二つの伝説 9

 「素性の分からない占い師の話を信じて歓楽街に行った? 姉さま、あなたは一体何を考えているんですか?」


 「あはは、レイチェルってばエレンちゃんと同じような事を言ってますよ」


 「笑い事ではありません! もしその占い師がよからぬ事を考えていたらどうするつもりだったのですか!」


 「そ、そんな悪い人には見えませんでしたし、いざとなればペンダントの力を借りれば大抵の事はどうにかなりますし」


 「それは公には出来ない物ですよ! 下手に使って怪しまれれば……」


 「レイチェル、声が大きいですよ!」


 エレンの部屋と違い、この部屋には防音の魔術は使われていない。あまりコソコソとしていると執事がエイルムスに告げ口をしかねない。だからヴァージニア達はいつもレイチェルの広い部屋の廊下から離れた隅の方で椅子を並べて話し合っているのだが、さすがに大声を出せば廊下を歩いている誰かに聞かれかねない。

 ヴァージニアの注意で冷静さを取り戻したレイチェルはフッと大きく息を吐き怒りを静めた。


 「失礼しました。けれども姉さま? あまり調子に乗って危険な事をしないでください。いいですね?」


 「はい、ごめんなさい……」


 どちらが姉で妹か分からないようなやり取りを経てレイチェルはヴァージニアから聞いた話で気になった点を取り上げた。


 「エレン様のお父上であるエドワード様が虹の聖女にまつわる壁画を発見した。その直後に黒曜教会の告発を受け、その後失踪。それに各地の遺跡にある壁画を何者かが破壊してまわっている可能性もある、と」


 「はい。私はこの件を調べる事をエレンちゃんから頼まれました。具体的には冒険者ギルドでエドワードおじ様の護衛をしていた方に話を聞いてみようと思います。ところでレイチェルの方は何か収穫がありましたか?」

 

 そこでレイチェルはハッとした顔をしてヴァージニアに突然デコピンをした。


 「痛っ! な、何をするんですか、いきなり~!」


 「あんな服を私に着せた罰です。何が、みんな着ている~、ですか! 半ズボンなんて子どもしか着ていなかったではないですか!」


 「えええ!? だってレイチェルは最初から子どもに変装するつもりだったじゃないですか~!」


 「誰がそんな事を……」


 そこまで言ってからレイチェルは昨夜のやり取りを思い出し、姉妹の認識に齟齬が生じていた事に気づいた。


 「……まあ、この話はここまでにしましょう」


 「レイチェル~。私にデコピンしたことについては~?」


 「そんな事より私の話を聞いて下さい」


 「ううう、あんまりですよ~」


 涙目のヴァージニアを無視してレイチェルは淡々と今日の出来事を話す。最初は何か言いたげだったヴァージニアだが神殿へ入る前と入った直後のレイチェルの行動を聞くと目を輝かせた。


 「人混みを利用して追っ手を振り切って変装してやり過ごす! レイチェル、すごいカッコいいですよ! でも一緒に付いて来ていた召使いさんはちょっと可哀そうですね」


 「あの女が以前に姉さまの私物を持ち去った泥棒ですのに姉さまは甘いですよ。今日の不始末で執事がクビにしてくれれば最高でしたのに。それより話はここからが本番なのですからきちんと聞いていてください」


 そしてレイチェルは東天のファーディスとの出会い、そして書庫番であるハミルトンとの話を続け、最後の虹の聖女に関する話で締めくくった。


 「四天してん、黒曜教の最高幹部の一人……。私はフレデリック様に会ってレイチェルはそのファーディスさんに会った。今日はお互いにすごい日になってしまいましたね」


 「全くです。いつもふらふらと出歩ている姉さまはともかく私にもこんなハプニングが起こる日が来るとは思いませんでした。ですが数日間の謹慎処分と引き換えにするだけの情報は得られました。一つはファーディス率いる黒曜騎士団が王都オーガスに入っている事です。さすがに全員ではないでしょうが団長であるファーディスがいる事を考えれば精鋭を引き連れているのは間違いないかと」


 「眼帯の男の人ですね。もし街中で見かけたら逃げた方がいいでしょうか? それとも尾行をした方が……?」


 「お願いですから妙な事をしないでください。逃げれば怪しまれますし尾行など一瞬で気付かれますから。どこで見かけた程度の情報で充分ですから深入りはしないようにしてくださいね」


 「はい、分かりました!」

 

 この時レイチェルは注意を促しつつも広い王都でヴァージニアとファーディスが出会う可能性は低いと思いそれ以上の事は言わなかった。


 「さて問題は書庫番のハミルトンという人が語った虹の聖女に関する話です。あの話が果たして彼個人の考えなのか黒曜教全体の考えなのかですね。もし虹の聖女の存在を黒曜教が否定しているのだとしたら聖女の遺産の引き渡しをレオン王に求めた理由は何でしょう?」


 「う~ん、聖女の存在した証拠を消そうとした……あっ!」


 「その通りですよ、姉さま。もし黒曜教が聖女がいた痕跡を大陸から消そうとしているのならエレン様のお父上の件の理由も明らかです。そして各地の壁画を損壊してまわっている者たちの正体も、です。もっともこれは黒曜教の虹の聖女に関する考えをはっきりさせてから論じた方がいいでしょうね。私はしばらく買ってきた本を調べてみます。姉さまは明日は何かする予定ですか?」


 「私はエドワードおじ様が最後に雇った冒険者の方に会ってこようかと思います。それが終わったら一度学校の様子を見てこようかと」


 「確かにあの後学校がどうなったのかも気になりますからね。繰り返しますが、黒曜教の神官戦士を刺激するような真似は絶対にしないでくださいね?」


 「そんな簡単に会えるわけないですって。だから大丈夫ですよ~」


 笑顔で言い切るヴァージニア。

 今日フレデリック王子と出会った以上の事が起こるはずがないと思っていたヴァージニアに運命が更なるサプライズを用意していた。


 そして前日祭一日目は終わりを迎え、多くの物が眠る頃。

 一つの事件が王都で起こっていた――。

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