二つの伝説 5

 「エレンちゃんもやっぱりそう思いますよね!? やっぱり聖石は……」


 「待って。まだ結論を出すのは早いわ。ここに描かれているのが聖石と断定するのはまだ早いわ」


 学者の卵としての矜持がエレンを安易な考えに走らないように押しとどめた。


 「あっ、確実な証拠が必要と言う事ですよね。でも、そんな物見つけるのは不可能なのではありませんか? それにこれが聖石だとしたらエドワードおじ様が黒曜教に睨まれた理由も分かりますよ」


 ヴァージニアの言う事ももっともだった。誰が書いたかも分からない壁画の真意を知る事など誰も出来ないだろう。そして今ヴァージニアたちが得ている情報を元に考えれば黒曜教に疑いを持つのは自然であった。


 「あの、思うのですけどパミア大陸には人間より長寿なヒトたちがいますよね。その人たちは何か知らないのですか?」


 「もちろん彼らとの交流が再開された時に互いの知っている情報を交換したのよ。けれど亜人族のほとんどが虹の聖女に関する情報を持ってなかったのよ」


 「え? なんでですか?」


 「答えは簡単。黒の災厄を生き残った亜人族は基本的に自分たちのテリトリーから出なかったからよ。ただいくつかの集落では危険を物ともせずに旅をしていた女剣士の話はあったそうだけどね」


 この女剣士の話が虹の聖女の元になったというのが通説だ。彼女は今の冒険者のような雑事、具体的には手紙や荷物の配達などをしており、その恐れを知らない姿を人々は英雄視したというのだ。

 

 「知っている人から話を聞く、ね。そういえばジニーは亜人族にはもう一種族いた事を知っている?」


 「亜人族は森人もりびと角人つのびと土人つちびと風人かぜびとの四種族だけじゃないんですか?」


 ヴァージニアは指を折りながら確認のつもりで五種族の名をあげた。ヴァージニアの言葉に頷きながらエレンは右手の人差し指を上げる。


 「その種族は頭に角を二本持ち、背中には翼を持っていたそうよ。彼らは自分たちをドラゴンの血を引く者と言っていたの」


 「ドラゴン!」


 それは冒険を夢見る者が誰もが一度は聞く言葉だ。

 巨大な体に翼を持ち、口からは強烈なブレスを吐く最強の魔獣と言われている。しかしなぜかパミア大陸にはドラゴンは生息していない。なのでヴァージニアが知っているのは別大陸の冒険者が書いた記録や演芸で魔術師が作り出す幻影術のみだった。


――

 少し話が逸れますがパミア大陸の冒険者の中ではドラゴンを見る為に海を渡るのが一種のステータスとなっています。

 ええ、倒すのではなく見るだけ、です。

 ドラゴンは最強の魔獣と呼ばれていますが、普通のとは違います。

 魔獣とは長く滞留し淀んだマナなどを取り込み生まれますが、ドラゴンは清浄なマナを取り込み生まれた聖獣と呼ぶべき存在なのです。


 以前にあなたの世界ではドラゴンは自然の脅威や悪を象徴した存在とお聞きしましたがこの世界では違います。


 この世界でのドラゴンはマナの循環を助ける存在なのです。

 マナはあらゆる物に宿り、様々な現象を起こします。つまりこの世界では自然現象の全てはマナが起こしているのです。

 大気の中にあるマナが雲を作り雨を降らせ大地を潤し川を作り生物を育んでくれます。ですがマナ自体には自らを動かす力はほとんどありません。だからドラゴンがそのマナの動きを助けているのです。

 だから、むやみにドラゴンを殺してしまうとマナが循環が上手くいかなくなり、その土地は多くの災害に巻き込まれ、やがて大地は腐り果ててしまうのです、という話です。


 すみません、私も実際に別大陸に行った事がないので聞きかじりの知識しか持ち合わせていないのです。いつか実際に自分の目でドラゴンを見てみたい物です。


 え? ならパミア大陸のマナはどうやって循環しているしているのか、ですか?

 それは、またいずれ説明するということで……。

 

 では、話を戻しますよ?

 

――

 「ドラゴンの血を引く者、そうね、仮に竜人りゅうびとと呼びましょうか。黒の災厄以前の僅かな記録では彼らは自分たちを『大地を守る者』と自称していたそうよ。そうだ、ちょっと待っててね」


 エレンはそういって立ち上がり、机の上にある棚から古びた封筒から一枚のボロボロの紙を取り出した。


 「昔、父様がくれた黒の災厄以前の書物の挿絵を写したものよ。私が小さい頃に何度も見返していたから汚くなっているけど描かれている物は分かるわよね?」


 促されてヴァージニアが紙を見ると翼を持つ人が人里に降りてくる様子がかなり詳細に描かれていた。黒の災厄直後の文明衰退期の頃の抽象的な絵との違いに驚きながらヴァージニアは翼を持つ人をよく見てみる。


 「確かに本で見たドラゴンみたいな角と翼がありますね。これが竜人……」


 「彼らは遥か天空に住み、時折地上に降りて様子を見に来ていたみたい。当時の人間は彼らの来訪を吉兆として喜んでいたそうよ。絵でも後ろで喜んでいる人たちが描いてあるでしょう?」


