白と黒の邂逅 4

 「はい、これが冒険者学校の入学案内よ」


 戻ってきたメメスはヴァージニアの依頼書の上に持ってきた紙を置いた。

 ヴァージニアが興味津々に読んでみると、確かに冒険者になるための学校のようだ。ちなみにキャッチコピーに書かれていた一文は「来たれ若者! 命を無駄にする前に!」だ。


 「期間は半年と一年があるんですね。あれ、でも学校の場所は王都ではないのですね」


 「さすがに王都の土地を買うのは難しかったんでしょうね。でも交通の便はいいんですよ? ちょうど王都と南にある港町ザフスの間……から少し外れた場所ですから」


 「ザフス……」


 港湾都市ザフス。パミア大陸の南方にある大陸との交易で栄えるオーガスタ黒王国の港町であり、同時に景観の良さから観光地としても栄えている。特に高台は多くの貴族たちが別荘を持っておりウルフェン家の別荘もある。ヴァージニアも何度か訪れたことがある馴染みの町であった。

 港町特有の潮の匂い、見慣れない物が並ぶ市場の活気、浜で遊ぶ子どもたちの歓声、切り立った崖から見た朝日。目をつぶれば今もはっきりと思い出せるほど思い出深い町だ。


 「どうかされましたか、ジニーさん?」


 「あっ、すみません。でも冒険者の学校があるなんて知りませんでした」


 「実は冒険者学校を最初に設立したのはジニーさんも大ファンのオスカー・ウォルコット卿なんですよ? ついでに言えばこの冒険者ギルドを発案して資金を提供したのもウォルコット卿ですが」


 「え、そうなんですか!?」


 今から約二十ほど前の話である。

 自分の冒険を小説として発表したオスカー・ウォルコットの作品は多くの人、とりわけ一攫千金を夢見る若者たちを夢中にさせた。

 しかしそれにより、ろくな装備も知識もない若者が危険な冒険に挑み、命を失う事例が多発してしまう。そして遺族の怒りは扇動者と目を付けられたウォルコット卿へと向かっていった。

 そこでウォルコット卿は冒険者たちを管理するためのギルドと、未来の冒険者を育成する学校の設立を提案し私財を費やし実現に漕ぎつけたのだった。

 だがウォルコット卿の活動拠点がパミア大陸西方だったこともありオーガスタ黒王国に冒険者ギルドや冒険者学校の導入は遅れており、特に学校の知名度は非常に低かった。


 「学校の指導員は引退した冒険者を雇い、様々な道具やギルドの利用法、戦闘技術の指導も行っています。見学も自由ですから興味があれば是非見に行ってください」


 「あはは、機会があれば是非。でもそんないい学校があるのならイーリスちゃんも行きたいのではないですか?」


 「……ええ、イーリスは通いたいと言っているんです。けどあの子の両親、つまりうちのギルドマスターとサブマスターが反対しているのよ」


 メメスの話によれば、イーリスの母親であり現ギルドマスター、つまりルルニアの娘であるオーシィ・ベンゼデッダ。その夫でありサブマスターであるブレイド・ベンゼデッダの二人はイーリスに堅実な人生を歩んで欲しいと願っているのだという。

 しかし、そのについて夫婦で意見の相違が発生しイーリスの考えを無視して毎日のように夫婦喧嘩を繰り返しているのだという。


 「オーシィさんは騎士学校、ブレイドさんは魔術学校。イーリスは剣も魔術も得意ですから意見が別れて喧嘩しているんです。でもそれはまだいいんですよ。問題はイーリスの事を完全に無視していることなんです。そういう親の態度が悲劇を招くのはあの二人が一番よく分かっているはずなのに!」


 「悲劇?」


 「誰かに認めて貰うために無茶な事をする子どもの痛ましい最期なんて冒険者なら何度も耳にします。そこまでいかなくてもイーリスには家出をして隣国のフィリン森林国やヘイル草原自治領のギルドに行ってそこで登録を済ませてしまうという手もあります。いずれにせよ、このままではイーリスは私たちの所から飛び出して行ってしまうでしょうね。そのあとに、どうなるかはあの子次第ですが……」


 話し終えるとメメスはまたため息をついた。彼女にとってイーリスはきっと妹のような存在なのだろう。けれども家族ではないために家庭の問題に口を挟めない苦悩が彼女の表情からありありと察せられた。

 だがここで自分が愚痴を漏らしている相手が依頼者だと思い出したメメスはハッとした顔をした。


 「ごめんなさい、ジニーさんに関係ない話を長々としてしまって。それでは依頼についての話に戻りましょう。率直に申し上げますが、現在ジニーさんの冒険者へのインタビューは当ギルドではお受けできません」


 「……理由をお聞きしてもいいですか?」


 「ジニーさんが指定された四人の冒険者はオーガスタ国外に出ているため連絡を取ることが出来ないからです」


 先ほどと打って変わって事務的にメメスにそう告げられるがヴァージニアもそう簡単に引き下がるわけにはいかない理由がある。


 「国外に? ではどこに行かれたかは分かりませんか?」


 「残念ながら。ただ……」


 「ただ?」


 「ジニーさんのお探しの冒険者たちはブレイドと仲が良かったんです。ですからブレイドに聞けばどこに向かったか分かるかもしれません。もしジニーさんが望むのでしたら面会の予定を取ることも出来ますが、どうします?」


 「会っていただけるのなら、ぜひ!」


 「わかりました。ではブレイドの予定を確認してきますので――」


 そこまで言いかけてメメスが一度言葉を切りヴァージニアの肩越しに目をやる。釣られてヴァージニアが振り返ると肩で息をしているイーリスの姿があった。


 「少しの間でいいのであの子の相手をしてあげてくれませんか?」


 メメスの言葉にヴァージニアは大きく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る