二つの伝説 3

 フレデリックが外へ出ると既に彼が乗ってきた馬車が待機していた。

 御者が降りてこようとするのを手で制しフレデリックは自分で馬車に乗り込み、周囲を警戒していたスコットも続く。二人が乗り込むと馬車はゆっくりと城へ戻るために大通りを目指す。

 窓のカーテンを少し開き賑わう街並みを見てフレデリックの目が子どものように輝きだした。


 「建国祭前の独特な空気、これはやはり堪らないな。出来ればどこか見てから帰りたいものだよ」


 「いけませんよ、殿下。これ以上戻るのが遅れると私やミウだけでなく騎士団長様の首も飛ぶことになります」


 「それは困るな。しかし父上もやる気のない兄上に視察を命じず、私にその役を与えて下されば良かったのにな」


 「建国祭を視察するのは次期国王となる方の習わしですから。殿下が視察を命じられたら王宮がひっくり返るほどの騒ぎになりますよ。私としてはそれでも全く構わないのですが」


 スコットはシオンよりもフレデリックの方が王として相応しいと仄めかした。それは大変な不敬行為であるがフレデリックは薄く笑って聞き流し話題を変えた。


 「お前は今日のエレンをどう見た?」


 「大分元気になられましたね。エドワード様の件で住んでいた場所を追われ気落ちされてましたが、もう大丈夫でしょう」


 「一体何がエレンに活力を与えたと思う? 私の愛などという歯の浮く戯言たわごとは聞きたくないぞ?」


 「ははは、釘を刺されてしまいました。では、真面目にお答えします。原因はヴァージニア嬢でしょうね。二日前に彼女が訪れるまでエレン様は規則正しい生活を送っておられました。ところが彼女が訪ねた後は毎日徹夜をしておられます。まるで寝食を忘れ研究に没頭する学者のように、です」


 スコットの話を聞いたフレデリックは腕を組んで笑みを消して視線を上へ向けヴァージニアと会った時の事を思い返した。


 「ヴァージニア嬢が来た時、彼女は本のような物を大事に抱えていた。あの本、いやノートか? あれはどこかで見た気がするのだが……。そうだ、あれはエドワード先生が使っていたノートと同じ物だ。いや、だが先生の私物はほとんど没収されたと聞いた。だがなぜそれをヴァージニア嬢が持っている?」


 「経緯は不明ですがヴァージニア嬢が預かっていたのかもしれません。……殿下、いかがしましょう?」


 今までにこやかな顔だったスコットの目に冷たい光が宿る。それを見たフレデリックは硬い口調で「何もするな」と短く答えた。


 「よろしいのですか? エレン様がどのような切り札をお持ちかは分かりませんがお父上の嫌疑を晴らすことは難しいでしょう。下手をすればエレン様も黒曜教に目を付けられること考えられます。そうなる前に協力者であるヴァージニア嬢を遠ざけてみてはいかがでしょう?」


 「スコット、お前は私に死ねというのか?」


 「滅相もありません。ですが先ほども言いましたがエレン様が何を見つけ出そうと状況が変わる可能性はまずないのではないかと――」


 スコットの懸念をフレデリックは鼻で笑った。


 「私が愛する女性がそこらの凡庸な娘だと思うな。彼女がただ一時の復讐心から自棄やけになっているとでも思っているのか?」


 「エレン様は聡明な方です。ですがまだ政治的な部分の知識や感覚は女学生レベル、いわば雛鳥です。そんな方が強大な組織相手に勝てるとは思えません。ですが、もしエレン様の持つ情報が小うるさい黒曜教を黙らせる一撃になる物ならば、然るべき時まで殿下が管理するべきかと」


 スコットのはっきりとした物言いにフレデリックは街並みから視線を外し瞑目する。フレデリックが真剣に思考を研ぎ澄まし答えを出すのをスコットは黙って見守った。

 馬車が大通りに入ると喧騒が一際大きくなる。しかしその喧噪もフレデリックの集中を乱す事は出来ない。

 そしてフレデリックはゆっくりと目を開けた。


 「まずはエレンが何をしているか、それを探らねば適切な対処は出来まい」


 「ならばミウに探らせますか?」


 「それは出来ない。私は彼女に誓わせたことを破らせる外道になるつもりはない。それに私がそう命じたところでミウは従わないだろう。すでにミウにとってエレンは主も同じなのだから」


