消された歴史 7
「ある組織ですか?」
「ええ、その組織は少しずつ聖王国に溶け込み、ついには第一王子レオンと接触し始めてた。レオンの劣等感を刺激して目的を達成しようとしたのよ」
表向きは誰に対しても如才なく振舞うレオン。
将来の名君と期待された彼の中にも実は僅かな闇があった。
帝国との戦いで華々しい武勲を挙げ称賛されるミルディン。多くの騎士と兵を率い万雷の拍手と喝さいを一心に浴びる弟への嫉妬である。
「レオン王子は英雄と呼ばれる存在に憧れていたの。でも体が弱く武術の才が無かった彼はその夢を、戦果を挙げて馬上で称賛を浴びる栄誉を得る事は生涯できなかったのよ」
それでもレオンは自分の闇と折り合いをつけ弟に対して良い兄を演じていた。
当時、北の大国ダグラス帝国がなんども豊かな平野を目指し南下、小競り合いが続いていた。軍事大国である帝国に対抗するには優れた武人であるミルディンに頼るしかない。差し迫った脅威に対して嫉妬で国を危うくするほどレオンは愚かではなかった。
しかし戦いが終われば弟の人気に嫉妬と王位を奪われるのではないかという危機感を漠然と抱き始めていた。
そこを『ある組織』が上手く突いたとエレンは言う。
「その組織とは何ですか? どうして兄弟の仲を引き裂くような真似をしたんですか?」
「その組織は今もパミア大陸で大きな影響力を持っているわ。ミレイユ山脈に本拠を置き、ダグラス帝国とも太い繋がりを持つと言われる黒曜教会。それがオーガスタ聖王国を混迷に導いた組織の名前よ」
「黒曜教会が!? でも黒曜教会はオーガスタの国教ではないですか?」
「いいえ。黒曜教がオーガスタの国教となったのは継承戦争が終わった後よ。そして、この黒曜教が持ちかけてきた提案に関して二人の王子の意見は真っ二つに分かれたのよ」
帝国の皇族に取り入り勢力を伸ばしていた黒曜教会は布教を目的に以前から度々聖王国へ宣教師を向かわせていたが、その数は年々増えていった。
それに対してミルディンは黒曜教の宣教師派遣を諜報活動と断じ、父王に黒曜教会の締め出しを願い出た。
しかし密かに黒曜教と接触していたレオンはこの方針に反対。逆に黒曜教会に間に入ってもらい帝国と和平に向けて話あう場を作るべきだと主張した。
「この巻物によれば、レオン王子は黒曜教会にかなり色々吹き込まれていたようよ。そして段々とミルディン王子に対して対抗心が強くなっていった」
黒曜教会の扱いに対して父王が裁定を下す前に崩御してしまったことで兄弟の確執は周囲の目にも明らかになった。そして王位継承者二人の不和という火種は徐々に周囲に広がり聖王国に不穏な空気が充満し始めることになる。
「継承戦争はダグラス帝国と黒曜教の聖王国侵略作戦の一環だったという説は歴史学者の間では常に言われてきた。でも本当はそうじゃないかもしれない。覚悟はいい、ジニー? ここからがいよいよ本題。今まで誰にも知られることなく闇に葬られた歴史の真実が明らかになるのよ」
「あの~、出来るだけ分かりやすくお願いしますね」
既に難解な授業を一時間受けたような疲労が蓄積しているヴァージニアにエレンは少し意地悪そうな顔をして笑いかけた。
「じゃあ本題に入る前に確認よ。ジニーは虹の聖女の事はどの程度知ってる?」
「『黒の災厄』で混乱する大陸をお供の獣と旅をして回り魔を打ち払った、というくらいです。以前エレンちゃんのおじ様から各地の伝承はそれぞれ細かく違っているそうだと伺った事はあります」
「ええ、そうね。私も似たようなものだし、他の学者も多分同じでしょう。誰もが知っているけど具体的に何をしたのかよく分からない人。どこから来てどこへ行ってしまったのか全てが謎の人よ」
「でも、その聖女様と継承戦争になんの関係があるんですか? 時代が全然違いますよね?」
「私もこれをどう扱っていいのかわからないのだけどね。ただ巻物にはこう書いてあるの。オーガスタ聖王国には虹の聖女の遺産が秘匿されていたって」
「聖女様の遺産……ですか?」
「ええ。王城の宝物庫の更に奥。オーガスタ聖王国の礎を作った賢者、その直弟子だった建国王自らが幾つもの封印を施して安置した物。それは素材不明の白い石作りのペンダントと空の青さを凝縮したような世に二つとない美しい蒼き剣の二つよ」
それを聞いて思わずヴァージニアは首にかけていたペンダントを取り出した。
「やっぱりあなたがペンダントを持ってたのね」
「ち、違います、隠していたわけではないんです! ただこれ私以外が触れようとすると危ないので……」
「持ち主を選ぶという事? まぁ、いいわ。あとでじっくり私にも見せて頂戴。継承戦争だけじゃない。もしかしたら虹の聖女に関しても何か分かるかもしれないわ! ふふっ、今夜は寝かさないわよ?」
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
ヴァージニアが恐れ戦いているとエレンが巻物と剣が入った鞄を棚にいれ強固な施錠の魔術をかけた。
「私もお腹が空いたし休憩がてらご飯にしましょう。ジニーはお腹が減ると集中力が目に見えて落ちるから。さっ、行きましょ」
「はい、もうお腹ペコペコです!」
部屋を扉を開錠してエレンが部屋を出てヴァージニアもそれに続く。
屋敷中に香ばしい匂いが漂っており空腹を思いだしたヴァージニアの胃が激しく主張を始めた。それを聞いたエレンが振り返ってクスクスと笑う。だが後を追うように彼女のお腹も同じように主張しだし、二人は笑い合うのだった。
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