白と黒の邂逅 9

 大陸屈指の剣士に殺意を向けられる。普通の者ならファーディスの気に圧され身動きできずに命を刈り取られるだろう。


 だが今のヴァージニアは決して普通の存在ではない。


 突然の襲撃に理解が追い付かないがヴァージニアの目と体はまるで別の意思が宿っているかのように動き始める。

 ヴァージニアの瞳は迫りくるファーディスの剣を捉え、体は反射的に回避行動をとる。

 ヴァージニアは顔に突き出された剣を僅かに首を傾げて避けると、すぐに体を屈める。直後にヴァージニアの栗色の髪をなぞるようにファーディスの剣が通過していく。剣から通して伝わる冷徹な殺気に慄きながらもヴァージニアは続くファーディスの攻撃を全て最小限の動きで躱していく。

 

 (一体何なんですか、この人は!? やっぱりこの前の事件は黒曜教に関係ある……危ないっ! とにかく、まずはこの人をどうにかしないと!)


 次第に落ち着いてきたヴァージニアの動きは次第に滑らかになっていく。剣の訓練はしてきたが、それが生かされている訳ではない。何かの意思が、誰かの記憶がペンダントを通してヴァージニアの中に流れてくる。今のヴァージニアはただの学生ではなくなっていた。その誰かの経験がヴァージニアに鋭い観察眼を与え怒涛の攻撃を凌ぐ力となる。

 ファーディスの剣捌きは鋭いが校舎を傷つけまいとするためか刺突を軸にした攻撃で単調だ。だが攻撃の速度は徐々に早まり、もし魔術で肉体強化をした時に一気に状況が変わるだろう。

 

 (その前にこの人をどうにかしないと! 出来れば一撃で相手を怯ませる!)


 襲い掛かる剣から飛び退きヴァージニアはその機会を窺う。

 しかしこの時ヴァージニアは気づいていなかった。


 自分が戦いの中で高揚している事に。

 正式な女学校の生徒である自分が、勝手に侵入している男に理不尽に殺されかけた事に対する苛立ちに。

 

 この二つの要因が絡み合い、ヴァージニアは無意識にペンダントの力をより多く引き出して始めていたことに気づかないままにを待っていた。


―――

 対するファーディスも表情には出さないが、完全に相手の力量を読み違えていたことに焦りを感じていた。


 ファーディスは可能性は薄いと思いながらも捕獲対象を見つけるために今夜も女学校に来ていた。そこに階上から物音が聞こえたので気配を殺し来てみるとフラフラと無警戒に廊下を歩いている仮面の女を見つけた。


 (また『真理の書』か。懲りない連中だ)


 よく見れば仮面の造形はまるで違ったのだが、この時の彼にはそんな事はどうでも良かった。成果の上がらない捜索任務の苛立ちに駆り立てられ、ファーディスは女の心臓を貫いた……はずだった。


 (避けた? だが……!)


 相手が真理の書のメンバーなら魔術を使ってくる。そう考え、矢継ぎ早にファーディスは攻撃を繰り出したが、それらの攻撃も全て躱されてしまった。

 ここにいたりファーディスも違和感を持った。


 果たしてコイツは真理の書のメンバーなのだろうか?


 ファーディスは自分の剣技に絶対の自信を持っていた。大陸最強とまでは言えなくとも屈指の使い手であるという自負がある。少なくとも肌の具合から、まだ若い少女とも言えるような年齢の者に見切られるなど考えたくなかった。


 (真理の書が雇った傭兵か? だがこれほどの強者の噂は聞いたことがない。……今、私はコイツを強者と認めたか? ああ、そうだな。認めなくてはならない。コイツは強い。だから、この一撃で決める!)


 相手の強さを素直に認めファーディスは本気の一撃を放つことを決めた。


 ファーディスの踏み込んだ足が床を割り、豪速の突きが女の腹へ繰り出される。しかしこれはフェイント。この攻撃の間に魔力を練り筋力を高め、避けた女に必殺の追撃を見舞う。これがファーディスの狙いだった。

 

 だから彼は驚愕した。


 自分の剣の腹へ躊躇なく裏拳を叩き込んだ女の行動を。


 手袋さえしていない女の拳を受けた瞬間に剣から伝わる衝撃でファーディスの腕に強烈な痺れが生まれた事を。

 

 そして相手が蹴りの動作に入った瞬間に己の死を予感した事を。


 ファーディスが並の戦士ではないところは、殴られた衝撃で壁にめり込んだ剣をあっさりと手放し両腕を交差し防御の構えをとったところだろう。

 そして靴下しか履いてない女の足がファーディスの交差した腕に叩きこまれた。


―――

 ヴァージニアの体から迸る力が周囲に拡散され、それが魔力をスイッチにしている周囲のあらゆる道具に作用しはじめた。

 その範囲は凄まじく周辺の学校に一斉に明かりが灯り、緊急時に鳴らすブザーが至る所で鳴り響く。

 その騒ぎの中に一つ、男の叫びが加わった。

 

 「うおおおおおおおおっ!」


 「え?」

 

 ヴァージニアの蹴りは男の籠手に当たった。完全に防がれたと思ったヴァージニアだが、彼女の攻撃は想像以上の威力を見せた。

 ファーディスの交差していた左腕の小手と骨を粉砕し、下になっていた右腕の小手にもヒビが入る。更にその衝撃でファーディスの体が後ろに吹き飛びガラス窓と壁を突き破り、一瞬の滞空の後に叫び声と共に落下していった。


 「あっ、あっ、ああっ……! こ、ここまでするつもりなんてなかったのに!?」


 相手は手練れの戦士だから強めに蹴っても大丈夫だと思っていたが、想像を超える大惨事にヴァージニアの体から一気に冷や汗が噴き出してきた。それは相手を大怪我をさせてしまった事への罪悪感と自分が何気なく使っていたペンダントの力に対して初めて恐怖を覚えたことによる。


 (怪我をさせた……いえ、怪我で済んだ? この高さから落ちたら死んでしまったのでは? あ、ああああ……)


 自分がした事へのショックで動けずにいるヴァージニアの耳に壊れた壁の下から複数人の慌てた声が聞こえてきた。


 「団長!? 一体何が……ええ~い、早く治癒術士ヒーラーを呼べ!」


 「副団長! あそこの壁から団長は――!」


 「分かっている! 三人ついて来い、行くぞ!」


 上に立つ者を傷つけられ殺気立つ神官戦士たちの声でヴァージニアはようやく自分のすべきことを悟った。


 (とにかく逃げないと……!)


 ペンダントの力を借りているのに、まるで鉛のように重くなった足を必死に動かしてヴァージニアは校舎に侵入した階段の踊り場まで駆け戻る。そこから窓枠に飛びついて外へ這い出ると冷たい夜風が頬を撫でた。さっきは全く感じなかった外気の冷たさに身震いしながら、首を巡らし外壁に飛び移れる場所に目星をつけると一気に駆け出し外壁を駆け上がる。登り切った所で学校の屋上へ目を向けると黒づくめの三人が屋上へ飛び出してきたのが見えた。

 更に突然明るくなった学生街を不審に思った衛兵や野次馬たちも続々と集まってくるのが見えた。


 「間一髪でしたね。はぁ~、帰りましょう……」

 

 いつ見張りの兵がここに来るか分からない。ヴァージニアは崩れ落ちそうになる体と心を叱咤して家路へ急ぐ。とにかく一刻も早くレイチェルの顔が見たかった。


 (また怒られてしまうのでしょうけど……今日は思いっきり叱って欲しいです)


 仮面の下から零れ落ちた涙が風に乗って消えていく。

 ヴァージニアはただ無心に駆け抜けていく。それはまるで親の元へ駆け戻る子どものようであった。

 

 

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