白と黒の邂逅 6

 冒険者ギルドの階段を昇った二階には、いくつもの部屋があり、その中の三部屋の扉が開かれている。廊下からでもケースに入れられた剣や鎧を着たマネキン、壁に掛けられた様々な道具や装飾品が見える。一階と違い、ちらほら人の姿が見えるが、どうも大半は警備の冒険者のようで見学者は少ないようだった。


 ここまで力強くヴァージニアの手を引いてきたイーリスはいきなり展示室へ連れて行こうとせずに廊下の隅へ進んでいく。そこでヴァージニアに向き合うと肩掛けカバンから包みを取り出して、少し恥ずかしそうにそれを差し出した。


 「これ、ジニーさんに受け取って欲しいと思って家から持ってきたの。昔パパが幸運のお守りってくれた物なの」


 「え? え?」


 イーリスの行動にヴァージニアの脳が激しく回転し始める。一体何があってイーリスが自分に贈り物をしたいと言い出したのだろうか? その疑問が顔に出ていたのかイーリスは言葉を選びながら思った事を口にした。


 「さっき私が将来の話をした時にジニーさん、少し寂しそうな表情をしてたから。多分ジニーさん色々な事情やしがらみがあるんだろうなって思ったら他人事じゃないように感じたから」


 「でもお父様から頂いた物ですよね? そんな大切な物を受け取る訳には……」


 「気にしないで。まだまだ私の部屋にたくさんあるから!」


 屈託なく笑うイーリスの顔を見てヴァージニアは素直に包みを受け取った。包みの中は箱で重さはほとんど感じない。「開けてみて」とイーリスに促されて箱を開けると中に入っていたのは一枚の仮面だった。顔を全て覆うタイプで目の部分がくり抜かれいるだけのものだ。手触りは金属に近いが冷たくはなく不思議な手触りがする。


 「……え~と、これは?」


 「パパがミランシアの冒険者ギルドにいた頃、古代遺跡の神殿跡で見つけたんだって。豊穣を願う祭りのときに使われた道具って言ってたかな。なんとこれマナティアで作られているんだ」


 「じゃあ、これはかなり貴重な物なのでは!?」


 「そうでもないってママが言ってた。魔窟の低層で見つかる程度の純度の低いマナティアだから大した価値はないんだって」


 「そうなんですか。それにしてもなぜ仮面を私に?」


 「だってジニーさん、結構いい所のお嬢様でしょ? だから仮面舞踏会とかに使えるかな~と思って。ほら、ウォルコット卿も小説で情報を手に入れる為に仮面舞踏会に潜入するって話があったでしょ。だからこれにしてみたんだけど……」


 イーリスの言葉にヴァージニアは思わず目を丸くした。自分でも全く貴族令嬢らしくないと思っているのに、なぜイーリスがお嬢様だと察したのか分からなかったからだ。

 しかしイーリスの方もヴァージニアの顔を見て、また余計な事を口にしたと気付いて慌てて話を仮面に戻した。


 「えっと~、それでね、これ結構面白いんだよ? ちょっと顔に付けてみて?」


 「着けてと言われても、これ紐ないですよ?」


 「大丈夫、大丈夫。こうやって顔に近づけると~。ほらっ、くっついた!」


 「え、えええええ!?」


 イーリスに促されるままヴァージニアが仮面を顔に近づけるとペタッと仮面が顔に貼り付いてしまった。だが不思議な事に、鼻や口が塞がれているはずなのに息苦しさはなく視界も悪くなっていない。試しにヴァージニアが頭を振っても、まるで外れる様子もなかった。


 「これ、すごいですね! ……あれ、でもはずすのはどうすればいいのでしょう?」


 「ジニーさん、耳の近くに少し隙間があるから、そこに指をかけて――。そうそう、そのまま指を潜り込ませて隙間を大きくしていくと、ほら、外れた」


 「はあ、びっくりしました。不思議な道具ですね。きっと遺跡や魔窟には私たちの知らない物がたくさんあるんでしょうね」


 「そうだよ! だから私は冒険者になって珍しい物を見つけたいんだ! なのにパパもママも全然わかってくれないんだもん。自分たちだって冒険者だったくせ

にさ~。……あっ、そろそろ展示展見てみようか? あっちにも面白い物がたくさんあるんだよ~。ほら、早く早く~」

 

 ヴァージニアはイーリスから貰った仮面を箱に戻してから自分のカバンに丁寧にいれる。その時にふと両親が話を聞いてくれないと言ったイーリスの寂し気な表情が頭をよぎった。

 

 (きっと将来の事を答えられなかった私も同じような顔をしていたのでしょうね。だからイーリスさんはこの仮面を、幸運のお守りをくれたのでしょう。私にも何かお返しが出来ればいいのですが……)


 「ジニーさん、どうしたの~?」


 「イーリスさん、ありがとうございます。この仮面、大事にしますから」

 

 ヴァージニアの笑顔で述べた言葉にイーリスはとても嬉しそうな顔をして同じく笑顔を返す。


 そして二人はまるで数年来の友達のように楽しい時間を過ごした。心ゆくまで冒険者の戦利品である展示物を眺め、それを手に入れるための冒険に思いを馳せた。

 夕食は外に出て露店で買った物をイーリスの家で食べ、そのまま夜が更けるまでひたすらに互いのお勧め冒険小説を語り合った。その途中でメメスが訪れ面会の予定日を明後日の午後だと伝えると「また明後日に」と言い残して帰っていった。

 その後も少女二人の話は尽きる事がなく気が付けば、すっかり真夜中になってしまっていた。

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