消された歴史 4
「そう、やっぱり魔力は無かったの……」
「それはもういいんです。でもレイチェルは更に成長していたんですよ。儀式官様も驚いていましたから」
「確かレイチェルさんには色々縁談の申し込みが来ていたって話していたわよね」
ヴァージニアが通された応接室は装飾品なども少なくガランとしていたが清潔感が保たれており居心地がとてもいい。
エレンの母親は今は外出しており雇い人もいない屋敷の中は二人だけしかいない。なのでヴァージニアたちは気兼ねなく他愛もない話に華を咲かせることが出来た。
――
ヴァージニアとエレンの出会いは、貴族の子女が通う女学校に入学したばかりの頃だった。
魔力のない忌み子、けれども着々と出世を重ねていき政界に確固たる影響力を及ぼす有力貴族ウルフェン家の娘であるヴァージニアは入学当初から浮いた存在だった。
一方のエレンは、学者貴族などと陰口を叩かれていた父を持ち、本人も派閥を嫌い一人でいる事が多く周囲と距離を取っていた。こういうエレンのような性格の子は陰湿な集団から目を付けられやすい。だが彼女の後ろ盾はあまりに強大だった。
エレンは類を見ない程に優れた魔力を認められ、オーガスタ黒王国第二王子の婚約者という肩書があったのだ。
王族に喧嘩を売るような酔狂な者がいる訳がなく、自然とエレンは学校中から腫物扱いされていた。
ある意味で魔力に振り回される人生を送っていた二人は些細な出来事がきっかけで友情が生まれ、今では互いに遠慮せず物を言い合える親友となっていった。
――
二人の話す内容に学校にまつわる事はほとんどなく、自分たちや家族の近況だけなのも、そんな理由があっての事だった。
「レイチェルさんも遂に正式に婚約したのね」
「結婚は学校を卒業してからとお父様は仰っていました」
「今年で十五歳だから、あと三年ね。ウルフェン卿のことだから、すぐにでも結婚という事になるかと思ったけれど。ところでジニーにはそういう話はないの?」
自分を愛称で呼ぶ親友にヴァージニアは笑って手を横に振る。
「いえ、私のほうは全く。レイチェルは西部の国へ嫁がされるのではといっていましたけど」
「ヘイル自治領かミランシアね。ウルフェン卿は今は大将軍だったわね。なら関係を良くするという名目で隣接する自治領の有力部族とかありそうね」
「あははは、あまり歓迎はされないと思いますけどね」
「そうね。草原では今もかつての侵略を憶えているでしょうから。でも魔力偏重主義のこの国に比べたら、まだマシかもしれないわ」
「えっと、エレンちゃんの婚約は……?」
「白紙に戻った……と言いたい所なんだけどフレデリックが頑張って国王様に説得を続けてくれているの」
フレデリック・ヴァン・オーガスタ。オーガスタ黒王国の第二王子でヴァージニアも一度エレンに連れられ会った事があった。
現国王セドリックの第二子であり、容姿端麗、才気煥発、そして誰に対しても気さくで民にも人気がある王子である。
実際に会った時もヴァージニアが『無能者』である事を知っても嫌な顔一つせず「これからもエレンと仲良くしてほしい」とまで言ってくれた噂通りの型破りな王子だったのを覚えている。
その時の話では、フレデリック王子に歴史学を教えていたのがエレンの父だった事が二人の出会いのきっかけだったそうである。
「わぁ、愛されているんですね」
「ただ単に新しい婚約者捜しにバタバタするのが嫌なだけじゃないかしら?」
「またまた~。そのブローチ、フレデリック様に頂いた物なんでしょう? いつも身に付けるなんて、エレンちゃんもフレデリック様の事を大好きなんでしょう?」
とてもお似合いの二人だと心から思っていたので、今も二人の関係が切れてしまっていない事にヴァージニアは心から安堵していた。
「私がフレデリックと婚約したのは、結婚をしても互いのプライベートは尊重すると彼が約束してくれたからよ。他の貴族なら、やれ社交界やらお茶会やらでやりたいことが出来ないから」
「じゃあ今も歴史の研究を?」
「ええ。まぁ、父が何かやらかしたせいで資料はごっそり持っていかれてしまったけど。それでもまだ研究は出来るから」
「エレンちゃんのお父さんがしていた研究って、たしか五百年前の……」
「『黒の災厄』についてよ。どうも父様もそれに関して色々調べていたみたいなんだけどはっきりとは分からないわ。ちなみに私は百年前の継承戦争について調べているのよ。もちろんフレデリックにも秘密でね」
