第三章 浮かび上がる真実
浮かび上がる真実 1
時刻はすでに夜を迎えていた。
客間の窓からは少し冷たい夜風と大通りの喧騒が僅かに入ってくる。
普段は一人でご飯を食べるヴァージニアは、久しぶりに誰かと一緒に食べる喜び料理上手のリーザ特製のシチューを心行くまで堪能した。
その後、食器の片付けの手伝いを終えると、今夜使わせてもらうことになった客間で一息つく。そして制服から部屋着に着替えると斜向かいにあるエレンの部屋に向かいノックをする。
「開いているからどうぞ」
ヴァージニアがエレンの部屋に入ると先ほどまで散らかっていた本が大分片付けられていた。ヴァージニアを待つ間にエレンは部屋の片づけを済ませ散乱していた資料は部屋の隅に積み重ねて置かれていた。
「それじゃ話の続きをしましょうか?」
エレンは手に持っていた本を片付けると、先ほどと同じ手順で部屋に魔術を施した。次に魔術錠をかけた棚からヴァージニアに貸していた鞄を取り出し、中に入っていた巻物を部屋の中央にある丸テーブルの上に置いた。
「あの、エレンちゃん。本題に入る前に一つ聞きたいのですが、結局あの巻物を残したのは誰なんでしょうか? それに書かれていた文字は何語だったんです?」
「そういえば、その事に関しては話していなかったわね。この巻物には署名らしき物がないから誰が書いたかは正確には分からないわ。でも私には一人だけ心当たりがある。その人の名前はシルファ。ミルディン王子の軍師であり、同時に恋人とも言われていた亜人族の女性よ」
「亜人族の人なんですか?」
――
亜人族。
東大陸から『
男女ともに筋骨逞しく、好戦的な『
ずんぐりむっくりな体型で地下に独自の文明を築く『
特定の居住地を持たず一生を旅の中で過ごす大人でも子どものような容姿を持つ『
風人以外は人間と同じくパミア大陸各所で部族単位で暮らしている。だがその暮らしぶりは千差万別で、人間と同じ場所で暮らす者もいれば人里離れた場所で自分たちの文化を頑なに守る部族もいる。
人間と暮らす亜人族の多くはそれぞれの特徴を生かした職に就き生活している。森人なら狩人や魔術師、角人と獣人は傭兵、土人は鍛冶屋や技術者、風人は吟遊詩人や雑用を請け負う冒険者として活躍している。
黒の災厄以前は領土争いや文化の違いから戦いになる事も多かった。だが未曽有の苦難を共に乗り越えたという結束感が種族の垣根を消すきっかけになった事は間違いない。
――
「僅かに残っている資料では今のフィリン森林国、当時は大森林と呼ばれていた所から来た森人らしいけど、詳細は分からない。僅かに伝わっている話では、美しく聡明な女性で長剣と魔術を自在に操る魔剣士。そして軍略に長けた彼女の存在は兵の質に劣るオーガスタ聖王国がダグラス帝国に拮抗できた要因とも言われているわ。昔は彼女を題材にした劇もあったそうだけど黒王国誕生を機にミルディン王子に関する記録がほとんど消され、その劇も公演禁止になり台本は全て焼却されたそうよ。そのせいで彼女の実像は文献に残っていないのよ」
「確か森人は長命なんですよね。なら今もどこかで生きているのでは?」
「そうね。継承戦争ではミルディン王子は自刃したと言われているけど遺体は見つからなかった。彼女も包囲された城から姿を消していたそうで、その後の消息は不明……だったのよ、今までは! でもこの巻物を解読すれば二人がどうなったのかが分かるかもしれない!」
話しているうちにエレンの口調に熱が帯びる。そして彼女は巻物を開き四節目を触れないように指さした。
「この巻物に使われている文字は森人が使っていた古代文字に似ているのよ。だから私はこれを書いたのはシルファだと思っているの」
「森人の古代文字?」
