浮かび上がる真実 3

 風呂から上がり風を送る魔術具でエレンに髪を乾かしてもらったヴァージニアは再びエレンの部屋に来て夜風にあたっていた。

 真夜中になり大通りの喧騒は聞こえなくなったが、たまに外から上機嫌に国歌を口ずさむ人の声が聞こえてくる。


 「まったくお酒は限度を弁えて嗜んで欲しいわ」

 

 そういってエレンは冷たくなってきた風で体が冷えないように窓を閉めた。

 薄手のネグリジェを着ているエレンは普段以上に大人びて見えて、同性のヴァージニアも思わずドキリとしてしまう。ちなみにヴァージニアは色気も何もない相変わらずのズボンとシャツ姿である。

 今まで何度かエレンの家に遊びに来たことはあったが、泊まったり、ましてやお風呂に一緒に入るなどしたことのなかったヴァージニアはエレンの意外に積極的な面にただただ驚くばかりで、そして楽しい時間を過ごしていた。


 (こんな機会をくれた遺産を隠した人には感謝しなければいけませんね。でもどうすればこの感謝の気持ちを表す事が出来るのでしょう?)


 エレンの話で、ペンダントと剣はかつての聖王国の宝だと分かった。

 ならば、これから自分がとるべき道はなんだろうか?

 色々な事を考えヴァージニアは口を開く。


 「やはり虹の聖女の遺産は王家に返還した方がいいのでしょうか?」


 「却下よ」


 「うええ!? だってエレンちゃんは将来の王族でしょう? これをエレンちゃんからフレデリック王子に返してもらえば全て丸く収まるんじゃ?」


 「あのね、ジニー。この遺産は表向きには『無い』とされている物なの。それどころか、現王家の祖が黒曜教に売り渡そうとしたのよ。今の国王様がどこまで知っておられるかは分からないけど、間違いなく歓迎はされないでしょう。最悪何か理由をつけて発見者のあなたやレイチェルさんを口封じの為にどこかに幽閉する恐れさえあるわ。そしてあなたが見つけた物は遺産の返還を聞きつけた黒曜教に引き渡されるでしょう。ジニーはこれを隠した人の気持ちと努力を無駄にするつもりなの?」


 「えええ、じゃあどうすれば……」


 「隠した人物の意図を知ることよ。一節目は黒王家と黒曜教への警告。二節目と三節目は継承戦争の真実が書いてあった。遺産の由来やこれをどうして欲しいのかはきっと四節目、五節目に書いてあるはずよ。答えを出すのはそれを見てからで構わないんじゃないかしら?」


 「そう……なんでしょうか?」


 「ところでジニーは黒曜教会についてはどう思っているの?」


 突然の質問に戸惑いながらジニーはぽつぽつと思ったままを述べる。


 「どうといわれましても、私自身は別に思う所はないです。お父様も一応黒曜教を信仰してはいますけど教会に行くこともほとんどありませんでした。私も数えるほどしか教会に入ったことはありません。でも……」


 「でも?」


 「一度だけ王都の神殿に祀られている『聖石』を間近で見たことがあるんです。だけど――」


 ――

 まだレイチェルがウルフェン家に来る前の事だ。

 珍しく父に連れられ訪れた王都の黒曜教会の神殿では普段限られた人しか見る事に出来ない聖石の間が一般開放されていた。聖石の間は教会関係者でも限られた人しか出入りできない聖域で黒曜教徒でも実際に聖石を見た者は少ない。

 その少ない機会を逃すまいと多くの信徒が王都の黒曜教神殿に訪れていた。

 そのせいでヴァージニアは父が誰かと話している間に人波に呑まれ、気が付けば大神殿の最奥まで流されてしまった。なんとか人の波から逃れたヴァージニアは誰もいない通路に逃れ安全に外に出られる場所を誰かに聞こうと進んでいった。


