犯罪者と泥棒
4 犯罪者と泥棒
その日の朝はいつになく奇妙だった。上っている朝日がいつもよりまぶしく見えて、いろいろなものがゆがんで見えたせいもあるかもしれない。ところが、そういう問題ではない奇妙さもあった。私が学校に向かおうと、ふと自分とスズナの部屋に戻ったとき、彼女はまだ気持ちよさそうに眠っていた。もうすぐ起きなければいけない時間だというのに、彼女は浅い眠りどころか、完ぺきに深い眠りに陥っているような顔をしていた。よほど疲れているのか、もしくは私の売りつけた家族旅行の夢に満足してすっかり朝起きることを拒絶しようというのか、彼女の寝顔は優しかった。彼女の寝顔を見ていると、このまま朝が来ないと化思わせてくれそうだった。もう朝日は上っているし、テレビのニュースは朝を伝えているし、時計はなりふりかまわずに時間を勧めているけれど、きっと彼女意識中に、まだ朝日は上っていないのだろう。それならそれでいい。
彼女の中にまだ朝が来ないならそれでいいような気もする。
夢が覚めると、朝は黙ってしのびよってくる。スズナはそれを一番よくわかっているくせに、いまだに夢の世界から目覚めることを拒んでいる。なぜだろうか。世界が終わる予兆だろうか。
そう思いながら、私はそっとカギを占めて新呼吸をする。
夏の雲が少しずつ姿を変えて、空は秋の朝と思わせるような涼しい風を吹かせている。そんな穏やかな朝であっても、それがたとえ台風の朝であっても、私が朝を思う気持ちは変わらない。朝なんて来ないでほしい。なぜなら、朝が来たら私に行くべき場所ができるのだから。
人の匂いのする世界は、今日も変な音を立てながら線路を進む。そいつを降りて学校に向かえば、ちょっとは非現実的なことが起こっていてほしい。そ思ったら本当に起こっていた、みたいな話は、案外突然転がってく
る。
学級閉鎖かと思われるほど、教室にいる生徒の数が少ない。おそらく半分近い生徒が登校していない。その中には小原も含まれていた。そして、昨日私を笑いものにして枕を奪おうとしたやつらが含まれていた。だが私がその共通項を見つけ出すことはなかなかかなわなかった。自らそれを避けていたのだ。
隣に坐っていた闇沢は、もうこの異様な状況を察知しているのか、出席している何人化の生徒に、何か最近病気が流行っていたかどうかとか、何か事件でもあったのかを尋ねている。
先生は、「今日は欠席者が多いですね。」と、さも対したことでもないかのように話した。
ホームルームが終わったあと、闇沢は私に言った。
「夢水。おまえ、何か知らないか?この異常な事態の招待を。」
私は、いやに興奮している闇沢のことを、今日は少し軽蔑した。その興奮の仕方というのは、なにか喜びに満ちたものではなく、どちらかといえば怒りや恐れによるものであろう。
だから私はあえて冷静に、そしてあえて冷酷にふるまった。そのほうが自分を守るにはちょうどよかったし、事実私はそう思っているからだ。
「きっと…みんな学校なんか行きたくなくなったんだよ。うちみたいに。」
「おまえ…冗談でもそんなこと言うなよ。」
その声は、怒りというより恐れが強かったせいで、どなり越えにはならなかったようだ。私もそれ以上闇沢と喧嘩をするつもりはなかったし、そもそもこれがなぜ引き起こされたのか気になり始めていた。
放課後が来るまで、私は念のために夢売りとしての営業活動を自粛した。クラスの雰囲気が明らかに暗かったし、そんなときに、「いい夢みてね。」なんて言いながら枕を使わせることは不謹慎だと、一応現実を見た私はそう思ったのだ。
それに、闇沢は落ち着かない様子でいろいろと調べている。こんなにも殺気だっている闇沢は初めてみた。いつも彼は冷静だし、仮にこういうことが起きても(たとえばちょっとした地震が学校にいるとき起きたり、雨が激しくなって学校から帰れなくなったりしたとき)は、一番冷静に行動して回りに流されることはなかったのだ。しかし今日の彼は明らかにに様子が変だった。
そういうのもあって、私はあまり営業をする気にはなれなかった。今日夢の世界に戻って
夢ラボに出勤したら、「学校の欠席が多くて思うように営業できなかった。」といえば起こられることはないだろう。
それぐらいの軽い気持ちでいた。こういうふうに、楽観的に考えることは悪いことではないのかもしれない。しかし、私はいつもそうしている。その理由は…。
「夢水さん、闇沢君、ちょっといいかしら?」
放課後、とっととこの状況の悪い現実世界、というか学校から離れてやろうと思って、帰り支度をしていた私の耳に、今一番効きたくない声が聞こえた。なぜこんな日に限って私は彼女に呼び出されなければいけないのだろう。しかも闇沢も含めて。
守谷唯華は、私と闇沢を狭い部屋につれていった。そこがどこなのか、私は知っていた。よく、生徒会長だったころの今守先輩にも呼び出されたことがあったからだ。つまりそこは生徒会質だった。
「さて、あなた方にまず効いておきたいのだけれど。」
守谷は落ち着き払った声で話を始めた。
「今日、あなた方のクラスで大量の生徒が欠席していることについて
いったいどう思っているのかしら。」
なぜそれについてこの女が興味を持つのか、私はそっちのほうが気になった。基本的にこの女は、そういう他人事には関心を示さないものだと勝手に思っていたからだ。
もちろんその話に関心を示したのは闇澤だった。
「おれは…何か事件でも起きたのかと思ってる。でもわからない。何を調べても事件は起きていないし、災害だって。」
闇沢は、不安そうに守谷を見つめる。守谷は何かを確信したように笑う。
