消された歴史 6
「うわぁ……」
僅かに扉が開いていたエレンの部屋に入るとヴァージニアは絶句した。
机や床に分厚い本が開いたまま放置され、ベッドの上にも大きく分厚い本が十冊単位で四つの山を作っている。
その惨状を見れば百年の恋も醒めそうなほどに乱雑に散らかった部屋で唯一座れる場所である椅子にエレンは腰掛けていた。
「それじゃ適当に座ってちょうだい」
「ええ~、座れって言われても……」
ドアを閉めた振動でベッドに積んであった本の山が盛大に雪崩を起こし、ますます座る場所が無くなってしまった。
「ベッドの本を床に降ろしていいわ。ああ、そうだ。あの剣は鞄に入れてベッドの下に隠してあるわ。私は刀剣の類は詳しくないけど、とても綺麗な剣ね。でも鞘はキチンと合うサイズのものにすべきよ。持ち上げたら鞘から滑り落ちて足に刺さるかと思ったわよ」
「伝えておきたかったんですけど、エレンちゃんはサッサと二階に行ってしまって教える暇がなかったんですよ。でもあの剣は刃がないですから安心ですよ」
「あら、そうなの? それはともかくあの剣に関しては私では力になれないわ。柄の部分とかに意匠でも彫り込んでいるかと思ったけど何もなかったし。ただ刀身に何か不思議な力は感じがするから何か付与されているかもしれないわ。鑑定するなら武器に詳しい人にあたるしかないでしょうね」
ヴァージニアがベッドの本を退かしている間にエレンも部屋の中央にあった丸テーブルから資料を片付けてスペースを作るとそこに例の巻物を広げた。
「あとは部屋の音が外に漏れないようにしないと」
エレンが小声で魔術に使われる古代語を口ずさむ。更にドアと窓に魔術で鍵をかけ外から開かないようにして万全の備えをしてエレンは自分の椅子に腰を戻った。
「話が外に漏れないように念には念を入れておかないとね」
「えっと、そんなにヤバイ情報でしたか?」
「ええ、まだ全部読めた訳ではないんだけどね。ヤバイなんて代物じゃないわ。下手をしたら今の王家の正統性すら揺るがしかねない。この巻物の内容はそれだけの物よ。ジニー、あなた本当に凄い物を見つけてきてくれたわ!」
発言は物騒なのにエレンが今まで見たこともないほどの笑顔をしている。それがヴァージニアには少し怖かったが、ひとまず先ほどのエレンの発言で気になった点を尋ねた。
「えっと、王家の正統性を揺るがすって、エレンちゃんはその王家の人と結婚するんですよね?」
「私が王族という立場に
「いいえ、そんな事は心配していません。けれど、これが原因でエレンちゃんに何かあったら私が嫌なんです。自分で協力を求めておいて勝手な言い分だとはわかっています。でも私のせいで婚約破棄にでもなったら……」
「信用してくれてありがとう、ジニー。でもね、これは私が自分で決めた事なの。これから先もしも何か私の身に起きてもそれは私の責任。あなたが気に病む必要はないわ」
「ですが!」
「それにもしかしたら父様に起こった事に関係があるかもしれないの。だから私はここに書かれている事を絶対に解き明かして見せる。それに何よりあなたの為にね」
「私の為?」
「そうよ。ペンダントと蒼の
「虹の聖女? それは大昔の伝承ですよね。それがなんでオーガスタ王家に関わってくるんですか?」
虹の聖女。それはパミア大陸に生きる物なら誰もが知っている伝承の英雄だ。だが彼女がオーガスタ王家と繋がりがあるなど聞いたこともない。困惑するヴァージニアに微笑みかけてエレンは巻物の三節目を指さした。
「とりあえずここまでは意味が通るくらいには解読できたわ。でも話を進める前に、ジニーは百年前の継承戦争についてはどの程度知っているかしら?」
「そこはちゃんと勉強しましたよ! 当時のオーガスタ聖王国の二人の王子様がそれぞれ黒と白の旗を掲げて王位を争い、最後は黒派と言われた第一王子様が勝って今の黒王国になりました……で合っていますよね?」
「ええ。でもテストなら当時の王子たちの名前が出てこないのは減点だけどね。ジニーの言う通り、通説では戦争の原因は第二王子ミルディンの愚かな王位への野心とされているわ。ただ、これには昔から異論があって様々な説や噂が今も囁かれているの」
異論。それはミルディンの王位への野心の有無である。
ミルディン王子は現在のオーガスタでは悪の代名詞のように語られる人物だが、しかし残された当時の書簡などを見る限りは全く野心のようなものは見えないのだとエレンは言う。
