近づく祭りと不穏な噂 4

 「うわ~、ここがオーガスタの冒険者ギルド本部ですか。存在は知っていましたけどスラム街の近くにあったんですね」


 「王都に住んでいる人が利用しているのは実は支部なんだよ。もっともあっちの方が綺麗で立派だから勘違いするのも仕方ないけどな」


 あの後、冒険者に興味がありそうなヴァージニアにジュストが冒険者ギルドを見に来ないかと誘った。その誘いを脊椎反射で受けたヴァージニアは自分の浅慮を後悔していたが、実際のギルド本部を目にした時にそんな感情は一瞬で霧散した。

 冒険者の中には自分の体験談を本にして売っている者もいる。そうした作品に胸を踊らせ憧れてきたヴァージニアにとっては目の前の古ぼけた建物は聖地のような物だった。


 「でも部外者が入っていいんですか? お仕事や建国祭の準備の邪魔になるのではないですか?」


 「仕事って言ってもなあ。ギルド秘蔵の珍しいアイテムの展示は大通りの支部でやるから、ここは暇なもんだ。いるのも愛想の悪い婆さんとその家族だけだしな」

 

 『聞こえてるぞ、小僧!』


 まだ入り口まで距離があるのに怒鳴り声がヴァージニアの鼓膜を震わせる。


 「やれやれ、相も変わらず元気な婆さんだな」


 苦笑しながらジュストは木製の扉を開けてヴァージニアに中に入る様に促した。

 ギシギシと音を立てる木製の床には至るところに補修された跡が見える。

 大きな広間には三つの傷だらけの丸テーブル、それを囲む座る以外の使用法がされたボロくなった椅子たち。そして酒と料理と僅かな血の匂いが染み込んだカウンターには帳簿と睨めっこしている白髪を後ろで結んでいる老齢の女性がいた。


 「ここは冒険酒場なのですか?」


 「正確には冒険者の宿だ。とっくに廃業しているけどな」


 冒険酒場、冒険者の宿というのは冒険者がよく立ち寄る店に付けられた名前だ。

 ギルドが出来る以前は酒場、宿屋、武器屋など冒険者がよく立ち寄る店が依頼の仲介を行っていた。

 そして冒険者たちはこういった場所で噂や情報を集め冒険へ旅立って行ったのだ。

 冒険者ギルド設立後は依頼の仲介はギルドが管理するようになったが、今でも田舎では酒場や宿の店主が仲介を行っていることもあるという。


 「いい雰囲気の建物なのに廃業は勿体ないですね」


 「ふん、看板を下ろしたってのに、まだここに飯を食いに来るろくでなしどもは沢山いるけどね。それで……」


 ようやく帳簿から目を離した女性がジュストの隣にいるヴァージニアを見ると顔面蒼白となり口をパクパクさせている。


 「どした、婆さん?」


 「な、な、なんであんたがここに? いや、あんたは私より年上だったはず。なのにその若い姿は一体? いやいやいや、そもそもあんたは死んだろう!?」


 ヴァージニアは始め自分に言われているとは思わず女性の視線を追って後ろを見た。だがそこに誰もいないを確認すると、同じように困惑しているジュストと顔を見合わせてしまった。

 

 「おいおい、昼間っから寝ぼけているのか、婆さん? 彼女はジニー・ウォルコット。幽霊なんかじゃねえ、生身の可愛らしいお嬢さんだよ」


 「か、可愛い!?」


 そんな事を男性から言われた事のないヴァージニアの焦った顔を見て、女性もようやく自分の誤りに気づき落ち着きを取り戻した。


 「いや、済まなかった。あんたがあまりに昔の知り合いに似てたものでね。改めてようこそ『終わらない夢亭』へ。ご用件は何になりますかな?」


 「えっと……」


 ただジュストに連れらてきたヴァージニアが返答に困っているうちにジュストが言葉を引き取って続けてしまった。


 「この娘は探している物があるそうだ。婆さん、ちょっと力になってくれよ」


 「そう言うのは衛兵詰め所で聞けばいいじゃないか」


 「ちょっと訳アリなんだよ。な、そうだろ?」


 ヴァージニアはジュストに探し物について細かい事は話していない。

 エレンの父エドワードが黒曜教会から告発されたのは五百年前の事を調べていたからだとエレンは言っていた。だからヴァージニアも慎重を期していたのだが、僅かな会話の間にジュストは何か面倒事の匂いを嗅ぎ取っていた。


 「話を聞くのはいいが、こっちも慈善事業じゃないんだ。依頼料はもっているのかい?」


 「それは俺が立て替えるから心配しなくていいぜ、婆さん」


 「なぜそこまでしてくれるのか」と言いたげなヴァージニアの顔を見てジュストは鼻の頭を掻いて理由を説明した。


 「ジニーが絡まれた原因の一端はオレにもあるからさ。昨日の話だ。あいつら大した価値もないガラクタを古代の遺産だとか嘘ついて祭り目当てに来た観光客に売りつけようとしていたんだ」


 正義感の強いジュストはその行為を見逃せず威圧的に四人を問い詰めた。すると四人組は「冒険者になるのに反対していた故郷の家族に王都の土産を持って帰りたかった」と涙ながらに訴えたのだ。


 「そんな与太話を信じたのかい?」


 「いや、俺も嘘だとは分かっていたぜ? けどな、もうすぐ一年に一度の祭りなんだ。少しの金で問題の芽を摘めれば安いもんじゃないか、って思ったんだけどなぁ」


 「それで善人ぶった男から金をせしめて味を占めた馬鹿どもがジニーお嬢ちゃんを襲ったと。ホントに馬鹿だね、あんたは。人を騙して金儲けしようなんて奴らはさっさと衛兵に引き渡せばよかったんだよ」


 「俺も少し祭りが近いんで浮かれてたんだよ。そんな訳で依頼料、いや相談料はオレに払わせてくれ。この婆さんはこの辺りの顔役で知らない者はいないって人だ。どんな相談でもきっといい答えをくれるはずさ」


 「ふん、おだてるんじゃないよ。ま、そう言う事なら話を聞かせてもらおうかね。ただ力になれなくても恨まんでくれよ」

 

 カウンター席に案内され背もたれのない椅子に腰を下ろしたヴァージニアに女性がジュースを差し出し自己紹介をした。


 「あたしはルルニア・カーペンター。元冒険者でアンタの隣にいる男の師匠みたいなものさ。死んだ旦那がオーガスタの冒険者ギルドの代表者だったんで、その跡を継いで随分長くギルドマスターをやっていたんだよ」


 「ちなみに今のギルドマスターは婆さんの娘で、孫も冒険者って言う生粋の冒険者一族だよ」


 「そんな自慢にもならない事を言うのは止めな。さてと、それじゃ話を聞こうかね、ジニー・ウォルコットさん?」


 ヴァージニアは頼るべきか迷ったが、これも何かの縁と覚悟を決めて探している物を口にした。


 「この辺りで『虹の聖女』や『黒の災厄』に関する本を売っている店はありませんか? あっ、おとぎ話の方ではなくて史実として扱っている本を、です」


 その言葉を聞いたルルニアとジュストが同時に何とも言えない表情をして固まってしまった。

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