「闇沢クン。あなたの考えは正しい。でもね、当然なのよ。いくら調べても事件や災害について出てこないのは。」
「え?」
「彼らは、警察や目撃者、メディアなんかがみつけることなく殺されたのよ。」
「殺された?」
「ええ。あなた方のお友達である小原ハナキ君も殺された環。私はきちんと彼の家に行って確認したから。」
殺された…!という突然の転回には、さすがの私も正気を失いそうになった。大量の生徒が学校をボイコットした、みたいな話が大筋だろうと思っていたのに、突然恐ろしい殺人なり、心中が実行されたなんていう話は、私の計算の外側の話だった。
「なんであんたがそんなことわかるの?しかも、殺された子の家に行くなんて…。」
「当然よね。」
私の質問に、守谷はまるで1+4みたいな愚問に答えるみたいな顔で答えた。
「誰に殺されたか、あなた方は知らないようだからはっきり言っておくわ。彼らを殺したのはそこにいる、お姫さまを目指す女…。そう、あなたよ。」
まるで、探偵ドラマの一幕のように、守谷は大きく手を挙げて、そして私を見据える。さほど美しくもない、けれど刃みたいな鋭い瞳で。
別にこんな瞳に見つめられて怖いなんて思ったことはない。けれど、私にはわからなかった。なぜ彼女がそこまでして私を嫌うのか。なぜ彼女が、私を殺人鬼にしようとするほど私を憎く思うのか。
「どういうこと?」
「あら、あなた、自覚がないまま人を殺していたの。残念な殺人鬼ね。私はやさしいから教えてあげるわ。あなた、最近夢売りの仕事を始めたでしょ。ろくでもない夢を描いておいて
今度はそんな危険な仕事に手を出すとは、よっぽど病んでいるようだけど。」
彼女はどこまでも私の心をえぐり続けた。私が反論しようとする暇もなかった。というより、私は彼女が夢売りの仕事を知っていて、そしてその仕事が殺し屋の仕事だと完全に思い込んでいるらしいことに驚いた。
「私の兄も少し前あなたと同じ夢売りをしていたわ。そしていろいろな人に夢を売った。しかし夢を買った人たちは、夢の感想を言うことなく、この世を去って言ったわ。兄は悲しみ、夢売りをやめようとしたけれど、なにものかに命を奪われた。つまり、夢売りは本当に殺し屋なのよ。金を出して見たい夢を見せる代わりに、その人を殺していく。夢と言う呪いでもってね。人生最後の贅沢として、夢を見せるの。本人がかなえたい夢、みたい夢を根。
兄の死で私はそれをなぜか確信した。つまり私は、あなたを含めた夢売りの被害者というわけ。まああなたも、自分の妹さんや友達を殺されたのだから被害者といってもいいのかもしれないけど
自分で気づかず殺しちゃったんだから、それはもう加害者よね。」
私は彼女の話は正しいと開き直っていた。なぜなら彼女は、この事件が起こる以前から、夢と言うものをとことんまで嫌っている女だった。だからあんなふうに、私が進路調査票に書いたことをばかにしたのだ。だから、夢売りを殺し屋と定義する彼女の意識は理解できる。
しかし、理解することと賛同することとは違う。明らかに彼女の考える夢売りの姿というのは、実際の姿よりずっと黒くて、悪意に満ちた存在になり下がっている。そんなはずはなかった。働いている人たちはみんな変だけれど、彼らは夢の価値をずっと信じ続けている。そんな彼らがあくにまみれた殺人鬼なわけがない。きっとこれは彼女が作ったニセのシナリオだ。でもそんなふうに彼女に罪を着せることは、彼女が私にしているのと同じような気もして、いったいどこから彼女の説を潰してやろうかと、私は必死で考えることになった。
とどのつまり、私はまったくこの県について反省する気もないし、自分が悪いとは思っていなかった。ただ一つだけ、私の心配の種は、彼女の説が本当だとしたら、スズナはもう目を覚まさない…。
「あなたの言いたいことはわかったわ。」
私はなるべく冷静に話を進めた。
「じゃあ、私が人を殺した証拠を見せてよ。」
「おまえ…ハナキを殺しておいてよくそんな言い方を…!」
闇沢の大きな目が私をとらえる。でも今の私にそんなものは怖くなかった。別に自分の仕事を正当化したかったからではない。ここまで夢を否定されても、私は夢と言うものを守りたいと思ったのだ。
「わかったわ。」
彼女はいやに冷静に、私の挑戦状を承諾した。
「あなたが殺したという証拠にはならないけれど、夢売りが殺人鬼であるという証拠を見せてあげることはできるわ。ついてきなさい、二人とも。」
私は、このなぞのシナリオを作り出した守谷についていく形で、学校近くのバス停からバスに乗車し、彼女の指定するバス停で降りた。
そこは、「大学病院」というバス停で、確かにそこには国立大学の大学の医学部の付属病院がある。私は世話になったことがないけれど、私たちの街で一番大きくて信頼のある医療が受けられる場所と言えば確かにこの病院になるのだろう。ここに私たちをつれてきたということは、ここに、夢売りが殺人鬼である証拠が転がっているというのだろうか。まさか、医者を使ってそれを証明しようというのだろうか。
受付を通り過ぎて、エレベーターに向かっていると、向こうから一人の男性が歩いてきた。
「父さん。」
真っ先にそれに反応したのは闇沢だった。確かに彼の父親が医者であるという話は聞いたことがあった。確か、母親もどこかで看護士をしているらしい。
「響。どうしたんだ?」
「闇沢先生。守谷です。面会、よろしいですか?」
守谷は、まるで闇沢医師と昔からの知り合いであるかのように、なれなれしく「闇沢先生」とよんでいた。闇沢医師のほうも、それを聞くと、子との成り行きを察したのか、「わかった。今朝目覚めたところだよ。君のお兄さんは。」と優しく言った。
「両親からうかがっています。あの…後遺症のほうは。」
