第十章 騒乱の後先
騒乱の後先 1
☆
自分を殺そうとした者を返りうちにした。言葉にすればそれだけの事ですがヴァージニアにとっては大変な事件でした。
自分は無力だと思っていたヴァージニアにとって、それは初めて力を持つ事に対する責任を感じさせた出来事だったのです。
この世界では子どもも当たり前に魔術を使えます。それは言い換えれば才能があれば子どもでも人を殺せる力を持つ、という事になります。
だからこの世界の子どもは幼い頃から魔術の使い方を通して、力への責任という物を厳しく教えられます。
そんな経験をしてこなかったヴァージニアが激しく取り乱してしまったのも仕方がなかったといえます。しかも、それが精強な剣士を一蹴できるほどの力なら恐怖を覚えるのも当然の事でしょう。
そういえばあなたもヴァージニアと似たような境遇でしたよね。
あなたは自分の力を自覚した時にどう感じました?
嬉しい? 怖い? それとも……。
え? いいから続きを聞かせて欲しい、ですか?
分かりました。でもひと段落したら教えてくださいね?
さて、続きをといいたい所ですがヴァージニアのその後を話す前に別の人物たちの事を話しておきましょう。
学生街の魔力機器の異常が起きた夜が明けて、前日祭最終日の幕が上がりました。ほとんどの人が学生街の異変をただの事故と片付けている中で、真実を掴もうとしている人たちがいました。
まずはヴァージニアの尾行をしていた若い従士の方から語っていきましょう――。
―――
朝。夜間の警備を担当していた隊と交代の別の隊がそれぞれの管轄地域を目指して城から出発していく。
勇ましく部下を鼓舞する隊長たちの声を聞きながら机に座っているスコットは、昨夜ヴァージニアを尾行していた若い従士の報告に耳を傾けていた。
従士の報告が終わるとスコットはトントンと机を叩きながら緊張で顔が強張っている若い従士の顔を見上げる。
明らかに不機嫌そうな上司の顔を見た従士の顔から血の気が引くのを見てスコットは噴き出しそうになる。だが懸命に堪えながらスコットはあくまで事務的な口調で従士に語り掛けた。
「なかなか興味深い報告だね。しかし、だ、レイヴァン。私が君に命じたのはヴァージニア・ウルフェン嬢の監視だったはずだろう?」
「はっ、はい、申し訳ありません……」
「尾行に気づかれていた、という可能性は?」
「それはない……と思います」
スコットが言葉を発するたびに若い従士レイヴァンはどんどん縮こまっていく。尾行に気づかていないとは言ったが、それを確かめる術が彼にないので言葉が弱くなっていくのは仕方がないことだった。
「思う、では困るのだがね。まぁ、いい。君は今日から通常任務に戻りたまえ」
「わ、私は今回の任務から外されるということでありますか!?」
「ヴァージニア嬢に顔を見られた可能性がある以上、もう監視任務は任せられないだろう? 任務内容については追って伝える。疲れているだろうから今日は休め」
「ですが……!」
「話は終わりだ。……そう気落ちせずに次のチャンスを待て。おそらくそう遠くないうちにまた面倒な任務が来るだろう。それから、分かっているだろうが君が見た事は全て他言無用だ。行け」
席を立ったスコットが涙目のレイヴァンの肩を叩く。なおも何かを言いかけたレイヴァンだったが、ついに諦めて隊長室から出ていった。
扉が力なく閉まるのを確認してからスコットは皺になった眉間を擦りながら隊長室の続き部屋をノックする。すると中から男の「入っていいぞ」という声が聞こえてきた。
「失礼します」
「失礼しますも何もここはお前の部屋だ。私に気を使う必要はないだろう?」
「ご冗談を。この城にあるすべての物はあなた様の物でありましょう、フレデリック様」
「私のではなく父の、ひいては後を継ぐ兄上の、だ。そういう誤解を招く言い方はするな。昨日まで安全だった場所が今日も安全とは限らないのだぞ」
陰謀渦巻く王城では、どこで盗聴されているか分からない。例えそれが派閥争いに加わらず中立を保っている者であってもだ。
だがスコットは涼しい顔をして自分の飲み物を用意してフレデリックの向かい側にある椅子に腰を下ろした。
「それを言われるなら供もつけずに、いきなり部屋に押し掛けるのは止めていただませんか? これでは私が殿下とここで何か良からぬことを企んでいると思われてしまうではありませんか」
「それは事実だろう。それに供を連れてこいというがアニエスの目を盗むにはこうするしかなかったのだ。それともお前はアニエスが一緒にいた方が良かったか?」
「申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げて謝罪するスコットを見てフレデリックは大笑いする。先ほどは建前的に盗聴の心配をしてみせたが、この部屋にその心配がないことは念入りに魔術で探査し尽くしたフレデリックが一番よく分かっていた。なのでこの一連のやり取りは気の置けない者同士のじゃれ合いに過ぎない。
だがそうした緩やかな時間はフレデリックが椅子に座り直し表情を引き締めた瞬間に終わりを告げた。
「それで一体何がどうなっている? 大まかな報告は聞いたが意味がさっぱり分からないぞ。ヴァージニア嬢が冒険者ギルドに行った。ここはいい。だが出てきたのが夜も遅くなってから、しかもギルドの横にある路地からとはどういう事だ。その間、彼女を見失っていたのか?」
「いえ、私の方で調べたところでは冒険者ギルド裏の家は現在のギルドマスターの邸宅で繋がっているそうです。ヴァージニア嬢はそこから出てきたのかと思われます。ですが、どういう経緯で邸宅に招かれたのかはまだ不明です。のちほど人をやって調べさせるつもりでいます」
「冒険者ギルドは政治的な介入をひどく嫌う。彼らの怒りを買わないように細心の注意を払ってくれ」
「承知しております。それより問題は――」
「そうだ、昨夜の学生街で起こった異変だ。ここだけの話だが今朝早くに黒曜教の大司教が国王に謁見を求めてきた。それも内密にな」
「自分たちの関与を揉み消すつもりでしょうか?」
「一時的に管理を任されていた地域での不祥事だからな。恐らくそのつもりなのだろう。だが今までと今回は状況が違う。お前の従士、レイヴァンと言ったか? 私たちに情報をもたらしてくれた彼に何か褒美を与えたいくらいだ。彼のおかげで後手に回らずにすむかもしれないのだから」
「名目上は任務失敗なのですから甘やかさないでください。まあ、後日祭が終わったあとにでも私が料理でも奢るつもりでいますから心配しないでください」
「ふっ、自分の部下が取られるのがそんなに嫌か? まぁ、いい。お前が詳細を書いて寄こすのを躊躇うほどの出来事を早く聞かせてくれ」
フレデリックへの一報では女学校での一件は詳細に書かれていなかった。
まるでお話の続きをねだる子どものような主の物言いにスコットは苦笑して
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