消された歴史 5

 「本当にごめんなさいね。全くあの子は何を考えているのかしら?」


 三十分後。ウルフェン家とオースマー家を往復したヴァージニアから大きな鞄をひったくる様に受け取るとエレンはまた二階の部屋に閉じこもってしまった。


 「いえ、大丈夫です。この荷物はそっちに置いておけばいいですか?」

 

 オースマー家に戻る途中でヴァージニアは丁度帰ってきたエレンの母リーザとばったりと出会い一緒に帰ってきた。

 リーザとエレンはここに越してくる前の僅かな間リーザの実家で過ごしていた。そしてリーザたちは引っ越しの際に実家に置いてきた荷物を少しずつ現在の家に運んでいるのだという。

 

 「親は人を雇って運ばせたらいいって言ってくれたけど家を継いだ兄は嫌な顔をするから断ったのよ。これからはお仕事もしなくてはならないし体慣らしには丁度いいわ」


 そう朗らかに笑うリーザだが前に会った時より明らかに痩せておりエレン同様に心労が尽きないのだろうとヴァージニアは胸が詰まった。

 エレンはまだフレデリック王子の婚約者であるが、だからといって王家から支援を貰う事は様々なしがらみで出来ない。

 大黒柱だったエレンの父エドワードが失踪した今、生活するためにはリーズがお金を稼がなかければない。もちろんエレンも働きたいという意志はあるが彼女の立場上それは出来ない相談だ。だからオースマー家の財政はリーズの双肩にかかっていた。

 

 「それに、その内あの人も帰ってくるわ。その時私が実家にいたら顔を出しづらいでしょう?」


 リーザの実家は歴史はあるが裕福ではない家だった。だからこそ器量の良かったリーザには良い所に嫁ぐ事が両親や家を継ぐ兄の願いだった。

 しかしリーザが見初めたのは金のない貧乏貴族であったエドワード・オースマーだった。

 当然、周囲は大反対だったがリーザは家を出てエドワードと結婚したのだ


 「おじ様の事を信じているんですね」


 「だらしないし、気は弱いけど悪い事を出来る人じゃないわ。だから信じて待っていてあげたいの」


 辛さや悲しさを抑え微笑むリーザにヴァージニアは誰かを愛する人の強さを見た気がした。


――

 ヴァージニアの両親は仲が悪かった。というよりヴァージニアには両親が夫婦として同じ場所にいた記憶がなかった。


 父、エイルムスには3人の妻がいた。

 だが妻も子供も己の出世に使おうとする男がまともな家庭を作れる訳もなく、ヴァージニアの母と結婚するまでに2回の離婚をしていた。

 そして魔力のないヴァージニアの誕生で三回目の結婚生活もすぐに破局を迎えてしまった。

 元々エイルムスに家柄の良さから金で買われた新妻は生まれたばかりの幼い我が子を捨てウルフェン家を出ていった。魔力の無い出来損ないの子に未練はないのか母は一度もヴァージニアと会おうともしなかった。

 そんな家庭環境だったからヴァージニアは暖かなエレンの家族を見るのが幸せであり、そして自覚はなかったが羨望を抱いていた。


――

 「他所に女を作る甲斐性もないから、その内しょぼくれて帰ってくるわ。少なくともエレンが結婚までには帰ってくるわよ。あっ、お茶を入れたからジニーちゃんもこっちにいらっしゃい」


 「はい!」


 「エレンもあなたみたいに素直なら手がかからないのだけれどね。本当になんであんなに捻くれた子になってしまったのやら……」


 その理由はヴァージニアにはなんとなく分かっていた。

 人より強い魔力を持つというのは、常に人の注目を浴び、時には望まない争いごとを呼び込むことになりかねない。だからエレンは常に周りと距離を置いて生活してきたのだろう。それはきっと争いで自分が傷つくのは構わないが誰かを巻き込むのは嫌だというエレンの優しさからに違いないとヴァージニアは思っている。

 

 『常に利用されるのと存在を無視されるのと、どっちが幸せなのかしらね』


 以前にボソッとエレンが呟いたことをヴァージニアは思い出しながら、淹れたてのお茶を口に運ぶ。

 それからリーザと他愛のない話をしているうちに窓に夕陽が差し込み始めた。

 

 「そろそろ夕方だけどジニーちゃんは今日うちで夕食を食べていく? それにしてもエレンはお友達をほったらかして何をしているのかしら。ちょっとエレンを呼んでくるわね」


 「あっ、いえ、大丈夫です! こちらから宿題の手伝いをお願いしたんですから。あと厚かましいお願いですが今日はここに泊めていたいてもいいでしょうか?」

 「あら、泊っていってくれるの? 部屋は空いているから構わないわ。もしかしてエレンに泊っていけと言われたんじゃない?」


 「はい、そうなんです」


 「全くもう! それであんな汗をかいてお家まで走って着替えを取りに行ったのね。ごめんなさいね、本当に我儘で人付き合いの下手な娘で……」


 「いえ、そんな事ありません! エレンちゃんは今一生懸命調べ物をしてくれているんですから。それより何か私にお家の事をお手伝いさせてください!」

 

 エレンへの頼み事の内容を正直に話すわけにはいかない。だからヴァージニアはリーザには今日の訪問理由を宿題の手伝いと偽っていた。

 幸いヴァージニアの成績の悪さを知っていたリーザはそれに対して何の疑問も抱かずにいてくれた。だが宿題の手伝いなのに頼んだ本人をほったらかして何かをしているエレンに大らかなリーザも訝しみ始めていた。


 (いけません。このままじゃエレンちゃんが怒られてしまいます! なんとか上手くおば様の気を逸らさなければ!)


 エレンが部屋に籠ってしまった原因は自分にある。だからなんとかエレンのフォローをしようとヴァージニアは手伝いを申し出て夕食の仕込みを手伝い始めた。

 だがそれから五分もしないうちに――。


 「ジニー! ちょっと来てくれる!?」


 「エレン! お客様を上階から呼びつけるなんて失礼にも程がありますよ!」


 無作法なエレンの立ち振る舞いにリーザが怒ると慌ててヴァージニアが間に入った。


 「あああ、大丈夫ですから! 私がお願いしたんですから……」


 「あっ、母様も帰ってきたの? なら、ジニーが泊まるのは聞いた?」


 なんとかフォローしようとするヴァージニアの焦りをよそにエレンは階段の中ほどまで降り手すりから身を乗り出した。


 「行儀が悪いわよ、エレン!」


 「はいはい、わかりました。とにかくこれからジニーと重要な話をするから夕食は遅めでお願いね。ジニー、早く私の部屋に来てちょうだい!」


 そう言い残してエレンは顔を引っ込めて二階へ戻ってしまった。

 

 「おば様、すみませんがちょっと行ってきます」


 「本当にに我儘な子でごめんなさいね。ジニーちゃんは好き嫌いなかったわよね? それじゃ腕によりをかけて夕食を作るから期待しててね」


 「はい!」


 リーザの料理の腕はかなりの物だった。ヴァージニアが以前に食べた料理を思い出すとお腹が鳴ってしまった。

 

 「あらあら、運動したジニーちゃんはお腹空いているわよね。準備が出来たら呼ぶわ。その時にエレンが我儘を言ったら首根っこを掴んで引きずり降ろしてきてちょうだいね」


 可愛らしくウィンクするリーズに頭を下げてからヴァージニアはエレンの待つ二階へと向かった。

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