騒乱の後先 3
「しかし、お前は厳しいな。正直な所、ヴァージニア嬢の事より黒曜教に関する情報の方が価値がある。労いの言葉くらいかけてやっても罰は当たらないだろう」
「
「なるほど、おまえ流の愛のムチというわけか。それでレイヴァン君は自分が見た眼帯の男について気づいているのか?」
「いえ、気づいていないようです。彼の家は代々風の精霊神を信仰しており、土系統の黒曜教とは接点がありません。なので運ばれた東天のファーディスとは知らないでしょう」
「ほう、そういうものか」
フレデリックは国教の幹部くらいは全ての国民が知っていて当然だと思っていたが、スコットの言葉でその認識が違っている事を知り少し驚いた。
「他所の家の事情など他人は興味がないのと同じでしょう。もっとも我々のように首を突っ込みたがる無粋な者もいますが」
「なんとも耳が痛いな」
家臣の無礼な物言いをフレデリックは笑って受け流す。しかし、すぐに表情を引き締め前のめりに体を傾け声を潜めてスコットに自分が今朝仕入れてきた情報を共有すべく語り始めた。
「私の方でも、それとなく件の女学校について父に聞いてみたが、父も詳しい話は聞いていないようだ。ただ数日前にオーガスタの黒曜教を統括する大司教殿が直々に父に学校の調査を願い出たようだ。費用と人員は全て負担するから任せて欲しい、と言ってきたそうだ」
「普段は表に出たがらない彼らにしては妙な提案ですね」
「ああ。さすがに父も変に思い理由を尋ねてみたそうだ。なんでも通っている生徒の中に熱心な黒曜教の信徒がいて、その家から直々に依頼されたからだそうだ。もっとも安全上の理由とやらで、その依頼主の名前は教えてもらえなかったようだ」
「国王様のお立場では致し方ないのかもしれませんが、そこはもう少し掘り下げて欲しかったですね」
「そう無理を言うな。百年前の継承戦争と三十年前の狂王の時代で我が王家は他国との交渉や金銭面でも黒曜教に大きな借りがあるのだから」
「その借りをちらつかせて、ときおり国を我が物顔で操るのが彼ら黒曜教ですからね。いっそ法外な金銭でも要求してくれれば楽に排除できるのですが」
「それが出来れば苦労はない。黒王国と名を変えたあとにレオン王と結ばれた密約。私は昨夜の一件がその密約に絡んでいると見ている。エド先生逮捕の件も含めて、な」
百年前にレオン王が黒曜教と交わした密約。その存在は半ば公然の秘密となっており存在を知る者は多い。だがその内容を知っているのはオーガスタでは代々の国王と大司教のみだ。
今までに国王や黒曜教に害意を持つ者が秘密を暴こうとしたが、その誰もが悲惨な末路を辿ったオーガスタ黒王国最大の謎は今も王国を縛り続けている。
「私もそう思います。だとすると、かつて大陸最強の傭兵と言われたファーディスに大怪我を負わせたのは何者でしょうか? それほどの剛の者が国にいるとは聞いたことがありませんが」
「もしかしたらあの時に行方をくらませたヴァージニア嬢かもしれんぞ?」
「ははは、ご冗談を」
事実はフレデリックの言う通りなのだが、そんな事を知る由もない二人はくだらない戯言としてしか扱わず、今後の事に話題を移した。
「そういえば結局ヴァージニア嬢はあれからどこに行ったのか分かったのか?」
「ウルフェン家に張り付かせた者から、今朝になって彼女の姿を見たという報告がありました」
「ひとまず無事は確認できたわけだ。監視はそのまま続けてくれ。私は引き続き黒曜教の動きを追ってみる」
「御意。しかしこのところ王都が急に騒がしくなりましたね」
「それだけエイルムス・ウルフェンの存在が大きかったということだ。黒曜教も表面的には友好的だったが、裏ではかなりあの方を警戒していたからな。兄上も真に立ち向かうべき相手を分かっているだろうに、母親の怨念に引きずられてしまっている有様だ」
シオンの母である王妃は大臣を何人も輩出した名門貴族の出である。
かつて社交界の華として名を馳せた美女はありがちな話だが「蝶よ、花よ」と育てられ自らの美貌と比例するプライドを有していた。
やがて成人した彼女に婚約の話が持ち上がると、生来の我儘っぷりを如何なく発揮し家の意向を無視して自分で相手を見つけだし婚約した。
順風満帆と思われた美女の人生だったが、しかしその幸せは長くは続かなかった。
彼女が愛した婚約者は顔がいいだけのそこそこの血筋の貴族で、自分が贅沢をするために民を苦しめ法の目を盗み私腹を肥やす下劣な男だった。
婚約発表から半年もしないうちに違法行為が露見したときも、民から徴収した多額の税金のうちから僅かな罰金を払って罪を逃れようとした。だが、それを許さなかったのが当時セドリック王に請われて政界に復帰したばかりのエイルムスだった。
その後、婚約者が獄中の人となった美女は両親やエイルムスのとりなしで王妃という誰もが羨む地位を手に入れた。その結末に誰もが美女にとってハッピーエンドだと思っていたのだが当の本人はそう思ってはいなかった。
「よほど自分の人生に干渉されたのが気に入らなかったのだろうな。事ある毎に兄上にエイルムス殿の陰口を吹き込み、ついには自分の復讐の手駒としてしまったのだから。しかし兄上たちは自分たちが相手にしている者がどれほどの相手かまるで分っていない。エイルムス殿が最低限の保身にしか気を払っていないのは王国を混乱させないためだ。彼が兄上たちを懲らしめようと思えばいつでもそれが出来る。国を二つに分ける内乱という最悪の形でだ」
「その選択をしなかったウルフェン卿の寛容さには素直に敬服します。しかし卿としては助けた相手にここまで恨まれるのは計算違いでしたでしょうね」
「かもしれんが、恐らくあの方にとってはその程度のことは些事だったのだろう。しかしこのまま兄上が王位を継げば王家とウルフェン家の関係は更に悪化するだろう。その前になんとか兄上に矛を収めて貰わなければならない」
「一番いい方法はあなた様が王位に……」
「そこまでだ」
スコットの言葉をピシャリと遮りフレデリックが立ち上がった。
「何度も言うが私は王位を簒奪しようとは思ってはいない。ただこの国を良くしたいだけだ。古びた価値観に囚われ続けている限り、いずれ我々はダグラス帝国に呑み込まれる。それを防ぐことが我々の願いであり使命だ」
遅れて立ち上がったスコットに、そう言い捨てフレデリックは部屋から出ていった。扉が閉まる音を聞くとスコットはフッと笑みを浮かべコップに残っていた飲み物を喉に流し込んだ。
(その願いの実現にはフレデリック様、あなたが王位に就くのが一番の近道なのです。それに簒奪者の汚名を着る事にはなりません。シオン様にはご母堂ともども表舞台から退場していただきます。あくまで公平に、誰の目にも明らかな理由をつけて。そのための仕込みは済んでいますが、主にその気がないのが困りどころですね。さて、どうしたものか)
顔に張り付けた柔和な笑顔の仮面を脱ぎ捨てた若き謀略家は鋭利な視線で唯一の窓に近寄り祭りに浮かれる街並みを見下ろす。国を守る最善の方法、それを成した後に訪れる未来を思い浮かべる彼の顔には、いつの間にか酷薄な笑みが浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます