白と黒の邂逅 8
「よっと。侵入せいこ~」
パンパンと手についた土を払いヴァージニアは立ち上がった。彼女がいるのは女学校の校舎裏である。
夜闇で分かりにくいが背後の塀には小柄な人がしゃがんで通れるくらいの穴が開いていた。この穴の由来は分かっていないがヴァージニアが入学した時には既に存在していた。表向きは華やかな上流階級の子女が通う学校だが、裏ではこの程度の修復作業を渋るくらい財政が圧迫している、とはレイチェルの弁である。
(夜に来たのは初めてですが、なかなか雰囲気がありますね。冒険小説ならさしずめ悪霊が巣くう館、もしくは悪事に手を染めて私腹を肥やした人物の屋敷でしょうか。さてと、どこから入りましょうか? ……やはりあそこから入るしかなさそうですね)
明かりが全くついていない校舎を眺めてたヴァージニアが足に力を入れて地面を踏みつけると体が夜闇に舞い上がった。一気に屋上まで飛んだヴァージニアは手すりにつかまり体を前へ押し出して柵の内側へ飛び込んだ。
魔術の授業を免除されているヴァージニアは学校に通い始めたころは空いた時間を学校探検に充てていた。そのために学校内の様々な秘密に通じていた。
その秘密はこの屋上にもあり――
(ここの窓を少し持ち上げると……簡単に外れちゃんですよね。あとはこれを壊さないように、そっと下ろして――抜け道の完成です!)
屋上の低い場所にある窓を一枚外すだけで人が通れるようになる。その窓は屋上へ向かう階段の踊り場に通じている。ヴァージニアは地面に座って足から校舎の中へ滑りこむ。しかし踊り場まで少し高さがありヴァージニアが着地するとタンッと靴が乾いた音を立ててしまった。
シンとした真夜中の校舎に音が染み渡るのをヴァージニアは息を止めたまま聞いていた。
一秒、二秒、三秒……。時間がひどくゆっくりと流れていく。
五秒経って誰かが来る気配がないことから緊張が解け、ヴァージニアの肺から空気がゆっくりと押し出されていく。
(ふぅ~、焦りました~! でも本当に誰もいないのでしょうか? それはそれで不用心だと思うのですが……)
ゆっくりと靴を脱いで足を下ろすと靴下越しに床の冷たさが感じられる。その冷たさがヴァージニアの混乱していた頭を冷ます役割を与えてくれた。
(ちょっと浮かれ過ぎていましたね。靴は脱いでカバンにしまっておく……あっ、それではイーリスさんに貰った仮面が汚れてしまいますね。なら、いっそ――)
ヴァージニアは仮面を包んでいた紙を開いて顔につける。最初に仮面が入っていた箱は嵩張るからとイーリスに返したことを少し後悔したが、よく考えれば仮面を着ける行為は今の状況に合っている事に気が付いた。
(これなら、もし誰かに顔を見られても私だと分からないでしょう! 完璧な侵入者スタイルの完成です! ありがとう、イーリスさん!)
一度萎えかけた夜間の校舎侵入という冒険心が変装をすることで再び燃え始めた。もっとも服装はそのままなので女性であることはすぐわかるので侵入者の服装として完璧かどうかは疑問が残る。だが、これで気をよくしたヴァージニアはキビキビと階段を降りていく。
校舎内の魔術灯は全て消えており、頼りになるのは窓から差し込む月明かりのみ。もっとも廊下を歩くだけならそれで困ることもない。むしろ長い廊下に差し込む月光が床を照らし、まるで光の道のように見えて幻想的ですらある。
(光の道に導かれて、という一説がウォルコット卿の小説にありましたね。あれのタイトルは確か……。うん?)
その時感じた違和感をヴァージニアはどう表現したらいいか分からない。強いて言えば『背後で空気が動いた……ような気がした』だろうか。
とにかく背後がふと気になったヴァージニアは足を止めて体を斜めにして振り返るった。
「へ?」
思わず気の抜けた声がでたが、それも仕方がないだろう。なぜなら丁度さっきまで彼女の心臓があった場所を鋭利な刃が突き抜けたのだから。
「!」
ヴァージニアの本能か、それとも持ち主の危機に聖女の遺産であるペンダントが反応をしたのか。瞬時に石から送られた力でヴァージニアは襲撃者から大きく飛び退いて距離を稼いだ。
一体誰が、という言いかけた言葉をヴァージニアは吞み込んだ。月明かりが届かない影から出てきた男の異貌をみて彼女にはすぐにそれが誰か分かったからだ。
「完全に不意を突いた、と思ったのだがな。二日続けてやってくるとは貴様らもよほど暇らしいな」
黒い鎧に黒いマントを羽織った男。そしてその右目の眼帯と隠し切れない傷痕。
「東天のファーディス……」
「ほう、俺を知っているか。ならばお前の運命が決まったのも分かるだろう。死ね」
滑るように迫るファーディスが剣をヴァージニアの顔に向けて突き出す。月光に煌めく刃はまっすぐにヴァージニアの瞳に吸い込まれていき――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます