ウルフェン家と学校の一幕 5

 夜、習い事から帰ってきたレイチェルの元へ訪れたヴァージニアはなぜか部屋の真ん中で正座をさせられていた。


 「レイチェル~、一体何をそんなに怒っているのですか~」


 「言わなければ分かりませんか?」


 「ええっと~、エレンちゃんの家に勝手に見つけた物を持って行ったことですよね?」


 「持ち出す際はキチンと互いの了解を得る。そういう約束だったはずです」


 自分の椅子に座り足組をしてレイチェルは、足が痺れてモゾモゾしている姉を見下ろしていた。レイチェルが夕食を食べ終わるまでの間、正座で待っていたヴァージニアの足は既に限界を迎えつつあった。

 

 「も、もちろん覚えていますよ。でも昨日はレイチェルが帰ってくるのが夜だって言っていたじゃないですか~。だから待っている訳にいかなかったんですよ~」


 「また別の日に持って行くと約束すれば良かったじゃないですか」


 「エレンちゃんにはこちらからお願いしているんですよ? それなのに肝心な物を後で見せるなんて言うのはあまりに失礼ではないですか」


 「それは、そうですが……」


 「それにエレンちゃんは私の大事な親友です。だから秘密を他所に漏らすなんてことは絶対にしません」


 「なんの根拠にもなっていない気がしますけど姉さまがそこまでいうのならもういいです。それじゃベッドにどうぞ。たっぷり足をマッサージして痺れをとってあげますから」


 「怒ってる! やっぱりまだ怒ってるじゃないですかぁ!」


 その後、無理やり立たされたヴァージニアはベッドに押し倒され、そのまま足の裏を指圧されて悶絶したのであった。


 ――

 「うう……。酷い目にあいました」


 「どんな理由であろうと約束を破った事に対して罰は受けて頂かなければ。姉さまが口を押し付けていた枕、よだれでびちょびちょじゃないですか」


 「ご、ごめんなさい。すぐに新しいのを……」


 「そんなのは後で他の誰かにやらせるからいいです。さて、それではエレン様のお宅で分かった事を聞かせてくれますか?」


 「は、はい! え~と――」


 …

 ……

 ………


 「つまりあの箱に隠されていた物はオーガスタ王家の秘宝で、それをあの反逆者ミルディン王子が奪って隠した。しかもそれが継承戦争が起こった本当の理由ですか」


 自分の椅子に戻ったレイチェルはヴァージニアの話を聞きため息をついた。何かいわくがあるのは想像していたが全てがレイチェルの想像以上だったからだ。


 「しかも現在の王家と黒曜教に密約があり聖女の遺産を譲り渡そうとしていた。完全に話が国家レベルになってきましたね。これを上手く使えば色々出来そうな気がしますね」


 「ダメですよ、レイチェル。まずは隠した人の真意を知る。何か行動を起こすのはその後です」


 「言ってみただけです。それに黒曜教会に喧嘩を売るような真似して無事に済むとは思っていませんから」


 「そう言えばレイチェルは黒曜教についてはどう思っているんですか?」


 「別に何も。ウルフェン家は黒曜教を信仰していることになっていますがあくまで世間体を気にしてですからね」


 黒曜教を熱心に信仰しているのは庶民の方が多い。これは怪我や病気の治療を無料でやってくれることが大きな理由になっている。

 逆に裕福な家はお抱えの治癒術士などがいるため世話になる事が少ないため信者の数は多くない。

 その一方で貴族は国に忠誠を示すために、あるいは国教となった黒曜教と繋がりを持つために信徒になる者はかなり多い。

 エイルムスも一応信徒であるが宗教自体に興味がないらしく付き合いは最低限にとどまっており娘にも信仰を強要したことは無い。


 「ただ黒曜教に関しては昔から噂はありましたからね。妙に王家に対し馴れ馴れしく王家以上の権力を持っているとも言われてきました。今まではただの噂だと思っていましたがエレン様の言う事が正しいのならその理由に説明がつきますね」


 「つまり昔レオン王は聖女の遺産を渡すと約束した。でもミルディン王子がどこかに遺産を隠してしまったせいで渡せなくなってしまった。その代わりに王家は様々な特権を黒曜教会に与えたということですね」


 「姉さま、さすがです……と言いたい所ですが、どうせそれはエレン様が仰っていたことでしょう?」


 「えへへ、バレちゃいました。エレンちゃんは言っていました。問題はこの密約が今も生きているのかが問題だって」


 「もし密約が生きていれば私たちは非常に危険な状態ということになりますね。国と巨大宗教組織、どちらも危険な相手なのに手を組まれてはどうしようもありませんね」


 ある日突然兵士が屋敷に踏み込んできて姉妹揃って拘束される。そして、弁解の機会さえ与えられず処刑される。そんな事を簡単に行える者たちが相手なのだと思うとレイチェルの口元に不敵な笑みが浮かんだ。


