王都に潜む闇と影
前日祭一日目を終えた学生街は普段と違い、未だに学生たちの姿がちらほらと見えた。本番である建国祭の三日間に向けて催し物の準備を進める学生たちは若さを武器に疲れを見せずに徹夜で作業を続けている。
もっともその活気は主に学生街の南部、住宅地から新しく学生街に組み込まれた新しい学区だけだ。学生街北部にある格式にこだわり孤高を貫く名門校は粛々と通常通りの授業を行い生徒も既に帰宅し、いつも通りの静寂さに満たされていた。
その中でも特にヴァージニア達が通う女学校はなぜか常夜灯も点けられず一段と深い闇の中にあり、さながら黒い海に浮かぶ陸の孤島のようになっていた。
しかし、いかなる用事があるのか、その孤島に黒いマントに身を包んだ三人の人物が今まさに足を踏み入れようとしていた。
三人は小走りで道を走り道から死角となる場所に潜り込むと二人が周囲を見張り、一人が女学校の塀を超えて中に侵入した。少し遅れて見張りの二人も敷地内に飛び込み三人は屈んだ状態のまま様子を窺う。そして安全と判断すると三人は校舎の方へと進んでいこうとした。
だがほんの数歩歩いただけで、突然に最後尾を歩いていた人物が音もなく地面に倒れ伏した。
「いくら消音が付与された装備に身を包もうと気配も満足に消せない素人では宝の持ち腐れだな」
暗がりから現れたのは抜身の剣を持った隻眼の男が剣を振るうと刃についた血が草に降りかかる。
「!」
黒いマントを着た二人は驚きつつも両手の間に魔力で生成された雷を同時に放つ。拙い潜入技術と違い魔術の扱いはかなり手慣れており発動速度も威力も申し分ない。普通の相手ならば十分に殺傷できる魔術だったが、しかし相手が悪すぎた。
「!?」
放射される雷を黒に塗られた小手をつけた左腕で払いのけ、隻眼の男の剣が侵入者の一人の腹を貫いた。そのまま剣を引き抜くと驚愕に目を見開いている最後の一人の首を刎ねた。
「団長、ご無事ですか!?」
「問題ない。それより死体の処理と死の穢れを払う手配をしろ。貴族の子女が通う学び舎に不浄を残す方が遥かに問題になる」
「はっ! しかしコイツらは何者でしょうな?」
「恐らく『真理の書』の残党だろう」
「『真理の書』? ああ、確かオーガスタの建国王が残した魔術書を探しているという集団でしたか?」
「違う。魔術書を残したと言われているのは建国王が師事していた賢者だ。もっともそんな魔術書が実在するか怪しいものだがな。かつては貴族社会の中でも大きな力を持っていたが、今は壊滅状態だと聞いていたがしつこく生き延びて復権を目論んでいるらしい。司教殿から聞いていたが本当にまだ存在していたとは」
「忍び込んだ奴らの狙いはやはり……」
「ここで何かを掴んで勢力回復のきっかけでも作るつもりだったんだろう。司教殿に奴らの情報を集めてもらわねばならないな。これ以上首を突っ込むつもりなら全滅させることも考える必要がある」
そう言い残し隻眼の男、東天のファーディスは踵を返す。
「団長、どちらへ?」
「欠片の捜索範囲を広げる。ここの始末は任せる」
短くそう言い残しファーディスの姿は夜の闇に消えていった。その背中を見て髭面の部下はため息をついた。
「祭りの日に被害が出るのを抑えたいのは判りますが、少しは休んで欲しいんですがね。上がああも動き回っていると下の者も休むに休めん。いや、愚痴っている場合じゃないな。日が昇るまえに処理を終わらせんと」
夜明けとともに建国祭の準備をする学生たちが一斉に学生街にやって来る。その前に全ての処理を終えなければならない。
「やれやれ、これは私も眠れんかもしれんなぁ。しかし聖石の欠片は一体どこに行ってしまったのやら」
彼らの探している物が既にヴァージニアによって破壊されている。しかしそれを知る術のない騎士団はその日も夜を徹して捜索を続けるのだった。
―――
☆
『真理の書』……。
この組織はオーガスタ聖王国時代から延々と王国の闇を支配していた組織でした。
組織としての目的は前述の通り古の賢者が残したとされる秘術の書の探索でした。しかしよくある話ですが長い年月を経た組織は歪み腐敗します。
真理の書はオーガスタを裏から操り、その一方で全く意味のない人間を用いた非道な儀式を行い続けていました。
ですが彼らの横暴は二つの要因で終わりを迎えつつありました。
一つは百年前にオーガスタ黒王国に入り込んだ黒曜教です。
真理の書は国教として認められた黒曜教を、排除すべき敵として激しく対立しました。これは自分たちに配慮せずに黒曜教という異物を認めたレオン王への抵抗でもありました。しかし真理の書はこの政治闘争に敗北して政治力を大幅に削られることになりました。
そしてもう一つは、約三十年ほど前に現れた、ある復讐者の暗躍にありました。
若くして黒王国の高官となったその復讐者は、自身の政治権力を失い過激化していた真理の書のメンバーを徹底的に摘発し潰していきました。
その中には黒王国の貴族たちも多くいましたが、復讐者は一切の容赦なく一族郎党を皆殺しにしました。
その狂気にも似た執拗さは、正気を失っていた真理の書過激派さえも恐れをなし地下深くに潜り復讐者の目から逃れるほどでした。
復讐者は身分を問わず真理の書に関わる者を次々と血祭りにあげていきました。
『国に巣くう汚物を一掃する』
そう言って子どもすら躊躇いを見せず殺す復讐者はやがてこう呼ばれることになりました。
『オーガスタの毒蛇』と。
ですが、これほど激しい弾圧を受けても尚『真理の書』は存続していました。
そして未だにかつての権力、そして不確かな存在の宝を求め続けていたのです。
長年、自分たちを抑え続けていた復讐者が任務で王都を離れた隙に彼らの野望も動き出しました。
そしてその野望は彼らにとって憎き仇であるウルフェン家の姉妹を巻き込んでいくことになるのです―――。
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