 「あの~、だれかいらっしゃいませんか~?」


 ヴァージニアが薄気味悪い程に静かな廊下を進んでいくと小さく開いている扉を見つけた。人がいないかと覗いてみるとそこには昇り階段がり、上から誰かの声が聞こえた。

 幼いヴァージニアは「人がいた!」と喜び急勾配な上に長い階段をゆっくり上がっていった。上った先は小さな部屋になっており仕切り扉がない先の部屋から声は聞こえてくる。やっと人を見つけた喜びで部屋に踏み入ったヴァージニアは驚きと恐怖で足が止まった。

 

 「誰だ!?」


 「馬鹿者、気を逸らすな!」


 奇妙な仮面をつけた二人組にも驚いたが、ヴァージニアが目を奪われたのは奥にあった人間大サイズの黒い巨石だった。その意思は淡く明滅を繰り返しながら黒いモヤを噴き出し、二人の男はそれを吸っていたようだ。

 男の一人がヴァージニアに意識を向けたせいだろうか。黒いモヤがあっという間に地面に溢れヴァージニアの膝下までを隠すほどにまで充満した。


 「な、何これ? きもち……わるい……」


 急速に力が失われていく悪寒に耐えられずヴァージニアは気を失ってしまう。彼女が最後に憶えているのは誰かがモヤの中に倒れ込む前に体を抱きかかえてくれた事だけだった。

 その後、気が付けば屋敷の屋根裏部屋に寝かされており誰も何があったのかは教えてはくれなかった。

 

――

 「もしかしたら夢だったのかもしれません。でもあの時の不気味な感触は今も忘れられません。皆さん聖石は素晴らしいと言いますけど私にはどうしてもそうは思えないんです」


 「あなたのソレ、夢じゃないわ。だって私もあのモヤを見たもの」


 「エレンちゃんもですか!?」


 「ええ。フレデリックとの婚約が正式に決まってしばらくした頃よ。私も王家のしきたりで聖石から直接祝福を受ける儀式をしたの。それでこれは滅多にないチャンスだと思ってこっそり魔力感知をしてみたのよ」


 「それっていけない事なんじゃないですか?」


 「聖石の近くで魔術は使うなって言われたわ。でも大地の精霊神の力を秘めた石でしょ。もしかしたら魔力感知で本当に精霊の姿が見れるかもって思ったのよ」


 パミア大陸では主に四大精霊神が信仰されている。世界に普遍的に存在している不可視の力『マナ』に神格を与え、それは自然信仰として大陸に住む人々の生活に根付いてた。今では精霊や精霊神は人々の信仰が生み出した虚像であるというのが通説になっているが、中にはその姿を見るために過酷な修行に打ち込む者もいるという。

 エレンは黒曜教が謳う『聖石は大地の精霊神の賜物である』という言葉が本当ならば誰も見た事がない精霊神を見られるのではないかと思いたち禁止されている魔術のを使ったのである。

 

 「どうしてそんな大事な日に、わざわざ危険な橋を渡るのですか!?」


 「好奇心が抑えられなかったんだから仕方ないじゃない。でも、そこで私が見たのは精霊なんかじゃなかった。聖石から僅かに溢れるモヤが周囲のマナを喰らっているおぞましい姿だったわ。そして聖石の傍に控えていた人がそれを抑え込んでいたみたいだった。それに聖石の奥に何か得体のしれない力を感じたの。でも見えたのはそれだけ。あれ以上、感知魔術を使っていたらばれてた、ううん、もうばれてたかもしれないわ。その後に慌ただしく部屋から追い出されてしまったから」


 パミア大陸での精霊信仰はマナ信仰を起源としている。エレンがその神聖なマナを貪る聖石を見て嫌悪感を抱くのはパミア大陸に生きる者にとっては当たり前の感情と言える。


 「では聖石とは何なんでしょう? その力で救われたという人は沢山います。ですが被害を受けたという人は聞いた事がありません」


 「そうね。そもそも聖石とは何かという話に繋がってくる話ね。そこで気になってくるのがミルディン王子が言ったという『魔は北より来る』よ。王家にのみ伝わっていたという口伝。私はそれがこの巻物の四節めか五節目に書いてあると思うの。それが分かればミルディン王子が黒曜教に抱いていた危惧が明らかになるはずよ」


