白と黒の邂逅 2

 ヴァージニアがギルドの中に入って最初に目が入ったのは入り口近くにある書籍コーナーだった。


 「ファッ!? ここでも冒険小説を扱っていたんですか!?」

 

 思わず大声を出してしまったヴァージニアは慌てて口を押えるが時すでに遅し。周囲からクスクスと笑う声が聞こえて来て顔が熱くなる。そんなヴァージニアの背後から冒険者ギルドのイメージからほど遠い可愛らしい女の子の声で話しかけられた。


 「こんにちは、いや、もうこんばんはかな? まぁいいや。お姉さんは我が冒険者ギルドに来るのは初めてですよね?」


 「は、はい! 初めてです!」


 ひょっとして不審者として外に放り出されるのではと恐る恐る振り返ったヴァージニアの前にいたのはレイチェルより年下に見える女の子だった。ヴァージニアと同じズボン姿で活発な印象の少女は、緊張しているヴァージニアの態度が面白かったのか笑っていたが、すぐに笑いを抑えてヴァージニアにお辞儀をする。


 「ようこそ、オーガス冒険者ギルド支部へ! 私はこのギルドの自称看板娘イーリスです! お姉さんの名前を聞いてもいいですか?」


 「あっ、私はヴァ……、ジニー、ジニー・ウォルコットです」


 「ウォルコット!? ひょっとしてあの冒険王の子孫とか!?」


 「ち、ちち、違います! オスカー・ウォルコット卿とは全くの他人です!」


 オスカー・ウォルコット。

 黒の災厄以前の古王国時代の未盗掘遺跡を次々と発見した偉大なる冒険者であり、自身の体験を元にした多数の冒険小説を執筆したベストセラー作家でもありヴァージニアが尊敬する冒険者である。

 元々、西方の大国ミランシア王国の貴族でありながら地位を投げ捨て冒険者となり名を馳せた。そして五年前に消息を絶ち伝説となった冒険者には確かに子どもや孫がいるが、当然ヴァージニアとは全く関係がない。


 「なんだぁ~、残念……じゃない! 勘違いしてごめんなさい!」


 「いえ、気にしないでください! お願いですから本当に気にしないでください!」


 イーリスはギルドにやってきた人に、勝手に期待して失望するという失礼な態度をとったことに対し謝罪する。だがそもそも名を偽っているヴァージニアには謝られる理由は全くない。むしろ勘違いさせた事への申し訳なさから今すぐギルドから逃げ出したいくらいなのを堪えるのに必死だった。


 「……怒ってない? はあ、良かった~。前も依頼に来た人を勘違いで怒らせちゃったことがあるから……。こんなだから親から、お前に冒険者なんて無理だ、なんて言われちゃうのよね」


 「イーリスさんは冒険者になりたいのですか?」


 「もちろん! だってうちは生粋の冒険者の家系なんだからね! 私のパパとママは腕利きの冒険者、そしてお祖母ちゃんは百体の魔獣を狩った伝説の魔獣ハンター、血風けっぷうのルルニアなんだよ!」


 「へ? ルルニアって元ギルドマスターをしていたという? ということはイーリスさんは今のギルドマスターの娘ということですか!?」


 「そうだよ~。でもお姉さんくらいの若い人がお祖母ちゃんがギルドマスターだったの知っているの珍しいね。お祖母ちゃんが引退したのは結構昔なのに。って、また余計な事聞いちゃってるよ、私! ギルドに来る人は訳アリの人も多いからアレコレ聞くなって言わてるのに!」


 「あ、あははは……」


 まさしくその訳アリのヴァージニアは頭を抱えているイーリスを笑って見守ることしかできない。

 ややあって、反省し終えたイーリスが改めてヴァージニアに向き直った。


 「ああ、放っておいて騒いでごめんね。それでお姉さんは今日はどんな用事でギルドに来たの?」


 年が近いからか、イーリスの態度が大分フランクになったが、ヴァージニアとしても変に畏まれても窮屈なので気にせず訪問の理由を口にした。


 「えっと、多分このギルドに所属している冒険者さんにお話を伺いたいなと思って来たんです」


 「話? 依頼じゃなくて?」


 「依頼という形がいいのなら依頼でもいいです。ある方の護衛をしていた冒険者の人たちにどうしても伺いたいことがあるんです」


 「そういう事なら依頼の方がいいかも。冒険小説家の人はネタが欲しい時に依頼って形で冒険者に話を聞いているから。それじゃ依頼受付までごあんな~い!」

 

 元気よく手をあげてイーリスがギルドを先導する。目指す依頼受付カウンターは入り口から見て左手奥にあり、イーリスの声が聞こえていたのか二十代半ばほどの愛嬌のある顔立ちの女性が手を振っていた。


 「ここが依頼受付カウンターだよ。あとはこの有能受付嬢のメメスさんの言う通りにすれば簡単に依頼を出せるから」


 「イーリスちゃんはすぐに大げさな事をいうんだから! あっ、騒がしくてごめんなさい。私は依頼受付担当のメメスといいます。どうぞよろしくお願いしますね、ジニーさん」


 「こ、こちらこそお願いします!」


 ギルドはそれほど大きな建物ではない。なので入り口近くでのヴァージニアとイーリスの会話はメメスにも筒抜けだった。現にメメスは既にギルドに依頼を出すために記入する用紙を準備して待っていた。


 「ジニーさん、ギルドを見て回りたいでしょ? 終わったら案内するから楽しみにしててね~!」


 自分の言いたいことを言うとイーリスは持ち場(と思われる)入り口に笑顔で戻っていった。


 「イーリスったら相手の予定も聞かないで勝手にまくし立てて! すみません、あの子の言う事は無視しても構いませんよ?」


 「いえ、冒険者ギルドの中を見学するのも重要な目的の一つでしたから大丈夫です! むしろこちらからお願いしようかと思ったくらいですから!」


 「そ、そう? それじゃ依頼書の書き方を説明するわね」


 ヴァージニアの異様な熱意に若干引きつつもメメスはカウンターに置かれた用紙を指さした。

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