第六章 近づく祭りと不穏な噂

近づく祭りと不穏な噂 1

 ヴァージニア達が通う学校に現れた謎の怪物。

 ふふっ、あなたはもうについては知っていますよね。

 この時現れたのは、まだ過去の残滓とも言える非常に弱体化していた個体でした。

 なぜそんなモノを黒曜教会が確保しようとしていたのか。そもそも一体どこから現れたのか。そしてなぜペンダントの力で撃退できたのか。

 泉で聖女の遺産を見つけてからヴァージニアたちは様々な問題にぶつかっていきます。けれども彼女たちはどこかこの状況を楽しんでいました。

 その疑問を解決した時が別れと旅立ちの時だと知らぬまま――。

 

――

 「ふう、あまりよく分からないなぁ」


 ヴァージニアはエレンから借りた虹の聖女に関する本を閉じて椅子の上で伸びをした。

 借りてきた本はほとんど子ども向けの絵本で読むのは簡単だが「虹の聖女とはなんぞや?」という疑問に答えてくれるような物ではない。

 開けたままの窓からは三日後に控えた建国祭の準備に追われる人たちの活気ある声が聞こえてくる。


 建国祭は王都を挙げて行われるお祭りだ。

 一日目の朝に王城のバルコニーから国王が国の更なる繁栄を願い、そして高らかに建国祭の開始を宣言して三日間の祭りは幕を開ける。

 そして普段は馬車が行きかう大通りは馬車が通行禁止となり様々な地域の出店が立ち並び、各所にある劇場では無料公演が行われ、公園には様々な大道芸人がその技を披露する。それ以外にも王都オーガスの各所で様々な催し物が行われ熱狂に包まれるのだ。

 だが王都が賑わうの建国祭の三日だけではない。祭りの前後三日にも祭り当日に場所が取れなかった商人が露店を開き劇団や大道芸人が演目を披露している。

 いつの間にか、建国祭の前三日を『前日祭』、後三日を『後日祭』と呼ぶようになり建国祭の三日間と合わせ計九日間の壮大なお祭りとなっていた。


 当然ながら王都で生まれ育ったヴァージニアはそれを知っている。

 そして好奇心旺盛な彼女が外へ行きたいという気持ちを抑えきれるはずもなく椅子から立ち上がり外出の準備を始めるのは当然の成り行きだった。


 「あ、遊びに行くんじゃありません。エレンちゃんから貰った布を手直しするための裁縫道具と虹の聖女に関する情報を集めに行くんです!」


 誰もいない部屋で言い訳をしながら着替えを済ませ鏡で身だしなみをチェックする。

 本当はレイチェルも誘いたかったのだが彼女は朝に「黒曜教会を調べに行く」と言いお付きの召使いを伴い馬車で出かけてしまっていた。

 昨日帰ってきたエイルムスも執事の話では既に任地である西の長城へ向けて出立しており、屋敷の中にはヴァージニアを止める者は誰もいない。

 忙しそうに働いている使用人の邪魔をしないように階段を降りるとヴァージニアはは意気揚々と街へと繰り出すのだった。


――

 「うわあ、うわあ、うわあ! 人もお店もいっぱいですよ!」


 王都の南門から王城までを繋ぐ大通りと東門と西門を繋ぐ大通りが交差する大型ロータリー、その中心に作られた広場では許可を得た多くの行商人が商品を並べすでに多くの人で賑わっていた。

 ここ以外にも王都の各所にある広場が行商人に解放され賑わいを見せていたが、やはり都の中心部であるここが一番のホットスポットであるのは間違いない。

 ヴァージニアは日頃大通りの雑踏を歩いている経験を遺憾なく発揮し様々な店を覗いて回る。

 見た事のない食べ物に腹を鳴らし、西の大国ミランシアで作られた鮮やかな色付けの食器類にため息を漏らし、亜人族の素晴らしい刺繍が入った民族衣装に目を奪われる。思わず衝動買いしたくなるのをグッと堪えヴァージニアは広場を見て回っていく。


 (せっかくエレンちゃんから高価な布を頂いたのですから、それに見合う糸を使いたいですね。あと本を売っている店も見つけられればいいのですが)


 ここで見つからなければ商店街へ行こうと決めてヴァージニアは足取りも店を回っていくが目的の物は全く見つからない。

 二時間ほどでほぼ全ての店を見終わったヴァージニアが諦めて勝手知ったる商店街に行こうとした時だった。


 「お嬢さん、探し物かね?」


 決して大きな声でもないのにそのしわがれた声はなぜかヴァージニアの耳にはっきりと届いた。

 ヴァージニアが声がした方へ顔を向けると二つの露店の間にある僅かなスペースに古びた灰色のローブを着た老婆が地面に粗末な赤い絨毯を敷き座っていた。絨毯の端に小さな看板があり上手とは言えない大陸共通語で「占い屋」と書かれていた。


 「王都には無数の店が出ているからねぇ。何の手がかりもなく探していたら見つかる前に祭りが終わってしまうよ?」


 「あはは、私は王都に住んでいますから、お店がある場所は大体わかっていますから大丈夫ですよ」


 ヴァージニアは当てずっぽうに声を掛けてきたんだなと思い苦笑する。きっと物珍し気に周りを見ていたから旅行者と間違われたのだろうと思ったのだ。


 「ああ、もちろん知っているよ。だけどね糸はともかく探している本は王都の店では売っていないよ」


 その言葉にヴァージニアは驚きを隠せなかった。出かけたのは思い付きで誰にも目的は話していない。

 それなのになぜこの老婆は自分の目的をしっているのだろうか?