 「主君の命に従わないとは騎士の風上にも置けませんね」


 「どの口が言うか」


 フレデリックの言葉で二人の顔から緊張感が抜け笑みが零れる。この時、既に二人の間で考えが一致していた。その後の話は非常にスムーズに進み、ある程度計画が煮詰まるとスコットがある危惧を口にした。


 「エレン様からでなくヴァージニア嬢の方から探るのはいいとして、問題は屋敷にいるときには手を出せない点ですね。さすがに『毒蛇』に睨まれる事はしたくありません。私も命は惜しいですから」


 「それは私もだ。しかし恐らくヴァージニア嬢はフィールドワークを担当しているではないか? ならば実家から放任され護衛も居ない彼女を見張るのが最善手ではないか?」


 「確かに。人員の手配はどうしますか?」


 「お前に任せる。ただしヴァージニア嬢との接触は出来るだけ控えろ。警戒されれば屋敷に閉じこもってしまう可能性がある」


 「御意。ですが相手は大した戦闘訓練も受けていない上に『無能者』です。それほど心配する必要はないでしょう」


 気配を読む力も魔力を感じる力もない相手の追跡など何の問題もないとスコットは請け負う。だがフレデリックは「そうだな」と相槌を打ちながらも表情を曇らせてしまった。


 「何かヴァージニア嬢に対して思う所がおありですか?」


 「ああ。確かに追跡は簡単だろう。だがそれでも注意しろ。彼女は、その、なんというか特殊な星の元に生まれた者だ」


 「は? それはウルフェン家に気を付けろと言う意味ですか?」


 「そうではない。……我々は誰しもが魔力を持っている。我々は魔力を通して世界を知り、人を知り、己を知る。だが彼女は違う。上手く言えないのだが彼女は魔力を通さずにありのままを見る事が出来る女性なのだ。そう不思議そうな顔をするな。上手くは言えないのだが彼女は我々とは微妙に違うのだと言う事を気に留めておけという事だ」


 フレデリックの話にスコットは困惑した。自分と主は思想も考え方も、そして野望も似ていると思っていた。だがあのヴァージニア・ウルフェンという女性に関しては全く違う考え方をしている、その事実にスコットは驚いていた。

 スコットにとってヴァージニアはただの取るに足らない『無能者』に過ぎない。だがフレデリックの考えは違うようだ。

 その差異を埋めるべくスコットはすぐに行動を起こす。主従の意思が僅かにでも違えば取り返しのつかないことになりかねない。彼はそれを歴史に学んでいた。

 

 「殿下、ありのままを見る事が出来るとはどういう意味です?」


 「エレンが言っていたのだ。ヴァージニア嬢の人物評はよく当たると。魔力を感知できない代わりに直感力と観察力が優れているのだとエレンは言っていたが」


 「魔力感知の代わりに磨いた能力がある、ということですか? それは確かにあり得そうな話ですが……」


 「ちなみにヴァージニア嬢が下したお前への評は『愛想はいいが油断できない人』だそうだ。くっくっく、実に的確だとは思わないか?」


 「ぐっ……。では殿下はどうだったのです?」


 「その時は直接教えてくれなかったが、後でエレンに聞いてみた。ヴァージニア嬢によると私はエイルムス卿に少し似ているそうだ。なんとも光栄な話じゃないか」


 スコットが僅かに噴き出したのつられフレデリックも声を出して笑った。しかしすぐに表情を引き締めるとスコットに重ねて厳命する。


 「彼女の勘の鋭さを甘く見るな。ちょうどいい訓練相手などと思い未熟な者に任せようと思わないほうがいい」


 「わかりました。慎重に人選を吟味いたします」


 フレデリックの言葉にスコットは敬礼して応えた。だがフレデリックの話を聞いてもスコットは腑に落ちない思いを抱えていた。


 (果たして、あの『無能者』にそんな大層な力があるのだろうか?)


 今まで全く気にも留めていなかったヴァージニア・ウルフェンという少女。エレンの友人という立場なら将来的にフレデリックにも関わってくるかもしれない少女を見定める機会なのではないか?

 

 (念には念を入れておくべきか。不確定要素は少ない方がいい)


 馬車の窓から祭りに浮かれる国民を微笑えましく見守っている主の顔を見てスコットは頭の中で新たな任務を任せる部下の選定を始めていた。

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