継承戦争には謎が多い。過去の歴史学者たちもこの謎に挑んだが誰一人明確な答えに至ることはなかった。その為か、いつしか学者の間にこんな話が出回り始めた。
『もし継承戦争の真実を解き明かせば今の王家の正統性が揺らぐ。だから王家は秘密に迫る者を排除しているのだ』
もちろん、これはただの噂に過ぎない。だがいつしか黒王国の歴史学者の中では継承戦争を調べる事はタブーとなっていた。
エレンがフレデリック王子にも秘密と言ったのはこういう理由があるからだった。
(偶然って恐ろしいですね……)
エレンが継承戦争を口にした時、ヴァージニアの心臓の鼓動が跳ね上がった。
確かな知識を持ち、信頼でき、口が堅い。
ヴァージニアたちが求める要素を全て兼ね備えた最高の人物が今まさに目の前にいる。だがヴァージニアは自分たちの興味本位で始めた事にエレンを巻き込んでいいのか迷い用件を切り出すことが出来ずにいた。
「どうしたの、ジニー? 何か深刻そうな顔をしているけど」
「ごめんなさい。えっと、その……」
「今あなたが何を考えているか、当ててあげましょうか? 『色々大変なエレンちゃんに面倒な事をお願いしてもいいのでしょうか?』でしょう?」
「ど、どうして分かるんですか!?」
「むしろ何で分からないと思っているのか聞きたいくらいよ。さっ、遠慮は無用よ。どうせ時間は沢山あるのだからどんな用件でも大歓迎よ。私たちは親友でしょ?」
「いいわよ。いつも笑顔じゃ疲れるでしょ? たまにはちゃんと泣きなさい。付き合ってあげるから」
そう言いエレンはヴァージニアの隣に移動し抱きしめる。
応接間にはしばらくヴァージニアの嗚咽の声が響いた。
――
五分後。
涙を拭いたヴァージニアはゴソゴソと自分の首にかけていた小袋から丸めた巻物の一部を写した紙を隣にいるエレンに手渡した。
「宿題でも見て欲しいのかと思ったけど違うのね。にしても肌身離さず持ち歩くなんて随分扱いに慎重ね」
「レイチェルが失くしたり盗まれたりしたら大変だからと……」
「そこまでの物なの?」
一体何が書いてあるのか微笑みながら紙に目をやったエレンだが、少しすると微笑みが消え目が忙しなく動き文字をひたすらに追いかけ続ける。
ややあって顔をあげたエレンの顔には信じられない物を見たという驚愕と興奮に溢れていた
「ジニー、一体どこでこの文を見つけたの!?」
「実は二か月前に――」
促されるままにヴァージニアは儀式の日の事を話した。
エレンは基本的に聞く事に徹していたが、箱を見つけた
そして話が終わると、おもむろに立ち上がったエレンがヴァージニアの肩を掴んで揺すぶる。
「確認するけど、これは巻物に書かれていた文章の一部なのよね?」
「は、はい~! レイチェルは序文みたいな物じゃないかと言っていましたけど」
「そう、そうでしょうね。でもこれは……」
ヴァージニアの肩からエレンは手を離すと顎に手を当てて部屋の中をブツブツと言いながら歩き回り始めた。
「暗号? もしくは古代文字? どこかで見た気がするのよ! 古王国時代の壁画の文字だったかしら……。ああ、もう、こんな時になんでお父様はいないのよ!」
鬼気迫るエレンの邪魔をしないように背筋を伸ばしたまま微動だにしないヴァージニアにエレンが大股で近づいてくる。
「ジニー、無茶を承知で言うわ。今すぐ本物を持ってきて頂戴!」
「ほ、本物って巻物をですか?」
「そう! ついでに見つけた物全部持ってきて欲しいの」
「け、剣もですか!? でも、あれは目立つし……」
「長さはどの位? ……ちょっと待ってて」
そういってエレンは長いスカートをたくし上げてスゴイ勢いで二階への階段を駆け登って行ってしまった。
二階でドタバタと大きな音がしてすぐにエレンはやたらと大きな鞄を持って降りてきた。
「エ、エレンちゃん?」
「これに入れてくればバレないでしょ? ついでに着替え一式も入れておけば中を見られても大丈夫でしょ?」
「へ?」
「今日はうちに泊まるって言えば大丈夫でしょう? 私はさっそく資料を調べているから、なるべく急いでね!」
変じも聞かずにテーブルに置いてあった写しを手に取るとまたすごい勢いでエレンは二階へ上がると何かをひっくり返したような音と衝撃が古びた家を揺るがした。
「えっと、どうしましょう?」
親友の変貌に思考が追いつかずヴァージニアはただ呟く事しか出来なかった。
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