「はっきりとしたことはまだ言えない。だが、会ってもらえばわかると思う。身体的な異常は特に見られないから。」
私たちは、闇沢医師、元井闇沢の父親につれられて、話の成り行きから察するに、守谷唯華の兄が入院している病棟へ向かった。どうやら彼が入院しているのは脳外科らしい。
病棟のドアがゆっくりとあけられた。
「司くん、お客さんだよ。」
闇沢医師は、守谷司のベッドに向かって声をかけた。彼のベッドの隣には
60代ぐらいの年齢のお爺さんと、30台ぐらいの年齢の男の人が眠っている。
守谷司は少し目を開いた。
「君は誰だ…。」
司は、唯華を見つめながらそう言った。私は耳を疑った。彼は自分の妹の顔を覚えていなかったのだ。
「お兄様…!私です、唯華です!やっとお目覚めになられたのですね…!よかった…!」
司はしばらくいったい何が起こったのか把握できないように、自分の記憶を整理しながら、守谷唯華という人間の存在を認識しようとしていた。
「唯華…。来てくれたのか。いい妹を持てて、僕は幸せだ。」
「当然です。私は、守谷司の妹ですから。そもそも、兄上のお目覚めに立ち会えなかった私に責任があります。」
「ありがとう、唯華。」
司はそう言うとまた目を閉じてしまった。
「父さん。これはどういうこと?」
関心を示して最初に質問をしたのは闇沢だった。
「彼は…1年間悪夢にうなされ続けた。そして、昨日やっと回復した。なぜ彼が1年も悪夢にうなされることになったのかは、現在の医学では証明できない。ただどんな処置を講じても、彼がうなされる症状は回復しなかったんだ。それが突然昨日の夜だ。うなされていた彼の意識レベルが低下した。一瞬我々は彼の死を覚悟した。しかし、体温や血液の流れは正常なままだった。朝になって見ると彼は目をさました。」
「悪夢にうなされ続ける…!そんな現実離れしたことが起きたのか?」
「そうだ。その現象は、医学敵というべきか、現実的にはパラノイアとかなんとかと呼ぶのだろうが、彼はパラノイアよりもひどかった。なぜなら、体を動かすことができなかったのだから。
そして彼の後遺症は、先ほど唯華君が示してくれたように、意識障害と記憶障害だ。彼は唯華君の心は思い出せたかもしれないが、おそらく目覚める前の記憶は部分的にしか残っていない。そして意識を正常に保つことも難しくなっている。」
闇沢医師が一通り説明をしたとき、突然布団が揺れた。司が寝返りを打ったのである。寝返りを鬱どころではなく、彼は起き上がった。そしてまっすぐ私を見た。
「昨日、僕のあくむに入り込んだのは貴様だな。」
またわけのわからない言いがかりを突き付けられて困るのはこちらである。さっきの殺人鬼呼ばわりはまだ唯華の論理に言いまかされていればよかったが、今度はそういうわけにはいかない。
「知りません…!」
「とぼけるな!!」
彼は、机のうえにおかれているコップを投げた。中に入っている水が床にこぼれる。
「お兄様…!」
唯華が彼を抑えようとしたが無駄だった。
「どういうつもりだ!おまえはあの殺人鬼どもの手先なのだろう。それなのになぜ俺の夢に入り込み、あの外注を使って俺の悪夢を食ったのだ。」
「どうしてあなたまで私を殺人鬼呼ばわりするんですか?あたしはただ…みんながいい夢を見られるように、夢を売っていただけなのに!」
「それが殺人だからだ!おまえと、そしておまえの仲間のせいで、何人の人間が死んだのか、おまえは知っているのか。何人もの人間が俺のように、目を覚まさないまま夢の世界に閉じ込められてしまったか知っているのか。おまえは知らないのかもしれないが、俺はおまえの仲間に殺されてこの体になった。まだおまえが新人の殺人鬼だと言うならば忠告してやる。その仕事をやめ、自分の犯した罪について食い改めるんだ。昔の…俺のように…!」
そう言うと、守谷司はばったりとベッドに倒れこんだ。域が苦しくなったのか腹を抑えてもだえ苦しみ始めた。
「まずい!君ら、外に出てくれ!」
闇沢医師は、待機させていた助手の医者や看護士を呼び寄せ、処置に入った。私たち面会客は外に追い出された。
「昨日、兄は何らかの理由で生き返った。でもそれまでの兄は確かに殺されていた。今の話で、いくら低脳名あなたでもわかったでしょうけど。夢水さん、もし本当に現実世界に復帰する気があるのなら、その殺人行為をやめることね。そしてまずは警察に出頭して、ちゃんと現実をみるべきだわ。」
私が病院をかけ出して、家に戻ろうとしたとき、その背中に「この人殺しが!」と叫んだのは、その人殺しと少し前まで友達を演じていた闇沢だった。
私は自分に言い聞かせる。あのシナリオには何か欠陥がある。もし欠陥がないとしても、絶対に何かが間違っている。夢が人を殺すなんてありえない。夢には人を殺す刃も独も力も持っていない。人を笑顔にさせたり、人を前向きにさせたりする力があっても、人の魂を吸い取ったり
人を閉じ込めたりする地からなんか本当はないはずだ。きっと唯華の兄が殺されたのは、悪夢の処理がうまくいっていなかったからで…。
私がこんなに焦っている理由は一つしかなかった。
家に帰って私が最初にしたことは、スズナをたたき起こすことだった。
予想通り、スズナは朝と同じ体制のまま、同じ顔のまま眠っている。何やら楽しそうなことを考えているのか、その寝顔はとても笑顔だった。そんな笑顔の彼女をたたき起こすというのは、とても残酷なことかもしれない。しかし、もし彼女がこのまま夢の中で眠り続けるとしたら、夢の世界に閉じこもったまま苦しんで、病院送りになってしまいかねない。そんなことをしたら、きっと母親は私を一勝かけても許さないだろう。私には、姉として妹に謝る義務がある。そして妹を現実世界に戻す義務がある。
