第八章 暗闘
黒曜教と聖石
☆
こうしてヴァージニア達の忙しい一日は終わりを迎えました。
ですが次のお話をする前にレイチェルがハミルトンから聞いた黒曜教の成り立ちと発展について少しお話させていただきますね。
ええ、ハミルトンがレイチェルに語った内容は人物に焦点を当てた話だったそうです。初代大神官の親姉弟や従兄弟に友人などなど、その登場人物は相当な数で何時間も聞いていたレイチェルもきっと辟易としていたでしょう。
さすがにそんな話を私がここで繰り返し語っても仕方ありませんから、かいつまんで説明させていただきますね。
ああ、これはヴァージニア達の時代の話で今に伝わっている話とは大分違いますから、どうかご注意ください。
―――
黒曜教の興りは黒の災厄の後、散り散りになっていた人が再び集まりオーガスタを始めとした国が生まれ何世代か経た頃になります。年数で言えばだいたいヴァージニアたちの物語が始まるおよそ三百年ほど前と言われています。
四百五十年ほど前に南の肥沃な大地に興ったオーガスタ聖王国が興り、同時代に北の軍事大国ダグラス帝国も生まれました。
黒曜教の成立にはこのダグラス帝国の軍事政策が大きく関わっています。
凍てついた大地が大半を占める帝国の望みは南の温暖な土地、つまりオーガスタでした。その為に軍事に力を入れ、民も生活費を稼ぐために軍人や傭兵となりダグラス帝国は軍事大国としてパミア大陸にその名を轟かせていきます。
しかし、そうした軍事政策は元々弱かった生産業を圧迫し、戦う力を持たない老人や子どもの多くが貧しさの中で命を落としました。
そして三百年前に大陸北方にあるミレイユ山脈のふもとで帝国の厳しい税の取り立てに反発した農民や猟師が反乱を起こしました。
その結果は言うまでもなく精強な軍を持つ帝国の勝利で終わりました。勝利した帝国軍は反乱に加担した者を徹底的に追い詰め処刑していきました。
しかしこの時、一人の青年が険峻なミレイユ山脈への道に逃げ込みました。
ミレイユ山脈は一年中雪の積もり、道も魔獣が作った獣道しかないような場所で人間の住める土地ではありませんでした。
青年は雪で喉の渇きを潤し、死んだ魔獣の死骸を貪りながら、何かに導かれるように山脈の奥へと進んでいきました。
青年も最初はしばしの間身を潜めてから山を下りるつもりでした。
しかしある時から自分を呼ぶ声が聞こえてきたそうです。その時の青年には自分を呼ぶ存在へ至る道が光って見えていたと言います。
そして導かれるように進んだ道の先で、遂に青年は巨大な空洞と全てを包み込むような大いなる力を秘めた巨大な黒い石を発見します。
その後、青年は僅かな魔術の知識をもとに石に満ちる力を体に取り込み制御する方法を模索します。
石の力は素晴らしく、ただ近くにいるだけで飢えも疲労も感じず寒さすら克服できたそうです。そうして青年は明かりもない洞窟の中で実に三十年もの間、石と向き合い、その力を身に着ける修行を続けました。
そんな日々を過ごすうちに青年はその不思議な石を大地の精霊神が遣わした聖石であると確信し、戦争に苦しめられる人々を救うのが自らの使命と考えるようになっていました。
その決意に応えたのでしょうか。聖石は己の力を青年に分け与え、彼の前途を祝福したと黒曜教の聖典には描かれています。
そして聖石の意思、即ちパミア大陸に楽園を創造するという使命感を胸に青年は三十年ぶりに山を下りました。
そこで見た故郷の地は相変わらず瘦せ衰え、新しく移り住んだ者たちもかつての自分たちと同じく痩せこけていました。
青年は自らを『ゴードウェル』と名乗り、聖石の力を使ってやせ細った土地に作物がなるようにし、怪我や病気で苦しむ人を救っていったといいます。
えっ、三十年も経っていればもう青年じゃない、ですか?
