ウルフェン家と学校の一幕 2
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ここで少しウルフェン家の歴史についてお話しておきましょう。
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ウルフェン家の歴史はヴァージニアの物語が始まる約百五十年前、後にフィリン森林王国の領土となる北方の広大な森林地帯を領地とする大貴族の分家として始まりました。
本家から割譲された領地は狭くはありましたが衣食住に困ることは無かったそうです。初代、二代目と有能な当主が続き財を蓄え三代目の時に領地を本家に返還し、有能さを買われ王都へ移住し宮廷勤めを始めて、ついには大臣の地位を得るまでに昇りつめました。
そしてちょうどその時に起こったのが、あの継承戦争でした。
この戦いでウルフェン家の四代目当主は学友であった第一王子レオンに味方し若き王の手助けをしたと言います。
戦働きこそ全くなかったものの、混乱する国民をまとめ前線で戦う騎士たちの支援に徹し、その働きは新王レオンからも絶賛され後に宰相の地位にまで昇りつめます。
ですが戦いが終わった直後にウルフェン家の運命に関わる知らせがもたらされました。
森林地帯の独立宣言。その動きを抑えようとした本家が独立派との戦いで一人残らず殺されてしまったのです。
この出来事を受けウルフェン家はレオン新王の勧めで本家の爵位を引き継ぐことになり、更に王家直轄地の一部を割譲されるという異例の待遇を受けました。
これが現在のウルフェン家の基礎となり名家として押しも押されぬ存在となったのです。
そして時代は降り狂王レイドの時代に移ります。
当時、まだ若者だったエイルムスは大臣の補佐役をして王都に赴任していた不仲の父に代わり領地経営に勤しんでいました。
有能で質素な生活を好んだ先祖と違い父親は大貴族という肩書に奢り傍若無人な振る舞いや何歳になっても女遊びに
単に女性にモテたかったのか、それともウルフェン家にまともな戦働きがない事を気にしていたのか。ともあれエイルムスの父は息子が止めるのも聞かず「奪われたかつての領地を取り戻す」という大義を掲げてレイドのフィリン森林国侵略に自領を守る兵士を無理やり引き連れ参加したのです。
結果だけをいえばエイルムスの父が活躍する事はありませんでした。
周囲の諫めも聞かず酒を飲み、酔っ払った挙句に命令無視をして敵陣に突撃し初戦であっさり戦死してしまったのです。唯一の救いは単騎で突っ込んだおかげで兵士の命が無駄に散る事が無かった事でしょう。
そしてウルフェン家の運命は二十歳の若き俊英エイルムスに託されることになりました。
エイルムスは戦地から父の遺体を連れ帰った兵士たちを労い、戦中であることを理由に葬儀は家族だけで済ませると喪に服す事無くすぐに自らの職務に戻りました。
そんな彼に転機となる出来事が起こりました。
レイド王がフィリン森林国を滅ぼし多くの略奪品が王都に運び込まれ浮かれる貴族たちの中でただ一人先行きを憂いていた大臣がいました。その大臣が実直に領地経営をしているエイルムスを見込み、自らの側近として取り立てたのです。
エイルムスはその期待に応え周囲の貴族が次なる戦地ヘイル草原自治領に行くのを横目に地味な仕事を率先して行い王宮で執務に当たる者たちの信頼を勝ち取り多くの事を学びました。
この時の経験が後に有能な政治家としてのエイルムスを形作ったと言っていいかもしれません。
そして遂にオーガスタ黒王国、そして狂王レイドの野望が潰える日が来ました。