「スズナ!起きて!ねえ、朝だよ!っていうか、朝なんかとっくにすぎてもう夜だよ!ねえ、どうしてそんなに笑ってるの?旅行から帰ってきてよ!夢から覚めてよ!ねえ、一生のお願い!戻ってきて!ねえ、スズナ!」
涙が止まらなかった。スズナをたたいた。スズナをけった。スズナをくすぐった。枕をどかしたりもした。それでもスズナは目覚めなかった。
夜眠るのが怖かった。私は夜眠ったら、この現実世界では悪魔とか殺人鬼とかそういう仕事をする人間になるなんて考えたくない。よく考えてみると、あの夢売りの契約書というのも夢の世界に置いてきてしまっているから、いまさらサインを取り消そうとしたって、夢の世界に行くしかない。とはいえきっと夢ラボに入れば、何かしらの仕事をまかされる。そもそもあの人たちと顔を合わせることになる。私はユメキのことを編隊だと思ったし、ミアさんやナナオさん、そしてパソコンしかいじっていないように見える正夢さんのことも正直好きではない。
けれど、彼らが殺人鬼だということも認められなかった。なぜなら、彼らは夢というものについて、私が第好きな夢について肯定していた。夢と言うものについての情熱があった。彼らが、自分から殺人鬼だと認めない限り、私はその仕事を続けたいとも思う。
だがきっと、現実はそんなに甘くないのだろう。彼らは自分たちがあくまであり、殺人鬼であることを認めようとはしないはずだ。そしてそんなことを言ってきた私に開き直ってくるだろう。
そう考えるとますます夢の世界に入り込むことに恐ろしさを感じた。今日まで私の1日の中で一番幸せな時間は、夜自分の布団に入る瞬間だったのに。
時計の針は3時をさしていた。いつも夜型の私だが、こんな遅くまで起きていたことはなかった。
いい加減眠る必要があることはわかっていた。私は、読みたくもないのに読んでいた本を床に置いて、満を持して目を閉じることにした。
昨日そうだったように、ラボの重いドアが、めの前に見える。でも、昨日は正直わくわくした気持ちでそのドアをあけることができたのに、今は違った。
まだはっきりと、誰が善で誰が悪なのかわからない。守谷の言っていることを信じているわけではない。でも私には泊めようのない怒りがあった。現実世界では、このドアの向こうにいる人たちが殺し屋というレッテルを張られて、そして実際私の妹は殺された化のように目を開けることなく眠り続けている。この現実を受け取りたくなかった。
いままで私は現実を受け入れることを拒絶してきた。でもそれは、現実が自分の夢を襲う怪物みたいに思えたからだ。私が現実を拒む理由は、文字通り受け入れたくないからだった。現実の悲しさ、恐ろしさが、私と言う人間の頭の中をかき乱していく。
それでも私はこのドアをあけなければいけない。殺し屋なのかもしれない彼らの元に行かなければいけない。
ドアを開けると、大きな目が私を見つめた。どんな転回が押し寄せてきても、今の私にとっては怖くなかったし怖かった。怖くないと思えるのは、さっきからいろいろなことが起きすぎて、ずっと身構えるのが当たり前になってきているから。怖いと思うのは、この場所にすら、私の居場所がなくなってしまうように思えたから。
「ほらほら、やっぱこいつスパイだよ。もう、夢ちゃんも甘いんだから。おかしいと思ったんだ。突然現実世界から女の子を引っ張ってきてさ。夢ちゃんはメンクイだからわからないんだろうけど、こういう子は絶対スパイなんだって。」
正夢さんはそうまくしたててユメキをにらんだ。一方のユメキは落ち着き払った様子である。
「まだスパイと言う証拠は見つかってないだろ?正夢。」
「そうだけど…。そうじゃないとすると、なんでこの子は…。」
「あの…。私がスパイって、どういうことですか?」
私が震えた声でそう聞くと、ユメキは私に椅子を勧めた。
「ミアっちにも責任はあるんだからね。まだ入って二日目の新人をひとりぼっちにして仕事させるなんて。」
「すまない。これは私の問題ね。」
いつもより落ち込んだ顔のミアさんが、いつものようにかごの中の虫たちの世話をしていた。
「まああれだよ。君はいわゆるやらかしちゃったってことさ。」
ユメキは、まるで世界を揺るがす大事件を起こした犯人に、「まあ釈放されるんじゃない?」と言うぐらいの軽い口調でそう言った。
「君は僕たちの敵に加勢しちゃったんだよ。詳しいことは新人のきみにも話せないけど。」
「そんなの…私にはわかりませんよ。敵打なんて。」
私は、この世界では、いや現実世界でもそうだが、冷静な人間でいようと思った。興奮しすぎても仕事にはならないし、かといって無表情でいるのも違うと思ったのだ。しかし、今の私は本当に取り乱していて、誰にも止められそうになかった。自分にすら、この感情の源を突き止めることができないのだから。
だからこういうとき、本当に思っている余計な部分んまで、私は吐き出してしまった。
「大体なんなんですか?現実世界でたくさん人を殺しておいて。あなたたちは最悪の悪党ですよ。何が夢売りですか?私はそんな悪党たちの仲間になった覚えはない!私の妹を、友人たちを、返してください!!」
そんなことをいうつもりはなかった…なんて嘘はつけない。人間は、「そんなつもりはなかった。」という言葉を使いすぎるし、私もその常習犯だ。けれど、その言葉を使って、どれだけの嘘をついてきだだろう。どれだけの本音を隠してきただろう。素直に慣れないとわかったとき、人間は簡単に、「そんなつもりはなかった。」と口にしてしまう。
