を、二人はまるで限界なんか知らない、まだ常識も法律も現実も頭の中に少ししかない幼い日の子供のように走り続ける。子供たちは限界を知らない。大人になるということは限界を知るということだ。いつまで走ろうとどこまで走ろうと、子供たちには関係内。彼らが頭の中に持っているのは、まだ捨てられることなど何も知らない、純粋で無傷で何の罪もない夢という原動力だ。そして、子供とは言えない彼らの体の中にも、その夢というやつが耐えずに息づいている彼らは、今もあんなふうに走り続けている。

「俺はさ、こんなヒーローになりたかったんだ。」

ユメキがそう叫んだとき、バットが高い快音を響かせる。どっちが投げて、どっちが打ったボールなのかを判断できるほど、私は彼らのことをじっと見つめることはできなかった。でもその快音は、球を遠くに飛ばし、夢の軌道を描くように富んでいく。

「ヘッドスライディング!」

走りぬけるユメキと球を追いかける小原。二人はどちらも強い。二人にとってヒーローになることというのは、ウルトラマンになりたいとおもちゃをねだる子供や、案パンマンになりたいと案パンだけを求めてパンやさんに買いに来る子供、スパイダーマンになりたいと雲をつかまえようと必死になる子供たちとほぼ同じ気持ちだった。だから必死で球を打って、だから必死で球を追いかける。その気持ちを私たちは忘れてはいけない。

「かっこいいな…。第好きだな…。」

心の中に芽生えた恋の悪夢が、また私にそっと顔を出す。でもやっぱり言えない。やっぱりこの夢は私だけの…。

そのときだ。突然床が大きく揺れた。地震でも起きたのだろうか。私があわてて視線を小原やユメキたちのほうに向けたが、すでに事態は急変していた。

球を追いかけていたはずの小原が、地面に倒れ、もだえ苦しみ始めたのである。

「おい、小原。なんだよ、ヒーローごっこの続きか?そんな顔しなくても球はちゃんと拾ってやっただろ?ほら、起きろよ。な、ヒーローごっこならまたいつでも付き合ってやるからさ。おい、小原、おい、ヒーロー。」

私は二人にかけよった。ユメキは今まで以上に焦っていた。小原の脈を確認し、胸やほほやおでこに手を充てて状況を把握しようとしていた。小原の息遣いは荒かった。まだ命の残る温かい息をはきながら、頭の中から出てるみたいな悲しそうで絶叫にも似た変な声でなき続けている。

「やめてくれ…!俺はいやだ…!苦しい!アスナ、助けてくれ!俺は…俺の夢は…!」

彼は悪夢に体をむしばまれていた。

彼がポケットの中にしまっていた夢はきっと腐敗していたのだ。形こそ崩れていないが、きっと捨てられて時間がかなり立っていた性なのかわからないが、完全に悪夢の侵食率が高くなっていたのだろう。もしくは、あのごみ処理場に、新しく改良された夢食い虫が散布されていて、それが気づかないうちに体をむしばんでいたのかもしれない。

私とユメキはラボに彼を運んだ。野球棒をかぶって

球を追いかけ、グローブを手に持っている彼の姿は、もう跡形もなく消えて、今はただ、悪夢の意識の中にいるようだった。

小原の苦しむ顔をみながら、私は闇沢がどうしてゴミ処理場であんな顔をしたのかを思った。

人は夢を捨てたくて捨てているわけではない。気づけばその夢を捨ててしまっている。でも自分の捨てた夢が見つかると、まるで子供の頃そうしたように、手放しで自分の夢をみんなに自慢したり、見つかった夢に酔いしれて現実を見失ったりする。人間はそう言うふうにできている。だから闇沢は、まるで無心になって夢を捨てて、夢を盗んでいるみたいなことを言っていたが、あんな顔をしていたんだ。だから私も闇沢を一概に攻め立てることができなかった。彼はただ夢を盗んだり捨てたりしているだけじゃない。そうやって夢泥棒になったつもりでいても、ずっと自分が捨てたはずの夢を探し続けている。つまり彼はずっと、自分の夢に嘘をつき続けていただけなのだ。自分に嘘をつくのがうまくなってしまった瞬間、人はいつだって泥棒になれる。なぜなら、自分が気づかないうちに、悪人になってしまうのだから。

ゴミ処理場に落ちているたくさんの夢は、そんな人たちが自分に嘘をついて、そっぽを向いてあきらめたり、夜眠っていてみてしまった夢のかけらが捨てられた最悪な場所なのだ。うそつきは簡単にごみを捨てて、そいつをみてみぬ不利をして前に進んでいく。

強くならなければいけない。正直にならなければいけない。明日も自分の

正直な気持ちで、正直な声で「おはよう」と笑える日が来るのだろうか。正直に夢を受け入れられる日はくるのだろうか。ゴミなんか捨てないで、自分なんか殺さずに生きていける日はくるんだろうか。

私がそんなことを思っているうちに、小原はまた悪夢に落ちていく。ヒーローに嘘をつかせてはいけない。ヒーローに夢を捨てさせてはいけない。ヒーローは、愛と勇気だけが友達だとしても、愛と夢と平和をそんな人でなくてはいけないはずだ。口の中で甘い味を提供してくれたガムを、道端に何の惜しげもなく吐き捨てる人を注意してやれる存在が、ヒーローと言う夢売りの存在だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る