 興味を持ったヴァージニアは操られるように靴を脱いで老婆の前に座った。


 「ふぇふぇふぇ、いらっしゃい」


 「え~と、私が捜している本の事を知っているんですか?」


 「具体的には知らんよ。けどそれが何処にあるかは占ってあげられるよ。お代は……」


 老婆が自分の隣に置いてある看板を指さす。そこに書かれていた金額は高級料理店のフルコースよりはるかに高い。

 一応は貴族令嬢であるヴァージニアでも手持ちのお金で払える金額ではない。


 「あの、そんなに持ち合わせがないので失礼します……」


 諦めて立ち上がろうとしたヴァージニアを老婆が少し慌てた様子で呼び止めた。


 「待て待て。これはそれなりの地位にある方向けの値段じゃ。こういうくだけた場ではこれじゃ」


 そういって老婆が看板をひっくり返すと桁が三つ小さくなっていた。その値段は子どものお小遣い程度で逆に商売になるのかとヴァージニアは心配になってしまうほどだった。


 「心配はいらないよ。あたしゃもう十分に稼いで来たからねぇ。しかしどうりで今日は誰も人が来ないと思ったよ。看板を替え忘れていたなんてあたしも耄碌したもんだよ、ウェヒヒヒ」


 「は、はぁ……」


 値段的には払える金額になったが、果たしてこの占い師を信じていいものかヴァージニアは迷ってしまう。しかし特にあてもないので占いに賭けてみるのも悪くないと思い座り直し財布から料金を支払った。


 「はい、毎度あり。それじゃあ占ってみようかね。それじゃちょいと手を貸してもらおうかね」


 手相を見るのかと思ったヴァージニアは手のひらを上にして老婆に差し出す。だが老婆は手相を見るのではなく自分の皺だらけの手を重ね合わせた。


 「……最初にお前さんを見かけた時、何か人と違う気がしていたけどここまでとはねぇ」


 感嘆か呆れか、老婆はほうっとため息をつき自分の手をどけた。


 「えっと、その、ごめんなさい。それはきっと私に魔力がないせいですよね?」


 「別に謝る事じゃないさ。それにアタシの占いにアンタの魔力の有無は関係ない。アタシはただその人の運命を垣間見るだけさね。だけどアンタの運命は本当に複雑だ。普通の人なんて精々三つぐらいの選択肢しか見えないんだ。その三つの中からアタシが最も良いと思った物を告げる。けれどアンタの選択肢は十を超える」


 「それはいい事なんでしょうか?」


 「さてねぇ。選択肢が多いって事はそれだけ揺れ幅が大きいってことさ。後世に名を遺す存在になる事も、極悪人として名を遺す事になる可能性がある。ウェヒヒヒ、そんな不安そうな顔をするんじゃないよ。将来は分からなくとも今探している物を見つけるなんてアタシには朝飯前さ。さてアンタの探している本は王都の南東、歓楽街にあるようだ」


 「歓楽街ですか?」


 歓楽街――様々な飲食店や劇場やヴァージニアも噂程度しか知らない大人の遊び場が集まっている一角である。

 そして同時に王都の中で最も治安が悪い場所でエイルムスからも「用もなくうろつくな」と厳命されているいわくつきの場所でもある。

 そのため王都を散歩するのが趣味であるヴァージニアも自分の足で歩いて回った事がなく未知のエリアであり、行くことに躊躇いを覚えた。


 「行く行かないはアンタの自由だよ。ただ行くのなら覚悟をして行きな」


 「覚悟……」


 「けれどアンタが何かを成し遂げたいと思うのなら行くべき道はここしかない。他の選択肢はアンタの望みを叶える事はないからねぇ」

 

 老婆の言葉にヴァージニアは視線を下に向けて考える。老婆は仕事は終わったとばかりにそれ以上何も言わずにただヴァージニアを見守った。

 少ししてヴァージニアはまだ迷いを残した顔をしながら老婆に礼を言い靴を履き直して歓楽街に近い広場の出口へ向かっていった。


―――

 「ただいま~。婆ちゃん、ご飯買ってきたよ~。って、あれ、難しい顔してどうしたのさ?」


 「いや、まさか生きているうちにもう一度運命の子に出会えるとは思わなくてね」


 「運命の子? それって昔占った事があるって言ってた狂王レイドの事じゃなかった? え、そんな物騒な人に会ったの?」


 「違うわ、ばかたれ。運命の子とはがんじがらめになった世界の運命に可能性をもたらす者で決して悪ではない。レイドは運命の子だからではなく自らの性根ゆえに悪に墜ち世界に憎しみをばら撒いたのじゃ」


 「ふ~ん、じゃあ婆ちゃんが見た人はどうなの?」


 「一言で言えば純粋じゃな。どこまでも純粋であり、それ故に危うい。もしあの子が悪に落ちれば世界が滅びるかもしれん」


 「……ぶっ、ハハハハハハ! 何それ。じゃああたしたちの運命はその人に握られているって訳? そんなのある訳ないじゃん。さっ、婆ちゃんは裏でご飯食べて休んでなよ。今度はあたいが店番するからさ」


 「……そうさせてもらうかねぇ。ちと疲れたわい」


 見た目ヴァージニアとあまり変わらない年頃の少女に場を譲ると老婆は後ろの天幕へ歩いていく。


 「あれ、いつもは占いの事で何か言われると怒るのに、どしたんだろ?」


 「すみませ~ん、占ってもらってもいいですか?」


 「ええ、もちろん。仕事、恋愛、人間関係、何でも占いますよ~」


 リーズナブルな料金に惹かれ人が集まってくると少女は仕事に没頭し疑問は完全に忘れさってしまった。


 昼に近づき人出はさらに増え王都は更に活気に満ちていく。

 前日祭一日目はまだ始まったばかりだ。

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