そして私は素直になることを捨てた。夢を売ること、夢の世界に住むことというのは、素直にならなければぜったいにできないことだとわかっているのに…。
素直になることを捨てた私は、自分の気づかないうちに、夢ラボを飛び出していた。
そういえば、最近の私は、夢ラボの外にある夢の世界には行っていなかった。だから、その世界がどんなふうに見える世界だったのか忘れてしまった。でもそんなことを思い出せるほど私の心に余裕はなかった。激しい雨が降っていた。私はないているのだろうか。目に手を充ててみる。なきたいけれど涙は出ない。けれど空からは冷たい雨が降り続いている。この世界は今汝なのだろうか。時差とかそういうものはあるのだろうか。
真っ暗な雨の街路を、私は雨に濡らされながら走る。傘なんてもちろん持っていない。服は着ていても私の命は裸だった。守ってくれるものなんか何もなかった。いままで私は夢に守られて生きてきた。夢をかなえようと思って生きていれば、ちょっとは幸せな人間になった気分でいられた。
でももし、その夢さえも信じられなくなったら。その夢さえも自分にとって怖い存在に思えてしまったら、私はドんな服をを着て、どんな顔で、どんな声で、どんなものを食べて生きていこうか…。
寒い。夢がないっていうのはこんなに寒いんだ。そして孤独なんだ。雨の落としか聞こえない無機質な世界を、私はどこともしれない場所へ走っていく。夢が終わらないでほしいと思うのと同じで、今の私にとっては、私はこんなふうに永遠に走り続けたいと思っていた。朝がもし来ないとしたら、そして誰も私を助けてくれないとしたら、きっと私はいつまでもこうして…。
「そんな走っててもつまらないだろ?」
激しい雨の中に、誰かの声を初めて聞いた。その声の主が誰なのかははっきりしないけれど、まるで雨空に突然日光が降り注いだような気分になった。
だから私は、自分の素直な言葉で答える。
「楽しいわけないじゃん。だって、目的地なんかないんだし。」
「君の夢はどうしたんだ?」
少し離れた距離で、声の主は私に話し掛ける。激しい雨と街頭のない真っ暗な道のせいで
その声が誰によるものなのかまだ検討がつかない。
「夢?そんなのもうあきらめたよ。どうせ私にはかなえられないんだから。」
「じゃあ捨てるのか?夢を。」
「捨てるっていうか…。」
そういえば、仮に私が夢に裏切られたと思ってそいつを捨ててしまったら、こないだ爆発したゴミ処理場に、私の夢が捨てられることになってしまうのだろう。爆発の余波がどのくらい残っているのかは私のあずかり知らぬことだけれど、そんなところに私の夢を捨てるわけにはいかない。しかし、今の私の頭の中には、私の夢が私を守ってくれるなんて可能性は残っていなかった。
「まだ夢をあきらめ切れないんだろ?」
「それはそうだけど…夢をかなえるために人を殺すなんて、私にはできない。って
そんなこと、あなたに行ってもわからないか?」
「人に迷惑をかけてでも、自分の夢を捨てない覚悟でいないと、夢売りの仕事は務まらないよ、アスナちゃん。」
そばで小さな稲光が見える。その光の先に、声の主が立っていた。
傘をさしたユメキの顔からは、汗が雨に混ざってしたたれ落ちていた。きっと私のあとを必死になってつけてきたのだろう。
こいつが悪の権化なのか、善人なのかを判断することを私は避けることにした。しかし広津だけ言えることは、社会全体の中でこの男が悪であれ、善であれ、彼は私を探してくれた。私を殺すために探したのかもしれない。正夢さんと同じで、私をスパイ扱いしているから私を追いかけたのかもしれない。だとしても彼は、雨にぬれて手の中でクシャクシャになった夢を持って走り続ける私を追いかけてくれた。目的地がないと嘘をついて走る私を見つけようとしてくれた。
「つけてたんだ、私のこと。」
「そりゃあ、僕は悪人だからね。」
「さっさと自分は悪人ですって認める悪人なんて初めて見た。」
「そういうやつもいるのさ。」
ユメキの笑顔を間近でみたのは初めてだった。しかもその笑顔は、雨の中でだからかもしれないが、とても温かく見えた。悪人なら、どうしてそんなやさしい笑顔をするのだろうか。
「仮に僕が悪人だと仮定して、君は僕と一緒に罪を犯すなら、夢を捨てると言ったね。」
「だって…私は事実、妹を殺した、と思ってる。自分の売りつけた夢で人を殺す犯罪者のお姫様なんて、全然かわいくないじゃん。」
「そうだな。じゃあかわいくないから夢を捨てるのか?」
「夢は自分だけ幸せになればかなうわけじゃないでしょ!それぐらい…夢を売ってるあんたにならわかるはず。」
「そりゃそうだよ。でも、まず自分を信じてやることから始めないと、かなうはずの夢もかなわないんだ。きみはそれが足りない。きみは何がしたいんだよ。かわいくないからとか、妹を殺しちゃったからとか、悪になんか従いたくないとか言ってるけど、君がしたいことは結局なんなんなんだよ。」
悪人は私に説教をした。しかもこんな冷たい雨の中で。説教なんか効きたくない。私の足を止めないでほしい。けれど、彼は私の腕をつかむように、その言葉で
私の胸をどんどんと突き刺していった。
「お姫さまになりたい!ただそれだけ!私は夢なんか捨てたくない!それが一番の気持ち。」
ゆっくりと、大切なものを空に投げて、小ぶりになった雨に向かって叫ぶ。
「じゃあそれでいいじゃない。その気持ちさえあれば、何にも怖くないはずだ。さあ、悪人の僕についてくるんだ。未来のお姫様。」
ユメキの傘はとても大きかった。そりゃあこれぐらいの大きさの傘は現実世界にもあるが、なんだかどんなに強い風にも耐えられそうなほど丈夫な傘でもあった。