 「な、何で楽しそうなんですか、レイチェル? あ、そういえばもう一つ話しておかなければならない事がありました」


 そういってヴァージニアは学校での事をレイチェルに報告した。

 その話を聞いている時、特にヴァージニアが攻撃された場面を聞いている時は眉間にしわが寄り非常に険しい表情を浮かべていた。

 話を聞き終えるとレイチェルは椅子から立ち上がりおもむろにヴァージニアの服をまくり上げた。


 「ちょっ、レイチェル、何をするんですか!?」


 「いいから黙っていてください! というより何故そんな大変な話を最初にしないのですか! 傷は大丈夫なのですか!?」


 「ですから相手に実体がなかったので大丈夫ですって。ちょっとくすぐったいですよ~! そこ違いますよ! 下着をずらさないでくださ~い!」


 ややあって落ち着きを取り戻したレイチェルが椅子に戻りヴァージニアは乱れた服を直しベッドに座り直した。


 「うう、だから大丈夫だって言っているのに~」


 「何かの呪いを受けた可能性もあるでしょう。調べた感じでは特に何も問題はなさそうですけど。こんな事なら私ももう少し学校に残るべきでした」


 あの時レイチェルとヴァージニアはタッチの差で入れ違いになっていた。

 レイチェルは遅れてくるだろうヴァージニアを待つつもりだったのだが学校側が馬車通学の生徒の家に連絡し迎えを寄こすように連絡していた。

 レイチェルは事情を説明し残ろうとしたのだが先輩であるシーシェルに「代わりに待つ」と言われ渋々帰ったのだ。


 「いえ、帰って正解でしたよ。もし校舎内にいたらレイチェルも襲われていたかもしれないのですから。私が見た先生二人はまだ息がありましたけど他に残っていた人は大丈夫だったんでしょうか……」


 「それは次に学校に行ったときに分かるでしょう。……一つ言っておきますが、もし今回の件で犠牲者が出たとしてもそれは姉さまの責任ではありませんからね。変な勘違いをして落ち込んで怪しまれるような真似はしないようにしてください」


 レイチェルの言う通りヴァージニアは結果的に倒れていた人を見捨てる決断をしてしまった事を少し悔やんでいた。

 学校の先生たちと親しい訳ではないし、すぐに黒曜教会が助けに来たのだからそんなにヴァージニアが責任を感じる必要はないというレイチェルの意見は正しい。

 ただそれでももっと何か出来たのではないかと思ってしまうのがヴァージニアという少女なのだ。


 「話を戻しますよ。話からするとそのモヤ?が学校で倒れた人が続出した原因で間違いないでしょう。人の生気を吸う……死霊の類でしょうか?」


 死霊とは心残りがある人間の魂や負の感情が周囲のマナと結合し生まれる怪物モンスターの一種である。

 実体は持たず物理攻撃によるダメージは与えられないが死霊の攻撃も肉体にダメージを与える事はない。

 その代わりに相手の体力や魔力を奪い取り相手を衰弱させる攻撃をしてくるが、その威力は強くはなく倒し方も他の魔力をぶつけてやれば簡単に体を構成しているマナが攪拌され消滅する低級の怪物である。

 ヴァージニアの情報を聞く限り特性は非常に似ているが一つ決定的に違う点があった。


 「でも死霊は負の感情がかなり集まる場所でないと発生しないのではないですか?」


 暇があれば冒険者が綴った冒険記を読んでいるヴァージニアが疑問を口にする。

 彼女の言う通り死霊が自然発生するには主に多くの人が死んだ場所。つまり戦場や牢獄、処刑場、それに多くの人が命を落としたダンジョンなど特殊な場所で生まれるのが主であり昼間の学校に突然出現するような物ではない。しかも不測の事態に備えて魔術や呪術の防御処置を施してある敷地なら尚更だ。


 「姉さまの話だと学校に乗り込んで来た黒曜教会は怪物の正体に心当たりがあるようですね。……『魔は北より来る』でしたか」


 「あれが魔の正体なのでしょうか?」


 「分かりませんよ。ただ単に以前から黒曜教が追っている怪物だったのかもしれませんから」


 黒曜教に限らず、ほとんどの宗教組織は独自の神官戦士団を持っており大規模な魔獣討伐、危険なダンジョン調査などに活躍している。

 そういった神官戦士団は冒険者と同じく国や個人の依頼で出動することが多い。だからヴァージニアが見た黒曜教会の神官戦士たちも誰かから受けた依頼で動いていた可能性もあるとレイチェルは指摘したのだ。


 「でもオーガスタ国内の黒曜教って神官戦士団はいないはずじゃないですか?」


 百年前に黒曜教は国教とされたがレオン王を支えた黒派の貴族たちの中には少なからず黒曜教を危険視する者もいた。そういった人たちのを解くために黒曜教は神官戦士団は保有しないと宣言した過去があった。


 「それはただの名目上の話ですよ。実際に王都の黒曜教会でも武器を持った神官戦士は何人かいたでしょう? 例え戦士団は持っていなくても国内の教会に常駐している神官戦士を集結させれば実質的に戦士団になりますよ」


 「それって狡くないですか?」


 「こういのは騙される方が悪いのです。そもそも国王が黒曜教の自衛を認めていた時点で有名無実な約束だったのですよ。ですが実際に神官戦士を掻き集めてことに当たらせるのはやはり普通ではないですね。……姉さま、エレン様は私たちの虹の聖女に関して調べて欲しいと言っておられたのですよね? 申し訳ありませんがその件は姉さま一人で調べてくれませんか? 私は黒曜教会を調べてみようと思います」


 「ええ~、それは危ないのでは!?」


 「別にそれほど深く調べる訳ではありません。ですが黒曜教が怪しいと分かっているのに何も知らないのでは話にならないでしょう?」


 「それはそうかもしれませんが……」


 「特に聖石に関する情報は欲しいですね。姉さまやエレン様が経験した事を鑑みれば非常に怪しい代物と言えます」


 「わかりました。けど絶対に危ない事はしないで下さいね?」


 「私身の程は弁えていますから大丈夫です。では明日からの方針を――」


 この日は夜遅くまで姉妹は熱心に話し合い、気が付けばレイチェルのベッドで二人一緒に眠り込んでしまったのだった。

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