近づく祭りと不穏な噂 3
「え~と、何だっけ。もう冒険者から足を洗いたいけど故郷に帰る金がない、だったか? それなのに酒の匂いをプンプンさせて女の子に絡んでるのはどういう了見なんだ?」
ヴァージニアを囲んでいる男たちは大体三十過ぎくらいの強面の男たちだ。
それに対してゆっくり近づいてくる若い男は二十歳ぐらいにしか見えない。
だというのに明らかに若い男が持つ威圧感が年上のチンピラたちを圧倒していた。
しかし数は多いというアドバンテージを持つ四人組が威圧感を跳ね除けようと吠えた。
「お、俺らがどこに居ようが勝手だろうが!」
「そうだ、そうだ! 俺らはこの嬢ちゃんが誘ってきたから遊んでやろうとしてるんじゃねえか!」
チンピラたちの全く信憑性の言い訳に若い男が盛大にため息をつく。
そして若い男が「フッ!」と短く息を吐いた瞬間、四人組の一人が殴り飛ばされ壁に顔面を打ちつけ崩れ落ちた。
「は?」
何が起こったのか分からない男が困惑している間に若い男は相手の懐に飛び込み、その腹に拳がめり込ませた。
「なんで俺が『疾風のジュスト』って呼ばれているのか知らなかったのか?」
「があっ!?」
腹を殴られた男は青い顔をして道に腹の中にあった物をぶちまける。その男にジュストと名乗った若い男がトドメとばかりに背中を蹴り吐瀉物の中にチンピラを沈めた。
「う、動くな! 動くんじゃねえ!」
「ヒッ!」
ヴァージニアの頬に冷たい刃が触れる。
ジュストに対する恐怖でなりふり構わなくなった男がヴァージニアを人質に取って後ずさりを始めた。
「おいおい、それはもう洒落じゃ済まねえぞ」
「う、うるせえ! 元々俺らはこうやって生きてきたんだよ! いいか、少しでも変な動きみせれば嬢ちゃんのキレイな顔が……」
「は、離してください!」
ヴァージニアの拒絶の言葉に反応するようにペンダントがその力を開放した。
「いいか、こっちに来たら……。イデデデッ! 腕が、腕が千切れる~!」
ヴァージニアが男のナイフを持っている腕を掴むと絶叫が路地に響いた。
拘束が弱くなった隙をついてヴァージニアは男の腕から逃れた。そして振り返ると男の頬を思いっきり引っ叩いた。
「ぶげえっ!?」
ヴァージニアに掴まれた腕を擦っていた男の顔が叩かれた衝撃で歪み足が地面から離れ壁に激突した。更にそこから跳ね返って状況が呑み込めずにいた最後の一人を巻き込んで一緒に地面に転がった。
「うお、すげえな。はは、俺が横槍入れて助かったな。じゃなきゃこのお嬢さんにお前ら全員ミンチにされてたぞ?」
「そ、そんな事しません!」
そこにガチャガチャと鎧の音を響かせて衛兵たちが遅ればせながらやってきた。
先頭にいたちょび髭の隊長は部下に倒れている男たちの拘束を命じてからジュストとヴァージニアの方へ歩いてきた。
「またお前か、ジュスト!」
「おいおい、俺はそこのお嬢さんを助けただけだぜ。もっとも余計なお世話だったかもしれないが」
「そっちの娘はお前の仲間じゃないのか? まぁいい。それで何があった?」
その後、ヴァージニアとジュストは衛兵に事情を聞かれる。しかしその聞き取りは非常に簡単なものだった。その理由は捕まった四人組は他の場所でも問題を起こして通報されていたからだった。
衛兵たちは四人組を引っ立て(ヴァージニアにやられた男は目を覚まさず仲間に背負われて)その場を後にした。
「ふぃ~、あやうく詰め所に夜までコースになる所だったぜ。それであんたは大丈夫かい、お嬢さん」
「はい、助けていただいてありがとうございました。私はヴァ……ジニー。ジニー・ウォルコットと言います」
さすがに本名を名乗るのは憚れたヴァージニアはいつも街を散策している時に使っている偽名を名乗った。姓に使っているウォルコットはヴァージニアが好きな冒険小説を書いている作家の姓を拝借した物である。
「俺はジュスト。冒険者だ」
「冒険者!?」
「おっと、自称じゃないぜ。ちゃんと冒険者ギルドに所属している真っ当な冒険者だから安心してくれ」
冒険者。
その職業に抱く印象は人それぞれだ。
命知らずの冒険家。どんな雑用もこなしてくれる便利屋。お尋ね者を狙う賞金稼ぎ。その中で最も多くの人が思い描くのはトラブルを引き起こす、ならず者だろう。
ジュストが言った冒険者ギルドというのは冒険者たちが自分たちの悪評を払拭するために作った組織だ。ギルドに所属しているという発言は「自分はならず者じゃない」という証明によく使う台詞である。
「じゃあ冒険者手帳と証も持っているんですか!?」
「もちろんさ。ほら、これだ」
ジュストが腰につけた小さなカバンから手のひらサイズの手帳を開いた。そこにはジュストの指印とオーガスタ冒険者ギルドの捺印があった。
冒険者手帳は身分証明書であり依頼人に提示し指印を照合して初めて仕事を受ける事ができるのである。
そしてもう一つ、ジュストが紐を通して首に下げていた指輪にはギルドの紋章が刻印されていた。これはギルドの仕事を一定数こなした者の送られる者で能力を証明するのに使われる。逆にこの証をもっていない者は半人前とされ危険だったり重要な仕事が任されることは無い。
「どうだ。少しは信用して……」
「うわ~、うわ~! 本物だ、本物の冒険者手帳と証だ! すごい、すごい!」
「あ~、信用して無かったわけじゃないのか」
完全に童心に戻っているヴァージニアの姿にジュストは苦笑する。その姿にかつての自分を重ねながら。
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