第七章 二つの伝説

二つの伝説 1

 オーガスタの建国祭が目前に迫る中、ヴァージニアとレイチェルの二人は王都オーガスを走り回ります。そして彼女たちは非常に印象深い人たちに出会いました。


 ヴァージニアは新進気鋭の冒険者ジュスト、そして老獪な元冒険者にして前ギルドマスターであるルルニア。

 レイチェルはうるさい監視の目を逃れて黒曜教会の最高幹部である四天してんの一人、東天のファーディスとそれぞれに運命的な出会いを果たしました。


 その出会いに感謝しながらヴァージニアはエレンの父エドワードの記録帳を見つけ彼女の家へ急ぎます。果たしてエドワードは遺跡で何を見たのでしょうか?


 そしてレイチェルは黒曜教に関する知識を求めて神殿の書庫へ入っていきます。


 ですがまずは一旦、話を再びヴァージニアの方にに戻しましょう。


 人でごった返す街を駆け抜け、ようやくオースマー家に辿り着いた汗だくの彼女を待ち構えていたのは――。

 

―――

 エレンの家に辿り着いたヴァージニアは呼び鈴を鳴らした。

 間もなく家の中でドタバタ動き回る音と「お待ちください!」という聞き慣れない声がしてヴァージニアは首を傾げた。


 (もしかして来客中だったのでしょうか? いきなり押しかけるのは良くなかったかもしれません。忙しいのなら先生のノートをお返しして帰りましょう)


 ヴァージニアの予想ではリーザが応対に出てくれると思っていた。だが開いたドアから顔を出したのはあまりにも予想外の人物だった。


 「おや、君はヴァージニアくんじゃないか。エレンに何か用事かい?」


 「は? え? ええ!?」


 玄関先でヴァージニアが驚きの余り言葉がどこかに飛んでいってしまった。

 扉を開けてくれたのは気品を感じさせる整った顔の青年だった。

 その青年は歳は二十歳ぐらい。炎のように赤い髪に、多くの女性を魅了してきたという黒い瞳。服は平民が着るような飾り気のない簡素な物だが、よく見ればその材質はどれも最上級であり、貴族であってもそうそう作れる物ではない。

 だが悪戯が成功を喜んでいる子どものように笑う彼なら、そんな最上級の素材で平民の服を作らせるなど簡単な事だ。


 その青年の名はフレデリック・ヴァン・オーガスタ。

 オーガスタ黒王国の第二王子にしてエレンの婚約者である。

 そしてフレデリックに少し遅れてエレンを含めた三人の男女が玄関に現れる。


 「ヴァージニア? 今日はどうしたの? ……ヴァージニア?」


 「どうやらショックが強すぎて呆けてしまっているね」


 「あなたが余計な事するからでしょ!」


 「いや、まさか顔見知りに出会うとは私も思っていなかったんだよ。とりあえず中に入ってもらう方がいいだろう」


 「そうね。さっ、ヴァージニアこっちへ。あら、そのノートは……。ああ、この前貸したノートね! わざわざ持ってきてくれたのね、ありがとう!」


 エレンは呆けているヴァージニアが大事に抱えているノートを見て言葉を飲み込み咄嗟に嘘をついた。そしてノートに手を掛けるとヴァージニアに目で『話を合わせて』と伝えた。

 エレンの目を見て我に返ったヴァージニアはエレンの意を汲んで小さく頷き、持ってきたノートを彼女に委ねた。

 ノートを受け取ったエレンはそれを大事に両手で持ち「部屋に置いてくるわ」と言い二階に上がっていった。

 それを優しい気持ちで見送ったヴァージニアだが、すぐに自分の置かれた状況を思い出し体が緊張に包まれた。


 「ははは、二人は今も仲が良いようだね。貴族の中には醜聞スキャンダルがあると親友呼ばわりしていた相手でも離れていくことがある。だが、そういう苦難の時に手を差し伸べる事が出来る人こそ真の友と言える。エレンは本当に良い友達を得たと思う。これからも仲良くしてあげて欲しい。彼女は人付き合いが嫌いなくせに寂しがり屋だからね」


 「そ、そそそ、そんな恐れ多い……。私の方こそ、いつもエレンちゃん、じゃなくてエレン様に助けていただいてばかりで!」


 優しく微笑むフレデリックの目をまともに見れないヴァージニアは下を向いまま膝をつき臣下の礼をとる。


 「そんな畏まる必要はないよ。我々オーガスタ王家の者は君の父であるウルフェン卿に何度も世話になった。あの方がいなければ王家は有力貴族の傀儡にされていた。当然、私の結婚も自分の意思で相手を選ぶ事などできなかっただろう」


 「そ、そのようなお言葉、私には勿体のうございます! それに父も王家に仕える者として当然の事をしたまでです。決して王家の方々の歓心を買うためにしたわけではないと思います! ましてや父の功績と無関係のわたくし如きがフレデリック様に気軽に接するなど出来ようはずもありません。それに私は魔力を持たない『無能者』です。本来ならば顔を見せる事すら許されない人間です。ですから‥‥‥」


 「ヴァージニアくん、どうか頭をあげて欲しい。こんな場面をエレンに見られたら……」


 深々と頭を下げて自分を卑下する言葉を並べ立てるヴァージニアをフレデリックは慌てて止めさせようとするが一足遅かった。


 「フレデリック? あなた、私のヴァージニアに何をしたの?」


 ゆっくりと階段から降りてきたエレンは笑顔でフレデリックに尋ねる。しかし彼女の体から溢れる荒ぶる魔力が内面の感情を雄弁に物語っていた。


 「私の親友を廊下で跪かせてどういうつもりなのかしら? それは私に対する何かの当てつけのつもり?」


 「ち、違うんだ、エレン! 私はそんなつもりでは……。おい、スコット、ミウ! お前たちからも説明をしてくれ! でないと、私が殺されてしまう! 主君の危機だぞ、早く何とかしろ! ヴァージニアくんも頼む! 早くエレンに状況の説明を――!」


 それからオースマー家は引っ越し以来の騒ぎとなった。その後、ヴァージニアの説得が功を奏しエレンが落ち着きを取り戻すと、一同はオースマー家の応接室に移動していた。

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