 「今更ですけどすごく危険なことしてますよね、私たち」


 「それはそうよ。なにせ国の保護を受けている、いいえ、今やパミア大陸で大きな勢力を築いている宗教団体の暗部を暴こうとしているんだから」


 「エレンちゃんはいいんですか? フレデリック王子との婚約とか色々あるでしょうし……」


 「私ね、この巻物を解読してからずっと父様の事を考えていたの」


 「おじ様の事ですか?」


 「ええ。父様は黒の災厄の歴史を調べていたって話はしたでしょ? でもそれが何故か黒曜教の資料を盗んだって告発されたの。何故父が黒曜教から盗みを働いたのか、その理由がずっと分からなかった。けど今はこう思うの。父様は何かを知ってしまったんじゃないかしら? 父様が調べていたのは黒の災厄、そしてそれを鎮めたのは虹の聖女。そして聖女の遺産を狙っている黒曜教。これを偶然の繋がりとは私は思えなくなっているの」


 言葉もなく二人は互いを見る。

 黒曜教は今もオーガスタ黒王国の国教であり、その権力は絶大だ。これ以上巻物の内容に踏み込めば身に危険が及ぶ可能性は高くなる。

 だがエレンに怯えた様子はなくむしろその目には闘志が宿っている。例え何が起ころうと一歩たりとも退くつもりはないという覚悟だ。

 その親友の覚悟を見てしまっては巻き込んだヴァージニアが手を引くわけにはいかない。ましてやオースマー家の幸せを踏みにじった者がいるのならヴァージニアにとっても許せない相手だ。

 互いの瞳に最後までこの件に関わる覚悟を見た二人は自然と握手を交わす。


 「エレンちゃんが解読が終わるまで聖女の遺産は私が責任をもって預かっておきます」


 「ええ、お願いね。私は残りの部分の解読を急ぐわ。そういえば一緒に見つかったという宝石は今はどうなっているの?」


 「レイチェルが自分の宝石箱の中に隠しています。必要ならまた今度持ってきましょうか?」


 「レイチェルさんがもう調べていると思うけど一応お願い。それとジニーがペンダントの力を引き出した状態も一度見てみたいわ」


 「分かりました。私は学校がお休みの日ならいつでもいいので、エレンちゃんの都合がいい日にしましょう。あと今回の話、レイチェルにも聞かせてあげてくれませんか? 私じゃ上手く説明しきれないと思うので」


 「レイチェルさんに会ったのは去年の入学式の日以来かしら。あまり話せなかったけど受け答えのしっかりした利発な子だったわね」


 「はい! レイチェルは頭がいいのできっとエレンちゃんと話が合いますよ」


 「そうね。三人で協力できたらきっと上手くいくわ。それで、私が巻物を調べている間にヴァージニアたちは黒の災厄と虹の聖女に関して調べてみてくれないかしら。父様の資料は大部分押収されてしまったけど、まだいくつか残っているのがあるから持って帰ってちょうだい。代わりと言ってはなんだけど巻物は私に預けてくれないかしら?」


 「もちろん構いませんよ。……ふわぁ」


 「ジニーは明日学校よね?」


 「はい、でも午前中は魔術に関する授業しかないので午後だけ出ればいいので……はふぅ」


 「午後から行って居眠りしていたら周りからやっかまれるでしょう? 今日はもう寝なさい。なんだったら私のベッドで寝てもいいわよ?」


 「ありがとうございますぅ……」


 話がひと段落ついて気が抜けたヴァージニアはあっさり眠気に負けエレンのベッドに潜り込んで寝息を立て始めてしまった。

 

 「学校でもそうだったけど本当に寝つきの良い子ね。さてと、じゃあ私は調べ物を続けますか。……ふふっ、楽しくなってきたわ」


 それから数時間後、日付が代わり空が明るみ始めた頃になってエレンはヴァージニアを起こさないように同じベッドに入り疲れからあっという間に眠りこむ。


 三時間後、いつまで経っても起きてこない子どもたちを呼びに来たリーザは姉妹のように仲良く眠る二人を見て微笑みながらベットのシーツを引っ張り叩き起こすのだった。


 

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