「そう。人間がこの大陸に来る前から彼ら亜人族はそれぞれの文化を持っていたの。特に今のフィリン森林国がある場所に住んでいた森人は特に洗練された文字文化を作り出していたのよ。父様の蔵書に資料が残っていて助かったわ。それがなければ解読できなかったかもしれない。でも四節目からは明らかに使わている文字が違うのよね。ここからは解読にかなりかかると思うわ」
「ん~、なんでそんな分かりにくい文字で書き残したの残したのでしょう? 森林国に隠していたならともかくオータスタじゃ限られた人しか読めませんよ」
大陸共用語で書き残してくれれば読むのに事もなかったのにとヴァージニアは思う。それに同意見だとエレンも頷き巻物の文字を見つめて書いた人物の考えに思いを馳せる。
「それはもちろん誰でも読めてしまうと困る内容だからよ。私が思うに、あなた達が持ち帰った物の中、あるいは仕掛け部屋に何らかの解読方法やヒントがあるんじゃにないかしら?」
「私たちもその可能性は考えてやってはみたんですけど成果はありませんでした」
「まあ、この話は一旦置いておきましょう。今は解読できた範囲、つまり継承戦争と聖女の遺産についての話に戻りましょうか?」
「お、お願いします!」
表情を引き締めたエレンは同じように緊張した表情のヴァージニアに頷き自分が知った百年前の真実を話し始めた。
――
百年前。
父王の崩御に伴い二人の王子、
オーガスタ聖王国では先王の死後、喪が明けた三十日後に王位を継ぐ者が諸侯を前に王位継承を宣言する。その宣言に全ての諸侯が祝福の言葉を述べ正式に王位が継承されるという流れになっている。だが、もしこの場で王子の発言に誰かが異議を唱えれば王位継承は延期され全員が納得できるまで会議が開かれることになる。だがここ百年はそのような事態になったことはなく、この時もそうなるであろうと誰もが思っていた。
ごく一部の者を除いては。
「今日この時より我が国は黒曜教を国教とする」
レオンはざわめく諸侯を前に黒曜教を国教とする事のメリットを滔々と語り出した。
黒曜教を通じ帝国と誼を結び戦争を終わらせる。
黒曜教を国教に認定した後も他の宗教を迫害する事は決してしないこと。
そして黒曜教がもたらす『聖石』の癒しの力を宗派、身分関係なく受けられる事。
黒曜教会がもたらす『聖石』とダグラス帝国への影響力に貴族たちは心を揺さぶられた。『聖石』の力は既に周知の事実であり貴族の間でも極秘に国外で黒曜教を頼ったものも少なくない。
障害となりうるのは各領地にある既存の神殿勢力だが、自分の意思ではなく『王命』であることを前面に押し出せば問題ないだろうという目論見から出席者は拍手を持って賛意を示す。
だが状況は思わぬ人物の発言で一気に緊張感に満ちた物になる。
万雷の拍手を受け得意の絶頂の絶頂にいたレオンの耳に「私は反対する!」という声が届いた。
声の主は血を分けた弟、ミルディン。
白の礼装に身を包んだ聖王国の若き英雄は卓を叩き抗議の意思表示をして立ち上がった。
「理由を聞こう」
レオンは王位を継ぐ者としての威厳を持って弟へ問いかける。だがその目は妬みから憎悪に変わった黒い感情を隠しきれず刺々しい視線を向けた。
「魔は北の地より
その言葉だけで充分とばかりにミルディンはただ静かに兄を見つめる。
この場にいる誰もが意味が分からず困惑のざわめきが広がっていく。ミルディンの言葉はまるで北のミレイユ山脈を本拠に置く黒曜教を邪な存在だと言っているようにも聞こえたからだ。
「お前はまだそんな迷信を真に受けているのか?」
「ならば、なぜ彼らは我が国が守ってきた遺産を欲しているのです?」
そのミルディンの鋭い刃のような言葉に、今まで困った弟に手を焼く兄といった態度だったレオンが焦り始めた。
「お前は……!」