「私と父様が調べた限りでミルディンは、とにかく厳格な武人というタイプの人ね。ただ人付き合いが下手で社交界では浮いた存在だったみたい。しかも汚職に手を染め地位を確立しようとする貴族たちとは壊滅的に反りが合わなかったみたい。だから面倒な宮廷にいる事を嫌って自ら望んで将として前線に赴く事が多かったの。そんな人が宮廷に縛り付けられて、気の合わない貴族たちと毎日顔を会わせなければならない王の座を奪おうと考えてはいなかったと思うのよ」
「お兄さんとの仲はどうだったのですか?」
「ある時期まではそれほど悪くはなかったわ。ミルディンという人は自分が王に向いていない事を分かっていた。それに対して兄のレオンは確かに政の才能は確かで社交性もあり優雅な見た目と相まって民衆にも人気があったわ。タイプが違う兄弟は互いに自分の得意な分野で国を守る事を誓い父王の下で聖王国を盛り立てていったのよ。ただ一点だけ国防に関してはどうしても埋められない見解の相違があったの」
「国防?」
「ジニーは今の黒王国最大の脅威はどの国だと思う?」
「ええ!?」
エレンとの会話ではこうして突然意見を求められるから油断ならない。うっかり見当違いな事を言うと「聞いてなかったのね」と怒られることになる。だが実際はエレンも本気で怒っている訳ではない。どんな質問も必死に考え答えを導こうとする親友が可愛いため、ついこうした意地悪をしたくなってしまうのだ。
「う~ん、やっぱりヘイル草原自治領でしょうか? 北のフィリン森林国も関係はよくありませんが、国力的に脅威となるのは自治領だと思います」
「残念ながら外れね」
「ええ~。じゃあ答えは?」
「森林国に関しては私も同意見。付け加えるなら国の代表者である『
森人。
人間より以前にこのパミア大陸に住んでいる亜人族の一つである。
パミア大陸各地の森に住み森の恵みを糧に細々と生活している者が多い。
中には積極的に人間や他種族と交流を持つ部族もあるが、フィリン森林国の森人は元来保守的だった。
そして狂王レイドの侵略以降は更に閉鎖的となりほとんど俗世に関わろうとしない。
森林国には人間も住んでいるが森人の意見を無視して単独で戦を起こそうとまでは考えていないだろうというのがエレンの考えだった。
「ヘイル草原自治領に関しては部族間の争いが多くて他国と戦争する余裕なんてないでしょう」
ヘイル草原自治領は合議制の国である。
年に二回ある大会議で国の運営を決めるが、その会議に出席する権利を持つのは独立当初に活躍した七つの部族と定められている。
しかし時代の流れ、レイドの侵略により部族間のパワーバランスは崩れてしまい国は混乱した。
議決権を持っていた七部族のうち三部族は戦争による勢力の衰えから議決権を失い、この空いた三つの席を巡って自治領では激しい権力争いが日夜繰り広げられているのだという。
毎年のように大会議に出る面子が代わり、まともな意見の統一も出来ないヘイル草原自治領に侵略は無理だとエレンは締めくくった
「正解は今も昔も変わらない。北の軍事大国ダグラス帝国よ」
「ええ~? でも帝国は今黒王国と隣接はしていないですよ」
ヴァージニアが不満そうに口を尖らせたのも無理はない。
彼女の言う通り百年前と違い現在は両国の領地は離れている。
ダグラス帝国はフィリン森林国の深い森がある北西、そしてヘイル草原自治領の北東に存在している。
しかし聖王国の失地に加え帝国側も草原自治領に接していた地を反乱で失った。皮肉にも両国とも領地を失う事によって領地を巡る小競り合いから解放されたのだ。
「三十年前の狂王のした事は全く共感は出来ない。でも戦争を起こした理由の一端はダグラス帝国にあるは間違いないのよ」
森林国と自治領の独立の背後には帝国がいたというのが当時も今も通説になっている。そしてもし独立した国のどちらかが帝国と結ぶ、あるいは併呑されればオーガスタは喉元に刃を突き付けられたも同然になる。
そういった危機感をレイドは王国内で喧伝し、戦争反対派を黙らせ世にも残虐な戦争へと突き進んでいくことになったという。
「少し話がズレたけどダグラス帝国はずっとオーガスタの脅威だったの。領土を接していた百年前はもっと危機感が強かったわ。現に帝国と聖王国の国境沿いでは何度も小競り合いが起きていた。ミルディン王子は何度も帝国との戦いを自ら指揮して侵攻を阻み続けていた。そんな人がなぜ国を割るような戦いを起こしたのか? その真実は全てここに書かれていたわ」
そういってエレンは巻物を開き二節目を指し示す。
「二人の王子が争った理由。それは目前に迫っていたダグラス帝国の本格的な侵攻。その背後で
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