敗戦の報で混乱する当時の大臣たちを説き伏せエイルムスは自ら軍をまとめ敗走する国王たちを救うために追撃してきた草原部族の軍を撃退しウルフェン家として初めて戦で名を馳せることになります。
ただ実際には敵の援軍を見た自治領の部隊が深追いを避けて撤退したからで実際には戦闘状態には入らなかったそうです。恐らくこの話は負け戦に落ちこむ民を勇気づけるためのプロパガンダだったのでしょう。
しかし、この作り話のせいで約三十年後に畑違いの将軍職、その最上位になる大将軍を押し付けられることになるのはエイルムスにとっても誤算だったでしょうが。
前にも話しましたが、その後レイドはミランシア王国のアレス王子への恐怖心から国の西部に長城を作るという無茶な計画を立てました。その責任者として選ばれたのがエイルムスでした。
この大抜擢には所説色々ありますが、有力なのは無残な敗北者であるレイドが先の活躍で国民から英雄視され始めていたエイルムスに嫉妬したという説です。つまり無茶な要求を押し付け、出来なければ処断するという横暴な権力者がよく使う手法で彼を消すつもりだったのでしょう。
しかしエイルムスは逆にこれを最大限に活用します。
敗戦後のレイドは完全に暴君となりもはや誰の手にも負えなくなっていました。
エイルムスを取り立ててくれた大臣や同僚も多くが諫言が原因で職を解かれた上で蟄居を命じられ王宮にいる者は誰もが視線を下にして王と目が合わないようにしていました。
そんな孤独の王に対しエイルムスは言葉巧みに自身へのレイドの嫉妬を、他の従軍した貴族たちへの怒りへとすげ替えていきました。
「今の陛下の境遇は、能力のない貴族たちが台頭しているせいなのです。そこで能力のない者を排し、真に国を思いその能力を生かしたいという者を召し抱えくださいませ」
ここでエイルムスの言った能力とは『お金』です。
戦争で当主や跡取りを失った貴族を容赦なく排斥し、その後釜として多額の出資をした者を当てる。
そうして集めたお金でエイルムスは絶対に無理だと言われた長城建設を進め、レイドが王位を追われるまでに六割ほど完成させ新たな王となったセドリックを大いに驚かせました。
そして迎えた新たなセドリック王の治世。
その中でも特に注目を集めたのがエイルムスの裁きでした。
いつの間にかレイドの側近のような存在になり、エイルムスの進言によって爵位を奪われた貴族やその血縁たちからは『過去の清算』を求める声が多く上がったのは当然の成り行きでした。
けれど、その声が王に届くことは無くエイルムスは無罪放免となりました。
理由としては、あくまで爵位を金で売るという決断をしたのはレイドであった事。
そして訴えた者たちが主張していたエイルムスの違法な金銭授受や爵位取得に関する口利きといった不正行為は一切見つからなかったからです。
エイルムスは新王の面前でこう語ったそうです。
「私がレイド様から命じられたのは国を守る為に長城を作れ、というものでした。そして私は金策として国に対する寄付を行った者に報いる制度を作られてはと進言しました。それが罪だと言うのであれば、なぜこの場で私を糾弾している者たちはレイド様に制度への不満を訴えなかったのでしょうか? 為すべき時に何もせず、事が終わった後になってしたり顔で批判する。そのような日和見主義者たちに利する行為をすることが国の為になるでしょうか? この場にはレイド様の親征に同行し略奪を働き私腹を肥やした者も何人かおります。ですが私は全ての精霊神に誓って私利私欲で動いた事はありません!」
あっ、エイルムスの言葉が本当かお疑いですね?