「黒曜教を国教とし彼らの助力を得る、それ自体に私は反対しません。ですがその見返りに我らの祖が守り通してきた物を売り渡すというのであれば話は違う!」
ここに来てレオンが全てを語っていないのを察した出席者たちのざわめきは一段と大きくなり収拾がつかなくなっていく。
「ミルディン! お前は王家の秘事を晒すつもりか!?」
「秘事であることをいい事に取り返しのつかない愚を犯そうとしているのはあなただ、兄上!」
それは兄弟が袂を別った瞬間であった。
何かとてつもない事が起こる。その場にた全員がそれを察し周囲の喧騒は一瞬で消え去り二人の王子の動向に注目が集まる。
「おまえは……! 私を愚かと言うのか!」
「王として私を罰するというのならそれも構いません。ですがあなたが父から受け継いだ使命を果たすつもりがないのなら、私が代わって果たすつもりです。例えこの命を失うことになろうとも……!」
「まさか……!」
完全に余裕を失い椅子から立ち上がるレオンに「兄上が目を覚まされる事を期待します」と言い捨てミルディンはそのまま即位式の場を後にした。
その三日後。
オーガスタ聖王国の歴史を変えた王位継承戦争が勃発する……。
――
「つまりレオン王子は黒曜教会と密約を結んでいたということですか?」
「ええ。けれどその事はほとんどの人は知らなかったのよ。何らかの方法でその密約を聞きつけたミルディン王子が即位式でそれを問いただした。どの歴史書にも載ってはいない出来事よ」
「密約の内容はやっぱり……?」
「オーガスタ王家が密かに受け継いできた虹の聖女の遺産である白いペンダントと蒼き剣。理由は分からないけど黒曜教会はこの二つを新たな王に求めたのよ。そして大きな外交成果、そして華々しい戦功を持つ弟の活躍の場を奪うためにレオン王子はこれを呑んだのよ」
虹の聖女に関する伝承は百年前もただの伝承に過ぎなかった。
レオン王子にとっても聖女の実在を信じておらず、失っても問題ないという認識だったのだろう。
それに気づいたミルディン王子は聖女の遺産を守るべく行動を起こしたのだとエレンは言う。
「即位式で警備が手薄な間にミルディンは遺産を回収し密かに自分の領地へと運び込んだのよ。これでレオンが目を覚ましてくれればという淡い期待を持って」
だがその願いがレオンに届くことはなかった。
即位式で恥をかかされ、自分の栄達を約束する宝物を盗まれたレオンは激情のままに討伐隊を派遣。
事態は最悪の方向へと進んでいった。
「その後の展開は、おおよそ歴史書に書かれている通りね。元々、騎士や兵士の信望が篤かったミルディン王子は善戦したものの、レオン王子が黒曜教会を通じて雇ったダグラス帝国で活躍していた傭兵部隊を雇い対抗。追い詰められたミルディン王子は最後は自身の居城に火を放ち最期を迎えた、といわれているわね」
「聖女の遺産って、そんな兄弟同士で争わなければならない程に大事な物だったんでしょうか?」
「大事だったんでしょう、少なくともミルディン王子にとっては。そして、城が陥落する前に遺産はミルディンが最も信頼する者に託され、資格ある者が手に出来るように儀式の泉に隠した。にしても、王都の近くに隠すなんて大胆よね。意趣返しのつもりだったのかしら?」
エレンは聖女の遺産を隠した人物の考えを推し量りながら、すっかり暗くなった窓の外へ目を向ける。
「そして、今、隠されていた虹の聖女の遺産はあなたの手に渡った。さてと、ジニー。今度はあなたの番よ。そのペンダントにどんな秘密があるか教えて頂戴?」
外の景色からヴァージニア、正確にはその胸元のペンダントをエレンは指さした。
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