二つの伝説 4

 フレデリックたちがオースマー家を後にしてしばらくの間、ヴァージニアは再びエレンの部屋でまた座るスペースを作るための作業に従事していた。一昨日来た時より更に大量かつ乱雑に置かれた資料の山を見ればエレンの熱の入れようの凄まじさが分かる。


 「ジニーが来るって分かってれば片付けをしておいたのだけどね」


 「私が急に押し掛けたのが悪いのですから気にしないでください。でも玄関でいきなりフレデリック様を見た時は心臓が止まるかと思いましたよ~」


 「あの人の悪戯好きなは困ったものよ。今日だって朝になって来るって知らせが来て三十分もしないうちにやってくるんだから」


 「あはは、きっとエレンちゃんにどうしても会いたかったんですよ。ところでおばさまはお出かけですか?」


 「母様の学生時代の友達が人手が欲しいからって手伝いに行っているの。今思えば昨日の夜から妙にニヤニヤしてたから今日の件に一枚嚙んでいるのかもしれないわ」


 「それで朝から今まで一緒に……あっ」


 お付きの騎士がいるとは言え恋人が二人で二時間以上一緒にいた。これはつまり……。


 「変な想像をしているようだけど、別に何もしてないわよ? むしろ私の部屋に入ってこようとするのを色々理由を付けて断るのに大変だったんだから」


 「それはつまり問題が無ければ部屋に入れて……」


 「だ~か~ら~、私たちはまだそういう関係になっていないの。婚姻を結ぶ前に子どもが出来たら大事になってしまうから。いい加減に頭を冷やしなさい、ジニー。お望みなら頭から水をかけてあげましょうか?」


 「わあっ、魔術を使おうとしないでください~! 大丈夫です、もう言いませんから許してください~」


 オーガスタ貴族は性に関してはは厳格である。婚前交渉は、はしたない事とされ発覚すれば醜聞スキャンダルに発展することもある。そして大変不公平な事にその責任は女性が負わせられる事がほとんどだ。

 立場が不安定な今のエレンにそのような噂がたてばフレデリックとの婚約が完全に白紙になる事は十分にあり得るのである。


 「ふう、これでジニーが座る場所は確保できたわね。それじゃ本題にはいりましょうか」


 そう言うとエレンはヴァージニアに背を向け前と同じように部屋に防音、扉に施錠の魔術を使う。そして自分の机に短く呪文を唱えると開錠された大きな引き出しからエドワードのノートを取り出した


 「ジニーが妙な所で強運を発揮するのは知っていたつもりだけど今回は本当に驚いたわ。フレデリックたちがいなければ絶叫していたでしょうね。一体全体あなたはどこでこれを見つけてきたの?」


 「それが――」


 ヴァージニアはエレンに今朝から行動についてかいつまんで話し始めた。

 虹の聖女に関する資料を求めて中央広場に向かった事、謎の占い師に占ってもらった結果を信じて歓楽街へ向かった事、色々あってジュストやルルニアと知り合った事、そして彼らがエドワードと知り合いだった事。一通りの話を椅子に座って黙って聞いていたエレンは深々とため息をついた。


 「資料を探しに出た、までは分かるけど占い師っていったい何よ。何でそんな怪しげな話に乗っかって本当に歓楽街に行っちゃうの?」


 「あてもなかったですし、それにこうしておじ様のノートも手に入れられましたから大当たりですよ?」


 「……そうね。あなたはそういう子なのよね。トラブルに巻き込まれても、何だかんだ最後はいい感じに収めちゃう。本当に変な子よ、あなたは」


 「あはは……。それよりノートを見てください。ルルニアさんやジュストさんの話では壁画のスケッチに使われていたそうですけど」


 「そうね。話を聞く限りだとこのノートは父様が罪を着せられ姿を消す直前に使っていた物でしょうね。きっと中を見れば父様が何を見つけたのか分かるはずよ」


 突然舞い込んだ父親失踪の原因をつかめるかもしれない証拠を前にエレンは深呼吸を一つしてからノートを開いた。

 そこに書かれていたのは様々な壁画の模写だった。近くにはどこで書いた物か書き込まれており、オーガスタ領内の様々な場所にエドワードが調査に赴いていたのが分かる。


 「父様は私や母様を養いながら、せっせとお金を貯めて冒険者を雇って調査に出ていたわ。私が小さい頃にいつか一緒に行こうって約束したけど結局一度も行けなかったわね」


 フレデリックに見初められエレンは幸せを得た。だがその結果として自由に王都の外へ出る事は叶わなくなった。ましてや人に管理されていない遺跡など魔獣が出ることがあり論外だった。

 父との思い出に思わず溢れ出た涙をぬぐいエレンはヴァージニアを見る。幸い彼女は遺跡の記録に心奪われてエレンの涙に気づいてはいなかった。

 金銭的にそ頻繁に調査に行ける訳ではなかったためノートのページが埋まるのも遅く、記録は五年も前から始まっていた。


 「パラパラと見た程度ですけど書かれている壁画は似たような物が多いですね」


 逆側からノートを見ていたヴァージニアの言う通り模写の内容はどれもモチーフは同じようだ。


 最初は人々の繁栄を描いた画だ。そこには山と比較されるほどの高い建物が多数描かれ拙いながらも人の表情も明るい。


 だがそこからは人々に様々な苦難が襲い掛かる。


 栄華の象徴である天を突くような構想建築物は崩れ去り、人々が黒いナニカから逃げ惑う姿が描かれている。ただその黒いナニカは画によって違っていた。それは竜巻であったり、人を飲み込む沼であったり、動物の姿であり、巨大な虫として描かれていた。

 そして最後は人々が平穏を取り戻した画で終わる。これの繰り返しであった。

 しかし――。


 「父様のノートに書き込みがある……。『○○遺跡の壁画は一部欠損。××遺跡、一部欠損。やはり間違いない。誰かが意図的に壁画の一場面を削りとっている。一体誰がこんな事をしている? 消された場面が分かれば黒の災厄の真相がわかるはずなのに』。父様のこんな乱れた筆跡は初めて見た。よほど壁画が壊された事に怒りをおぼえていたのね。あら、これは……」


 いよいよノートのページが残り少なってきた時にその画は現れた。

 それを見た瞬間、ヴァージニアとエレンは思わず顔を見合わせた。二人は互いの表情からその画から連想した物が全く同じものだと察した。

 エレンはごくりと唾を飲み込み、ヴァージニアはさっきお茶を飲んだにも関わらずひどく喉の渇きを感じていた。


 その画の構図は単純な物だった。

 中央左寄りに黒い魔獣のような物が無数に描かれ、右側には鮮やかな蒼の塗料で色付けされた剣を持つ人物が描かれている。その傍らには巨大な白い狼。更に彼らの後ろには五人の人物が剣、斧、杖、弓を構えて蒼い剣を持つ者と共に黒い軍勢と向かい合う構図だった。


 だが二人の目を引いたのは黒い魔獣たちの後ろの控えるモノだった。


 山ような巨体を持つ黒い人型をした何か、その胸にはひし形のどす黒い石が描かれていたのだ。


 『聖石……』


 エレンとヴァージニアは同時に呟いた。

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