普通ならその通りです。
しかし聖石の加護を受けたゴードウェルはもはや人の範疇を超えた存在になっていました。彼の肉体は山に入った時よりも若々しくなり、誰が見ても六十に近い年齢とは分からなかったそうです。
そうして奇跡ともいうべき力を民衆に見せ、少しずつ信徒を増やしていったゴードウェルでしたが彼の前に暗雲がたちこみ始めます。この奇妙な伝道師の存在を帝国上層部が知ってしまったのです。
帝国は神秘の力を得たゴードウェルに帝国への協力か死を迫りました。
それに対しゴードウェルがとった道は依然と同じ『逃走』でした。
彼は信徒をミレイユ山脈へ導き、その一方で追ってきた帝国軍数百人ををたった一人で足止めしてから聖石の元へ戻りました。
精強さで知られる帝国軍も未踏の地であるミレイユ山脈に入るという選択はせず引き上げざるをえませんでした。兵士たちも恐らく逃げた者全員が凍え死ぬか魔獣の餌になると考え後始末を自然に委ねたのでしょう。
しかし、逃げた者たちは生きていました。
ゴードウェルは彼らに聖石の素晴らしさを説き、自らを黒曜教と名乗り帝国の目から隠れつつ信徒を増やしていきました。
その後、数十年は黒曜教と帝国の間でいくつもの争いが起こりました。
黒曜教の神官が帝国の目を盗み貧しい民を救う。
帝国が黒曜教の信徒を残虐に狩りだす。
そんな対立の流れが変わったのはゴードウェルたちが信徒を連れてミレイユ山脈に籠ったときより百年以上が過ぎた頃です。
当時のダグラス帝国皇帝は愛する妃を早くに失い、彼女との間に生まれた姫を大変可愛がっていました。
ですが姫が十歳を迎えた日に悲劇が起こります。
盛大に開かれた彼女の誕生パーティー。その祝福される日に突然倒れた姫は母親と同じ不治の病を患っている事が判明したのです。
その診断に我を失った皇帝は大陸中の名医や治癒術士を金の糸目もつけず集めましたが、誰にも姫に迫る死を払いのける力はありませんでした。
悲嘆にくれる皇帝でしたが側近の一人がこう言ったのです。
「ミレイユ山脈を本拠に持つ黒曜教に助けを求めるのはいかかですか?」と。
帝国とのせめぎ合いの中m黒曜教はときおり高位の神官を下山させ苦しむ民を救い帝国内で徐々に根を下ろしつつありました。レイチェルが聞かされそうになった三聖人もこの少し前に活躍した人たちです。
黒曜教、特に大神官ゴードウェルが持つ奇跡の力は帝国重鎮たちにも知られていました。実際に黒曜教に助けを求めた貴族も多数おり、帝国と黒曜教の対立を終わらせ治癒の力の恩恵に授かりたいと思う人は貴族、平民を問わず多数いたのです。
そういった帝国宮廷内の『和平派』と呼ぶべき人達からすれば姫の治癒は融和への足掛かりとして最大のチャンスでありました。
そして皇帝はついに決断を下します。
大神官ゴードウェルを宮廷に招く。
その知らせは帝国中にあっという間に広まりました。
なぜゴードウェルが生きているのか、ですか?
大神官ゴードウェルの名前は世襲制となり、この時のゴードウェルは三代目に当たると言われています。
ただダグラス帝国の記録によれば非常に若々しい男だったと記されており、もしかしたら初代のゴードウェルが生き続けているのではという話もまことしやかに囁かれて、それが大神官の神秘性と皇帝の期待も大いに高まったと伝えらています。
ゴードウェルが宮廷に訪れる前、そして滞在中にも非常に多くの出来事があったのですが、ここでは語るのは止めておきます。その時の話は然るべき時に話させていただきますね。
結果だけを言えば姫は一命を取り留め、それに感動した皇帝はゴードウェルに跪いて何度も感謝を伝えました。そして黒曜教をダグラス帝国の国教とする事を約束しました。そして黒曜教は帝国を足掛かりにしてパミア大陸中に広まっていくことになります。
その過程で黒曜教の組織化は大きく進み大神官の補佐役として
これが黒曜教の当時伝わっていた成り立ちです。
では話を戻しましょう、といいたい所ですが、ヴァージニアの話に戻る前に一つのエピソードをお話させてください。
これは前日祭一日目が終わりヴァージニアがベッドに入り眠りに落ちた頃の話です。
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