近づく祭りと不穏な噂 8
「先ほどの男の方に言っておられたことなんですが……」
「ああ、あなたも聖石に祈りを捧げたかったのね」
そんなつもりは全くないのだが、黒曜教徒にそんな事を言って不快にさせるメリットはない。だからレイチェルは小さく頷き聖石を目にすることが叶わなくなったのか理由を聞いてみた。
「ご存じとは思いますが、聖石は大地の精霊神様がその御力を人に分け与えるために世に遣わせた物です。ですが、人の世は精霊神様がおわす世界と違い穢れております。聖石はその穢れを長らく受けていると力を失ってしまいます。なので十数年に一度は聖石に溜まった穢れを浄化しなければならないのです」
修道女の言葉にレイチェルは内心で(よく出来た設定ね)と冷ややかな感想を抱いた。しかしレイチェルはそれをおくびにも出さず無邪気な子どもを装い質問を続ける。
「その浄化を行う年が今年だったということですか?」
「それは……」
「ひょっとして何かの理由で穢れが急に溜まってしまった、とか?」
先ほどの修道女と男の会話からかまをかけてみたのだが、効果はてきめん。善良そうな修道女は参拝者に嘘を吐くのを心苦しく思ったのか声を潜めて理由を話し始めた。
「お嬢さんの言う通りです。この王都に鎮座している聖石の浄化は五年前にしているのです。それが一週間前に急激に穢れが溜まってしまったと大司教様が言われ公開を急きょ中止することになったのです」
「どういった条件で聖石に穢れが溜まるのです?」
「申し訳ありません、私にはそういった事は……。ですが大神殿から多くの司祭様が駆けつけてくださり穢れ払いの儀式を進めております。上手くいけば建国祭の間に間に合うかもしれません」
少し喋り過ぎたと思ったのか修道女は「それでは」と頭を下げ立ち去ろうとするが、それをレイチェルは慌てて阻止した。
「ごめんなさい。最後に一つだけ質問させてください。黒曜教会、特に北のミレイユ山脈にある大神殿に関する事を知りたいのですが、どなたに尋ねればいいでしょうか?」
「大神殿についてですか? ああ、いずれ巡礼に行きたいとおもっているのですね。普段ならどなたか紹介したいのですが、今はこういう状況で全員忙しいので時間を割くのが難しいのです」
修道女の言う通り、広場のあちこちに黒い修道服を着た神殿関係者たちが忙しそうに走り回っている。それに加え、病気や怪我の治療を求める人たちも大勢いる。神殿内でも似たような光景が広がっているのを容易に想像できたのでレイチェルは口をつぐんだ。
(人ごみを利用してお目付け役を引き離すのには成功しましたが、これではあまり来た意味がなかったかもしれませんね)
レイチェルの考え込んでいる姿を落ち込んでいると勘違いした修道女はレイチェルの肩を叩き神殿を指さした。
「話を直接聞くのは難しいですが、神殿内の書庫には大神殿に関する本や絵が収められています。この時期はいつも礼拝堂は混んでいますが書庫はそれほどでもありません。お時間があるのなら行ってみるといいでしょう」
そう言うと修道女は転んで泣いている子どもへ走っていった。
(書庫ですか。せっかく来たのですから見ておくのもいいかもしれませんね。ただ、あの行列はうんざりしますが……)
神殿へ入るためにオーガスタ各地から来た人たちの列は神殿の敷地を出て市街まで続いている。だがこのまま帰っては子どものお使いと言われても仕方がない。
レイチェルはため息を吐いて覚悟を決めると、以前にヴァージニアに教えられた行列に並ぶ時の必須品である飲み物とお菓子を露店で購入する。
(では行くとしましょうか!)
レイチェルは自らを鼓舞すると神殿敷地を超えて伸びる行列の最後尾目指して歩き出した。
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