「ここはドリームコモンエリアって言ってね。夢のない人や、夢をみ終わったけど意識が眠ったままの人たちが来る場所。夢ラボもこのエリアの中に含まれる。」
ユメキは傘の中で、私に突然いろいろと説明を始めた。そして突然立ちどまる。
「さあ、まずは腹ごしらえだよ。」
ユメキが案内してくれたのは、2階建ての大きな喫茶店だった。かなり客はたくさん入っているようでにぎわっている。子供もいるし大人もいるしペットまでつれてきている客がいた。
「いらっしゃい、ドリーム喫茶トラウムへようこそ。」
店員の一人が二人分の水を運んできてそう言った。髪は長く、耳にはピアスらしいものをはめている。顔にはかなり濃い化粧もしている。しかしどう見てもこの店員は男である。いわゆる女装図気の男ということになるのだろうか。背も高いし声も低い。何よりも、もし彼が女だとしたら、その胸は貧乳すぎる。
「やあ、スエーロ。しばらくだね。」
「おはよう、香山くん。その子はガールフレンドかしら?」
「違います!」
私とユメキは同時に返事をしてしまった。大体こういう転回になるということはわかっていたのに、私としてはかなりあわてた。
「あらあら、これは失礼。で、ご注文は。」
「とりあえずモーニングセットを二つたのむ。」
「かしこまりました。少々お待ちを…。」
スエーロと呼ばれたそのよくわからない風貌の男は、モーニングセットのオーダーを伝えていくためなのか、それを作るためかわからないが、厨房へ下がっていった。
「さて、君は勉強不足だということがよくわかったよ。契約したときに渡した本を出してくれないか?」
私は、そんなものは持っていないと言おうとしたのだが、ふと気づくと背中に小さな鞄を背負っているのがわかった。夢というのはこういうものが無意識に現れるから恐ろしい。
しかたなく、鞄からその分厚い本を取り出す。そういえば私はこの本を開いてみたことがない。教科書よりはおもしろそうな本だと思うのだが、あの日契約をしてから、その本を開く余裕など私にはなかった。
「この本には、夢売りになるために必要な情報がすべて網羅されている。本当は、契約した日に全部読んでほしかったんだけど、まあそれには無理があるとは思ってた。しかし、1ページも開いてないとは…。」
「だって私…夢とか関係なく勉強好きじゃないし。」
「ともかく、これを知ってもらってないと困る。君が何でやらかしたかようやくわかったよ。」
ユメキは、まっさらのきれいな夢売りに関する本を適当にめくっていき、何ページかめくったあたりで、「ここをみてくれ。」と、ある場所を指さした。そこには、「夢売りの歴史」と書いてあって、以下のような文章が書かれていた。
夢ラボは、香山ユメキによって設立された。設立当初からその仕事ないような決まっており、夢の販売及び営業・夢の製造・悪夢処理・夢ゴミの管理とされている。しかし、現在の状況と異なるのは、販売されていた夢の期限についてである。
もともと、夢ラボが開設された当初、夢の期限は一晩で切れて、新しくクライアントが夢を欲する場合は、また現実世界にいるクルーを探すか、夢の世界でこの夢ラボを探して、夢を変えるような仕組みだった。(中略)
夢売りになれる条件は、現実世界で激しく夢を潰された人ん、もしくは何らかの理由で、その夢をかなえることが現実的に不可能な場合の人間であれば、いかなる人間でもこの夢売りの仕事に就くことができる。夢ラボの起業メンバーは香山ユメキ、そしてSEの阿久津正夢だった。そして、彼らは最初に、守谷司という少年をバイトとして雇った。
「守谷司が…。」
こういう転回はよくある。自分たちの仲間だった人間が突然半期を
翻して敵方に下るなんていう話だ。別に、ファンタジーだからとか夢だからとかではなくて、きっと現実の会社だってそういうことはあるのだろう。二つの同じような仕事をしている会社があって、ライバル会社への転職を社員が宣言する…みたいな話は、ある日の食卓の会話にもなりそうな現実的なことだ。
しかしユメキの話を聞いていると、ちょっと起業当初からの重要な社員の一人がライバル会社に鞍替えして、気まずくなっちゃった…なんてたんじゅんな話ではなさそうだった。
「彼の夢は…海賊になることだったんだ。なんでも、小さいころに漁師をしていた父親を遭難事故でなくしたから、自分が海賊になって商売をしつつ彼を探そうって魂胆だったらしい。だが、そんな中途半端な夢が現実世界で受け入れられるわけもなく、真っ先にこの夢ラボで雇うことになったんだ。守谷司は営業担当に配属された。
けれど、やつの頭の中には、現実世界で身につけた夢に対する憎悪がはびこっていたんだ。どうせ夢を売ったところでそんなものはただのゴミになる。どうせそれが覚めて、現実世界に戻ってしまったら、そんな夢は期限切れの約束されないものになって、逆に人間を苦しめる。そういう考えが根っこにあったんだろうな。
全然仕事を覚えようとしないんだ。そればかりか、やつは夢の欠陥品ばかりを売りつけていって、だんだんとうちの会社の信用をなくしていった。おかげで
夢売りという職業の認知はどんどん下がっていったんだ。そしてとうとうやつは、我々の夢の作成ツールのデータをコピーし、どこかに姿をくらました。そのときわかったんだ。やつのやろうとしていたことは、僕たちとは決定的に違ったってことにね。」
「決定的に違う。じゃあ彼は…何者なの?」
「彼は夢泥棒だ。」
「夢泥棒?」
「そう。夢を盗んで潰していく、この世界の中で最悪の悪党だ。やつはそれをやろうとしていたんだ。現実世界での恨みを夢の世界で晴らすのではなく、夢に対する恨みにすり変えたんだ。やつは僕たちの仕事場で夢の取り扱い方のノウハウを学んで、そしてそれを夢を盗んで壊すためのノウハウに生かそうとした。