 「珍しい物を見られてラッキーって事ですか?」


 「まあ、そういう感覚だったんでしょうね。そして竜人は国や都市の代表者と世間話をして帰っていったそうよ」


 「なんだか気さくな人たちですね」


 「私が、というより父様が見た本の作者は権力者ではなかったから本当に世間話だたかは分からないわよ? 別の資料だと彼らの怒りを買った都市が一瞬で滅ぼされたなんて話もあるし」


 「うう~、どっちが本当なのでしょう?」


 「さあ? 分かっているのは竜人は強大な力の持ち主だったという事ね。他の亜人族を辺境に追いやるほどの力を持った人間たちでさえ歯向かおうとしなかったわ。もっとも、それには罪の意識があったとも言われているわ」


 「あっ、それ知っています! 私たちのご先祖様は東の大陸にいたころにドラゴンを殺して国を失ったんですよね?」


 「あら、よく知っている……そういえば大分前に私が教えたんだったわね。そう、ドラゴンを殺して酷い目にあったのを覚えていた古代王国時代の人たちは竜人を崇め奉ったのよ。それを竜人がどう思っていたのかは分からないけど」

 

 エレンは父親から貰った思い出の紙を優しくなぞりながら目を伏せた。一方のヴァージニアは絵から目を離して首を傾げる。


 「竜人の話は分かりましたけど、それが黒の災厄や虹の聖女にどう関係するんですか?」


 「彼らは森人には負けるけど、かなりの長寿らしいわ。私たちには遥か昔でも彼らにとってみれば親の代の話で詳しい事を知っているかもしれないでしょう?」


 「それはそうかもしれませんが、そもそも竜人は今も生きているのですか? どこかの国で接触があったとか」


 少なくともヴァージニアの知る限りオーガスタに竜人が来たという話は聞いたこともない。それに対してエレンは黙って首を横に振った。


 「少なくとも黒の災厄後には頻繁に姿を見せていたと資料にあるわ。けれど復興が進むと忽然と姿を現さなくなった。そして彼らは幻の種族となったのよ。……ふう、駄目ね、手詰まりだからって現実逃避しても仕方ないのに」


 「でも面白い話でしたよ! う~ん、ならこの絵についておじ様の護衛をした冒険者さんにお話を聞いてみるのはどうですか? おじ様が仰った事とか憶えている人がいるかもしれませんよ!」


 ヴァージニアの言葉にエレンはハッとした顔をして、また立ち上がり机の引き出しを漁り始めた。その作業をしながらエレンはエドワードが捕まった後の事を話し始めた。


 「私と母様も父様が捕まった後に一度冒険者ギルドへ行ったの。家族である私たちはもちろん父様の同僚の方々も色々尋問されたわ。だから父様が雇った事のある冒険者の人たちも調べられて迷惑をかけただろうからお詫びをしようって母様と一緒に。それから父様の調査について話を聞こうとしたのだけど……。あったわ!」


 戻ってきたエレンの手には今度は新しい紙を持って戻ってきた。テーブルに置かれた紙には五人の名前が書かれていた。


 「父様の持ち物は大半が持って行かれてしまったけど冒険者ギルドの依頼受領書は母様が持っていたの。だから父様が誰を雇ったのかすぐに判ったのよ。ただ私たちが会いに行ったときは仕事で王都から離れていたそうで会えなかったけど……」


 エレンとリーザは折を見てまた会いに行こうと思っていたのだが、様々なゴタゴタの中でいつしか忘れてしまっていたという。


 「分かりました! では私が冒険者ギルドに行ってみます!」


 「本当は私もいっしょに行きたいけどミウさんが付いて来てしまうだろうし、この件はあなたにお願いするわ。あっ、でも理由はどうするの? 何の関係もない人に取り次いでくれるかしら?」


 「私、今日行った冒険者ギルド本部でおじ様の教え子を名乗ったんです。教え子が先生の事を調べているという事にすれば大丈夫ですよ」


 自信満々のヴァージニアと違いエレンは不安そうな顔をして考え込む。教え子より家族が会って話を聞きたいという方が信用は得られるだろうが、代わりにエレンがエドワードの事を調べ始めた事をギルドに知られることになる。もし冒険者ギルドに黒曜教の手が伸びているとしたらエレンはもちろんリーザの身も危なくなる。

 だが、だからといって親友ジニーだけにリスクを背負わせる事は出来ない。

 

 「ジニー、この件は一旦……」


 「エレンちゃん、私は大丈夫です」


 エレンが保留中止を口にする前にヴァージニアは机に置かれたエレンの手に自分の手を重ねた。ヴァージニアの意思を示すかのようにその手はとても暖かい。


 「いざとなればペンダントの力を使って逃げますから。だから任せて、ね?」


 「……約束よ。絶対に無理はしないで」


 エレンはもう片方の手でヴァージニアの手を包みヴァージニアの若草色の瞳を見つめる。ヴァージニアもエレンの藍色の瞳を見つめ返し、しっかりと頷いた。

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