ですがエイルムスは本当に清廉潔白でした。
私服を肥やすどころか賄賂で地位を得ようとする者を告発し、逆に能力があるにも関わらずその地位を奪われそうになった貴族を支援し助けた事もあったくらいなんですよ。
長城建設に関しても、恨みを持つ者たちが主張した金を流用し私腹を肥やしたりした形跡も一切発見されませんでした。
過酷な建設現場で多くの死人が出た事に関してはエイルムスは一定の責任を認めました。ですがここでも彼はセドリック王や聴衆に対し弁舌を振るいました。
「確かに多くの罪なき民が私の指示で死にました。ですが想像して頂きたい。もし
建設が進まない状況にレイド様が苛立ちを覚えたらどうなっていたでしょう。私を含め建設に関わる者全ての首を斬る。そんな命令が出るのは容易に想像がつきましょう。ですから私は私の力の及ぶ範囲で民を守ろうとしました。私から言えるのはそれだけです」
ここぞとばかりにエイルムスを追い落とそうとした貴族たちはセドリックに厳罰を求めました。
しかしこの時意外な人々から減刑を求める嘆願が多数寄せられたのです。
それは実際に長城建設に徴用された民たちでした。
エイルムスは私財を投げうって医者や医療術士を雇い、更に大怪我をして働けなくなってしまった人にお金を持たせ故郷へ帰らせたりと暴政の被害を減らすべく彼の言葉の通り懸命に動いていたのです。
最終的にエイルムスは官職は失いましたが爵位や領地没収はされずに済みました。そしてエイルムスは王宮を去り自領に戻ることになりました。
ですが徹底した調査で潔白を証明したエイルムスは新王セドリックの信頼を得て、後に宮廷に呼び戻されることになります。
彼が呼び戻された理由。それはレイドの貴族制度革命によってオーガスタ黒王国の貴族社会は真っ二つに分かれてしまったことによります。
祖先から受け継いできた血と伝統を尊び、かつて権勢を維持しようとする旧来の貴族たちの派閥『守旧派』。
己の才覚で爵位を得、祖国と自分たちの栄達を求める商人や軍人から成りあがった新たな貴族たちの派閥『革新派』。
実質的にエイルムスの手によって築かれた新たなオーガスタの政治体制は、常に二派の争いという緊張感をもたらし貴族たちは己の才覚を競い、相手を蹴落とす事に執念を燃やすことになりました。
ですが行き過ぎた競争心は憎しみを育み、それはよく言えば温和、悪く言えば気弱なセドリックの治世に段々と大きな負担となってきたのです。
守旧派の中にはエイルムスの口添えで家を守れた者も多く、革新派の中にも彼の推挙で爵位を持てた者も多くいました。
こうした経緯からエイルムスは激しくなる二つの派閥の仲裁者としての活躍を期待されたのです。
その期待に応え貴族同士の争いを何度も収めてエイルムスは王の補佐として王宮内、そして貴族社会において絶大な影響力を獲得しウルフェン家の名声は国の内外にも轟くことになりました。
え? これを見越してエイルムスは動いていたのではないか、ですか?
それについては意見が別れていますね。
レイドに重用された時から全て仕組んでいたのか、それとも天が味方した結果なのか。残念ながらそれを知る事はもう誰にも出来ません。
その後は各大臣職を歴任し、まとまらない貴族たちをギリギリのところで繋ぎ止め国の運営に力を尽くしました。
その間に何度かの結婚と離婚を繰り返しつつヴァージニアとレイチェルの兄弟に当たる四人の子どもを政略結婚の道具として使い確固たる地位を築いていきます。
ですがそんなエイルムスを快く思わない強力な敵が王宮内で徐々に勢力を伸ばしてきていました。
その敵の名前はシオン・ウォン・オーガスタ。
エレンの婚約者フレデリック王子の兄である王位第一継承者です。
プライドの高い彼はエイルムスに頼りきりの父を蔑み、やがて来る自分の治世の前にエイルムスを排除しようと画策します。そして彼はエイルムスを快く思わない一部の守旧派貴族から協力を取り付ける事に成功し先制攻撃を仕掛けました。
今まで大臣として王都に鎮座し影響力を保ってきたエイルムスを賊の跳梁で緊張感が高まっていた西部に大将軍として送ったのはシオンの策でした。
ですが先手を奪われたエイルムスも、この若き挑戦者を迎え撃つ準備を即座に開始しました。守旧派の貴族の元へ嫁ぐはずだったレイチェルの婚約を白紙にして革新派の大物貴族に嫁ぎ先を変えシオン率いる守旧派に対抗する姿勢を示したのです。
守旧派と革新派の争いはそれぞれにシオンとエイルムスを党首として、抑えがいない苛烈な権力争いの様相を呈し始め王宮の内外に影響を及ぼしていました。
―――
ふう、大分話が長くなってしまいましたね。
では再び話をヴァージニアに戻しましょう。
父に拒絶されたヴァージニアは傷心のまま足取り重く貴族の子女が通う名門女子校に向かいました。
門を開けてもらい校舎に入ったヴァージニアはそこで自分を待っていた一人の女生徒に話しかけられます――。
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