作成ツールのデータが出回っては困る。そう思った僕は、やつとの対決を試みた。
この世界での、というか夢を扱う世界での対決というのは、多くの人たちが創造するような取っ組み合いや魔法団の打ち合いではない。文字通りの心理戦だ。相手の意識を自分たちの持ち得るだけの技を使ってコントロールし、降参するまでやり続ける。だがやつは強くてね。なかなか倒せなかった。そこで僕は賭けに出た。そこだけは自分のことを悪魔だと思った瞬間だけどね。今まで1日しか期限のなかった夢の制限を無制限に切り替えたうえで、やつの脳に、夢食い虫から採取した悪夢を送り込んだんだ。僕がやつをとことん油断させるために、最大限まで意識を乗っ取られて劣勢になる必要があったんだけどね。油断して力を弱めたところに、悪夢を転送した枕をぶつけた。
そしてやつは悪夢に閉じ込められることになった。だからやつは夢食い虫を悪夢をえさにする外注とよび、僕たちを殺人鬼と呼んだんだ。自分が悪夢に閉じ込められて殺されかけたからね。でも当然なんだ。作成ツールのデータをぬすんんだからね。
それに、僕がやつを殺したときには、もう状況は最悪だったんだ。
彼が作成ツールで作った不良品の夢がたくさんの人たちに流布するようになっていた。君が夢売りになる前に見ていた夢はその不良品の夢が大半だと思うよ。
要するに、自分が見たくもない夢を見たり、夢が中途半端なところで終わって目が覚めたり、明らかに意味不明の状態の夢を見るようになったりするだろ?それが不良品の夢なんだよ。
それにね、もう一つ最悪なことが起こっていた。やつは、僕に悪夢の中に閉じ込められる前、夢泥棒の育成をしていた。そして、盗んだ作成ツールやら難やらを
すべて妹の守谷唯華に渡していたんだ。おそらくもしものことを考えてそういう措置を講じていたんだろうな。そしてやつが悪夢でうなされている間に、事態は深刻な方向へ向かっていくことになる。夢泥棒のやろうとしていることは、夢を見ているクライアントや現実世界に生きている人間たちの夢を収奪するだけではないんだ。夢泥棒の目的、それは夢の世界を殲滅して、悪夢を見せることだ。誰もが夢を見ることを嫌ったりためらったり拒絶したりするようにな。それこそが夢を見ることの収奪だ。夢泥棒の最大の野望は、夢を見る権利や目的をも奪うことなんだ。やつらは着々と、クライアントの夢を盗んで悪夢を植えつけ、この夢の世界を悪夢にすり変えるための技術をつくり続けている。守谷唯華を中心にな。その恐ろしい悪夢の世界から僕たちを救ってくれるのは、やはり泥棒に盗まれる以前の純粋な夢だ。その夢のエネルギーを蓄える方法は一つしかない。それがクライアントの夢の賞味期限を、今まで1日だったものを無制限に切り替えて、夢のエネルギーをこの世界にため込むこと。そして何よりクライアントの数を増やすことだ。だから今僕たちは、夢を売ったクライアントを、守谷司の言葉を借りれば、夢の世界に閉じ込めて殺すことにしたんだ。僕はクライアントを殺してるなんて思ってないけどね。みんな夢の世界で楽しく生きているだけなんだ。彼らの夢が永遠に潰れないことによって発生するエネルギーによって、やつらがやろうとしている悪夢世界の樹立を止められるはずなんだ。…っていうことが、この本に書いてある。それで昨日きみは、その悪の権化、守谷司に僕がしかけた巨大悪夢を、夢食い虫でやっつけちゃったっけわけさ。」
私は、ユメキの長い長い説明をいちいち租借するのが面倒になって、その説明を応用に文字を読んでいた。すると、その文字の途中に、確かに守谷司とおぼしき男の写真が載っている。私が病院で彼をみたときの顔は、とても無残で人間だと思えなかったが、写真の中の彼は端正な顔立ちで、筋肉質な腕を持っていた。海賊になりたいということだら、きっと運動神経もあったし頭もよかったのだろう。そわんな彼が、ユメキわの言葉を信じれば、夢泥棒として、今夢のみならず、夢をみようとする人たちの意識さえ奪おうとしている。
だが私は、ユメキを信じるか信じないかにかかわらず、彼の説が本当だと証明したくなった事象が一つだけある。それは守谷唯華に関することだった。
彼の説明やこの本の文面に守谷司が登場したあたりから守谷唯華について何か書いていないかと私は探していた。すると案の定彼女についても、夢泥棒のトップ代理として、司がいない間に様々なことをしてきたと書かれている。そういう異世界的なことが本当なのかは隅において置くとして、私は彼女がそういうことをしても不思議ではないなと確信した。
進路アンケートに書いた「お姫様」という、彼女にとってはくだらなくてなんの価値もない夢をみたときの彼女の顔を思い出せばわかる。彼女の目は軽蔑に満ちていると同時に、まるでその夢を呪ってやろうかと言わんばかりの魔女みたいな目をしていた。
そして私を殺し屋呼ばわりしたときの彼女の目も忘れない。仮に私たちが人を殺していたとしても、彼女もその殺し屋の敵であるだけでなく、立派な犯罪者の目をしている。彼女は夢を盗むという、法律ではさばけない罪を犯しているのだから。
学校では生徒や教員からできる女として崇拝され、まるでさっきの私のように、意味のない何かに突き進んでいく彼女は、きっと夢をなくした夢泥棒なのだろう。そういうことにすれば、彼女がどうして私の夢を潰そうとした、いや、潰したか、はっきりする。
