白と黒の邂逅 3
「まずは依頼者、つまりジニーさんのフルネームをここに記入して。次に依頼内容ね。冒険者に話を聞きたいと言う事だけど名前は分かっているのかしら?」
「はい、えっと……この方たちです」
ヴァージニアはカバンを漁って昨日エレンの家で書き留めた四人の冒険者の名前を依頼書に書き写していく。
その様子をメメスはにこやかに見ていたが、書かれた冒険者の名前を見ると一瞬笑顔が消えた。だがすぐに営業スマイルをとり戻したが、その視線は先ほどと違っていた。まるで何かを探るような観察者のようにヴァージニアの姿を目に焼き付けようとしていたが――。
「書けました!」
「はい、お疲れ様でした。それじゃ依頼書は一旦こちらが預かりますね」
ヴァージニアが顔をあげると同時に観察を止め普通の受付嬢に戻ったメメスが依頼書を手にとると内容を改めて確認する。そして「では少々お待ちください」と言い残すとカウンターの後ろにあるドアを開けて奥に入っていってしまった。
メメスを見送るとヴァージニアはキョロキョロと周囲を見渡す。ヴァージニアが真っ先に気になったのは依頼カウンターの真後ろにある依頼掲示板だった。依頼難度によって区切られた掲示板には大量の依頼内容が書かれた紙が貼りつけられていた。
(うわ~、うわ~! 本物だ! 本物の掲示板だ!)
感動の余り目を閉じたヴァージニアに今までに読んだ冒険小説の一場面が次々と思い出される。
冒険小説の始まりは大体において掲示板が始まりだ。主人公は依頼が書かれた紙を掲示板から剥がし依頼を受注して冒険に旅立っていく。
「ジニーさん、掲示板の紙に触っちゃダメだよ~?」
「ふえっ!?」
頭の中で小説のイメージを再現しているうちに、実際に掲示板に手を伸ばしていたヴァージニアは飛び上がって後ろを振り向くとイーリスが笑っていた。
「ジニーさん、冒険小説のシーンを思い出していたでしょ?」
「えっ、何で分かるんですか!?」
「だって私も子どもの頃に、しょっちゅう小説の主人公の真似して紙を剥がして怒られたもん。ひょっとしてジニーさんも冒険者になるのが夢なの?」
「え、ええ!? そんな私なんか無理ですよ。だって私には……」
「魔力が無い」という言葉をヴァージニアは飲み込んで俯いた。
パミア大陸において日常生活に魔力を使う場面は多い。
部屋の明かりを点ける、蛇口から水やお湯を出す、遠距離への連絡など数えればきりがない。
だがそれは魔力の全くないヴァージニアにとっては何一つままならない生き辛い世界である。魔力の無いヴァージニアは常に誰かに助けて貰わなければ生きていけない。だからヴァージニアは屋敷にいるより外が好きだった。ただ歩いて回るだけならば自分は他の人と何も変わらないと思えるからだ。
(そんな私が冒険者なんてなれる訳がありません)
「ご、ごめんなさい! 私また余計な事を言っちゃって!」
ヴァージニアが表情を曇らせたのを見てイーリスが何度も頭を下げる。それを見てヴァージニアはハッとして慌てて宥め始めた。
「だ、大丈夫です、気にしていませんから! 私はただ冒険を夢見るだけでいい。それだけで幸せなんですから」
「でもそれじゃ私の気が済まないよ! あっ、そうだ! ちょっと待っててね!」
そう言い残してイーリスは外へ飛び出して行ってしまった。イーリスの行動力に唖然としているヴァージニアの後ろでドアが開く音がしてメメスが戻ってきた。
「またイーリスが騒いでいましたけどあの子が何かやらかしました?」
「い、いえ、別にそんな事はないですよ!」
椅子に座ったヴァージニアの前でメメスはため息をついた。
「どんな時でも冷静に。これは冒険者が生き残るための鉄則なのですけど、あの子はあんな感じでしょう? 武術や魔術の腕は悪くないのですけど、あの性格ではとても冒険者としてはやっていけません」
「厳しいのですね、冒険者になるのは」
「いいえ、なるのは簡単です。冒険者になるには絶対にギルドの承認が必要という訳ではありませんから」
いつの間にかメメスの顔は有能な事務員から手のかかる妹を憂う姉のような顔になっていた。ここでもしヴァージニアが指摘すればすぐにまた依頼の話に戻す事が出来るのは判っていた。だがあえてヴァージニアは彼女の話を遮らずに色々聞いてみようと思った。
「なるのは簡単でも冒険者として生きていくのは小説よりもずっと難しいのですよ。少なくとも、すぐに感情が表に出てしまう今のイーリスが冒険者になっても破滅するだけです。だから今のうちに諦めさせるか冒険者学校に入れるか両親が決めなければならないのですけど……はぁ」
「え、冒険者の学校があるのですか?」
「あっ、興味がありますか? ちょっと待っててくださいね。もう、こういう時にイーリスはいないんだから!」
メメスは立ち上がってカウンターを出るとギルド入り口近くに重ねて置いてあった紙を一枚持って帰ってきた。
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