騒乱の後先 2
スコットが手にしたレイヴァンの報告書には彼が見聞きした事が書かれていた。それによると――。
―――
ヴァージニアを追って学生街まで走ってきたレイヴァンは足を緩めた。ちょうど向こう側から学生のグループが賑々しく歩いてきたのを確認するとポケットに入れていた帽子を深く被り、道の端によって下を向いてやり過ごす。幸いお喋りに夢中な学生たちはレイヴァンに注意を向けることもなく通り過ぎた。
レイヴァンが顔をあげるといくつかの学校の校舎にはまだ明かりが灯っているのが見える。
(懐かしいな。俺が通っていた騎士学校は今年も勝ち抜きトーナメント大会をやるのか?)
去年まで騎士学校に通っていたレイヴァンの胸に母校を見に行きたいという欲求が生まれたが、頭を振ってその考えを霧散させた。
(現実逃避をしている場合じゃないだろうに! とにかくあの娘の通う学校に……本当にいるのか?)
ヴァージニアが学生街に向かったのを見て咄嗟に彼女が通う女学校の事が思い浮かんだが、もしかしたら別の用事が会ったのかもしれない。他の学校の友達に会いに行った、あるいは密かに付き合っている恋人と逢引していることもあり得る。
もしそうならばもうヴァージニアを見つける事は出来ないだろう。
(ええい、考えても仕方ない。ここまで来たら俺の運に賭けてみるだけだ!)
騎士学校を卒業してすぐにすぐにフレデリック第二王子の護衛官を務めるスコットの従士になれた自分の幸運を信じて夜道をしっかりとした足取りで歩き始めた。
女学校を目指す間に、いくつかの学生グループとすれ違ったが北へと進むほどに人の数は減り、ついには誰もいなくなった。
学生街の北部は歴史と伝統を持つ名門校が多く、そういった学校は校内に部外者を入れるのを良しとせず建国祭に参加せず休校になる。そのため夜間まで生徒が残ることは無く平時通りに学生街の静粛さを保ち続けていた。
(しかしあんな無能者でも名門校に入れるものなんだな。いったいどれだけの金を費やしたのやら。そういえば資料に何日か前にこの辺りで事件か事故があったと書いてあった気がしたが、どんな内容だったかな?)
レイヴァンは記憶の隅に引っかかっている情報を何とか引き出そうとしたが思い出せない。通信機で誰かに聞くことも思いついたが、それだと学校に向かう経緯を説明しなければいけなくなる。
結局、(大した事ではないだろう)と情報を諦めたレイヴァンの目に僅かな灯りに照らされた女学校の古びた校舎が見えてきた。
女学校は狭い路地を挟んで東に王城を守る城壁、北に都を守る外壁がある。二つの面が巨大な壁に守られ校門は西側にしかない。だからレイヴァンは躊躇いなく西側に回ったが、この時ヴァージニアは学校と城壁の間にある細い東側の路地から校内に入り込んでいた。
そんな事を知る由もないレイヴァンはゆっくりとした歩みで、さも道に迷った旅行者を装い校門と校内に目を走らせた。
(門に異常はなし。校内も明かりがない。くそっ、外れか! ……いや、待て。なぜこんなに人の気配が全くないんだ? 前にこの辺りを巡回した時には夜間でも門の詰め所に誰かいたはずだ。治安が悪くなる祭りの期間に人を配置しないなんてこと不用心すぎるだろう。やはりここで何があったか誰かに聞いたほうがいいか?)
疑惑が首をもたげると先ほどまで何も感じなかった暗闇が急に恐ろしくなってきた。いつも腰に帯びている剣がない事が途端に心細さを増幅させる。
門の半分を通り過ぎた所でレイヴァンは足を速めて曲がり角に身を潜めると通信具を手に取る。とにかく誰でもいいから声を聞きたかった。大きく息を吐き、ヴァージニアを見失った事を伏せたまま、どう用件を伝えるかを頭でまとめて通信機に魔力を通そうとしたときだった。
「な、なんだ!? 急に明かりが……あっ!?」
夜の闇を吹き飛ばすように一斉に周囲の魔術灯が異常なほどの出力で光を放ち、更に周囲の建物も同じように明かりが点いていく。更に建物や魔術灯に設置された有事の際に鳴る警報が一斉に音を出しレイヴァンは思わず耳を塞いだ。
そんな時である。
彼が女学校の校舎の壁が壊れて誰かが落下していくのを見たのは。
何が起こったか分からないままだが直感的に何か良くない事が起こったと感じたレイヴァンは物陰に隠れて慎重に校門から様子を窺う。
すると落ちてきた人に向かって数人の黒いマントと鎧に身を包んだ者たちが慌てて駆け寄ってきた。人の気配を全く感じていなかったレイヴァンはその様子を見てゾッとした。
(もしかして俺が通った時も見られていたのか? 俺だって訓練は積んでいるのに全く気配を感じさせないなんて! コイツらは一体……?)
ようやく目が明るさに慣れてくるとレイヴァンは女学校にいる者たちの服装を確認し驚きに心臓が止まりそうになる。
(あの服装は黒曜教の神官戦士か!? そういえば何日か前に黒曜教の幹部が手勢を連れてきたって噂があったが……。だけど、こんな所で一体何をしているんだ?)
女学校と黒曜教という妙な組み合わせを見てレイヴァンの頭からヴァージニアの事が完全にすっぽ抜けていた。以前からスコットが黒曜教に対して含む所があるのを知っていたレイヴァンはここで少しでも情報を集める事に専念することにして息を潜めた。
もし学校にいた黒曜教の戦士たちが平常通りであったのならレイヴァンの存在に気づけたのだろう。だが、彼らもまたこの異常事態に混乱し自分たちを見ている者にまで気が回らなくっていたのはレイヴァンにとって幸運だった。
騒ぎに気づいた衛兵や野次馬が集まる前に、校舎から落下したと思われる男が仲間の肩を借りて校門を出ると直ぐに黒塗りの馬車がやってきて二人を回収し、その場を去っていった。
(眼帯の男、か。特徴が分かりやすくて助かる。だけど本当にここで何をしていたんだ? あの壁の壊れ具合から事故という訳じゃなさそうだが)
そうこうしているうちに近くの王城から出動した部隊がやってくるのを見て自分の事がバレるのを恐れてレイヴァンは野次馬に紛れて逃げ出した。
その後、衝撃的な現場を見た興奮のままに、宿舎にいてまだ起きていたスコットに報告をしたのだが彼の対応は極めて冷淡だった。
「なるほど。では詳しい事は朝までに報告書にしておいてください。ただし内容は以前に教えた暗号文にするように。それとこの件は他言無用。報告書は君一人で作成するんだ、いいね?」
一通りの話を聞いたスコットに追い出されたレイヴァンは、それから朝方まで習ったばかりの暗号で報告書を作る羽目になるのだった。
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