近づく祭りと不穏な噂 2

 中央広場を出て大通りを南に向かいヴァージニアは歓楽街を目指す。

 王都の主要な区画へは馬車道を辿れば簡単に行き着くことが出来るようになっている。

 だがひとたび狭い路地に入り込もうものなら例え王都生まれでも迷いやすい迷路のような造りになっている。

 しかもこの時期は観光客目当てのスリや強盗が多く入り込み王都の治安も悪くなっている。

 ヴァージニアが向かいの道に目を向けると路地から飛び出してきた男が衛兵に取り抑えられている場面を目撃してしまった。


 (歓楽街ではきっとあんなことが日常的に起こっているはずです。今の時期はもっと治安が悪いに違いありません! 気を引き締めて行かないといけませんね)


 大通りから東へ派生した道を辿ると歓楽街の入り口が見えてくる。

 馬車の駅にほど近い場所は小綺麗な上流階級向けの店が並んでいる。

 だがそこから離れるほどに店の質は下がり治安が悪くなっていく。

 特に王都を守る城壁に近い東端のエリアはスラム街となっており一般の人間が近寄る事はまずない。

 ヴァージニアはいつか読んだ観光客向けのチラシに書かれていた内容を思い出しスラム街に近寄らない事を心に決め歓楽街へと足を踏み入れた。


 入ってみて奥に向かったヴァージニアが驚いたのは、予想以上にほろ酔い、悪酔い問わず赤ら顔の大人をよく見かけることだった。

 中央広場や大通りにも酔っている人はいたが、歓楽街のそれは比ではない。


 「はいはいはいはい、旦那方。うちの宿で休んでいってください!」


 「そんなとこで寝てると財布盗られますよ。うちで一休みしてってくださいまし」


 宿の従業員が正体をなくし座り込んでいる人を立たせ次々と自分の宿に連れ込んでいるのを見ると飲み屋とグルなのかもしれない。

 ヴァージニアが何となく宿の入り口に目を向けると恰幅のいい男に肩を抱かれた妖艶な女性と目が合う。

 すると女性はヴァージニアにウィンクをして見せつけるように男とキスをする。


 (~~~~~~~!)


 その刺激的な光景に顔を一瞬で真っ赤にしたヴァージニアは慌てて視線を逸らし急いでその場を離れた。

 脳裏にこびりついた先ほどの光景を振り払うように早足で歓楽街を突き進み、そしてほどなくして足を止めた。

 理由は言うまでもなく自分がどこにいるか分からなくなったためである。


 (うう~、もう! なにをやっているですか、私は~!)


 適当に路地を練り歩いたせいで完全に方向感覚も失いヴァージニアは途方に暮れてしまった。


 「おお、迷子かい、お嬢ちゃん」


 「へえ、この辺りの貧乏人じゃねえな。いけねえなぁ、ここは嬢ちゃんのような子が来る場所じゃないぜ?」


 いかにも浮浪者と言った風体の男が二人がヴァージニアの前に立ち塞がる。


 「いえ、その先を急ぎますから……」


 「おいおいおい、つれないなぁ。少し位俺らと遊んでくれよ」


 「へへへ、まだガキだが結構上玉じゃねえか」


 ヴァージニアを挟むように後ろからも柄の悪い男二人が現れヴァージニアの逃げ道を塞いでしまった。


 (ど、どうしましょう。こうなったらペンダントの力を……)


 あの力を使えばあまり高くない左右の建物の上へ逃げる事は容易い。

 だがレイチェルやエレンからペンダントの力は人に見せるなと釘を刺されている。

 どうすべきか迷っているうちに後ろから来た男の一人がヴァージニアの手首を掴んだ。


 「痛い! 離してください!」


 「おまえ、結構いい所のお嬢さんだろ。少しくらい俺らみたいな可哀そうな奴らに恵んでくれてもいいだろうが、おい!」


 耳元で怒鳴られてヴァージニアの体は竦んでしまう。

 そして男の手がヴァージニアの胸に触れようと近づき――。


 「お前らが? 可哀そう? ははは、面白い冗談だな。ならお前らみたいなクズに金を貸した可哀そうな俺を慰めてくれよ、なあ?」

 

 四人の男たちの表情が固まり恐る恐る視線をあげると傷だらけの鎧を着た若い男が皮肉な笑みに浮かべて立っていた。

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