そうすると、私の頭の中に、途方もない彼女に対する怒りがメキメキと湧き上がってくる。彼女は私だけではなく、たくさんの人の夢を、これから潰しににかかるだろう。潰すだけじゃなくて盗もうとするだろう。そうなれば、みんなはいつ、どこで、どんな夢を描けるのだろう。夢をかなえようと、ちょっとした幸せのために生きる人はどのぐらいになってしまうのだろう。
「ユメキ。私は…あなたをまだ信じられない。けど、私は夢を信じてるから
あなたを信じることにする。」
ちょっとかこつけてそういうことを言ってみたくなった私に対して、ユメキは小さく笑った。
「いい答えだ。」
そのとき、私は、向こうでコーヒーを作っている、男のことを思い出した。
「ところで、さっきの店員さんは誰?」
「ああ。あの人は末吉四郎(スエヨシシロウ)。ここのオーナーでもあり、例のゴミ捨て場の夢をリサイクルする工場の長だよ。」
「え?あんな人が工場長…。」
「まあ、ファッションは奇抜だしかなりの女図気だけど、ああみえて彼、頭は切れるんだ。」
彼がそう言ったとき、例の末吉四郎がモーニングセットを二つ運んできた。
「お待たせ、香山くんとかわいいお嬢さん。」
「どうも。」
私はむっとした調子でお礼を言った。
「香山くん。」
末吉四郎は、オーダーを運んだらとっとと厨房に戻るのかと思いきや、空いているユメキの隣の席に坐った。
「おいおい、スエーロ、仕事はいいのか?」
「今日はこれでも客が少ないのよ。バイトの子もかなりいるから、わたしがちょっとさぼったところで支障はないってわけ。それで、今日は用があってここに来たんでしょ?」
「なぜそう思う。」
「あなたは悪いお客だからね。わけがないと私の店に全然顔を出さないじゃないの。どうせ私よりも料理ができるからって外食すらしないんだから。」
「わかってるじゃないか。一つ効きたいことがあってね。昨日のゴミ処理場爆発事故にうちのクルーが巻き込まれてねえ。いったいどういう状況だったのかを知りたいんだ。」
二人の話が、案外本格的な商談になりそうで、私たち二人は朝食もろくにのどを通らなかった。しかし黙って坐っているのも悪いと思って、とりあえず食パンと目玉焼きを必死に食べた。
「ああ、それねえ…。今私が一番頭を悩ませている案件なのよ」
「まさか、工場の本体が完全にやられたのか?」
「そんな馬鹿な。あの工場には鉄壁のまもりがしかれている。そう簡単に工場の内部には侵入できないわ。ただね、香山くん。」
末吉四郎は、自分のためだけに入れた出あろうコーヒーを一気にのんで話を続けた。
「おそらく、守谷司が意識を回復したことで、ゴミ処理場のシステムが異常なエネルギーを検出したことによって起きた爆発だと考えられる。外部犯の可能性は考えにくい。しかしねえ…いつ第事故が起きるかしれたものじゃないわ。早くあの男を始末しないと、うちで処理できるものにも限界がくるわ。」
「わかっている。しかし、向うがどういう手を使ってくるかがわからない以上、こっちからはまともな手出しはできない。」
「そのことならね、一つだけちょっと怖い話があるんだけど、効きたい?」
末吉は、机においてある冷めそうなー日ーをひとのみしてから話出した。
「今まで夢泥棒は、君たちから盗んだ悪夢の作成ツールによって地道に作ることによって悪夢を精製していた。だが、やつらはおそらく、もう一つ必殺アイテムを手に入れるために動き出していると私は思うのよ。」
「どういうことだ。」
「ゴミ処理場の爆発事故になぜ、あなたのラボのクルーが巻き込まれたと思う?やつらはあなたのクルーを引き抜くつもりよ。」
「なぜそう思う?」
「私は見てしまったのよ。あなたのラボで見かけたことのある青年が泥棒の軍服を着て、あちらのラボに向かうところを寝…。」
食パンの最後のひとくちを食べようとした私の腕が止まる。仮にナナオさんが敵に回ったとして、それがどれだけの痛手なのか創造が付かなかったのだ。
「香山君。その切れる頭でよく考えなさい。そのクルーがどれだけ有望な人材なのかは知らないけど、気をつけたほうがいいわ。きっとなにか恐ろしいことをたくらんでいるはずだ。」
「ありがとう、スエーロ。君も気をつけてくれ。いつ工場が襲撃されるかわからん。」
「安心して。私は、夢と言うはかない宝物の最後の救済場所として、工場をまもりぬくつもりでいるわよ。そう簡単に、現実に屈するわけにはいかないからね。」
私たちは朝食的なものを食べ終えるとすぐに外に出た。
「事態は思ったより深刻だ。すぐにラボへ戻ろう。」
私も、自分がユメキの見方になるか否かについて悩んでいる場合ではないことをさっきの末吉の話、そしてあの本に書いてあることから大体わかってきた。これは私だけの問題ではなく、夢というものに訪れた最悪の危機であるという認識を持つべきなのだ。
突然ユメキのポケットからバイブレーションが響く。ユメキは、ミアさんの持っていたドリームミラーと同じものを出した。どうやらこれで電話もできるようなのだ。
スピーカー越しに焦った声が聞こえる。きっと正夢さんだ。
「夢ちゃん、いつまで新人ちゃんと鬼ごっこしてるんだよ。」
「それならもう終わった。いまから帰ろうと…。」
「急いでくれ。今ラボの前で大変なことになってる。ミアが頑張って応戦してるんだけど…女の子が…悪夢に取りつかれそうになってる。急いでくれ!」
その正夢さんの声に混ざって、悲鳴が聞こえた。その悲鳴は、いままでに効いたことはなかったのに、私はその悲鳴の正体をなぜか知っていた。そしてその悲鳴は一瞬だけ、ある種のセンテンスを放った。
「お姉ちゃん!どこにいうの?助けて!」
私は、正義を気取る泥棒を倒す、悪を気取った犯罪者として、スズナの元へ走った。
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