近づく祭りと不穏な噂 6

 ヴァージニアが歓楽街にある冒険者ギルドを訪ねていた時、レイチェルはウルフェン家の馬車に揺られ王都内にある黒曜教会の神殿を目指していた。

 ヴァージニアと違い、一人でウロウロ歩き回る事が出来る立場ではないレイチェルは自分付きの召使いを連れて買い物に出ていた。王都南西部にある『商人街』で黒曜教に関する本を何冊か購入し、その足で同地区にある黒曜教会を訪ね情報を直接集める予定を進めていた。

 前日の夜に、この予定をヴァージニアに話したところ「危ないのでは?」と危惧されたがレイチェルはあくまで様子見をするつもりだった。


 「ウルフェン家は一応黒曜教を信仰しています。ですがアイツの代になってからは疎遠になっています。おかげで私達も面倒な儀礼的行事に煩わされずに済みましたが、そのせいで黒曜教に関する知識が全くありません。なので本物の信徒が語る黒曜教の歴史や組織構成を聞いておきたいのです」


 教会関係者に突っ込んだ話はしない。以前にヴァージニアが見たという聖石を探しに行かない。この二つをヴァージニアに約束しレイチェルは朝から街へ出た。幸い、エイルムスはすでに任地に帰ってしまったのでレイチェルの行く手を阻む邪魔者はいない。不満があるとすれば始終澄ました顔でついてくる自分付きの召使いの女性の存在だろう。


 (この女ではなく姉さまと一緒ならさぞ楽しかったでしょうに)


 この召使いは父に雇われたレイチェルの監視役であり魔力至上主義の熱烈な信奉者であった。

 そういう考えを持つ者だからヴァージニアを軽蔑している態度を隠そうともしない。去年、ヴァージニアが階段から落ちたがあったがレイチェルは当時の状況からこの女が突き落としたと確信していた。

 しかし召使いはそんなレイチェルの疑いと敵意を気にする素振りもなく、彼女やエイルムスの前では良き召使いとして振舞っていた。しかも噂ではエイルムスの愛人であるとまことしやかに囁かれている。


 (魔力の高い子を産むためなら親子ほども歳が違う男に抱かれる事も厭わない。目的の為なら手段を選ばない点は評価できますが、姉さまに危害を加えた事は絶対に許せない。どうにかしてこの女をチャンスが来てくれないでしょうか?)


 レイチェルが暗い憎しみの炎を隠すために窓に目をやると側道に貧しい身なりをした者たちが列をなして歩いているのが見えた。その誰もがどこかしら怪我をしたり具合が悪そうである。その列の合間に黒い僧服に身を包んだ黒曜教の教徒たちが並んでいる人たちに食べ物や手を貸したりと献身的に尽くしている。


 (彼らは治療の為に黒曜教を頼ってきた人たちね。……無償で怪我や病気の治療をする。立派な事だとは思うけど見返りを求めないのはかえって不気味ですね。もっともあの列に並んでいる人たちにはそんな事を考える余裕はないのでしょうけど)


 商人街はその名の通り商人が多く住み店や倉庫が立ち並んでいる。その一角に様々な精霊神を奉じる神殿が存在し、黒曜教はその中でももっとも広い敷地に立派な神殿を建造した。その立派な神殿が近くなってくると馬車が渋滞を始め歩みがゆっくりとなる。


 「お嬢様~、どうやら馬車は神殿の敷地に入れないようです。どういたしましょう?」


 近寄って来た黒曜教の僧侶と短い会話をしていた御者が振り返りレイチェルに指示を求めた。

 

 「わかりました。用事が済んだら連絡しますから、あなたは馬車を停められる場所で待っていてください」


 召使いが言葉の意味を飲み込む前にレイチェルは馬車の扉を開けると街路に飛び出し黒曜教会を目指す人たちの中に紛れ込んだ。遅れて召使いが馬車から飛び出すがレイチェルの姿はどこにもなかった。


 「どしたんだ、お嬢様は?」


 「どうもしません。私はお嬢様を探します。あなたは言いつけ通りにしなさい」


 引き攣った笑みを浮かべ召使いは御者にそう命じると黒曜教会へ小走りで向かった。


 「ははは、いつも澄まし顔してる人がざまあないね。帰ったらみんなに教えてやろう。……えっと連絡を受ける魔術石まじゅつせきはどこやったかな?」


 御者がレイチェルの通信魔術を受けるための石を探している間にも馬車はゆっくりと賑やかな音楽が鳴り響く神殿前の広場へ近づいていく。普段は直進できる道には馬止めが設置され衛兵が大通りへ続く馬車道へ列をなしている馬車を誘導している。

 その列を見ながら御者は近場で馬車を停められる場所の候補を思い浮かべる。


 (待ってる間に一杯ひっかける位は構わんだろ)


 祭りの熱気にあてられ、そんな不埒な事を考えながら御者が操る馬車は大通りへ出ていった。

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